第22話 家の怪異 3

 時刻は夜となっていた。朧木とヴォルフガングは行方不明になった児童が目撃された街を訪れていた。そこは取り立てて何かあるわけでもない普通の街だった。

本来なら朧木は休憩を挟みたいところであったが、一日中動き続けている。それもこれも行方不明となった児童を思えばこそだった。

 ヴォルフガングは狼の姿となっている。臭いをたどるにはその方がより効率的だからだ。それに夜であればそれほど人目も気にしないで済む。


「ヘイ、メイガス。どうも臭いは間違いなくこの街に残っているようだぜ」


 ヴォルフガングは路面の臭いを嗅ぎながら断言した。そこは駅前だった。


「早速見つけたか! この分ならあっという間だな」


 ヴォルフガングは地面から鼻先を起こして朧木のほうを向いた。


「なぁ。今日の仕事も取り立てて危険のない仕事なのかい?」

「現時点ではそのつもりだが、一応それなりの準備はしている」


 朧木は手にしている霊剣を見せた。


「殴れない幽霊相手なら苦手だが、普通の妖怪ならオレに任せな!」


 ヴォルフガングは人間に化ければ大男だ。優れた怪力も持つ為に喧嘩には強い。


「あー、子を攫う幽霊って線もあるかもしれない。まぁ、まだ何の確証もない。今は行方不明になった子供の足取りを追うことが最優先さ」

「あの衣服の臭いと似たような臭いなら見つけた。この街をうろついていたのは間違いなさそうだぜ。こっちの方だ」


 ヴォルフガングは率先して先頭を歩いた。地面の臭いを嗅ぎながらだから歩く速度はそれほど速くはない。


「普通にオフィスビルが立ち並ぶ場所だが・・・なぜ子供が一人でこんな場所に居たのだろう」

「それはオレにもわからねぇがよ。何せ追えども追えども一人分の臭いの痕跡しかない。少なくとも生きた人間が一緒だとは考えにくいぜ」

「それは有力な情報だな。ありがとう!」


 生きた人間による誘拐の線が薄くなる。それは子供には危険は無い可能性が高いという事であり、また刑事事件にもならないので存分に朧木が活動しても良いという事である。まだ妖怪がらみのマル特案件になる可能性もあるが、その場合は朧木の独壇場だ。


「どうも何度かこの辺りを往復しているようだぜ。臭いが古いのと新しいのが混ざっている。方向感がどうもわからなくなっちまいそうになるぜ。どうにもこうにもどこへ向かっていたのか掴めない」

「そうか。ならこの辺りを張り込めば見つかるかもしれないんだな」

「うーん。こっちかなぁ・・・」


 狼男は自信がなさそうに歩き出す。

 朧木とヴォルフガングはそのままビルとビルの合間の袋小路のところへと辿り着いた。


「ここは行き止まりのようだよ。ヴォルフガング君」

「おかしいな。新しい臭いは間違いなくこっちに来ていた筈なのに」


 ヴォルフガングはクンクンと地面の臭いを嗅ぎながら壁側へと向かう。そしてぴたりと壁際で止まった。


「ヴォルフガング君。何か見つけたかね?」

「いや、間違いなくここには来ていた。ここでぴたりと足取りが追えなくなった。まるで忽然と消えたようだぜ」


 ヴォルフガングは前足でかりかりと壁を引っかいた。


「むむむむ。ヴォルフガング君にでもわからないとは。今回の件、ヴォルフガング君に任せていればらくらく解決化と高をくくっていたが見通しが甘かったか」

「すまない。ここから先どうなったのかはオレにもわからねぇ」

「ふむ。忽然と姿を消したのか。・・・仕方がない。今日はもう帰ろうか」


 万全の体制を取っていても、必ずしも良い結果が得られるとは限らない。朧木達は成果なしでの帰宅となった。


 翌日。朧木は一人で昨晩訪れた街に来ていた。今日も布で包まれているが霊剣を所持していた。不可解な点のある子供の動向。妖怪の仕業の可能性も高まってきたのである。その日の同行者は猫まんだった。

 暑い日差しの中、フォーマルスーツの男が一匹の猫を伴って歩いている。それは少々奇異な組み合わせであり、時折すれ違う女子高生等が視線を送る事があるくらいだった。


「良介。お前は妖怪の可能性も考えたんだね?」

「あぁ。警察も目撃情報を元にこの辺りは捜索しているだろうに、そちらの進展もないと来たもんだ。そして昨日ヴォルフガング君でも足取りを追えなくなった。まるで神隠しにでもあっているんじゃないかとも思えたが、子供がまるで自由に歩き回っているようなのも気にかかる。ならば何かしらの怪異、妖怪の仕業なのではないかと疑ったのさ。そこで猫まんの知見が欲しい」

「なるほど。そこで戦闘員よりもわたくしかいね?」

「戦いになった時は僕が何とかするよ」


 朧木は布で包んだ霊剣をぐっと握った。


「狼男はどうしたんだい?」

「ヴォルフガング君なら母親のアパート周辺の張り込みをお願いしている。最悪あの女性が犯人の何らかの事件の可能性も考えてね。まぁ、これは僕があの母親と話をしてみて、その人間性に不安があったもので念のためね」

「それはどういう推理の上かいね?」

「親の子殺し。浮かばれない子供は幽霊となって目撃されている、と言う最悪な展開を想定した話さ。幽霊なら足取りを追えなくなるのもわからなくもないからさ。まぁ、幽霊には臭いはないと思うからたぶん違うとは思うんだが、一応母親サイドの動きも追っておいたほうが良いだろうと思ってね」

「・・・お前にそこまで言わせるとはよほどの親だったんだねぇ」

「とにかく、一旦人目の突かない場所に行こう」


 朧木と猫まんは雑居ビルの中へと入った。朧木は監視カメラがないことを確認する。


「どうしたのかいね」

「一応式神の簡易召還もやっておこうと思ってね。・・・あらよっと」


 朧木は和歌の詠唱なしで五枚の式神符を投げ払う。式神符はそれぞれ小さな鳥のような姿を取った。呼び出された式神たちはパタパタと外へと飛んで行った。


「それは子供の行方を追うつもりで呼んだのかい?」

「そう。ヴォルフガング君の代わりさ。一応ヴォルフガング君の話では何度もこの街をうろついているらしいという事だったからさ。なら直接居場所を見つけられるようにと思ってね」

「難しいところだねぇ。子供に自由を認めた状態で人攫いを行う妖怪の仕業とかを考えなければいけないのかねぇ。行方不明になった後も目撃されているというのがまた」

「猫まんでも難しいのか」

「何言っているかいね。歴代の朧木家の者と行動を共にし、解決した事件も数知れず。歴戦を乗り越えてきたわたくしに掛かればできないことはないね」


 猫まんは尻尾を振り振りと勢いよく振った。軽く興奮しているようだ。


「頼りにしているよ」

「頼りにされるのは構わないけれど、人に仇なす妖怪が相手ならお前がしっかりしてないといけないんだよ」

「あぁ、その時は任せてくれ」


 朧木は力強く頷いた。

 朧木達は子供の捜索を再開する。探す場所は昨晩狼男と共に捜索した場所である。その間に怪しげな輩はいないかも含めて調査するのだ。


「猫には人探しは難しいねぇ。犬みたいに臭いでは追いかけられないよ」

「人間の子供くらいは見分けがつくだろう?」

「物珍しそうに追いかけてくる人間の子供とかは顔まで覚えていたけれどねぇ。人間の子供は容赦がないから嫌いなんだねぇ」

「猫まんは子供は嫌いかい」

「嫌いさね。にゃんこにゃんこーとか言いながら尻尾を握り掴んできたりするから小さい子ほど嫌いさね」


 猫まんは身震いしている。かつて何か恐ろしい体験をしたことがあるらしい。その視線はじーっと朧木を見ている。・・・もしや、朧木良介の幼少期の出来事の話ではなかろうか。


「あぁ、小さな子は動物との接し方もまだよくわかっていないから・・・」

「・・・そんな事はさておき、どうしたものかいね。全くもって何の変哲も無い街だよ。ここは。妖怪らしい奴は歩いていないねぇ。まぁ、見た目だけではわかるようなものでもないがねぇ」

「僕も妖気とか言うのを感じられるわけでもないからね。気配を感じるって事はあっても、あくまで感覚の世界だからね。猫まんは妖怪アンテナみたいなのはないのかい?」

「妖怪が近くに居ると毛が逆立つっていうのかいね。そんな便利な能力は無いねぇ」

「ふむ。探知能力の面で難儀だなぁ。何か良いオカルトグッズでもあればよいのだけれど」


 朧木が歩きスマホをしながらネットショッピングを始める。もっとも、怪しげなグッズを取り揃えたサイトであるが。


「良介や。歩きスマホは良くないと教わらなかったかいね。前方不注意になるから危ないよ」


「おっと、そうだね。ついやってしまうんだよ」


 朧木はスマホを仕舞った。


「それに周囲にも気を張っておかないとねぇ。子供を見つけなきゃならないんだろう」


 猫まんが周囲を見渡す。何かが見つかったわけではない。


「ふーむ。手がかりがつかめないね。小さな子供の後を追うくらい簡単かと思ったんだが・・・」

「簡易召還した式神達も手がかりなしかいね?」

「観の目で俯瞰的に探しているが、子供は見つからないなぁ・・・んん。おや。いつの間にか子供が一人街中を歩いているぞ」


 朧木が立ち止まって意識を集中している。眉間の辺りに別の光景が浮かぶように式神の視点が見えているのだ。前が見えなくなるので立ち止まるしかなかった。以前、狼男の事件の時に大量に簡易式神召還を行った際に、朧木が事務所でじっとしていたのはこのためだ。自分の視点が式神の視点で塗りつぶされるので動きづらくなるのだ。もっともこれはこの術の弱点である為、彼がその事をおおっぴらに話すことは無い。あくまで費用対効果の面の話にするのである。それも課題であるが。


「良介や。その子供は捜している子供かいね」


 朧木はポケットからごそごそと写真を取り出す。服装こそ異なれども顔がほぼ一致する。


「居た! 捜している子供だ!」


 朧木は他の式神も集めて子供の監視に移らせた。そして慎重に後を追う。朧木達も子供の居場所を目指して移動を始めた。


「あれ、あの場所は昨晩行った行き止まりの場所だな」


 朧木が視線を宙に浮かせ、走り続けながら言った。


「見失ったわけではないのだろうね?」

「問題ない・・・あそこは行き止まりだから・・・あれ、式神が子供を見失ったぞ」


 朧木は首をかしげた。ともかく式神には袋小路の出入り口を見張らせておく。

 件の袋小路に朧木と猫まんが到着する。


「・・・行き止まりじゃあないかとね。良介や。本当に子供はこっちに来たのかいね?」

「あぁ、確かにここに入っていったんだ・・・」


 朧木は辺りを見回す。ビルとビルの合間の小道。最後は壁となり行き止まりとなっている。両隣のビルの出入り口を確認するが鍵が掛かっていた。


「子供はいないよ。どうしたものかねぇ。完全に見失ってしまったようだよ」


 猫まんはきょろきょろと辺りを見回した。何か見つかるわけではなかった。ふと猫まんが空を見上げる。そこには朧木の放った式神がビルの屋上にいた。空を飛んで逃げたわけでもなさそうだ。子供が空を飛べるかは別として。


「ううん。確かに昨日ヴォルフガング君も子供がここにきた形跡があるといっていた」


「・・・良介や。邪気払いをやってみるかいね」


 朧木は頷いた。

 間をおいてまず朧木は三度歯を噛んで音を鳴らす。天鼓である。


「今日の禹歩、上は天罡に応じ、玉女傍らに侍り、下は不祥を辟く。万精を厭伏し、向かう所殃無く、治すところの病は癒え、攻むる所のものは開き、撃つ所のものは破し、求めむる所のものは得、願う所のものは就る。帝王・大臣・二千石の長史、我を見て愛すること赤子の如し。今日玉女大臣、我に随いて進まんことを請う」


 朧木はつらつらと呪文を唱える。そして独特の歩行を始めた。北斗七星の形に歩を進める呪術的歩行法、禹歩である。

 さぁーっと霧が晴れるように辺りの様子が一変する。行き止まりと思われた壁がすうぅと消え去った。


「良介・・・これは」

「あぁ。どうやら僕らは惑わされていたようだ。邪気払いを行ったら道が切り開かれたようだ」


 猫まんが開いた道の先を見通そうとしている。


「気をつけた方が良いかいね。これはなんらかの怪異の仕業。その正体はまだ掴めてないね」


 朧木は頷いた。


「諸天善神に願い奉る。陰にひなたに歩く道。市井の者の静謐を守らんが為、我が行く手に勝利を」


 朧木は戦いの前にあげる祈りを捧げた。猫まんにもその緊張は伝わった。猫と一人の男が壁だった境界線を越えていく・・・。


 境界線を越えた先には現代風の町並みが続いていた。ただし空は真っ暗闇であり、まるで夜のようだった。しかしながら明かりの灯った建物は無い。


「これは異界だ。あの世とこの世の境目にできるという不確かな世界さね」


 猫まんは周囲の様子を観察しながらそう呟いた。


「妖怪達が移動の手段に使っているという世界か。これはいけないな。とても子供一人が出歩いていていい場所じゃあないぞ」

「たしかに危険さね。しかし、この分では子供の行き先がわからなくなってしまうじゃあないかとね」


 猫まんが朧木の顔を見上げた。その顔は不安そうな表情だった。


「ヴォルフガング君を連れてこなかったのが仇となりそうかな・・・式神達も境界線をくぐらせた。・・・おや、一点だけ明かりが灯った場所があるぞ」


 朧木の視野の眉間部分。式神の視界を通してみる異界の中に、確かな光が一点だけあった。

 朧木達はその光を頼りに向かった。

 光の元にあったのは一軒の古びた民家だった。周りが現代風のビルなどであるのに雰囲気が異なる。

 朧木は意を決して玄関をたたいた。古びた引き戸の玄関だ。


「ごめんください。誰かいらっしゃいませんかー?」


 朧木は家の中に呼びかける。だが、何の反応も無い。

「良介。ここは異界。人家とも思えんのだから、お邪魔しても良いんじゃあなかとね」

「ふむ。確かにそうかもしれないなぁ。よし、あがらせてもらおう」


 朧木は玄関をガラガラと開けた。中には電気が通っているのか明かりが灯っている。朧木達は中に進む。・・・廊下には誰も居ない。居間に向かったところ、出来立ての料理がちゃぶ台にずらりと並べてあった。料理からは湯気が出ている。まるでつい今しがたまで誰かがここに居たかのようだった。

 猫まんが目をカッと開いた。


「良介や・・・これはともすると迷い家じゃないかねぇ」

「迷い家。山で遭難した時に行き当たるという無人家屋の怪異か」

「そう。東北の伝承になるかいね」

「ここが普通ではない世界の民家となると、その可能性もあるな」


 と、二人の背後からごとりと物音がした。猫まんがすばやく朧木の後ろに隠れる。


「誰だ!」


 朧木は即座に振り返り、手にしていた霊剣の布を取り払う。すらりと霊剣破軍があらわになった。そして物音がした方向へと切っ先を向ける。


「うわわっ、ごめんなさい・・・」


 慌てて出てきたのは背の小さい人間の子供だった。それは朧木が預かっていた行方不明児童と同じ顔だ。もっとも、その身なりは着替えをしていなかったのだろう。洗濯もしていなかったのであろう。薄汚れていた。或いは家に居た頃からこうだったのかもしれないが・・・。


「もしかして、行方不明になっていた洸君かな?」


 洸はこくりと頷いた。


「はい、そうです・・・」


 朧木の呼びかけに洸は素直に返事をした。朧木は掲げていた霊剣をおろす。


「大丈夫かい? 君はなぜこんなところに?」

「・・・すみません。僕はここがどういうところかはよくわかっていないです。だけどこの家を見つけて、ここは食事が勝手に出てくるんで、秘密基地として使ってました」

「秘密基地か・・・。しばらく家を不在にして、親御さんも心配しているんじゃないかな」


 朧木はつい一般的な想定で話をしてしまった。


「それはありえない!」


 子供はそう叫んで表情を曇らせた。朧木はしまったという表情をした。この子の親がどういう親かは見てきたというのにそれを失念していたのだ。


「あぁ、ごめんね。僕は児童相談所から依頼を受けて君の捜索をしていた探偵だ。親御さんのこともある程度は知っている。そのなんだ。君が居なくなった事はニュースにもなって大事になっている。だから帰るべき場所へ帰ろう」


 朧木は帰るべき場所と言っておいて、それが本当に少年の家が帰るべき場所なのかどうか迷った。


「いやだ!」


 その答えも朧木には予想できていた答えだ。やはり率先して家出したのだろう。


「・・・ここは危険なんだ。妖怪が通り道に使っている世界だ。人間の居ていい世界じゃあない」

「妖怪? 僕は妖怪なんて見たことないし、ここでも見かけたこと無いから大丈夫だよ!」


 妖怪に人権が認められる世界ではあるが、一般人が関わる機会があるかというとそうそうなかった。だから少年も大して妖怪を危険視していなかった。

 と、そこに朧木の背後から猫まんが現れる。


「困った子だねぇ。家出どころか異世界へ世界出をしてしまうなんて。異世界転移はラノベ主人公がする程度にしておくものだよ」


 猫まんの姿に洸が驚く。


「うわっ、猫がしゃべった! ニャースみたい!」

「洸君。こいつは猫又の猫まん。ポケモンじゃあないぞ。ここはこんなやつがうろうろする場所なんだ。危ないよ」


 だが、こんなやつといわれるほどには猫まんには危険は無い。


「そのとおり。良介の言うとおり、人間の子供は人間がいるべき世界に帰るのが一番だからねぇ」

「・・・・・・本当にここには化け物がいるの?」

「いるわけさ。そもそも君が住み着いていたこの家も迷い家という怪異なんだ。・・・一時的に立ち寄った人の伝承はあっても、住み着いた人の話は無かったかいね」


 猫まんが記憶を思い巡らせながら語る。


「うーん。でもボクは家に帰りたくない・・・・・・どうせお母さんも僕がいなくなったほうがいいんだろうし・・・・・・」


 少年の言葉は残酷な真実だ。少年には帰るべき場所が無いのだ。


「洸君。友達はきっと君のことを心配しているよ」


 朧木が少年を諭す。


「ボクにはあまり友達は居ないけど・・・・・・ダイキはボクの事を気にしているかなぁ・・・・・・」


 幸いにして、少年には一人友達が居るようだった。


「そうだよ。きっと君のことを心配しているはずだ」


 だが、朧木はだから帰ろう、とまでは言えなかった。全く心配もしていない親元へと返したところで、少年が幸せになれるとは思えなかったのだ。だが、その点を解決できるような力は朧木には無い。だから無責任に帰ろうなどとは言えなくなったのだ。


「やだなぁ。帰りたくないなぁ・・・・・・」


 朧木と猫まんは顔を見合わせた。と、猫まんがふと何かを思いついたようだ。


「良介や。迷い家といえばひとつ言い伝えられている事があるだろう」

「迷い家の言い伝え・・・・・・そうだ! 洸君。この迷い家の中の物を一つ持ち帰ってみてはどうだろうか」


 どうやら朧木は何か閃いたようだった。一つの提案を持ちかける。


「えっ、でも人のものじゃないの?」

「ここはこういう怪異なんだよ。だから大丈夫なのさ。ここの物を一つ持ち帰ると、持ち帰った人は幸せになると言うらしい」

「そうなんだ・・・・・・うーん。じゃあこれにしよう。ここに居る時に使っていた食器なんだ」


 洸は小さな女の子用のピンク色をしたプラスチックの茶碗を手に取った。


「それでよい。もしかしたら、君の境遇が変わるかもしれない。ここの物を持ち帰ったものは道が開けるという」

「確かにそのような伝承であるかいね。故事に習うのはよいね。うんうん」


 猫まんは満足そうに頷いた。

 朧木は色々と考えていたようだが、どうやら考えがまとまったようだ。


「洸君。僕も君の友達になろう。困ったことがあったらなんでも相談してくれ。猫まんも面倒見てくれるよな?」


 猫まんが少々複雑な表情をした。


「子守かい・・・・・・経験が無いわけではないが、・・・・・・まぁある程度分別はつく年頃だから大丈夫かいね」


 猫まんには小さな子に大変な目に合わされたトラウマのごとき経験があったのだろう。


「と、いうわけだ。僕は君を家まで送り届ける義務がある。だが、それは根本的な問題を解決しなくては意味をなさないことだ。だから僕にできる事があったらなんでも言ってくれ!」

「・・・・・・うん。おにぃ・・・・・・おじさんもいい人だね」

「うっ、たしかにそういわれる年齢ではあるが、わざわざ言い直さなくても・・・・・・」


 軽くショックを受ける朧木であった。


「良介や。ここも長居は無用」

「そうだな。帰り道で妖怪に出くわすかもしれない。気をつけて帰ろう」


 朧木は霊剣を握りなおす。

朧木達は迷い家を出て、真っ暗闇の異界を歩く。他の妖怪がいるかもしれない先の見通しの悪い世界。朧木は先頭を切って歩き、少年の行く手を切り拓かんと歩く。彼は少年の母親との問題もこのようにしてあげられたならばと思わずにはいられないのだった。

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