第17話 転生者・前編

 ある日、亜門が朧木探偵事務所を訪れていた。


「朧木さん。今日はあなたに怪貝原議員の意向を伝えに来た」


 亜門は開口一番にそう伝えた。その日は亜門には同行者が居なかった。


「亜門さんからのお話ということは、きっと良くないお話なのでしょう。しかし、良くない出来事を解決するために僕はいるのですから、仕事の上では聞かざるを得ない。なんでしょうか?」


 朧木の歯切れは悪かった。このところ立て続けに怪奇現象が相手の仕事が続いたせいもある。本来の彼はもっと暇を持て余している人間だった。


「朧木さんはオカルトドラッグが蔓延していることをご存知か?」


 朧木の脳裏に以前の沖田総司が思い起こされた。幕末の剣士。仕事の上で人を斬る事もあった。それが明確な敵性存在も持たないまま倫理も異なる現代でかつてと同じようなことだけをしていた男。彼は人斬り集団の中にいた悲運の剣士という前世の設定に溺れ、現代での新たな目標を持ち得なかった。


「以前の事件で前世の記憶を持つ通り魔と出会いましたな」

「そうであろう、そうであろう。前世のことを知りたがるものは多い。その為に前世療法に用いられるドラッグに手を出す輩が後を絶たないのだ。特に前世が有名である程に依存性が強くなりハマる傾向がある」


 それは無理らしからぬ事だった。有名人ほどに激動の生涯を歩んでいる確率は高い。その以前の生き方の記憶に浸かりきって戻れなくなるのだ。


「背後で妖怪が暗躍していました。黒衣の僧服に身を包むアンノウンがリーダー格を務める様子」


 亜門がひと呼吸を置いた。どうやら話の本題に触れるようだ。


「君に依頼したい仕事とは、その妖怪共の暗躍を暴き、主犯のものを討て、だ。危険なオカルトドラッグの蔓延を防ぐのだ。これは怪貝原議員の意向でもある。その為に君を名指しで依頼した。これは正式な依頼である」


 亜門は管轄が不明瞭であった特殊な薬物絡みの案件を、警察の麻薬取締から朧木に移す動きがあることを暗に伝えている。

 怪貝原議員であるならば、○特案件として事件の捜査権を委任することも可能な立場にいた。背後で動いているのだろう。


「亜門さん。それはこの案件を僕だけに委ねると言う事ですか?」


 亜門は朧木が言わんとしていることがわからなかった。


「君に任せようというのが議員の意向だ。光栄に思わんのか?」

「相手は組織だって動いている。単独で動いていては限界があります。そこで僕は亜門さんにお願いしたいことがあります」

「ほう。君にしては弱気な発言だな。なんだ。言いたまえ」

「亜門さんが肩入れしているバチカンから派遣されているエクソシストの力を借りたい。彼女への協力要請を依頼したく思います」


 亜門は意外そうな表情を浮かべた。


「それはお前一人には解決が難しい事件だというのだな?」

「はい。そこで亜門さんが築き上げた人脈のお力添えをいただきたく思いまして。『この件は亜門さんのお力添えなくして解決は成し得ない』事件なんです」


 亜門は珍しくも朧木から頼られていることに困惑していた。


「わかった。私から魔紗クンには君に協力するように伝えよう」

「感謝致します」


 朧木は亜門に頭を下げた。彼は必要ならば嫌な相手にも頭を下げられる程には大人だった。


「他者の力を必要とするとはめずらしいではないか?」

「今回のお話は相手が組織であり、ドラッグの流通ルートの捜索も必要となる。バチカンの組織力や情報網のバックアップが欲しい。先見の明のある亜門さんならば、こんなこともあろうかと備えてこられたのでしょう?」


 亜門のバチカンの派遣員との繋がりは朧木への対抗意識が大半だった。だがそれでは亜門は己の器量の狭さを痛感する。軽く持ち上げつつ、別の耳障りの良い動機づけの話が出たことは亜門にも都合が良かった。


「そうだとも、そうだとも! やがては君の力だけでは足らなくなる日を憂慮し、私は私で独自に動いていたのだ。それが役立つ日が来たというもの!」


 亜門の中では魔紗との関わりが明確に新たに動機づけが為された。器の小さな男には自らの行動の動機一つとってもこの有様だ。だが、亜門は無能では無い。


「そうですよ。これも亜門さんの働きぶりのおかげです」


 朧木は亜門には平身低頭の姿勢を崩さない。自らの恩人の使いである。無下には扱えない。故に苦手な相手としようが持ち上げることも厭わない。彼なりの処世術でもあった。それは朧木に劣等感をいだき嫉妬する亜門に優越感を抱かせ満足させるには十分だった。


「なに。私もこの事件には思う所がある。怪貝原議員の為に一働きできるなら本望!」


 そう言う亜門の言葉は嘘ではない。


「もしこの事件が解決の折には、亜門さんのご助力のお陰であると進言致しましょう」


 亜門は満足そうに頷いた。今日は珍しくも亜門の朧木への攻撃性はなりを潜めていた。

 普段活躍する朧木に対して自分は仕事でなんの活躍も果たせていないという負い目が、亜門に攻撃性を抱かせていたのかも知れなかった。


「ならば君はなんとしても事件を解決しなくてはな。今回の相手は危険な相手か?」


 人を使ってさくらを誘拐するような連中である。あらゆる意味でも危険だった。


「かなり危険な相手です」

「ならば何がなんでも撲滅せねばなるまい。後のことは任せたぞ!」


 亜門が朧木の肩をぽんと叩く。そして亜門は事務所を去っていった。



 しばらくして事務デスクで作業をしていたさくらが朧木の元にやってくる。


「所長。前回私を攫った連中と戦うんですか?」

「そうだ。また危険な目に合うかもしれない。しばらくは仕事の方は無理をしなくても構わないぞ?」


 朧木はさくらを気遣った。相手は反社会的勢力だ。何をしてくるかも定かではないし、規模もわからない。その為に朧木も下手な手出しはしないでいたが、いよいよ直接対決をせざるを得なくなった。楽観はできない。


「私なら大丈夫ですよ」

「以前の誘拐事件のこともある。気をつけるに越したことはないさ」

「今回は魔紗さんの助けも借りるし大丈夫そうですか?」


 朧木は難しい表情を浮かべている。


「度々遭遇している黒衣のお坊さんの様な妖怪だ。やつを破らなくてはならないだろう。あの尋常じゃあないプレッシャー、その正体を突き止めなくては」

「気にせずサクッと倒せちゃわないんですか?」

「気軽に言ってくれるな丼福君は。相手の正体がわからなければ、相手の妖術にやられる可能性がある。妖怪退治はその正体を見破ることが八割を占めるんだよ」


 さくらは話をしながら床掃除を始める。


「意外と難しいんですね。力技で行けるのかと思っちゃいました」

「力技なら霊剣や月魄刃でカタを付けるだろうなぁ。それなら僕も楽なんだけど」


 朧木とさくらが話をしながら店仕舞いの準備を始める。気がつけば時刻は十九時近くだった。


「所長。今日は遅くまで残りますか?」

「いや、今日は早めに帰るよ」

「わかりました。戸締まりお願いします」


 そう言うとさくらは帰宅して行った。

 事務所には朧木だけが残る。

 チクタクチクタク。壁掛け時計だけが音を鳴らす。

 朧木は所長席に座って思案にふける。彼はどこから捜査したものかを考えていた。前世を知るオカルトドラッグ。手掛かりを知るものがいないかを。ただ闇雲に探しても見つからないだろう。だが、思い浮かばない。

 朧木は帰り支度を始めた。彼は家まで直帰せず、寄り道して帰る。馴染みの店『女狐CLUB』に立ち寄る。

 店は他の客たちで既に一杯だった。カウンター奥の椅子が一つ空いている。

 BGMでJAZZが流れる店内。朧木は空いた席まで歩いていく。カウンター越しに出迎えたのはバーのママのジュリアだった。彼女が朧木に話しかける。


「良介ちゃん。今日は来てくれたのね。ここの所は居ない日が目立っていたから心配していたのよ」


 仕事(バトル)がある日にも立ち寄って酒を飲んで行くのが朧木良介。そんな男がしばらく来ないともなれば、何かあったのかと思うだろう。


「いやぁ、ここの所はハードな仕事が多くてね。しばらく酒を控えていたんだ」


 ジュリアは何も言わずにグラスを差し出す。朧木は最初に頼むお酒は決まっていた。その日のママのおすすめで、と頼むのが通例。その日出てきたのはウィスキーのマッカランだ。


「お酒飲んで仕事をしに行く人が禁酒なんて、どんな風の吹き回しなのよ」


 朧木はジュリアからグラスを受け取り、クッとグラスを傾ける。


「んー、旨い。その日一日が報われる瞬間というものだよ。まったく、今日も大変な仕事がやってきたよ。いつか来るとは思っていたがね」


 カタン、と朧木はグラスを置いた。


「またまた、今回はどんなお仕事?」

「前世を知るオカルトドラッグを知っているか? アレの流通組織を叩くお仕事さ」


 ジュリアは心当たりがあるようだった。


「あー、アレね。うちの子の中にも使ったことがある子はいたわ。可哀想な子でね。男に裏切られて捨てられた女が前世だったってさ。そんなのだからドラッグには依存しなかったみたい」


 朧木はジュリアの話に気になる点があったようだ。


「薬物としての依存性は無いのか」

「あまりないみたい。前世が有名著名人だと依存する人は多いらしくて深るみにハマるらしいんだけど、皆がみんなそうじゃないでしょ? 大半は普通の人だから」


 それもそうだ。だが、依存するのが有名人ほどその傾向が強いならば問題はあった。


「なるほど。有名人がドラッグの流通組織に肩入れするのも当然の流れか。それはマズイな」


 組織の構成員にヘッドハンティングするのが楽になるという事だ。流通させているのが人外のものであっても、前世へ依存してしまっては加担してしまうのだろう。


「うちの店の子は町田で買ったらしいわよ」


 朧木はしめたと思った。予想以上にオカルトドラッグの情報が入った。それもそうだろう。ジュリアの店は前世で悪女や女狐と罵られた女が集まってくる店だ。オカルトドラッグへ手を出したものがいても不思議ではなかった。


「依存する人は徹底的に依存するようになるドラッグか。面倒で厄介なことには変わりないな。使用に問題はあるのだろうか」

「ある。ドラッグ使用者の人格をこれでもかというほどに変えてしまう」


 ジュリアはそう断言した。


「…お店の子に何かあったのか」

「生前大切だった者の記憶を思い出しちゃうんだよ? それまでとこれからも比較し続けちゃうんだよ? なんともないと思う?」


 良い記憶を思い出しても辛いことになる。たとえ最後は裏切られて捨てられていたとしても楽しかった思い出もあるのだ。物事の多面性は決して単純なものでは無かった。


「今後の人間関係に多大な影響を受けそうだな…」


 前世がただの人であれ、その人の一生がある。大切だった者の記憶も。


「ショックが強かったみたいでね。しばらく寝込んでいたみたい」

「やはりドラッグはドラッグ。害は害だ。オカルトドラッグを流通させる裏組織を必ずや壊滅させよう」

「良介ちゃん。正義の味方みたいなことを言っている」

「僕のは仕事なだけだよ!」


 そう返す朧木であった。

 仕事。市民の平穏を護る。それは裏の顔だった。


「何、良介ちゃん。シリアスな顔しちゃって。決め顔でお酒飲んでどうしたの?」


 すかさず茶化しに来るジュリア。


「何でもないさ!」

「オカルトドラッグの件、お店の子に聞いておく?」

「あぁ、頼むよ。さて、仕事の話は抜きだ。ゆっくりと酒を楽しむか」


 朧木は次の酒を注文する。彼らの夜は静かに更けていった。


 翌日。朧木は町田にいた。同行しているのはロングソードを布で包んで隠し持つ魔紗だった。


「ここに本当にオカルトドラッグの売人がいるわけ?」


 魔紗は朧木の話に懐疑的だった。


「いるさ。身近にいる者から聞いた。通りから少し入り組んだ場所を彷徨いてみよう」


 朧木は魔紗と大通りから一つ横手に延びる道に入った。


「他に情報は? 何か目印とか合言葉などあったりしない?」

「とあるビルの一角にたむろしている連中がいるらしい。口元を押さえながら立っていると良いらしい。それがこの辺りだ」


 ビルが並ぶやや細い道。人通りはそれなりに多く、誰が売人かなどはわかりはしない。

「じゃあ私が囮になるから、あんたは式神で周囲を監視してなさいよ」


 朧木は困った顔をした。


「実は通り魔事件で大量に召喚符を消費してしまって、あまり贅沢に使えないんだよ。今日も二枚しかない」

「あれって消耗品なんだ? 紙ならなんでも良いのかと思った」

「すぐには用意できない代物でね。大量召喚は難しいんだ」


 魔紗は布で包んだロングソードを持ち直す。


「仕方ないわね。とりあえず行ってくるから、周囲の様子を観察していてよ」

「わかった」


 魔紗は十字路の角に立って、口元を手で覆い隠した。



 しばらくして…。

 一人のスキンヘッドが近づいてきた。魔紗は内心、「キタ!」と思って身を硬直させた。


「お嬢さん。マリファナかい?」


 スキンヘッドの男はそう魔紗に話しかけて来る。

 だが望んでいたものではなかった。


「えっ、それじゃない。前世を知る薬の方」


 魔紗はそう返事をした。

 スキンヘッドの男はスマホを取り出して何処かへ電話をかけている。

 数分後にスキンヘッドの男は電話を切った。


「それならそこの雑居ビルの6Fを目指しな。行けばわかる」


 スキンヘッドの男はとある建物を指差した。

 魔紗はちらりと朧木を見たあとにビルを目指した。彼女はそのまま建物に入っていく。

 朧木は二分遅れで後を追おうとした。彼が雑居ビルに入ろうとしたところ…1階のロビーに女が立っていた。


「おにいさん。こんな所になんの用?」


 女が朧木にしだれかかってきた。黒髪のロングヘアーの女だった。


「ちょっと知り合いがね。通してくれないか?」


 朧木が押し通ろうとしたが、女はその手を取って抱き寄せるように近づいてきた。


「私と少し遊んで行かない? 退屈はさせないよ」


 朧木は女の手を振り払おうとした。朧木は魔紗を見失ってしまった。魔紗が何階を目指したのかわからなかった。


「客引きかい? ビジネスでなら遠慮願うよ。プライベートなら連絡先を交換したいくらいだね」


 女は笑った。


「もちろん仕事さ。あんたもそうだろう?」


 朧木の顔が強張る。


「なんのことかな…」

「さっきの女もあんたの仲間かい。丁重にもてなしてあげようじゃないか」


 朧木は女の腕を強引に払った。


「なんの仕事をしているのか、聞かせてもらおうか」


 朧木は身構えた。

 人の居ない雑居ビルの1階。通行人からも見えない死角。


「ここでは邪魔が入る。8階だ。ついてきな! 逃げようとしない事ね。先に行った女が心配ならば」


 女はエレベーターに乗って先に上がっていった。

 分断。魔紗と朧木は分断させられる。

 朧木はスマホで魔紗に連絡できないか試みるが、応答は無かった。


「あちらも取り込み中か。やれやれ。お目当ての場所だったようだな」


 このまま8階を目指しても罠をはられているだろう。しかし、このまま引き下がれる状況でも無かった。

 朧木はエレベーターで8階を目指す。彼が降りた先には一つのテナントだけが入る貸し切りフロアだった。

 降りた先には影法師が待ち構えていた。朧木がエレベーターから降りたところへと斬り掛かる!


「月魄刃!」


 朧木の立てた2本の指より飛ぶ三日月。光輪は影法師を切り裂く。


「ぐわぁぁあ!」


 影法師は絶叫を上げて黒い塵となって消える。

 唐突に聞こえてくる拍手。


「やるじゃないか。退魔師のほうかい。だが、この人数差を相手にどこまでやれるのさ!」

「やってみせるさ!」


 朧木は月魄刃をクルクルと回転させ、自分の体の周りを周回させる。


「アイヤァー!」

 叫びながら影法師達が斬りかかってくる!


「月は廻る、巡り廻る!」

 朧木がそう叫ぶと、月魄刃が地球を公転する月のように朧木の周りを回転する!


 ドガッ! 月魄刃が影法師を弾き飛ばす。


 その光景を見た入り口にいた女が一歩前に出た。


「影法師じゃあ相手にならないのかい。ならアタイが相手になろうかね。アタイは鈴鹿御前の転生者。そこらの者とはわけが違うよ!」


 鈴鹿御前は刀を手にしていた。

 影法師達が朧木の周りをぐるりと取り囲みながら道を開ける。

 影法師達は朧木の逃げ道を塞いでいた。


「また転生者か。君たちはなぜに前世にこだわる!」


 鈴鹿御前が一気に間合いを詰めて切りかかった。朧木はバックステップをしながら月魄刃を放つ!


「軌道は読めている!」


 鈴鹿御前はそう叫び、刀を前に構えた。

 カキィン。月の刃が鈴鹿御前の刀とかち合う。


「沖田は倒せたのに、君のほうが強いというのか?」


 朧木は驚愕した。転生者とはいえ人間だ。その人間が術を見切り打ち破る。


「まさか! あの子は最近覚醒したばかりの子。本来ならあんたみたいな陰陽師に敗れるような者じゃあ無いでしょ」


 ヒュカッ! 横から影法師が朧木に斬り掛かる!

 ザスッ! 刀が軽く朧木の腕を切り裂いた。


「くっ、多勢に無勢!」


 式神を召喚するスキも無かった。魔術師の類が肉弾戦をしているのだ。健闘したほうだろう。


「飛んで火にいるなんとやら。その力、発揮される前に潰させてもらうわ!」


 鈴鹿御前は油断なく間合いを詰める。絶体絶命。狭い屋内に圧倒的な人数差。


「油断も慢心も無いか…」


 朧木は斬られた腕を抑えてうずくまる。

 と、その時であった。

 バタン!と勢い良く非常階段の扉が開け放たれる。


「朧木良介、何をやっているの!」


 魔紗だった。あっという間に近くにいた影法師を切り捨てる。

 鈴鹿御前は新たに現れた敵に気を取られ、朧木へのマークが緩んだ。

 今だ! 朧木は立ち上がる。


「・・・諸天善神に願い奉る。陰にひなたに歩く道。市井の者の静謐を守らんが為、我が行く手に勝利を」


 朧木良介の覚悟。自らを奮い立たせる。踏み出されるステップは呪術的歩法の禹歩。


花勝負はなしょうぶ いずれがアヤメ かきつばた 十二ひとえに 美しかりけり」


 女を花に見立てた花勝負。花菖蒲と掛けて歌うはアヤメかカキツバタ。

 源頼政が鵺退治後に菖蒲前と言う美女を宮中から賜る際に、十二人の美女の中から菖蒲前を当てなくてはならなくなり和歌を歌った。朧木は十二単で宮中の女性を表現しながら、十二人がひとえに美しかったとその故事を歌う。

 朧木は式神の召喚符を投げ払った。ひらひらと舞う召喚符は光り輝き、やがて菖蒲柄の十二単を着た女性の式神が姿を表す。


「花の精、あやめ!」


 朧木は式神の名を呼んだ。

 花の精は刀を手にしていた。刀を持った花、鈴鹿御前との花勝負。

 朧木の呪術的布陣は整った。その場の流れは一人の陰陽師が掌握していた。

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