第14話 土地に根ざした怪異

 それは迷い猫探しの仕事があった日の数日後の出来事。朧木探偵事務所に亜門が訪れていた。亜門は一人ではなく男が一緒であった。同行していた男はアルマーニのスーツに身を包んでいる、さわやかな笑顔の好青年であった。

 事務所の応接室にて朧木が二人と対面する。


「やぁ、朧木さん。あれから調子はいかがかな?」


 亜門が朧木に話を切り出す。とりあえずは世間話から入る、というつもりなのではない。朧木がろくな仕事も無く暇をしているのを承知で嫌味を言っているだけだった。


「とくにめぼしい仕事も無く・・・こうして事務所で過ごしていますよ」


 朧木が前回亜門から通り魔関連の仕事を引き受けて以来、迷い猫探しの仕事しか来ていなかった。その迷い猫が化け猫の類だったので少しばかり問題となったが、平和平穏な日常を送っていた事には変わりない。朧木は亜門が嫌味で聞いているのを承知の上で暇であると告げた。実際事実である事には変わりないし、仕事そのものならばこれから亜門がもたらすであろう予感があった。


「それはよい。実は今日も朧木さんには仕事の依頼があってね。今回は同行した方に関わるお話なのだが、政治色が強い問題でね。怪貝原議員たっての願いで君に依頼することとなった」


 亜門が横にいた男を紹介する。亜門の言葉を受けて男が名乗る。


「はじめまして。私は資源リサイクル事業を行っている会社の経営者の塚原と言います。今日は朧木さんが現代の陰陽師であるというお話を聞きまして、是非お願いしたい事が」

「はじめまして。私は探偵業を行う傍ら陰陽師もやっている朧木と申します。裏稼業の方にご依頼とのことですが、本日は一体どのようなご用件で?」

「実は・・・私どもの会社、この度この一帯のごみ処理事業を入札いたしまして、新規参入する運びとなりました。その為、東京都青梅市にごみ処理施設を建設しようとしているのですが、幽霊が霊障を起こして邪魔をするのです。朧木さんには是非とも解決していただきたく・・・」

「なるほど・・・土地に根ざした幽霊達を鎮める仕事ですか」


 と、朧木が頷く横から亜門が話を差し込んだ。


「朧木さん。塚原さんは怪貝原議員とも懇意になさっておいでだ。この度の公共事業入札の件は塚原さんにとってもかなり大きな仕事。わかるな?」


 亜門は朧木に当然仕事は請けるだろうなと、念を押したようだ。この仕事は朧木の恩人である怪貝原議員の顔を立てる必要がある仕事であると言っているのだ。

 10秒ほど朧木が考えを廻らす。詳しい状況が見えないので即答が難しかったのだ。


「わかりました。引き受けましょう」

「そうであろう、そうであろう! 朧木さんに任せればどのような問題もたちどころに解決できるであろうよ!」


 亜門はいつもの口癖を交えてまくし立てる。朧木を褒めているのではなくプレッシャーをかけてきているのだった。


「・・・詳しい話は現地調査を行わなければわからないですかね」


 朧木は難しい顔でそう呟いた。


「私も現場の者から幽霊が祟っているという話を聞いた限りでして、詳細な話はお答えしかねますが、ともかくかなりの数の幽霊が災いを起こしていると聞いています」


 塚原はそう答えたが、その表情には特に焦りも困りも感じさせないものだった。部下が現場の問題を報告し、経営者として必要な対応を行うだけと言わんばかりであった。


「わかりました。後々の禍根とならぬように出来うる限り交渉で済ませるようにします」


 朧木は慎重な返答を返した。


「なんだ。朧木さん。いつものように退治してしまわないのかね?」


 亜門が疑問を挟み込む。簡単な問題を難しくしようとしていないかと尋ねているかのようだった。


「妖怪の類であればそうしたかもしれませんが、相手は幽霊。かつては生きていた人間です。荒事ではなく出来うる限りは穏便に済ませたいかと」

「幽霊達を立てるのも結構だが、塚原さんの仕事に差支えが無いようにな?」

「そこは心得ております・・・」


 亜門の言葉はどこかしらに棘や毒を含む。元々怪貝原議員が朧木を指名していなければ、他の者に仕事を委託したに違いなかった。


「仕事の進め方は皆さんにお任せいたします。期限は設けません。土地が何の問題も無く使えるようになれば何の問題もございません」

「わかりました。善処いたします」


 朧木は立ち上がって塚原と握手を交わした。仕事の契約で合意を取れたからだ。


「依頼を引き受けてくれてありがとう。どう活躍するか、楽しみにしている。うちの妻も昔からの陰陽師達のファンでね。あとで語って聞かせるとしよう」

「あぁ、塚原さんの奥方は郵政公社の重役の方でね。奥方も怪貝原議員とは知り合いなのだよ。皆から『怪貝原議員秘蔵の懐刀』と呼ばれていた朧木さん。君の活躍を待ち望まれている」


 朧木は亜門が面倒だなと感じている。亜門の語った二つ名は恐らくは亜門がそう呼ばれたかったものだろう。朧木はソレを薄々感じている。


「さて、私は用事があるのでそろそろ退散させていただくとしよう」


 塚原はそういうと帰り支度をし始める。亜門もそれに続いた。


「では、朧木さん。・・・後は頼んだよ」


 亜門はそういうと塚原と事務所を去って行った。

 後はシーンと静まり返る。


「やれやれ、お仕事の依頼が来ちゃったか。またまた難儀な仕事だなぁ」


 朧木の後方でもそりと動く猫型の影。


「良介。今回は面倒な仕事ではないのか?」

「退治するだけなら楽なんだけれどね。そうはいかないでしょ。土着の幽霊をむやみやたらに退治すると、後からろくでもないのがやってくるからね。それでは問題なく土地を使用できるようにするという契約に反する」


 すたっ、と何かが床に着地する音。とことこと猫まんが朧木のほうへと歩いてきた。


「ならば交渉をするならその土地の主にあたる霊を探すといい。その者と話をつけるだけで解決するはずだ」


 朧木は頷いた。一番平和的な解決策だったからだ。


「霊剣は置いていこう。持って行くと霊達を刺激する事になるだろう」

「ならば良介。とても大事なことがある」


 猫まんは真顔でカッと目を見開いた。


「大事な事とはなんだい、猫まん」

「ちゅ〜る」


 猫まんはただ一言だけ呟いた。


「うん?」

「至高のおやつであるちゅ〜るを買ってきておくれ」

「…仕事がうまく行ったらね。さて、僕は出かけてくるよ」


 朧木は式神の召喚符があるのかだけ確認して事務所をあとにする。



 東京都青梅市。中央線で移動し、途中から青梅線に乗り換える。東京都でも西側に位置する土地だった。

 朧木が訪れたのはその中でもさらに山に当たる場所。奥多摩町方面側だった。広大な土地を有し、大規模施設を建設するにはうってつけだったようだ。

 そして民家からも少し離れた場所。ごみ処理施設を建設するのにちょうど良かったはずだった。幽霊が建設反対をしなければ、であるが。


「ごみ処理施設建設反対ー!」


 そう激を飛ばす幽霊。周りの幽霊たちも「ごみ処理施設建設反対!」とシュプレヒコールをあげている。

 その場に朧木がやってきた。


「これはまた元気な幽霊達だなぁ。幽霊もデモ行進をやる時代かぁ」


 朧木の存在に幽霊のリーダー格が気が付いて近付いてきた。


「あんた、ただの人間じゃあないな? さてはごみ処理業者に雇われた退魔師か」


 朧木は相手がこのデモの中心人物であることに気が付く。


「僕の名は朧木良介。たしかに陰陽師をしているが、今日は話し合いに来た」


 朧木は握手を求めようとして手を下ろした。相手が幽霊であることを思い出したのだ。それほどに相手の幽霊ははっきりと視認できた。


「なら話は早い。この場所にごみ処理施設を建設するのは辞めて頂きたい」


 言葉は通じるが、話し合いは通じないパターンだった。


「そこをなんとかして頂きたく僕がやってきた」


 と、朧木が交渉を持ちかけようとした時である。ごみ処理施設建設予定値にワゴン車が止まった。中から数人の男たちが降りてくる。その中の一人はフェイ・ユーだった。


「立ち退き反対している幽霊達が大勢いるネ。退治してしまうよろし」


 フェイ・ユーが男たちに指示を飛ばし、散開する。フェイ・ユーは手にしていた霊剣を抜き放っていた。

 辺りに幽霊達の叫び声が響く。


「朧木さんと言ったな? これがあんたらのやり方かい!」


 リーダー格の幽霊が叫ぶ。


「待ってくれ! 僕は彼らとは無関係だ! ったく、フェイ・ユーの奴め。おそらくは山国議員の横槍か? 公共事業絡みの問題だ。さては介入するつもりだな?」


 朧木はフェイ・ユーの元に歩いていった。


「おや? 朧木サン。こんな所で会うとは奇遇ですネ」


 フェイ・ユーに驚いた様子は無い。朧木がこの案件に関わっているのはすでに知っていたようだ。


「大勢で押しかけて何のつもりだ? この件は僕がごみ処理業の事業主から依頼を受けているんだ。引いてもらおう」


 朧木はフェイ・ユーを睨んだ。


「そうは行かないヨ。この問題は都政の延長上ネ。山国議員が都内で起きている霊的災害に武力行使するネ」

「退魔師集団を公営化しようとしているのは知っていたが、それがお前らか!」

「彼らはうちの門下生ネ。老師と山国議員がつながりがあるので協力させてもらっているヨ。仕事の邪魔をするつもりカ?」


 朧木は逃げ惑う幽霊達の姿を見た。そして意を決する。


「月魄刃!」


 朧木は幽霊を追い掛け回していた男の一人に術を仕掛けた。

 ヒュパッヒュパッと三日月の光輪が男の服を切り裂き、朧木の指の間に戻ってくる。術を受けた男は慌てて逃げ出す。


「それが答えのようネ。致し方無し」


 フェイ・ユーは七星剣を抜剣した。今回の朧木は手ブラだ。前回フェイ・ユーが朧木と戦った時は陰陽五行によって朧木が勝ったが、今日は同じ手を使う事ができない。


「僕は市井の者の味方だ。ゆけ、月魄刃!」


 ヒュパッ、と青白い三日月の輪光がフェイ・ユーを襲う!


「なら私は市政の者の味方ネ」


 フェイ・ユーは月の光をガッ、と七星剣で叩き伏せた。

 砕け散る月光。


「馬鹿なっ、月魄刃を物理的に砕くなんて! ウグッ!」


 朧木は胸を抑えて蹲った。術を破られた反動が来たようだ。


「その術は元は道術だから知っているヨ。己の魂魄を用いて練り上げた月の光であるト。七星剣は北斗七星を神格化した北斗星君の力が宿る剣。北斗は死を司る。魂魄を用いた術を砕くぐらいわけないヨ。一度見た術。破るすべも無いようなボンクラと思ったカ? 今回はこちらの勝ちネ」


 フェイ・ユーは勝ち誇った。


「相克や相関と言った相性の問題か…」

「前回は術の相性を用いて破られた。今回は術の相性の上で勝たせてもらうネ。今回はこちらに任せてもらおうか。とっとと逃げ帰るがよろしいネ」


 フェイ・ユーがヒュンヒュンと七星剣を振り回して構えを取る。胸を抑えて蹲る相手にも油断はしない構えのようだ。容赦はなかった。それはフェイ・ユーが朧木を高く評価している現れでもあるのだが、今は最悪な形でそれが現れている。


「万事休すか…」


 朧木は最後の切り札を用いようかとスーツの内ポケットに手を伸ばそうとする。

 その時であった。

 パチパチパチパチ、と拍手が鳴った。

 朧木とフェイ・ユー達は拍手の方向を見る。


「道士と陰陽師の闘い、なかなかに良い見世物でした。ですが、やるなら命のやり取りまでやっていただきたいものですな」


 朧木達がいる場所から少し離れた丘の上に立つのは黒衣の僧侶。


「一体何者ネ?」

「いやいや、名乗るほどのものではございません。なにせ、あなたがたは皆ここで死ぬのですから!」


 黒衣の僧侶から圧倒的なプレッシャーが放たれる。フェイ・ユーが怯んで後ずさる。


「なぜお前がここに…」


 朧木は未だに相手の正体がわからなかった。正体を看過しなければ、相手の妖術に無防備となり危険だった。

 現にフェイ・ユー以外の門下生達は皆黒衣の僧侶のプレッシャーに呑まれて動けなくなっていた。


「久しぶりですね。陰陽師。今回は諸事情によりあなたに肩入れしようかとも思いましたが止めです。お前たちはいずれ禍根となる。やはり術師は危険だ。この場で始末させて頂きましょう。やれ、影法師!」


 黒衣の僧侶の背後から天蓋を被った影法師達がわらわらと現れ、すくんで動けない者たちに襲い掛かる!


「お前たち、何をやっているネ? じっとしていたらやられるヨ!」


 フェイ・ユーの言葉を彼の手下たちはただ聞き流す。ガタガタ震えながら黒衣の僧侶を見上げているばかりだ。気を飲まれ、ひっくり返っている者もいる。

 影法師達がそんな彼らに斬りかかる! バタバタと倒れるフェイ・ユーの手下達。影法師に斬られた者は魂を傷つけられて昏睡状態に陥る。最悪の場合、衰弱して死に至る。


「ホッホッホ! 道士共は修行が足りませぬな!」


 フェイ・ユーも黒衣の僧侶の雰囲気に圧倒されかけているが、門下生たちの手前で情けない真似は出来ぬと持ちこたえていた。

 そこにデモを行っていたリーダー格の幽霊が割り込んだ。


「貴様、さては西国さいごくの妖怪か? 何のつもりだ?」


 黒衣の僧侶がリーダー格の幽霊相手に身構えた。


「何だ貴様は、私を見ても動じないとは。さては人間の幽霊ではないな!」


 黒衣の僧侶がリーダー格の幽霊を睨みつけた。

 リーダー格の幽霊はあっという間に泥だらけの江戸時代の農民の姿に変わった。


「俺の名は泥田坊。この土地を守らんが為にここに居る。西国の妖怪よ、なんのつもりでこの地の問題に関わる? 答えろ!」


 黒衣の僧侶は「カカカ!」と笑った。


「答えるはずがありますまい! 下がれ、下等妖怪め!」


 黒衣の僧侶と泥田坊は睨み合う。

 そんな状況の最中、朧木はダメージから完全に立ち直り、周囲の様子を分析していた。

 幽霊のデモを先導していたのは妖怪だが、どうやら妖怪同士で揉めていた。

 戦況をひっくり返す一手を探す。

 今無事なのはフェイ・ユーと自分だけ。周囲は影法師達が囲んでいる。黒衣の僧侶は泥田坊が相手取っているので、影法師を叩ければ十分そうだ。

 困難な相手である黒衣の僧侶。朧木の脳裏に浮かぶのは三人の侍。

 朧木は戦う覚悟を決めて立ち上がった。


「・・・諸天善神に願い奉る。陰にひなたに歩く道。市井の者の静謐を守らんが為、我が行く手に勝利を」


 朧木良介は戦勝祈願の祝詞をあげる。その台詞に迷いは無い。彼はいつだって市井の側に立つ。

 同時に行われる禹歩。反閇だ。周囲を清めて良い気をもたらす。


「三匹の おとこ集いて 舞う紙よ 悪党どもの 成れの果て」


 朧木は懐から3枚の式神符を取り出す。歌った和歌は3匹が切る! 正義のサムライが悪党を切り捨てた後に刀身をぬぐった懐紙を舞い散らせる動作を真似て式神符を投げ払う!

 歌ったのは戦勝の和歌だ。

 式神符が光り輝く。そして後に残ったのは三体の式神。刀を持った式神二体と仕込み槍を持った式神が1体。

 先端の火蓋が切って落とされる。

 三体の式神は影法師たちと交戦が始まる。交わる刀と刀。交わす刃と刃。戦勝の歌より生まれた力の宿る式神たちのほうが影法師達より強かった。

 1体、また1体と影法師たちを打ち破っていく。


「おのれ陰陽師!」


 そう叫んだ黒衣の僧侶の妖術も、離れていれば効果は薄いようだ。

 フェイ・ユーも戦意を取り戻して戦列に加わる。元々剣術が得意な道士である。刃物沙汰ではフェイ・ユーは強かった。


「やるね、朧木さん。その式神召還術は場の流れを変えることも同時に行う術カ。風水的にも興味深いネ」


 ガキィン、ガキィンと打ち合わされる刀。また一体の影法師が塵と消えていく。

 影法師たちは次々に塵へと帰る。


「おのれ、おのれおのれ!」


 黒衣の僧侶は憤怒の形相で二人を見下ろしている。


「俺のことを忘れていやしないか!」


 泥田坊が黒衣の僧侶へと何かを投げはなつ。泥だ。


「こしゃくな!」


 黒衣の僧侶は袖で打ち払った。

 その時には影法師たちは全滅したあとだった。


「西の妖怪とやらよ。3対1か。どうする。続けるか?」


 朧木はそう告げた。


「まてよ、陰陽師。俺はお前達についた覚えは無い。あいつの相手はお前達でやるんだな」


 泥田坊はそう言って後ろに引き下がった。


「そういうわけネ。2対1。それでもやるカ?」


 フェイ・ユーが黒衣の僧侶を挑発する。


「こちらが劣勢か。いいでしょう。今回は引き下がりましょうか。どちらにしても私は用事は済ませられそうですからな。ホッホッホ!」


 そういうと黒衣の僧侶は後退し姿を消した。

 あたりに静けさが戻る。


「さて、あのハゲの妖怪は片付いたネ。次は泥田坊といったカ? お前はどうするネ?」

「中国の道士よ。なんなら相手になってやろうか?」


 そういう泥田坊の周りに周囲にいた普通の幽霊達が集まる。彼らはみな泥田坊の味方のようだった。


「まて、フェイ・ユー。彼らは元々はただの人間だ。手荒な真似は僕が許さん」


 フェイ・ユーはありえないといった表情を浮かべた。


「この国の人間は甘いネ。中国では立ち退き拒否を続けるとどうなるか知っているカ? 家の周りを掘り下げて孤立させられたり、道路のど真ん中にそのまま残されるネ」


 フェイ・ユーの話は事実だった。


「それでも、だ。僕は彼らとの対話を辞めるつもりは無い」

「・・・今日は満身創痍ネ。手下どもを介抱しなきゃいけない。今日は退散するネ」


 フェイ・ユーは倒れていた門下生達をワゴン車に乗せていく。そしてそのまま走り去った。


「残るは陰陽師、お前だけだな」


 泥田坊が構えている。


「まて、僕は君らに危害を加えるつもりは無い」


 周囲の幽霊達がまた集まってきた。


「ならどうするつもりだ。この地にゴミ処理施設を建設するつもりか?」


 泥田坊にそう問い詰められて、朧木は困り顔だった。


「そうだな。街のゴミを始末する為にどうしても必要なんだ」

「わからんな、陰陽師。ご不浄は鬼門の方角へ。東京の街のゴミは東京の鬼門の方角に捨てるが良い。それが昔からの風習だろう」


 朧木は泥田坊に興味を持った。


「君は妖怪だが人間の幽霊達の側にいるね」

「人間の側にいるのではない。この土地の側にいるのだ。ゴミ処理施設を建設すると、周囲の土地が汚染される恐れがある。そうなっては周囲の田畑も使えなくなる。そうなってから『田を返せ!』と言ったところで遅いんだよ」


 泥田坊は田畑を持つ家人に対して田を返せ、田を返せという妖怪だ。田畑を耕せという意味だが、今回は土地を返せという意味だった。


「ゴミ処理施設の建設が行われる際に、君のように反対する事例がなかったわけではない。それでも施設の利用者である東京都民の為に行われる事だ。広義の意味では大儀は公共事業を行う側にある。いずれは君達は退去せざるを得なくなるだろう。僕がこのまま帰ったところで、別の者がこの地に使わされることになるだろう」

「わからんな。この時代の陰陽師よ。この東京の霊脈の力を弱めようとでも言うのか? いずれ大きな災いとなるだろう」

「今はあまり霊的なものを重要視しない時代となってしまった。それ以上に大多数の生活の利便性を優先される時代だ」


 泥田坊は再び人間の幽霊の姿に戻った。


「俺は、俺達は反対したからな。覚えておくが良い。この地の問題は東京の問題となる」


 周囲の幽霊達の姿が消えていく。泥田坊もその姿を消した。この一件から引き下がったようだ。泥田坊が田を返せというのは農家のあるべき姿の話をしている。ゴミ処理施設の建設はこの時代の住民に必要であるという大儀の元に話をしている。家と社会の大儀を比較して、より大きなものを重んじて泥田坊は自ら身を引いた様だ。


「・・・大多数の為に少数派が犠牲となる。まつりごとにはそのような側面もあると聞いたが、これが正しかったんだろうか・・・」


 広大な空き地に朧木一人が佇んでいる。今、周囲には何も無い。だが、いずれはゴミ処理施設が建設される事になるだろう。

 朧木の仕事は終わった。


 余談である。シリアスな仕事であったため、朧木は猫まんに頼まれたciaoちゅーるを買って帰るのを忘れたようだった。






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