第12話 事件後の顛末

 真っ暗闇な議会室。


「「のうまく さまんだ ばざら だん せんだ まかろしゃだ そわたや うんたらたかんまん」」


 室内に複数の真言が重なり合う。国家安泰の祈願。

 顔に梵字を描いた白い布を付けた者たちが居並ぶ。

 霞町町議会議員の集まりだった。その上座には影の町長と呼ばれる男が座っている。

 町議会議員一同が深々と町長に礼をする。


「うむ。皆のもの、おもてをあげい」


 町議会議員たちが顔を上げた。町長が話を続ける。


「今日こそは良き知らせであろうな」


 町長の言葉に怪貝原議員が前に出た。


「町長。うちの秘書より我が手の者が通り魔を捕らえたと報告がありました」


 町長は鷹揚に頷いた。


「なるほど。良き報せよ。でかした。怪貝原君」

「はっ! ありがたき幸せ! 良き報せのついでに重ねて報告させて頂きます。かねてより通り魔と認識されていた狼男も捕らえたとのこと。今は事件を解決した男が身元引受人となり、保護しているそうです」


 町長は怪貝原議員を正面に見据えた。


「怪貝原君。君の元にいる男は大層優秀なようだな。確か古くからの子飼いの者だったか?」

「左様に御座います。古くからある伝統派の陰陽師にござりまして、在野にて放浪していた所を拾い上げました。今後とも何卒よしなに」


 町長は頷く。


「良かろう。この町の超常現象対策事業は継続してそやつに任せるが良い」


 町長の言葉に怪貝原議員は深々と礼をした。その表情はとても満足そうだった。

 一方で山国議員の方はと言うと、拳を握りしめながら静かに目を閉じていた。

 町長が山国議員の様子に気がつく。


「山国君。君のところの者が通り魔より返り討ちにあったと言う話は報せ聞いている。君はまだ若い。怪貝原君のように長年かけて作り上げた人脈でも無かろう。急造の組織は脆く様々な問題を同時に抱えるものだ。今回は良き勉強となったな?」


 山国議員は目を閉ざしたままだが、拳をわなわなと震えさせている。


「返すお言葉もございません…」


 怪貝原議員が山国議員の方を向いた。


「山国議員の手の者が我が方の男の従業員を拐ったと聞いた。いかが弁明するおつもりか?」


 山国議員は目を開き、怪貝原議員を見る。


「…当方が素性のあやしき者まで編制していた事による落ち度。此度の一件、怪貝原議員側に迷惑をかけたこと、誠に申し訳ない」


 山国議員は怪貝原議員へと頭を下げた。彼にとっても手下が悪事を働いたのは想定外だった。この点にしてみれば、フェイ・ユーも決してお行儀が良かったわけでもない。それもこれも全ては山国議員が怪貝原議員に対抗すべく、無闇矢鱈に掻き集めた人間達であった為に今回のような出来事となった。その上で起きた不始末について、山国議員は深く反省していた。

 在野の優秀な退魔師は誰かしらが囲い込んでいる。その他の有能な者を探してヘッドハントしてようやく人数は揃い始め、その事に満足したがゆえの失敗でもあった。

 町長が山国議員の姿を見ながら怪貝原議員へと語りかける。


「怪貝原君。山国議員配下の者の問題も無事解決したのだろう? 今回は一件落着でよかろう」


 怪貝原は重い口を開く。


「確かに問題は表面上は解決しましたが、新たな問題と脅威が現れました」


 町長は「ふむ」と一言呟いた。怪貝原議員が言葉を続ける。


「問題を起こしたものは通り魔に加担していた何某かと繋がりがあり、その手の者とうちの朧木が交戦。その場はやり過ごす形で終えたようですが、巷を騒がすオカルトドラッグの流通ルートの組織と揉めた事に相違無しとの事」


 町長が苦々しげな表情を浮かべた。


「新たな問題か。万事良しとならぬものよな。今度は組織立った相手だ。こちらもそれなりの対策が必要であろうが…」


 町長は山国議員を見た。


「面目も無く…」


 山国議員がうなだれた。それもそうだろう。山国議員が提案した戦力はドラッグを流通させているような組織を相手どるための組織再編案でもあった。

 山国議員にとっては格好の場であったはずが、先の失態により目も当てられない事となった。


「怪貝原君。山国君だけではない。この場にいる同胞全てに告げる。総本山は動かぬ。国の危機にでもならぬ限りは動く事はない」


 怪貝原議員は困ったような表情をした。


「総本山はあくまでも時代を見据える立ち位置を崩しませぬか」


 町長は頷いた。


「左様。我らがこの街の政治を牛耳る迄になったが、それでもお山のものには些事に過ぎぬ。よって皆のもの励めよ! 我らは我らの意思で動く。山国君も今回の反省を活かし、組織を再編するが良い。山国議員の提案は採択する。我ら霞町配下の退魔師軍団を編制せよ」


 町長は手を掲げて力強く言い放つ。

 周囲の議員達は立ち上がり、手で印を結んだ後に最敬礼の形で答えた。暗闇の中に浮かぶ梵字達。彼らは彼らの思惑で町政に介入する。

 皆が退室を始める中、山国議員もその場を後にする。

 議会室を出た先で政治秘書が山国議員を待っていた。


「至急車を手配しろ」


 山国議員が政治秘書にそう言い放つ。


「かしこまりました。いずこへお出かけでしょうか?」

「横浜の中華街だ。フェイ・ユーの師匠である在日中華退魔師軍団の元締め。青椒ちんじゃお老師に会いに行く。フェイ・ユーはそれなりに使える男のようだ。中国道士を重点的に囲い入れる事にした」


 政治秘書は承諾した。


「山国様。フェイ・ユーは華僑道士としては新進気鋭のエースだと聞き及んでおります。彼を基準にするのは危ういかと思われますが・・・」

「構わん。今は信用のおける使える駒が欲しい。とにかく頭数だ。頭数をそろえねば・・・。それも烏合の衆ではない確固たる指揮系統を備えた集団を」


 山国議員は今回の千載一遇の機会を逃した自覚があった。失敗は失敗として受け入れる。その上で今一度自らが肩入れする流派や組織を見直す。

 未だに怪貝原議員の派閥が優勢である事に変わりなく、現体制を打倒し自らがのし上がる為には強固なピラミッドを作るしかない。国内勢力で難しければ、海外勢力も利用してでもやってのけてやろうと山国議員は息巻いていた。

 霞町議会の動向は現時点を持って尚朧木側には優勢であったが、状況は刻一刻と変化をする。

 山国議員は更なる手を打つべく動き出していた。



 一方その頃、全く別の場所でも暗躍する者達がいた。暗闇の中、ゴミの積み上がった塚山が複数並ぶ場所。その塚山の一つの頂に佇む者がいた。夜空の元で星明かりと遠方の街明かりのみがその男を照らす。黒い着物姿の男だった。辺りが暗い為か顔は良く見えない。

 男の元に膝を付いて傅いているのは黒衣の僧侶だ。


「王よ。この度は如何なるご要件でございましょうか?」


 王と呼ばれた男は塚山の天辺より空を見上げたままだ。


「『はこ』を探している」


 王はただそう呟いた。


「さて、箱でございますか? それは一体いかなる物にございましょうか」


 王は空から塚山の麓にいる黒衣の僧侶に視線を移した。


「石版が入ったのみの箱だと聞く」

「石版、にございますか。探すには些か難儀しそうにござりまする」

「構わん。私が戯れに探しているだけに過ぎないのだから。もし見つかれば面白い事になるぞ」


 黒衣の僧侶が周囲の影法師達に該当する箱をすべて探し出すように命じた。

 影法師達は承諾し、散開していく。影法師は妖怪の手下であり、決して逆らわない。たとえどのような命令であろうとも聞く。影法師達を束ねる黒衣の僧侶が仕える、王と呼ばれる男は興味なさそうにそのような光景を眺めていた。


「王に伝える事がござりまする」

「言え」

「かつて魑魅魍魎達を従え、人間たちを震え上がらせていた御身。またそのようなお立場として立たれる意志はございませぬか?」


 王は嗤った。


「私には似合わぬよ。私は魑魅魍魎を世に解き放って回るだけだ。あれをせい、これをせいと指図をして回るのは性に合わぬ」


 黒衣の僧侶が王を仰ぎ見る。


「左様にござりまするか。残念至極にござりまする」

「いや、構わん。私を神輿に旗揚げを望む一派も存在するのは存じている。だが、今は私の気まぐれを許せ。これは悲願でもある」

「王に何かしらの思慮があっての事。自分が何故に異議を挟みましょうか」


 王は緩やかに立ち上がり、塚山を下る。


「で、あるからして、貴様の為すことも自由にするが良い」


 黒衣の僧侶が王に向かって深々と礼をする。


「人間共にオカルトドラッグを流通させる真似にございますか」

「そうだ。私が言っているのは海外の魔物共をドラッグの密輸に用いている点だ」

「ご存知とは! 恐れ入りまする! 流石はご慧眼」

「世辞などよいぞ? 貴様が利用しているのは深き者どもと言ったな」

「確かに、そのような名の者達にござります。かつては海外の港街を乗っ取り支配するまでに至ったこともある魔物達にございます」

「海底を密輸ルートにするとはなかなか考えたものだ。人間達も見つけられまい」

「恐悦にござります。取引は彼らの言い値での売買となりますが、商品は人間共の魂を効率よく濁らせる格好の道具にございます」


 王は黒衣の僧侶の脇を通り過ぎる。


「そちらの話は興味は無い。お前が深き者どもに顔が利くというならば、かつては海外にあったというはこの情報を得るにもよかろう」

「ははっ、該当のはこに心当たりがないか、やつらめに当たってごらんにいれましょう」

「期待せずに待つとしよう」


 そういうと王は静かに闇の中に溶け込むように姿を消していった。

 人ならざる者共は闇から闇へと渡り歩き、静かにこの世を蝕んでいく。彼らにとっては闇こそが本来の居場所だった。

 黒衣の僧侶は完全に王の気配が消えるのを確認する。


「道楽好きの西国の大妖怪は去ったか。全く、何を考えてふらふらしておられるのやら・・・さてさて、我が偉業に妨げることがなく何よりよ。人間の魂は迷いに迷うわ金は手に入るわで、こればかりはやめられんな。カッカッカッ!」


 黒衣の僧侶は高らかに笑った。先ほどまで王に対してへりくだって見せていた姿もどこへやら。悪態を付きながら自らの私利私欲を優先する有様。

 周囲の影法師達は何を言うわけでもなく黙って立っている。彼らが付き従うのはあくまで黒衣の僧侶に対してであるのが見て取れた。

 決して一枚岩ではない妖怪サイド。彼らには彼らの思惑と思想と価値観があり、それぞれが独自に動いているようでもあった。人類に安らぎが来る事はなさそうだ。

 黒衣の僧侶も緩やかに闇の中へと姿をくらましていく。影法師達は無言で黒衣の僧侶の後に続いたのだった。



 翌日の事。世の中の動向など全く気にも掛けていないであろう朧木探偵事務所は賑やかな場となっていた。

 狼男は狼の姿になっている。さくらが猫と狼を見比べる。


「朧木さん。ペットを増やすんですか?」

「何を言うか。彼は貴重な戦力だ。契約社員のような護法童子が雇われ止めをしそうなんだ。このままでは次月更新が危うくてね。代わりの戦力が欲しかったところだ」

「誰ですか! それになぜ雇用主が力関係で負けているんですか!」


 さくらは脱力した。

 さくらは護法童子なる従業員がいることを知らなかった。だから狼男を捕えたのが護法童子である事も知らない。


「彼の働きで攫われた君を見つけられたんだから、大活躍だったんだよ」

「そういえば、狼男さんが通り魔じゃなかったんですよね?」

「そうだよ」

「それならば、本物の通り魔はどうなったんですか?」


 朧木は笑顔を浮かべた。余裕の笑みというものだ。


「それはもう捕まえた。この間の神主さんが依頼してきた失せ物を所持していたよ。事件は一石二鳥で解決してくれて何よりだ。まぁ、いくつかは問題があるがね」

「何です?」

「失せ物の折れた刀はナイフに加工されて、通り魔の凶器に使われちゃってた。事件の証拠品として、警察に押収されたままなんだ。事件が解決するまでは返却されないだろうから、神主の依頼が達成されるのはまだまだ後かな」

「一応、成功報酬は望めそうなんですね」

「そりゃあ、僕が前線に立って通り魔を捕縛したからね。ナイフの所持者は沖田総司の転生者らしかったが、かつての敵も味方もなくなった世界でひとり落ちぶれたものだ」

「前世が有名人でも現世では違ったんですか?」

「折れた刀は繋ぎ合わせようとも元通りにはならないんだ。同じように今生で前世の人間になどなれないものさ。で、通り魔事件については解決した。もう一つの問題は…君を拐った黒衣の僧侶が何者なのかわからなかった。影法師を従えていた事から妖怪なんだろうが、何者なのかあたりもつけられなかったよ。しかも組織で動いていると来た」

「私は気を失っていたんで、何がなんだかわからないです」

「なら、僕らは犯罪組織を敵に回したかもしれない。それを心に留めておくだけで十分かな。今回は相手が引き下がったが、次もそうするとは限らない。覚えておいて欲しい」


 さくらは素直に頷いた。内心はそんな組織、暴いてやろうと意気込んでいるが。危なかしい子だった。


「朧木さん。今日は事件解決のお祝いですか? しましょうよ!」


 さくらが話を持ちかける。朧木は笑った。


「いいね! たまにはそういうのも。みんなお腹が空いただろうし、何か出前でも取ろうか!」


 猫まんがガバッと起き上がった。


「良介。まぐろ」

「何だい、猫まん。そうだな。お寿司にしようか」


 さくらが不思議そうに首をひねる。


「猫って泳げないのにどうして魚が好物なんだろう」

「なんだい。この子ったらやぶからぼうに。猫は猫でウミネコって言うのもいるくらいだから、魚が好きでも良いじゃないか」

「猫まん、それって鳥だよ…」


 さくらが珍妙なものを見るような目つきで猫まんを見ながらそう呟いた。

 その間に朧木がどこかへ電話を終えていた。


「特上のお寿司を頼んだ。マグロ尽くしだよ。当然サビ抜きだ、猫まん」

「良介、よくやった!」


 猫まんが手ぬぐいを被りソファーの上に二足歩行で立ち上がって、ええじゃないかええじゃないかヨイヨイヨイ!と掛け声を上げて動きだす。

 ご機嫌の化け猫はキレッキレのムーブで踊りを披露した。


「騒がしいところだぜ…」


 寝そべった狼がポツリとそう呟いた。

 と、ドンドンと事務所の玄関を叩く音が聞こえた。

 トタトタとさくらが玄関へ駆け出す。


「はーい。なんでしょうか。出前かな。随分と早いような…」


 さくらが玄関を開ける。と、そこに居たのは魔紗だった。


「朧木! 私言ったわよね? 邪魔ダテするなら容赦はしないと」


 魔紗は怒り心頭といった様子だ。づかづかと踏み込んできた。その様子に狼男がギョッとする。


「さて、何でございましょうか?」


 朧木はとぼけてみせた。


「亜門から聞いたわよ。あんた、狼男を雇い入れたんだってね! ほら、そこの!」


 魔紗は狼を指差した。そのことに気がついた狼はそっぽを向いた。


「彼なら僕が保護した。今では僕が彼の身元保証人だ。滞在許可証も準備してある。彼はれっきとした市井のものだよ」

「何それ。そこまでやっちゃうわけ?」

「狼男君は晴れてうちの従業員となった。ビザもある。超法規的措置ではあったがさ。これで君は彼をとらえる大義名分が無くなった。さて、いかがかな?」


 魔紗が全身をブルブルと小刻みに震わせている。


「なんて事なの! 由緒正しい西洋の怪物が極東の魔術師に飼われるなんて! コラ! そこの狼! モンスターとしての矜持は無いのか!」


 その狼のそばでは未だに手ぬぐいを被った猫が二足歩行で踊っていた。


「ええじゃないかええじゃないかヨイヨイヨイ!」


 猫まんが掛け声を上げながら魔紗の周りをクルクルと廻る。


「良くはないわぁ! くっ。面識はあったけれども、なんて不可解なアニマルの化物! 侮っていたわ。朧木に魔物使いとしての才もあったなんて…」

「ないないない」


 朧木は手を振りながらそう否定した。


「私、決めたわ。あんたがそのつもりなら、私はこの街に居座って退魔業を開業するわ。これよりあんたは商売敵。覚悟することね」


 朧木は「あちゃー」と顔に手を当てた。

 と、コンコンと事務所のドアが叩かれる。

 そばにいたさくらが玄関を開ける。


「はーい、どなたでしょう…あぁ、出前の」


 ギスギスした雰囲気に変わった事務所内に特上の寿司が届いた。

 配達員がいる間は猫まんも床に寝転び、ただの猫のふりをしている。頭に手ぬぐいは被ったままだったが。

 さくらはお寿司を受け取って、パタンと玄関を閉ざした。

 魔紗は拍子抜けしたのか落ち着いていた。


「そうそう。事件解決おめでとう。朧木。あんた、それなりにやるようね。今日はお祝いムードのようだから引き下がってあげる。だけどいい気にならない事ね。私を敵に回した事を後悔させてあげるから」


 そう言うと魔紗はその場を立ち去っていく。皆ただ彼女の姿を眺めているだけだった。今はそっとしておくのが無難だとの判断からだった。

 魔紗の姿が見えなくなったのを見計らってさくらが口を開いた。


「堂々とケンカ売られちゃいましたけど、どうするんです?」


 さくらは疲れ切った表情の朧木に尋ねた。


「どうしたものかな。ライバル業者が増えた事だけでなく、恐らくは亜門さんと結託して僕が失脚するのを待つつもりだろう。困ったのが増えちゃったな」


 今回の事件解決で怪貝原議員の覚えめでたく、これにより亜門の嫉妬を免れそうになかった。立場が変わったわけではない。朧木は後方に憂い有り。


「今回は朧木さんの大活躍と、新たに従業員となった狼男さんのお祝いをしましょうか。…ところで、狼男さんのお名前はなんですか?」

「…ヴォルフガングだ」


 狼が面倒臭そうに返事を返した。


「ヴォルフガング…なんだか格好良い名前ですね!」

「あー、丼副君。ヴォルフガングはドイツ語で狼という意味の男性名なんだよ…偽名かな」


 と、朧木は名前の由来を説明した。


「…狼男さんと呼ぶのと大差ないんですね」


 そう言うとさくらは出前寿司をテーブルの上に置く。


「おっと、飲み物を用意していなかったな」


 朧木が冷蔵庫に飲み物を取りに行った。眼前の脅威であった魔紗が帰ったことによって、朧木探偵事務所は賑やかな笑顔を再び取り戻した。

 気がはやる猫まんは前足をテーブルに載せて、卓上のマグロの寿司を覗き見る。


「猫まん・・・それってお行儀の悪い猫がよくやる動きだよ」


 根性のある猫はコタツの卓上にある魚などに恐る恐ると手を伸ばす。たとえ目の前で飼い主が見ていようとも行う。猫だって千差万別。個性もある。各々性格が違うので確かな事はいえないが、そのような行儀の悪い猫も確かに存在する。犬はお行儀のよい犬はどこまでも良いが、猫はお行儀の悪い猫はどこまでも悪かった。猫は悪さして何ぼなところがあるかもしれない。


「良介や・・・飯はまだかいね・・・」


 猫まんが食欲を我慢しながらそう朧木に語りかける。


「みんなで乾杯してからな!」


 朧木は笑顔でそう答えた。


「猫と狼はお茶は呑まないよねぇ・・・あぁ、まぐろ」


 猫まんがじゅるりとよだれを垂らす。


「はいはい、じゃあ丼副君と乾杯しようか。・・・今日はお疲れ様ー」


 朧木とさくらは紙コップで乾杯し、その日一日を労った。

 猫まんはわき目も振らずにまぐろにかじりついている。狼もまぐろを食べていた。犬もまぐろは食べられる。

 大変な一日であったけれど、無事乗り越える事ができた。だが、今後も難事が彼らを襲うであろう。今はただ、休息の時である。

 特上寿司を取り囲み、朗らかなやりとりで時間が緩やかに流れていった。

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