第11話 囚われの従業員

 静まり返った朧探偵事務所内。

 朧木は狼男と一緒にいた。


「君だけが頼りなんだ! 頼む!」


 朧木が狼男に頭を下げた。

 狼男は嫌そうに朧木を眺めていた。


「俺に何の用かと思えば犬の真似事をしろとはな・・・」


 朧木は両手をすり合わせて狼男に懇願する。


「うちの従業員が何者かに攫われたんだ! どんな痕跡でもいいから教えてくれ!」

「人の話を聞けよ!」

「聞いているとも! 君の事情も知っている! 殆ど不倶戴天の相手ともいえるバチカンの刺客に狙われているんだろう? 強制送還にならずにすませるには君の身元引き受けや身分保証が必要だ。ぜひともうちの従業員になってくれないか?」

「話が飛躍しすぎているぜ!」

「していないとも! 一般的な就労ビザで円満解決! 君は稼ぎ口も見つかりいい事尽くめじゃないか!」

「くっ、足元を見やがって・・・」

「こちらも緊急事態なんだ。手段にこだわってはいられないんだよ」


 狼男が少しばかり考え込む。


「・・・よし、わかった。そちらの条件で手を打とう。で、俺は何をすればよい?」


 朧木は少しばかりほっとした表情を浮かべた。


「この事務所内を何者かが襲ったようだ。そいつが誰なのかどこにいるのかを突き止めてもらいたい。匂いか何かは残っているのではないかと思うんだ」


 狼男は周囲の匂いをかいで回る。


「あんたや猫と人間の女と思わしき匂いはあるが・・・最近と思われる誰かの匂いもあるな」

「その匂いの後を追えるか?」

「できるとも。俺は自然のハンター、狼のモンスターなんだからよ。・・・狼に変身していいか? 街中で地面の匂いを人間の姿で嗅いでいるのはまずいからよ」

「わかった」


 狼男はバック宙返りをすると狼の姿に変身した。


「これなら犬とまちがわれるだろう。俺は不本意だがな。さて、では行くぞ」


 狼が率先して歩き出した。


 街中を歩く朧木と狼。その光景は犬を放し飼いして散歩している男、くらいにはまわりに見えるだろう。それはそれで問題が無いわけでもないが。


「狼男君。君はその姿なら普通の大型犬にしか見えないだろうね。それなら教会の人間もごまかせるんじゃないのか?」


 地面の匂いをくんかくんかと嗅いでいた狼が顔をあげる。


「ところがやつらは俺の目を見て普通の犬や狼と違うと感づくのさ。異様に黄金色に輝くからよ」

「なるほど。あちらも流石専門家だけのことはある・・・それにしても、君はどうして日本に来たんだい? 生まれは海外なんだろう?」


 狼の表情はいまいちよくわからなかった。


「俺はもともと一匹狼だ。生まれた場所に仲間は無く、もとより土地や国にも執着はない。だから旅に出たんだ。この国に滞在しているのはたまたまさ。俺の嫌いな宗教が蔓延っているわけでもない。居つくには丁度良かっただけだ」


「君らは歴史的背景でみてもキリスト教とは反目しあう間柄なわけだからね。この国にも教会はあるけれどさ」

「そいつら経由でバチカン本国から派遣員が送られている事は知っている。俺を捜しているロングソードを持った時代錯誤な女がいることもな。あれは冗談が通じないから厄介だ。俺を捕まえるまで活動を続けるだろう」

「魔沙のことか。僕も敵対視されていたよ。中々大変なお嬢さんだ。あの若さでバチカン特務院にいるということは相当腕は立つんだろうな」


 狼が周囲にきょろきょろと視線を向ける。


「ところで、周囲に人がいるときは口をつぐんだ方がいいぞ。流石に俺と会話しているとは思わないだろうから、独り言のうるさいやばそうなやつだと思われるぞ?」


 狼が視線を向けた先から一般の歩行者がやってきた。朧木は流石に口を閉ざし、犬を散歩している人間の振りをした。

 歩行者が通り過ぎて遠くへ行った。それを確認した朧木が口を開く。


「流石に狼が街中を歩いているとは思わないようだ。それにしても、うちの従業員を攫ったのは何者なんだ。わかるか?」


 朧木が狼の顔を見た。


「おそらくはあの通り魔と関わりのある者だろう。同じナニカの臭いがした」


 朧木が沖田総司のことを思い出す。あれに共通点を持つものというなら何があるのだろうかと。


「・・・沖田か。あれは前世帰りするドラッグを使用していた。あいつに関わりがあるとなると、その関係者の線が強いな」


 狼が朧木の言葉を聞いて、嘲る様に笑い始めた。


「オカルトドラッグか。聞いた事があるな。製造拠点は海外にあるらしい。売人か何かでも居るんじゃないのか?」

「あり得るな。それにしても今を生きながら前世を気にかけるとはねぇ。僕には理解できないよ。大事なのは今の自分はどうかだと思うんだが」


 狼が朧木の顔を見上げた。


「どうだろうな。自分のルーツというのを、意外と人は知りたがるものなのかもしれない。自分が何者なのか・・・そんな事をよ」

「自分が何者なのか、か。アイデンティティというものか?」

「自分がなぜ人とは違うのか、昔はそんな事ばかり考えていた。違う者は違うのだから仕方ないとはいえ、自分がなぜ狼男なのかということを考え続けていた頃があった。人間ではないのに人間社会の煩わしさに振り回されるんだから割に合わないぜ」

「人間の振りをして生きていかなきゃならないからか。狼に変身していれば狼としては生きられるんじゃないのか?」


 狼が自嘲気味に笑った。


「狼男は狼男だ。狼に変身しようが狼には警戒される。人間に変身しようが狼男として恐れられる。どちらにもなれやしないのさ。自分はどちらでもない」

「生まれついた宿業てやつか・・・」


 朧木と狼が無言で街中を歩く。何人もの歩行者が通り過ぎていくが、誰も朧木や狼を気にする者はいなかった。

 外見だけなら狼男は人間にしか見えず、或いは狼(大きな犬)にしか見えない。どちらかであったならば狼男には何の問題も無かっただろう。そのどちらにもなれるからこその怪物モンスターだ。


「で、俺は思うのだが、前世ドラッグを使う連中というのは何者なんだろう、とな。この時代の人間でありながら前時代の人間ですらある。俺は狼でも人間でもない狼男だから尚の事不思議に感じる。彼らもこの時代の人間でもなく、前世の時代の人間にもなりきれないんじゃないのか、とな」

「転生者は確かに過去の人間を名乗ったが、この時代のルールに縛られる。全く同じになどなれやしないのに、なぜなろうとするのかは僕にも不思議だよ。そんな連中が後を絶たないからこそドラッグが蔓延っているんだろうが・・・」

「自らドラッグを手にしなければそうはならないからこそ、俺は人間てのはのんきなものだと言うんだよ」


 狼が地面の匂いの変化に気がつき道を変えた。朧木も後に続く。


「時代も価値観も居合わせる人間も違うのに、過去の人間になったからといって何か大きなことが出来るわけでもないからねぇ。そのギャップにはまり込んで社会のルールを逸脱したのが通り魔事件の犯人像だと思う」

「あの刃物を持った通り魔か。どこからか手に入れた刃物に自己をゆだねているような危ういやつだったな」

「昔誰かが持っていた何かを手にしているからその人物になれるだなんてそんなわけはないのにね。その時代に沿った思想や活動家達がいて、その抑止力として存在したのが沖田総司という人物だったのではないかと僕は思うんだ。敵ありきで存在する人物。その人個人だけでは成立しえないんだよ」

「敵がいるから成り立つ誰か、か。俺はどこまで行っても敵役ヴィランだからなんとも面白い話ではないな」

「そんな決め付けは良くないんじゃないのか?」

「モンスターは人に恐れられるからモンスターなんだよ。俺のように何もしていなくともよ」


 朧木と狼は無言になった。誰かが通り過ぎたわけではなく、会話の内容に対して無言になったのだ。

 静寂の中を狼が先導して歩き、朧木が後を追う。


「その濡れ衣も晴れたから良かったじゃないか。少なくとも行政は一般人としての戸籍を有しない事を問題視するだけであって、ほかは君の存在を問題視してはいない」

「・・・だからこそ俺にあんたのとこの従業員になって暮らせ、というのか?」

「現状の解決案であるから僕は提案している」


 再び互いに無言となった。人通りの少ない工場地帯に入る。

 狼が風上に向かって鼻を向けた。


「・・・どうやら犯人はこの付近のようだぜ」

「ここは・・・沖田が僕を呼びつけようとした廃工場のある辺りだな・・・そうか。そこか」

「廃工場? どうやら当たりのようだ。なにやらおかしな連中が出てきたぞ」

「あれは…影法師だな。狼男君、手伝ってもらうぞ」


 影法師。文字通り人の姿をした影。本体の人の姿は無く、影だけが単独で動いていた。みな虚無僧が被る天蓋てんがいと呼ばれる物を身に着けている。


「そりゃいいけどよ。高く付くぜ!」

「それはうちの従業員になる意思表示と見た。では行くぞ! ・・・諸天善神に願い奉る。陰にひなたに歩く道。市井の者の静謐を守らんが為、我が行く手に勝利を」


 朧木良介は戦勝祈願の祝詞をあげた。そしていつものように行う反閇。戦闘体制は整った。

 朧木は布で巻かれている破軍を抜いた。

 影法師達が襲い掛かる!

 狼男は人の姿に変身していた。そして影法師の一体と取っ組み合いになっている。力勝負でなら狼男に分があるようだった。

 朧木も影法師達に向き合う。

 影法師達はそれぞれが抜刀した。

 ・・・一体の影法師が朧木に切りかかる。朧木は破軍で受け止める。朧木は返す刀で相手を切り伏せた。だがあっという間に数体の影法師達に取り囲まれた。

 狼男も一体投げ飛ばしていたが、圧倒的多数の影法師に囲まれて動けずにいた。

 戦況は朧木達に圧倒的に不利だった。


「多勢に無勢だな! こうなったら式神を・・・」


 朧木は七枚の式神符を懐から取り出した。朧木は目を閉じ、それぞれを指の間に挟んで両手で持って口を開く。


「負け戦 平和なひと時 七人の さむらい達よ 田植え歌えば」


 五、七、五、七、七のリズム。

 朧木は和歌と共に式神符を投げうった。式神符はきらきらと輝き、くるくると回り続ける。


「式神招来!」


 朧木が叫ぶと式神符は光り輝き、光が引いた時にはその場に七人の侍が立っていた。

 式神招来。和歌を持って式神を呼び出す平安の技法。和歌が優れているほどに式神符に入るかりそめの魂も優れているという。平安時代という同じ時代に流行った陰陽道と和歌のあわせ技だった。

 七人の精悍な顔つきの侍達が抜刀し、あるいは長槍を構える。

 朧木が呼び出した式神、七人の侍は影法師達と交戦状態となった。

 あちらこちらで切り結ばれる。

 狼男も奮闘している。

 朧木も破軍に持ち替えて影法師たちと切り結ぶ。

 総勢20体ほどの影。数ではまだまだ影法師の方が優位であったが、個々の戦闘能力では朧木達のほうが上であった。

 ガキンガキンとあちらこちらで剣と剣がぶつかり合う音がする。

 影法師達が一体、また一体と切り伏せられていく。

 だが、式神たちも一体、また一体と数を減らしていった。

 拮抗する戦場。刀を持って向かい合う者達。

 拮抗を破ったのは狼男であった。

 狼男は倒れていた影法師を掴んでジャイアントスイングをし、他の影法師たちをなぎ倒していった。


「やるな、狼男君! 影法師如きでは相手にならないようだな!」


 朧木がそう呟いた時、最後の影法師が叩きのめされた。

 戦闘が終わるころには四枚の敗れに破れた式神符が地面に落ちていた。

 劣勢を負け戦として和歌にしたためた。映画七人の侍では戦い後に田植えのシーンがあり、農民達に比べれば負け戦だなと侍たちが語り合っていた。当人は負け戦とするが全体では勝ち戦の歌になるというひっくり返す呪歌としたようだ。


「メイガスよぉ、こいつらは一体なんなんだ?」


「影法師は妖怪が使役する地獄に堕ちた人間達の魂だ。こいつらを使役する親玉がどこかにいるということだが・・・」


 朧木達が周囲を警戒する中、廃工場の屋根の上に人影が現れた。

 それは黒いお坊さんのような格好をしていた。全身から黒いオーラを昇らせていて、威圧的な風格すら感じさせる。

 黒い僧侶は拍手を持って朧木達に答えた。黒い僧侶の存在にに朧木達が気がつく。


「何者だ!」


 朧木が誰何する。


「お初お目にかかる。陰陽師殿、私はしがない妖怪に過ぎない。名乗りは控えさせてもらおう。さて、あなた方の用件は把握している」

「なら、うちの従業員を返してもらおうか!」


 黒い僧侶が「カカカカ!」と高らかに笑った。


「予想以上に早い対応。まさかこれほど早くにここを突き止めるとは。流石に計算外でしたよ。さてはさては名のあるお方か」


 朧木は黒い僧侶への警戒を解かなかった。生き残ったうちの1体の式神に命じてさり気なく工場内に突入させる。


「貴様の目的はなんだ?」


 朧木が黒い僧侶へ尋ねた。


「まぁまぁ、そう焦らずに。まずはお聞きください。我々はあなた方に敵対するつもりはさらさらない」

「言い直そう。貴様らの目的はなんだ?」


 朧木の鋭い視線は黒い僧侶を射抜かんばかりだった。


「・・・ほっほっほ。ほんとうに威勢のいい陰陽師殿だ」


 黒い僧侶から若干の苛立ちが感じられた。


「僕に干渉してきたからには直近の出来事が絡んでいるのかね?」

「あぁ、沖田殿のことか。彼は残念な事になったものだ。彼はうちの顧客でね。商品をいつも買ってくれる良い上客だったのだよ。まったく持って困った事になったものだ」


 朧木が拳を握り締める。


「彼が道を踏み外したのも貴様らのせいか!」

「バカを言っちゃあいけない。彼は元々あの有様だった。寄る辺も無く何をするわけでもなかった彼が、自分自身が何者であるのかを思い出し、生き生きとし始めたのだから。我々はその手助けをしたに過ぎない。その結果彼が何をしたのかは彼自身の問題であって、そこに我々がどうこうしたと言われるのは、はなはだ言いがかりを突きつけられているに過ぎないね」


 と、そこに先程潜り込ませた式神がさくらをつれて戻ってきた。


「丼副君、無事だったか!」

「おっと、口上につられておなごを取り返されましたか。なかなかに抜け目ないお方だ。まぁ、用事はどちらにせよ済ませられます。今回はここらで手打ちと致しませんかね?」


 黒い僧侶は嘲笑した。


「貴様らを見過ごすわけにはいかない!」


 朧木がビシッと黒い僧侶を指差した。

 とたんに黒い僧侶のオーラが膨れ上がった。

 黒い僧侶がより巨大になったように錯覚する。周囲にすさまじい重圧が掛かる。

 側にいた狼男が気圧されて後ずさる。


「ほっほう。陰陽師殿、威勢だけでは生き残れませんぞ。さて、いかがなさいますかな? こちらとしては面倒ごとは御免被りますがね」


 強烈なプレッシャー。狼男がつばを飲み込んだ。


「ぐっ、感じるこの脅威・・・貴様は一体何者だ?」


 朧木は気圧されながらも黒い僧侶へ問うた。


「だから名乗るつもりはございません。今日のところは軽い挨拶だけにしておきましょう。重ねて言いますが、我々はあなた方に敵対するつもりは毛頭ない。ゆえに『我々に干渉しないでいただけないでしょうか?』これが本題で。おわかりいただけましたでしょうか」


 朧木が押し黙る。本当はなおさら見逃すわけには行かない、と言いたいところであったろうが、朧木は相手の力量を見切れずにいた。

 強烈な存在感。圧倒的な重圧。まるで巨大な何かに敵対しようとしているかのような危機感。この場は穏便に済ませてしまうのが一番ではないかと、朧木の心のどこかでそのような意見が出てくる。

 精神が負けかけている。重圧に負けそうになっている。

 さくらが無事であった安堵感が気の緩みに繋がりそうにもなっていた。

 黒い僧侶の妖術にやられているようだ。気圧されて汗が滲み出る。

 廃工場の屋根に乗る黒い僧侶は、廃工場よりも巨大なナニカのように錯覚させるほどの威圧感を放っていた。

 廃工場から20体程の影法師達が現れた。先ほどの20体とあわせて、合計40体もの影法師がいたようだ。


「影法師。まだいたのか・・・」


 既に式神は7体から3体に減っている。このままではかなり分が悪い。


「このまま戦ってもただの消耗戦。こちらも駒を無駄に減らすのは極力避けたい。陰陽師殿、今日のところはこちらが引き下がりましょう。では、もう遭わない事を祈りまして、さらば」


 廃工場の上にいた黒い法師は姿を消した。それにあわせて影法師たちも引き下がっていく。


「助かったか・・・」


 朧木の背後で狼男がそう呟いた。


「一体何者だったんだ・・・おい、丼副君。無事か?」


 朧木がさくらの頬をぺしぺしと叩いた。さくらがうーんと唸る。


「・・・あれ、所長。どうしたんですか?」


 さくらが目を覚ました。


「どうしたもこうしたもないよ。まったく」


 さくらが起き上がった。


「あれ。私、どうしてこんなところに」

「君は何者かに攫われていたんだよ。記憶が無いのか?」

「えーと、急にお客様が現れて玄関口まで向かったところまでは覚えているんですが・・・そこから先は覚えてないです」


 狼男が周囲への警戒を解いて話しかけてきた。


「やれやれ、お嬢ちゃんが無事なようで何よりだ」

「あれれ、こちらの方は?」


 さくらが狼男に気がついた。


「あぁ、君を捜すのに協力してもらった狼男君だ」

「それはそれは。ありがとうございます。おかげで助かりました。・・・えっ、狼男?」


 さくらは狼男に礼をしつつ、遅れて気がついたようだった。


「よぉ、この間は教会の人間とつるんで俺を捜していたようじゃねーか。大分無茶をしたようだが感心しねぇな」


 狼男はにやりと笑った。さくらが悪質なナンパ野郎に捕まっていたのを知っていたからだ。


「ん、何だ君ら。既に顔見知りか?」


 さくらはばつが悪そうにしている。狼男は笑っていた。


「それにしても、だ。メイガス。さっきの野郎は一体なんだったんだ? 危険な野郎だと俺の勘が告げていた」


 朧木は狼男の台詞に考え込んだ。


「検討も付かんな。だが危機感を感じていたのは僕もだ。実際、相手に影法師たちの余力があった事もあって、相当危険な状態だったが」

「この街は退屈しないねぇ。もうしばらく滞在しよう」

「なら生活などの面倒はこちらで見よう」

「あぁ、しばらく厄介になるぜ。あんな連中がいるなら、俺も埋もれてしまうだろうよ。平穏な日常から離れた場所は俺達みたいな連中にとっては憩いの場だ」


 さくらが狼男を見た。


「えっえっ、妖怪を従業員にするんですか!」

「飼い猫が既に妖怪なんだ。君も慣れたものだろうに」


 朧木が不思議そうにさくらを見つめる。


「猫科と犬科の妖怪が一緒って・・・」

「おいおい。嬢ちゃんよぉ。俺は犬じゃなく狼だ。そこ、間違えるなよ」


 狼男があからさまに不機嫌になった。


「ま、そういうわけだ。彼は通り魔ではない。まぁ、善人の部類だ。彼のこともよろしく頼むよ、丼副君」

「ん? じゃあ、所長。通り魔事件は解決したんですか?」

「解決? うーん。したとは言いがたいが、表向きは解決したよ」


 朧木は先ほどの黒い僧侶のことを思い出す。黒い僧侶が立っていた場所を見た。


「あぁ、あの黒い僧侶ならもうこの場にはいねえぜ」


 狼男が気配を探りながら答えた。


「ま、そんなわけだ。今日のところは帰ろう。みんな無事ならそれでいいじゃないか」


 最後は朧木がとりあえず取りまとめた格好となった。

 朧木は式神たちを式神符に戻した。

 三人で帰路につく。長い事件が終わったようで、別の何かが始まったような予感。朧木の直感は、今日の日がただの始まりに過ぎない事を感じ取っていた。

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