第10話 事件後に事件
朧木が沖田総司の生まれ変わりと言う噂をネットに流すこと1週間。刀関連のサイトや新撰組関連のサイトに念入りに投稿する事によって噂をばらまくことで、犯人が関心を持っているであろうエリアに偽りの情報を張り巡らす。
式神を用いて街中を警備しているが、通り魔は一向に姿を現さない。どうやら通り魔は現在潜伏中のようだ。現れないなら炙り出すしかない。情報戦、心理戦によって犯人を追い詰める。それは朧木自身をターゲットにさせることで完遂する。
朧木は所長デスクのパソコンを眺めていた。『朧木という探偵は沖田総司の生まれ変わりらしい』と自作自演の偽情報を書き込んでいた。内容が内容だけにしょうも無い事をやっているな、と朧木は苦笑する。
「これで通り魔が出てきてしまったら、それこそ通り魔がそれだけどうしようもないやつという事になるな」
朧木は開いていたサイトを閉じた。
と、そこにさくらがお茶を持ってきた。
「朧木さん。調子はどうですか?」
「あぁ、ことさら丁寧に犯人を刺激する情報を撒いておいたよ。後は犯人が動くのを待とう」
「朧木さんはいつも受動的ですけれど、待ち伏せする戦術が得意なんですね」
「僕が待ち伏せされる側かもしれないぞ。なんにしても気の抜けない生活だよ。警察じゃないから能動的捜査なんて限界があるし、致し方ないとはいえ不本意な作戦でもある」
「表向き事件は沈静化しましたが・・・」
「裏では山国議員の子飼いの者達が返り討ちにあっている。体裁があるので隠し通すつもりのようだがね。面目は丸つぶれだろうよ」
「チャンスですね」
「それは悪い発想と言うものだよ。山国議員が事件を解決してくれるならそれに越した事はないのさ。一般人にとってはね。僕も少し困るが面倒は無くて助かるというものだ」
「だけど一向に解決する気配は無いですね」
「発端は櫻田神社から刃物の切っ先が盗まれた件だが、こんな面倒な事件を頼まれていたとはねぇ。報酬が高すぎたから嫌な予感はしていたんだよ。美味しい話なんてないという教訓かな」
「探偵事務所としてはそれで万々歳なんでしょうが」
「無事解決できればの話だね」
と、朧木とさくらがそんなやりとりをしていると、ふいに事務所の電話が鳴った。さくらが事務デスクに戻って電話を取る。
しばらく電話でやり取りが続いていたが、どうもさくらの様子がおかしかった。さくらは電話を保留にしてから顔を上げた。
「所長、その・・・お電話です」
朧木が怪訝な表情をする。
「どなたかな?」
「わかりません。名乗らなかったもん・・・」
「変な電話だなぁ。そういうのは切ってしまって良いよ。社会マナーがなっていないような者をまともに相手にするような礼儀作法など無い・・・と言いたかったが、今の自分はそんな者を相手にしている最中だったな」
朧木は電話を受け取った。
「お前が朧木良介か」
電話口の向こうから低い男の声が聞こえてきた。
「確かに僕が朧木良介だが、あなたはどなたかな?」
「俺の事などいい。手短に話す。加州清光をもって3日後の晩に廃工場跡まで来い」
朧木はその瞬間に相手が誰だかわかった。
「・・・そうか。君が沖田総司クンだね?」
朧木の声には軽蔑が混じっていた。
「なんだ。気が付いていたのか。そうだ。俺こそが本物の沖田総司だ。噂の偽物にはご理解いただけていたようで何よりだ。それなら話が早い。『俺の加州清光を返せ!』」
「そうはいかない。君はこの時代にやってはいけないことをやってしまった。君が何者であろうがそれは許されない」
「御託はいい・・・俺が興味のあるのはあの刀だけだ」
「いいかい。これは最後通告だ。己の愚かさを恥じて自首するが良い」
朧木は強い口調で言った。
しばらく無言が続いた後、がちゃりと勢いよく電話が切られた。
「がちゃり、と受話器を下ろしたか。やはり公衆電話辺りから電話をしていたな! 今どき公衆電話を使うものは少ない。式神を張り巡らせてもらった」
朧木はすばやく式神に命じて町中の全ての公衆電話へと向かわせていた。
当たりだった。
式神が電話ボックスから出てくる男の姿を捉える。灰色のパーカーを着ていて、すっぽりとフードを被っている。フェイ・ユーから渡された写真の人物に一致する。
式神に後をつけさせる。沖田総司はしばらく歩いた後に一軒のボロ屋に入って行った。一見すると誰も住んではいなさそうなボロ屋だった。恐らく持ち主不明のまま放置されている空き家だったが、どうやら無断で入り込んでいるようだ。
「朧木さん、急にどうしたんです?」
「どうしたもこうしたも、通り魔の居場所が見つかったよ。逆探知を恐れて公衆電話を使ったようだが、それが却って仇になったようだ」
「そっか。式神とやらを使ったんですか?」
「どうやら町中に張り巡らしておいたのが正解だったようだ。さて、相手の居場所は見つかった。指定の時間まで僕は動けないと思っているだろうからこれは好機だな」
「これから直ぐに出向くんですか?」
「まずは警察にタレこむのさ。彼らの顔を立てなければ。通り魔は転生者とはいえこの時代の人間だ。法の裁きは免れない。僕も現場には同行するがね」
朧木は警察署と電話を掛けた。現在捜索中の通り魔事件の犯人に関する有力情報を提供しているのだ。
「丼副君。僕はこの後警察の方達に同行する」
そう言いながら朧木は霊剣破軍を手に取った。
「刃物を持って同行するんですか?」
「場合によっては警察に協力しなくてはいけないからな。ちょっとした捕り物となる。では行って来る」
「御武運を」
朧木は颯爽と事務所を出ていった。
周囲を式神が取り囲むボロ屋。式神の包囲のさらに内側を警察が包囲していた。
朧木はパトカーに乗って刑事に同行していた。
「犯人は空き家だった家に潜伏中の模様。出てくる様子はありません」
警察官が刑事にそう告げた。
「さて、警察官に突入をさせるべきか迷っている。朧木さん。相手は正真正銘の沖田総司の生まれ変わりだと聞く。おとなしく捕まるようなタマだと思うかね?」
刑事が朧木に尋ねた。
「噂の真贋はともかく、流石にすんなりとは行かないでしょうねぇ」
「だが犯人は応じなかった。仕方がない。・・・おい、突入させろ」
刑事は警察官にそう命じた。現場の警察官達があわただしく動き、ボロ屋に突入していく。
しばらくして現場が騒がしくなった。
朧木達の下に警察官が駆け寄る。
「大変です! 犯人は包囲網を破り逃走しました!」
刑事がしてやられたかといった表情をした。
「全く、特殊事案の案件で無ければあんたには頼まないんだがなぁ。朧木さん、協力願えますか?」
「もとよりそのつもりで来ましたから。では!」
朧木は快く承諾する。そしてパトカーを飛び出した。
朧木は式神で犯人を追いかけ続けていた。まだ見失っては無い。犯人は警察官を切りつけて路地裏を逃走中だった。
何体かの式神が足止めしようと沖田総司の前に立ちはだかる。だが、あっという間に突き倒された。
しかし、その甲斐あって朧木は沖田総司に追いついた。
「沖田総司、立ち止まれ、そこまでだ!」
朧木はそう叫んだ。その声に沖田総司が振り返る。
「お前は・・・そうか。朧木良介か。刀剣を持って俺の前に立ちはだかるとは。どうやら死にたいらしいな」
「あいにくと剣術には覚えがあってね。転生者とはいえ相手にとって不足は無い」
「俺を誰だか知ってやろうというのか。いいだろう、いざ、尋常に勝負!」
朧木は直ぐには切りかかるような真似などしないで、式神たちに命じて沖田総司に飛び掛らせた。
「失敗したなぁ。護法童子、今日は休みだったんだった・・・手持ちの式神たちだけでなんとかしなくては」
沖田総司はばっさばっさと式神たちを切り伏せていく。
「なんのつもりだ! こんな紙切れまがいの者を使って俺を倒せるとでも思ったのか! 俺も軽く見られたものだな」
転生者。誰かの生まれ変わり。生前に有していた能力やスキルを唐突に開花する者。沖田総司は信じられない刃物捌きを見せる。
「やだなぁ。僕は転生者が大嫌いなんだよ。生前がなんであろうが知ったことではないし、そいつ自身は何か偉業を成し遂げたわけでもない。生前の能力だけを振るい、自慢する。そんなやつばかりを見てきた。沖田総司君。時代はもう幕末じゃあないんだよ。幕末であったとしても、今の君みたいに辻斬り行為などしちゃいなかっただろうに。あー、やだやだ。『近年は転生者がなぜか増え続けている』が、努力もなしに才能を開花させているように見えて本当に嫌だねぇ」
朧木が容赦なく相手を挑発した。今度は通り魔が朧木をあざける。
「俺は生前にそうであっただけで、今の時代に特に何かをするつもりは無い。だが、過去の偉人の生まれ変わりと言うステータスは俺のものであって、お前のものじゃない」
今度は朧木が通り魔を鼻で笑った。
「よく言うよ。自分で自分を偉人だなんて」
通り魔が真紅のカプセルを飲み込んだ。
「自分が何者かもわからない現代人よりはマシさ。オカルトドラッグと思って最初はバカにしていたが、いざ使ってみるとまさかこれほどとは」
沖田総司は覚醒していく。より詳細に前世の記憶を呼び戻しているのだ。
「前世帰りもドラッグ頼みとはねぇ・・・。オカルトが幻覚ドラッグと結びついているというケースはあるが、前世療法に悪質なドラッグを持ち込むようになるとは。いやはや、現代と言うのは時代そのものが病巣なんじゃないかと思うよ」
朧木は霊剣破軍を構えた。
「そういうあんたは誰の生まれ変わりだよ? 刀剣なんざ構えてよ」
朧木は笑った。それはもう笑った。
「だから僕が誰かの転生者だと? バカ言っちゃいけないよ。僕は僕だ。僕は自分自身が何者であるのかわかっているからこそ、今この場で刀剣を手にして君と相対している。自分が何者なのかわかっちゃいないのは君の方ではないのかな。通り魔君」
沖田総司は笑わなかった。代わりに加州清光だったナイフを構えている。
「俺は・・・いつだって俺だ!」
そう叫んで沖田総司が一気に距離をつめる。
同時の3連突き!
朧木は・・・・・・後ろに跳躍した。同時3箇所の突きを見切れるなんて思っちゃいなかった。突きが来るというのを大前提に間合いを外した。
ヒュカカカッと朧木がいた場所に突き込まれる刃物。
「前世がなんであろうが通り魔行為は通り魔行為。君の前世の時代ならこう言うのかな? 神妙にお縄に付きやがれ、とね!」
朧木が破軍を沖田へと振り下ろす!
キィン! 一際高い金属音。沖田総司は破軍を払いのけた。そしてすばやく朧木との間の間合いを詰める。
ヒュカカカッ!
すばやく繰り出される高速の突き。朧木は破軍で受け止めようと構える。
カカッドガッ!
一件軽そうに見えた沖田の突きはとても重く、鋭く破軍に突き込まれる。
カランカラン・・・カラカラカラ・・・。
朧木は沖田の重い突きを受け止め損ねて破軍を弾き飛ばされた。破軍は乾いた音を立てながらからからと転がっていった。
朧木は後方へと跳躍し、沖田との間の間合いを広げた。
「ハハハ! 残念だったな。現代人。お前の剣技では俺には敵わないよ」
沖田が高らかに笑った。
「・・・まぁ相手が相手だ。こうなる事は予測できていたな」
朧木は冷静に落ちた破軍を見つめていた。
「なんだ。負け惜しみか? この間の狼男よりはよくやった方だと褒めてやろう」
朧木はにやりと笑う。状況は悪いはずであるのにもかかわらず、だ。
「・・・諸天善神に願い奉る。陰にひなたに歩く道。市井の者の静謐を守らんが為、我が行く手に勝利を」
朧木良介は戦勝祈願の祝詞をあげた。そして行うのは反閇。
「なんだなんだ。この期に及んで神頼みか。ではその神様とあの世でよろしくやるんだな!」
沖田がナイフを構えた。
朧木は人差し指と中指を立て、前方にくるりと円を描いた。
「月魄刃!」
人差し指と中指の間に青白く輝く三日月の輪光。朧木はその輪光を沖田へと投げつけた。
ヒュヒュンヒュヒュン!
すばやく飛ぶ三日月の輪光が沖田総司を切り裂く。
シュパッ、カカッ!
沖田総司は加州清光を輪光に弾かれた。そして鋭く切り裂かれた右腕を押さえて蹲る。
「ぐわぁぁぁぁ! なんだ今のは!」
「道術、月魄刃。陰陽道のルーツである道術にも多少の覚えありでね。己の魂魄を三日月の形に変えて飛ばす術だ。そうそう。言い忘れていたよ。僕の職業はゲームで言うところの魔術師。剣士じゃないんだよ。剣士まがいの戦い方もするけどね。・・・僕は・・・『この時代の僕が魔術師』なんだ。前世がどうとかというんじゃあなく、今の自分が既にこうなのさ。これが君との違いかな」
「そんな・・・」
沖田総司は呆然としている。
「転生のオカルトに触れておきながら、その他のオカルトは信じないとか? まさかねぇ。さて、僕は君に深入りするつもりは無い。この時代の法の裁きを受けるが良い」
遠くから警官達が駆けつける音が聞こえてきた。腕を押さえた沖田総司が無念そうにその場に座り込んだ。
警官達が沖田総司を捕縛し連行する。
少し遅れて刑事がやってきた。
「やぁ、朧木さん。お手柄でしたな。朧木さんにとっては相手がなんであろうが問題ないようで。怪貝原議員には私のほうから伝えておきますんで。お疲れ様でした」
朧木は疲れたようにその場に座り込んだ。
「刑事さん。沖田総司は赤いドラッグを服用していました。最近出回っているD-4に間違いないかと」
「押収して調べましょう。最近ひそかに出回っている前世帰りを目的としたドラッグでしたな?」
刑事が捕縛された沖田を見ながらそう呟いた。
「とんでもないものが出回る時代ですよ、ほんと」
朧木は一仕事終えたと言った様子で一息ついた。色々と個人的な問題も解決し、晴れ晴れとした表情でいる。
「では、通り魔は我々が預かりましたので」
「ええ、僕は今日のところは失礼させてもらおうよ。流石にいろいろと疲れた・・・」
朧木は刑事に向かって後ろ手に手を振り立ち去っていく。疲れたと言いながらその足取りは軽かった。
夜の事務所。朧木は暗い事務所に帰ってきた。
「ただいまーっと、さすがに丼副君はもう帰ったかな?」
朧木が事務所の明かりを付ける。
「なっ、なんだこれは!」
朧木は室内を見て驚愕した。何者かに荒らされた後がある。床に怪我を負った猫まんが蹲っていた。
「猫まん! どうしたんだ!」
「山国議員の子飼いの者達にやられたよ・・・自分達の立つ瀬がなくなったので、強行的な手段に打って出てきたわけだ・・・あの子ならやつらに攫われて行った・・・」
猫まんはテーブルを見た。そこには置手紙があった。
朧木は脅迫文の置手紙に気がつき手に取った。その手がわなわなと震える。
「生きた人間の方が始末が悪いねぇ・・・」
猫まんが弱々しくそう言い放った。
朧木はぐしゃりと手紙を握りつぶした。
「連中はよほど僕に失脚して欲しかったようだな。だがこんな手段に出られるとは思ってもみなかった」
朧木は猫まんの傷の手当を済ませると、直ぐに出かける準備を整えて事務所を出て行こうとした。
「・・・良介。どこに行こうというのだ?」
「雑魚を相手にしても仕方ない。主犯格のところに直接行くのさ」
朧木はそういうと事務所を飛び出していった。
中華街。騒がしい通りから少し外れた路地裏にある中華料理屋。
店内に客は少なく、少し寂れた店の雰囲気を冗長しているかのようだった。その一角にフェイ・ユーが座っている。
フェイ・ユーは紹興酒を呑んでいた。
と、そこに中国人女性のウェイトレスが駆け寄ってきた。
「お、お客さんにお客さんがきています・・・」
困り顔でウェイトレスはそう切り出した。
フェイ・ユーはウェイトレスの話を理解しかねている。
「私にお客? どこのどいつネ?」
フェイ・ユーがウェイトレスに尋ね返す。と、フェイ・ユーの背後に黒い影。
ドカッ! とフェイ・ユーは背後から殴られテーブルに突っ伏した。
「グアッ! 何者ネ?」
フェイ・ユーが背後を振り返ると、鞘に入れたままの破軍を手にしている朧木が立っていた。
「フェイ・ユー。お前に聞きたいことがある」
朧木の顔に表情は無かった。
「誰かと思えば朧木サン! いきなり何するカ?」
フェイ・ユーがいきり立ちながら詰問する。
「ソレはこちらの台詞だ。うちの従業員を攫っておいてのんびり酒を呑んでいるとはふてぶてしい野郎だ」
「待て。何のことネ? 私知らないヨ」
「山国議員の手の者がうちの従業員を攫いながら身を引けとおどしてきているんだよ。お前が関与してないわけが無いだろう」
朧木の話を聞いてフェイ・ユーは慌てている。
「ちょっと待つネ! その件はきっと山国議員も知らないヨ。いくらなんでもそこまで非合法的な手段に出るほどの無茶はしないネ」
「それはどうかな? フェイ・ユー。お前もチャイニーズマフィアとのつながりの噂があるんだが」
「待つネ。それ、ただの噂ネ。私、中華街の主の用心棒ヨ。マフィアじゃないネ」
「だが、お前のお仲間がうちの従業員を連れ去った事には変わりない」
「それがおかしいネ・・・さては通り魔に返り討ちに遭った連中の仕業ダヨ。このままでは解雇されるからきわどい手段に討って出たネ」
朧木が破軍の先をフェイ・ユーに向ける。
「そいつらの居場所に案内しろ」
フェイ・ユーが朧木に背中に破軍を突きつけられながら夜の街中を歩いている。
「ここネ。暴力団関係者がノミ行為の違法賭博をしている賭場ネ。やつらはいつもここにたむろしているネ。今もおそらくいるはずヨ」
朧木が無言でドアを蹴り開けた。
中に居たのはガラの悪そうな男が数人。その男達が建物に入ってきた朧木を見るやいなや血相を変える。
「お前は朧木良介!」
朧木はそう叫んだ男をにらみつける。
「僕を知っているか。なら話は早い。うちの従業員を返して貰おう」
朧木がすらりと破軍を抜いた。刃物を抜き放った朧木を見て、他の男達も一斉に動き出す。
一人の男が懐からガバメントを抜き放った。
「お前、こんな真似してただで済むと思うなよ!」
男はそう叫びながら朧木に発砲する。朧木はドアを盾に身を伏せて弾丸を避けた。
「ソレはこちらの台詞だ! 月魂刃!」
朧木の手から放たれた三日月は男のガバメントを真っ二つに切り裂いた。
「お、ソレ道術ネ。朧木サン、中々の使い手カ。さて、私も手伝っておくとするネ」
フェイ・ユーは室内に飛び込むと、カンフーであっという間に二人の男を打ちのめした。
「おっと、言い忘れていた。私、拳法の達人ネ。術を使わずとも戦えるヨ」
朧木はチラリとフェイ・ユーを見ただけだった。
「さて、首謀者はどいつだ。前へ出ろ。うちの従業員の居場所を吐いてもらおうか」
朧木は室内の男達にそう言い放った。
「しらねぇ! 俺達はただ雇われただけだ。言われたとおりに女を連れ去っただけで・・・」
ガバメントを切り裂かれた男がそう言いかけた時、横にいた男がナイフを投擲する。
投擲したナイフはガバメントを持っていた男の喉元に突き刺さった。
ドサリ、と男が倒れる。
「おしゃべりなやつめ。文字通りおとなしくしていろ」
朧木はナイフを投げた男をにらんだ。
「そこのお前。事情を知っているようだな。何者だ?」
ナイフを投擲した男は笑った。そしてさらに懐からナイフを取り出し投擲する!
朧木は身構えたが、ナイフは彼には飛ばなかった。
ドカカッ!
二本のナイフはフェイ・ユーが打ちのめした男二人の急所を貫いていた。
「しまった!」
朧木が叫ぶ。
「朧木サン、実力行使が一番ネ。点火!」
フェイ・ユーが符をとりだしてそう叫ぶ。フェイ・ユーの炎術によって、ナイフを投擲した男が炎で弾き飛ばされた。
「くっ、たとえ今生ではこの有様だとしてもやがては・・・」
男はガキッと奥歯をかんで事切れた。フェイ・ユーが慌てて駆け寄る。
「この男、服毒自殺したネ。まるで昔の暗殺者か何かヨ」
ナイフ使いの手によって、完全に手がかりを失ってしまった。
「くそっ、いったい何者の仕業なんだ!」
「この一件、山国議員は関係ないヨ。おそらく別の黒幕が居るネ。解雇されかけたはぐれ退魔師の中でも下っ端の連中を利用したようネ。こいつら碌な術も使えないただのゴロツキまがいの連中ネ」
朧木ははぐれ退魔師たちの姿を見下ろす。
朧木は歯軋りするのみだった。
「さて、私は警察沙汰になる前に逃げるヨ。朧木サン、あなたはどうするネ?」
朧木はフェイ・ユーの言葉にはっとした。
「そうだな…、鼻の利くやつを一人知っている。捜査に協力して貰うとするよ」
フェイ・ユーは建物を出ていった。朧木も周囲を見渡し、手掛かりは何もなさそうであるのを確認してその場をあとにするのだった。
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