第4話 猪突猛進娘がいく
さくらが街中へ駆け出して数分。そこでようやく追いかけた猫まんがさくらを見つけ出していた。
「まったく、この子と来たら猪突猛進が過ぎるねぇ。当てもなく飛び出すなんて」
猫まんはさくらに呆れかえっていた。さくらは飛び出したは良いが、どこへ行ったものかと途方にくれていたのだった。
「勢いでつい・・・」
「どこをどのように探すのかも見当をつけずに、かい?」
「何とかしようと思ったんだもん!」
猫まんはため息をついた。
「困った子だねぇ。ちなみに、探している狼男と言うものはどんなものか知っているかね?」
「知らない」
「まずはそこから話をしなければいけないようだ。狼男は西洋の文化圏の魔物なんだ。日本に居て西洋の魔物退治というのも珍しくはない時代になったもんだね。昔はこういうのは無かったよ。この手のはブラックバスと一緒さ。外来種ってやつ。外から来て居ついちゃったんだろうねぇ。このような外来種は天敵が居ないゆえにのさばっているものなんだよ。これまで事件らしい事件が無かった理由が気になるが、きっと長年潜んできた老獪なやつに違いない」
「元々日本には狼男はいなかった?」
「その通り。グローバリズムの波は、なにも人間だけではないって事さ。共同体の大きさが大きくなるほど、中には巧妙に隠れおおせるやつも居る。まったく、難儀な仕事になりそうだよ」
「猫まんみたいに古くからいる物の怪からすると、やっぱり嫌な気分がするものなの?」
「二重の意味で嫌だねぇ。わたしくは猫科。犬科の妖怪なんて相手にしたくないねぇ」
猫まんは心底嫌そうな表情で語った。普通の猫も妖怪の猫も犬は苦手なようだった。
「もし戦う事になったらどうなるの?」
さくらは今回の事件が穏便に終わるものとは考えていなかった。今回は凶悪な通り魔が相手だ。彼女は他者を害するものが許せなかった。ただの正義感から来ている使命感に燃えているわけではない。一種特異な事件がもたらす社会不安が嫌いだった。さくらにはその嫌悪感の正体が何なのかはわかっていなかった。
「わたくしでは話にならないから逃げる事だね。逃げられるものならば」
「それじゃあ事件の解決なんて難しいじゃない」
「そりゃそうだろうね。そういう意味では今回の事件はとても扱いが難しいのさ。そうでもなければ良介のところに仕事の依頼なんて来やしないだろう」
猫まんの話は暗に朧木良介が仕事上は信頼されている事を物語っていた。非日常的な出来事、怪異、超常現象の類の仕事で危険なものは朧木良介に任される。
「そういう意味では所長は重要な存在なんだ?」
「良介の言う暇である事は平穏な事、は想像以上に重い意味がある。今回の事件も通常の通り魔事件であったとしても不穏な出来事には変わりない。起きないに越した事はない出来事。それが人ならざるものの手によって行われていると言うから専門家の出番となった。君もあまり無茶はしないことだ。相手は人間ではない」
猫まんが諭すようにさくらへと語りかける。
「そんな危険な存在が平然と闊歩しているってことでしょ? 一刻も早く見つけ出して事件を解決しなきゃ、どこにいても危険は変わりないよ」
「自ら相手に近づこうとするのとは大分違うと思うがねぇ」
「日常を脅かす相手から逃げるなんてまっぴら御免! 神社で戦勝祈願してご加護でも望んでこようかな」
「近場の神社は穀物を取り扱う神様を中心に祀っているから、行くなら余所の神社がいいぞ」
「それって天照大神?」
「もちろん祀っているが、中心は別の神様さ。御祭神は豊宇迦能売大神。神社は沖田総司がお宮参りした神社として知られているがね。神様にも得手不得手があるので、武運長久、戦勝祈願をするなら他に向いた神様がいるのさ」
「たとえばどんな?」
「武運長久を願い奉るなら、そうだなぁ。八幡神社にお参りに行くとか。全国的に有名なのは京都の岩清水八幡宮と、鎌倉の鶴岡八幡宮だが、大分にはルーツの一つといわれる宇佐神宮があるんだ。『古事記』や『日本書紀』に出てくる宇佐津彦、宇佐津媛の古社なんだよ」
「へぇ・・・うん? 宇佐津彦、宇佐津媛? 八幡様じゃないの? 大分の神社は別の神様のお社って言ったでしょ。 もしかして私をからかってる?」
流し聞きをしていたさくらがふと何かに気がつき、猫まんに尋ね返した。
「からかっていないよ! 実はね、その宇佐神じゃなく、いまじゃ八幡様の総本宮とされているのさ」
猫まんが慌てて補足情報を付け足した。
「どういうこと?」
さくらは腑に落ちないといった風で、猫まんが適当な事を言っているのではないかと疑っていた。
「不思議だよね。それでも八幡神の総本宮なんだよ。そこで祀られている応神天皇が八幡大神とされているんだ」
「えっ、どういうこと? ますますわかんない」
「八幡大神は謎の多い神様でね。応神天皇もルーツの一つといわれている。武家を中心に信仰を集めていたので、よく武運長久を願われていたのさ。不思議な神様だろう。全国十二万ある神社のうちの四万が八幡神社とされている。そんな神社なのに、ルーツは不明なんだよ。中には廃仏毀釈でお寺から神社になったのもあるんだ」
「うーん、お寺が神社になるとか、よくわからない」
「政治的な問題だったのさ。存続のために寺じゃなく神社と届出を出していた。昔は今ほど情報が密接で伝達が早く容易だったわけじゃないから出来たんだろうね」
「昔の人も随分な無茶をやるんだね」
「寺が取り壊しになるよりはって可能な範囲で手段を講じたからだろうよ。ともかくそんな神社があるのも八幡神社の特徴さ」
「猫まん。なんか八幡大神に詳しいね」
「そりゃそうさ。神社通いは昔の一行事だったんだよ。ご近所の櫻田神社とも古くからの付き合いだ」
「あの神主さん・・・ほんとにご近所づきあいあったんだ・・・なんだか困り事を頼まれていたけれど、慌しいおじさんだったね」
「恐らくそこには事情がある。時間があれば良介に聞いてみたらいい。教えてくれるかはわからないがね」
「実は通り魔事件と関わりがあったりして・・・」
「さてね。刃物だからと安直に繋げられないが、もしそうだとしても、どちらも良介の仕事の領分となるだろうよ。わたくしから話せるのはそれくらいかねぇ。なんだか話が逸れたが、ともかく神社にも祀られている神様がそれぞれあるので、きちんと調べてからお参りしようねと言う話だ」
「あまり気にしたことなかった」
「それだとお参りにこられる神様も困るだろうよ。誰だか知らないけれどご利益をお願いしますなんて祈られちゃあ、やっていられないよ」
「そこまで投げやりには流石にならないよー」
さくらは頬を膨らませた。実態に割と近い指摘だったようであるが。
「心構えの話さね。お参りする相手を良く知るのが重要なように、狼男がどのようなものかを良く知ることも重要だが、そちらはご存知かね?」
猫まんは真剣な表情に切り替えてさくらに尋ねた。
「うっ、人間が狼に変身する魔物、位にしか知らない」
猫まんはやれやれといった風に首を横に振った。
「予想はしていたよ。敵を知り、己を知れば百戦持って危うからず、だ。事前に少しでも相手のことを知ることは、戦う上で最も重要な事だと思おうよ。成功を祈るだけでは足りない。無茶をするなら無茶をするで、必要な努力をしようか」
「ぐっ、急に説教くさいお年寄り猫になった!」
猫に説教をされている人間のさくらは心底悔しそうだった。
「君の身を案じているんだがね。老婆心ながら、と言うものだが」
「猫の老婆心って・・・」
「いやなに。ちょっとしたお節介のつもりだ。狼男について、わたくしがわかる範囲の話をしよう。といっても、それほど詳しくは無いがね。そうだなぁ。人類史に実在を記録されたほうの人狼の話をしようか。中世の魔女裁判が盛んな時代には人狼として扱われた人が居たんだよ」
「え、狼人間は創作の存在ではなく?」
「きっちりと居たんだとも。十四世紀から十七世紀辺りが盛んだったのかな。キリスト教では禁忌とされる墓荒らしや魔術の使用。これらは教会に重罪と定められ、有罪となった場合には社会から除外され追放されるんだよ。そんな彼らを『狼』と呼ぶのさ」
「追放された重罪人を指していた?」
「そうだとも。カトリック教会から勧告を受け、従わないものを狼と呼んだ。彼らは罰として、なんと月明かりの晩に狼の格好をして野原をさまよわなければならないんだ」
「変わった罰なんだね」
「そんな土台が先にあったのさ。今ある狼男のイメージは、映画の『倫敦の人狼』、『狼男の殺人』あたりの影響によるところが大きい。『狼男に噛まれたら狼男になる』、とか『銀で出来たもので殺せる』、とかね」
「いわゆるモンスターのようなイメージのほうがエンターテインメントだったんだ?」
「・・・エンターテインメント作品にも土台があり、伝説や民族伝承にも理由ありで、実際そうだったりするのかもしれないがね。なんにせよ日本では馴染みがない存在だけになんともいえないな」
「日本では狼男みたいな話はないものね」
「狼自体を扱ったものが珍しいと言うのもあるのかもね。とはいってもだね。狼と書いてオオカミ。大神とも書ける。埼玉県の三峯神社のように狛犬ではなく狼を守護神にした神社も存在するんだよ。実際に狛犬のポジションに立っているのは狼さ」
「狼を扱ったもの自体が全く無かったわけでもないんだ」
さくらは感心した。
「ニホンオオカミは絶滅してしまってはいるけれど、かつては日本にも居たんだからね。数少ない剥製を見てみた事があるんだが、イメージと比べると何だか可愛らしい外見をしていたよ」
「可愛いって何?」
「あぁ、シベリアンハスキーのようなイメージを思い描いていたんだけれど、何だか違ったんだよ。すらっとしたボディではなく、ずんぐりとしたかのような・・・顔もかっこいいというよりは愛嬌があるといった雰囲気だったなぁ」
「ニホンオオカミの見た目の件はともかく、狼男の件はわかった。猫まんは今の話の上で、狼男の弱点は創作のイメージだと言いたい訳ね」
「ところが実際に銀の弾丸は効いてしまうんだ」
「なぜ!?」
「銀には魔よけの神秘による、迷信に近い信仰が宿る。鉛なんかよりはよほど魔物に有効なんだよ」
「えっ、じゃあ日本で銀の弾丸を準備しなきゃいけないの?」
「銀かどうか以上に銃火器を携帯できるかどうかと言う話になるよね」
「じゃあ、無理と答える」
「その通り。困った事だが、日本において狼男はかなりの脅威となる。道術等も使える良介でも大変な相手なんだよ」
猫まんはさくらの顔を見上げた。猫まんの心中としては、だから危険な事には近づくな、だった。だが、さくらは全く違ったことを考えていた。
「あっ、猫まんの話でわかった。元々日本に居た妖怪じゃないなら、当然外国から来たんだよね」
「何度も繰り返すようだが、そうだとも」
「じゃあ、日本人じゃなく外国人の可能性が高いんだ?」
「そう・・・なるだろうね」
「それとキリスト教に深く関わっているなら、あの魔紗とか言う人も十分に怪しいんじゃないのかな? なんだかハーフっぽいし」
「んー、その子が来た時は普通の猫の振りをしていたからあまり観察していないんだ。仲良くしましょうといった感じの雰囲気でもなかったし、下手に関わらない方が良いと思うんだがね」
「私の中では今一番怪しいのはその魔紗って女の人!」
「亜門が憎いからといって、袈裟まで憎いと同行者を疑っていやしないか?」
「違うよーだ。それに専門家なら何か掴んでいるかもしれないし、少し後を追ってみよう」
「んー、君はなんとも・・・」
猫まんが何かを言いかけたときには、さくらは駆け出していた。
「ん? 猫まん。何か言った?」
さくらはすっとぼけて見せている。
「・・・聞く気はなさそうだなぁ。わかったよ。わたくしも同行しよう」
猫まんはあまり気乗りはしていなさそうだったが、しぶしぶさくらの後を追った。
さくらは魔紗が普段どこにいるのかは知らなかった。亜門も告げてはいなかった。しかし、カトリックの人間であることはほぼ判明していた。そこで、町内で唯一のカトリック教会を訪れる事にしたようだ。
人気のいない教会。それもそのはず。ミサは日曜日に行われる。平日昼間に人で賑わう事はない。
・・・いや、平日でも人で賑わう日はあった。カトリックの行事の中で、毎月始めの金曜日などはミサを行う事もある。17世紀後半、聖女マルガリータ・マリア・アラコクが体験した出来事に由来する。聖体の元で祈っていた彼女に対してイエスが顕現し、人々の回心の呼びかけを行った事に起因する。初の金曜日に聖体拝領する人には特別な恵みがあるとされる伝統的な行事がある。
だが、その日は初の金曜日でもなかった為、教会に居たのは来館案内の部屋にいた老婆の修道女だけであった。
「ごめんくださーい」
人のいない教会に、間延びしたさくらの声が響いた。
遥か後方では猫まんがさくらを見守っていた。どうやら教会の敷居は跨がないようだ。
来館受付窓口のところに居た老婆がさくらに気がつき尋ねる。
「教会はいつも扉が開いております。本日はどのようなご用件で?」
「こちらに魔紗という女性はいらっしゃいますでしょうか」
さくらは性急すぎたかもしれない。あまりにストレートに尋ねていた。
「魔紗・・・さんですか? そのような方は存じ上げませんが・・・」
「バチカンから来たと言っていたので、カトリックの人かと思ったんだけどなぁ・・・」
バチカンから枢機卿等が訪れる際は教会でも一つのイベントであるが、魔紗の様な人物は裏方業務。表沙汰にして行動しているとは思いにくかった。
「バチカンから・・・さて、どのような方なのか」
老婆は思案し、心当たりを探るがどうも思い至らないようだ。さくらは老婆に尋ねるべく、魔紗の情報を思い出す。そして確実に該当するであろう特徴を思い出した。
「ロングソードとマスケット銃を持ち歩いている物騒なお姉さんです」
さくらの言葉に、老婆は僅かながらに反応を示した。
「さて・・・そのようないでたちの女性を見かけたことはありませんが・・・」
と、その時である。
「シスター、その子。私の客のようね」
と、頭上で声がした。どうやら吹き抜けの先の2階からさくらを見下ろしていたのはほかならぬ魔紗だった。
「あっ、居た!」
いたことに驚いているのはさくらだった。探しに来たのではなかっただろうか。
「なるほど、裏社会のお客様ですか」
と、言いながらシスターはさくらを奥に案内した。しばらく待つと魔紗が現れる。
「こうも堂々とやってくるとは・・・私のメッセージは朧木にきちんと伝わっていなかったようね?」
魔紗の声にはどこか棘があった。が、さくらは気にしていなかった。
「伝わっているから私が来ました!」
実のところ、さくらはまったく朧木の事を気にかけてもいなかっただけだった
「そう。で、何の用? 喧嘩でも売りに来たって訳?」
「そんな・・・私は物売りじゃないので、そんなものを売りつけたりはしません!」
さくらの返答は相手をコケにしているのか本気なのか、いまいち判別しがたいものがあった。違うなら違うの一言に、余計な言葉を足しているからどこか抜けた回答になっている。
「・・・こうも面と向かって小ばかにされたのは久しくてよ?」
さすがに魔紗は笑っていなかった。
「えっ、えっ? 違います!」
さくらは慌てて両手を振ってNOと答えた。だが、既に魔紗は身構えている後だった。
シャッ、とロングソードが抜かれ、切っ先がさくらの喉元に突きつけられる。
「なら私に何の用? さっさと答えなさい」
さすがのさくらも顔が青ざめている。
「わ、私、事件の事を聞きたくて来ましたぁ!」
さくらの更なる回答に、魔紗は目を丸くした。
「・・・はぁ? 先ほどあれだけ喧嘩腰で対応してきたのに、どこをどうしたらそんな事をしようと思う訳? あんた、どういう思考プロセスをしているのかしら?」
魔紗はここでようやく相手が残念な女子である事に感づいた。猪突猛進系で、考え付いたら即行動。そこに理由なんて要らないというポリシーのさくらを相手に、こうしたからこうだ、とかどうだったからこうだ、と言うような筋道の立った行動を求めるのが無理なものだった。
「じ、事件の早期解決が私の望みです! 魔紗さんはどうなのかと思って・・・」
魔紗はさくらの喉元に突きつけたロングソードを下ろした。そしてこめかみを押さえながらしばし考える。
「目的の自己開示は打ち解け合おうという意思の表れか・・・。そこまで論理的に考えて行動するタイプとも思えないけれど、一応言っておくわ。今回の件は『狼男を捕縛し、生きた奇跡の証人としてバチカンに連行する』と言う、この点に差し支えない範囲でなら、市井の者には出来うる限り迷惑をかけないよう行動するよう伝えられている」
「なら、協力し合えばいいじゃないですか!」
さくらの言っている事は間違っていない。目的に反しない限りにおいて、協力し合う方が効率はよく成功率も上がる。だが、魔紗の答えはさくらが想像したのとは違っていた。
「その意見には一般論から言って概ね賛成ね。だけど、今回の事体に指し当たってはそうもいかない」
さくらが信じられないといった表情をする。
「な、なぜですか!」
「・・・はぁ。何だか疲れた。あんた、今回の裏事情については何も知らないわけね。朧木もその調子なのかしら」
魔紗は側のソファにどかっと座った。
「えっ、どういうことですか?」
魔紗は顎に手を当て、真剣な目でさくらを見つめる。
「そう。タダの世間知らずの向こう見ずな子ってわけね。いい? 朧木は今回の事件に進退がかかっているの。それは亜門の雇い主である怪貝原議員が朧木良介の後ろ盾となっている点にかかっている。怪貝原議員は古いこの町の体制に、ひいては伝統に縛られた人間。元は都落ちした退魔師の家系の朧木家のものに、古くから妖怪や魔物達の世界を任せるといった仕来りに則って行動していることにある」
「怪貝原議員が朧木さんの後ろ盾なら、亜門さんにとってどうして問題になるんですか?」
「率直に言って、現代のありように適していないのよ。国家権力とは別に力を持った存在が仕切る、なんて制度は今の世の中には適していないの。今の霞町町議会は超常現象に対応するべく、新たなる私設集団を作ろうとしている。・・・町が設立するのだから公営の団体なんでしょうけれど、実利主義の現町長にとっては使えるものなら何でもいいわけ。つまり、私設集団を設立する事事体には異議は唱えない。が、怪貝原議員は町の伝統を重んじる。重鎮である怪貝原議員にとっては政治的アキレス腱となるのが朧木良介。旧知の仲でも有るため、義に固い怪貝原議員は朧木良介を切ることはできない。朧木を現在の地位に推薦したのが他でもない怪貝原議員なのだから」
「雇い主がそうなら亜門さんも追随すればいいのに」
「今回の亜門はいわゆる出過ぎた真似をしているわけだけれど、怪貝原議員の政治生命に傷を付けかねない存在を許容する事もできず、今回外部の私を招き入れるような動き方をしたってわけ。ここで私が解決しようとも、亜門が、ひいては雇い主の怪貝原議員の意向での解決、と体裁も取り繕った上で、朧木を除外しようとしている」
「どうして朧木さんをそこまでないがしろにするんですか!」
「それが亜門のもう一つの問題。つまり、怪貝原議員と古くからの付き合いのある朧木良介の方が、亜門よりも信頼があるという点」
「えっ、そんな事で?」
「そんな事でも、よ。亜門と言う男の小ささを甘く見てはいけない。町議会議員秘書という肩書きに何より心酔しているし、それだけがあの男の人生。その肩書きの人間よりも雇い主の覚えめでたい若造へのジェラシー。これが本当の問題。強いてあげるなら、怪貝原議員の政治的弱点がどうのこうのと言うのは対応次第でどうともできるので、本来は何の問題にもなりえない」
「うわっ、サイテー!」
さくらは思わず嫌悪感に顔をしかめた。
「さて、そんな事情もあって今回の私はこの街にいるわけ。つまり、朧木良介に協力する事はできない。これはこちらのバックとの政治交渉も持たれた上での事なの。この教会の神父は霞町町内会の会長でもある。この町の魔物退治、悪魔祓いの延長線上のような仕事はうちの教会に一任する事になるかもしれない、という政治判断が含まれる。残念だったわね」
さくらは信じられないような話を聞いたような表情だった。
「今回のような猟奇事件を前に、みんなそのような理由で動いているって言うんですか?」
「事後を見据えた上での行動、といって欲しいわね。事件解決後にも未来はあるのだから、自分達に都合の良い選択を選ぶのは当然ではなくて?」
さくらはうつむいてしばし考える。そして顔をあげた。
「ただ、事件が解決するだけじゃだめなんですか?」
「事件の外に利害関係がある。なら、そちらの件は事件とは全く関係がない、ということ。あんたって本当に世間知らずね。良いとこのお嬢さんなのかしら」
「そんなこと誰も教えてくれなかった。朧木さんも・・・」
「話を聞く限り、朧木良介は自分の事情にあんたを巻き込むつもりはない、とも見て取れるわね。あの男は基本的に善人。政治的背景がなければ協力体制を仰ぐことも吝かではなかったかもしれないのが残念ね。少なくとも、バチカン本国の人達は古くから受け継がれる伝統とそれに着任した朧木良介の能力を過小評価はしていない。あなた達はあなた達で解決に動くことね。それが双方にとって望ましく幸福な事」
「そんな・・・」
さくらは魔紗の言葉に心底悲しそうな表情を浮かべた。
その後魔紗はさくらの言葉に取り合わなかった。奥の部屋へと引き返していく。
後にはさくらが一人取り残された。静寂が辺りを包む。やがて入り口に居た修道女の老婆が現れた。
「神はどのようなものであっても、自らの元を訪れる者を見捨てる事はありません」
うつむいていたさくらは老婆の言葉に顔を上げた。
老婆が言葉を続ける。
「教会は善良な人々の味方です。市井の者の為に戦い続ける探偵の方もまた、私達からすれば悪と戦うともがら。超常現象という人々の脅威を取り除くべく私達もまた活動しておりますから。かつては主、イエス・キリストもまた、そんな脅威と戦っておりました」
イエス・キリストが悪魔から誘惑を受けてそれを退けた話や、レギオンと名乗る群霊を除霊したような記述が聖書には残されていた。また、現在でもバチカンはエクソシズムの依頼を受けている。現在進行形でバチカンは悪魔と、超常現象と戦ってきている。
「おばあさん。どうして人は目の前に脅威があっても協力し合えないの?」
さくらの言葉を受けたシスターは返す言葉に困っていた。
「聖書にも、大きな厄災を前に一致団結できない人類の姿は度々描かれています。様々な事に思い煩わされるのが人、と言う事なのでしょう」
さくらは老婆に一礼し、その場を後にした。
教会の外では猫まんが待っていた。
「遅かったじゃないか。その分だと、何の手がかりもなかったようだね」
「・・・私帰る・・・」
さくらはとぼとぼと歩いて帰っていく。猫まんはその後姿を見ているだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます