第18話 共に(2)

「それにしても、礼服というのはどうにも息が詰まるな」

ガングルス議員が服の襟首を引っ張りながら言う。

「それは礼服の問題じゃない。貴君服がキチキチではないか。サイズが合っていないのだ。」

冷静に返すのはマキ議員だ。こちらも礼服に身を包んでいるが装飾も含め慣れた様子で全て準備が整っている。

「うむう。自治区に来てからどうにも食いすぎているのかもしれん・・・」


自治区開会のセレモニーが先日開催されたが、あくまでそれは各国の要人やVIPが集まるもので、自治区の市民向けの参賀に向けて主だった議員たちは用意をしていた。

帝国議員控室でマキ議員やガングルス議員がやりとりをしているとメルファン議長が入ってきた。

「二人とも、準備は、、、、いや、ガングルスがまだかな」

「議長すみません。今日は、、、これで出ます。」

議長はふうとため息をつき、マキ議員はやれやれといったように鼻で笑った。


ガングルス議員の準備が整うと帝国の面々は廊下を通り参賀用のバルコニーへ向かった。

「これは、メルファン殿」

廊下の反対側からやってきた一団はレーシェの政治家たちだ。

「おお、ザビリテ殿、良かった。バルコニーまでご一緒しましょう。」

そういうとレーシェの一行と帝国一行はバルコニーまで同行することになった。

レーシェ側にはクラウスもいる。


「しかし、自治区民が望んでいるのはメルファン殿やそちらにおられるマキ殿の演説でしょう。私の演説が必要ですかな」

ザビリテが淡々と言った。

「自治区開発は各国の同意の下協調して行うものです。自治区の民はたしかに帝国の者がほとんどですが、それは帝国の勝手がきくということではありません。自治区運営開始以来混乱も多い。ここでザビリテ殿や各国代表の方々が挨拶をして下されば、自治区の民も安心し本業に励むことが出来るでしょう。」

ザビリテ氏はそれ以上は何も言わなかった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


バルコニーに出ると、多くの民が彼らを待ち構えていた。

彼らは自治区のシンボルの描かれた旗を持つ者もいれば、花を持ち巻く者もおり、思い思いの形で新しい体制と、その指導者を祝福した。

政治家や軍の者も街に出ることはあったが、メルファン議長やレーシェのザビリテ氏、ナッセのパンフシュア氏など上層部の人間は中々市民の目につくことはなかったので観衆に特に注目された。


まず初めに帝国の面々が前に立ち、一礼した。

元々帝国本部でもそれなりに名のある者たちが多く、

それぞれの名を呼ぶ声も多かった。

特にメルファン氏やマキ議員を呼ぶ声は多く、マキ議員に向けておかえりという声も多く聞こえた。


「皆、自治区は前からあったが、新しい自治区開発がこれから始まろうとしている。この街は世界から最先端の技術が集まり、どこよりも早く宇宙を切り開いていく街となる。各国集まっての共同地区経営など今までの歴史では考えられなかったことだが、その偉業を成し遂げるのは、他ならぬこの自治区にならない。それを世界に見せよう!」

メルファン議長がそういうと拍手と歓声が上がった。

メルファン議長はそこまで年配ではなかったが、言動には安定感があり、

その統率力は高く評価されていた。


各国の挨拶が終わっていき、レーシェの面々が前に立つと、

それまで歓迎の雰囲気であった観衆がふっと静かになった。

皆ザビリテ代表と、そしてその隣にいるクラウスに厳しい目を向けていた。

ザビリテ代表の短く、素っ気ない演説が終わると、観衆のどこからか声が上がった。

「ライダーを返せ!」

「そうだ!自治区はレーシェの道具じゃないぞ!」

元々溜まっていた不満にザビリテ氏の冷徹な態度が良くなかったのか、観衆からはブーイングが上がった。

「ライダーの敵をここに赴任させて、俺たちへの当てつけか!?」

誰かがそういうと、多くの者がそうだそうだと相槌を打った。

「クラウス反対!」

「ライダーの敵は出ていけ!!!」


マキ議員は咄嗟に前に出ようとしたが、

メルファン議長がそれを制し演説を変わった。

「クラウス氏、ザビリテ氏、レーシェの皆、突然の非礼、大変申し訳ない。自治区の皆、どうか聞いてほしい。こちらにいるクラウス氏はとても優秀なレーシェの隊員だ。クラウス殿やザビリテ殿のような国の宝とも言える面々がこの自治区に派遣されていること、それは彼らの最大限の敬意に他ならないのだということを知ってほしい。」

メルファン議長がそういうと観衆からは拍手が沸き上がった。

勿論その拍手を強くしたものの中にはベーセン氏やラックさんなど、マキ議員とクラウスが街を回った時に挨拶をした彼らがいた。


クラウスは表情を変えず、固まったままだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


「なんだよお、あれは!!!」

レーシェの寮でアルゴが憤慨する。

「仕方ない。彼らの言うことも一理ある。」

別の兵士が答える。

「まあ、ライダー・グランフェルトは世界的にも人気者だし、そこにあえてクラウスさんを派遣したっていうのは、要は、、、その、そういうことだろ、、、」

また別の兵が言いにくそうにいうと、みな黙り込んだ。

そう、つまりは嫌がらせなのである。


「だけどクラウスさんはそんなことは思ってない。

ここの人達の為に寝る間も惜しんで働いてるんだぜ・・・俺たちだって・・・」


そう言って皆が落ち込んでいると、寮の玄関口前で待つものがあった。


アルゴが扉を開けると、そこにはマキ議員がいた。

「クラウス殿は、いるだろうか。」

「いえ、その、、、今は、、、」


「公式な訪問ではないのだが、先ほどの非礼を詫びに来た・・・。

クラウス殿に面会させてもらえないだろうか。」

アルゴは困ったなと思いながらマキ議員をクラウスのいる部屋に案内した。


隊員達も驚いたのかマキ議員たちに聞こえないように小声で話す

「あの人、帝国の議員だよな?」

「ああ、でも確かあの人がライダーの親族じゃなかったか・・・?」

「そんな人が謝りに来たのか?ここに、、、?」


――――――――――――――――――――――――――――――――――


クラウスの部屋は寮の上の方に位置しており、その途中でアルゴが案内しながら切り出した。

「マキ議員、その、すごく言いづらいんですけど、クラウスさんあれから部屋に閉じこもられてて、、、まだ出てきてないんです。」

そう言って部屋のある廊下まで案内された。

「なんでしたら、マキ議員が来られたということだけ、後で伝えておきます。」

「ありがとう。レーシェの皆にも不快な思いをさせてしまってすまない。

詫びにもならないが、南方から届いた果物を少し持ってきた。良ければ食べてほしい。」

マキ議員はそう言ってアルゴに果物を取りに行ってもらった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


クラウスの部屋の扉の前に立ったが、人の気配はなくしんとしており、

マキ議員は扉の前から語りかけた。

「クラウス殿・・・」

返事がない。

「聞こえているだろうか、、、?」

やはり返事はなかった。


「先ほどは、、、すまなかった。

言い訳になるが、自治区の皆も貴殿を嫌っているわけではない。

依然レーシェとの緊張状態にあることや、自治区開発に伴うストレスがこういう形になって表れてしまったんだ。」


マキ議員が扉の前で待っていると、沈んだ声で返事が返ってきた。

「いや、、、俺がライダーを撃ったことは、事実だ。」


クラウスは自分を責めていた。

この街の為に尽くしたいという自分の考えが甘かったという事、自分の存在そのものがこの街の人たちを苦しめているのだということを改めて思い知らされ、

打ちひしがれていた。


「・・・クラウス殿。

私はこんな仕事についているが、政治家の仕事というのは厄介なもので、人の評価を常に受け続ける。

皆から期待してもらえることもあるが、どちらかといえば誹謗や中傷の対象になることの方が多い。憎まれることだってある。

だが、私がいつも思うのは、信念を持って臨めば、長いときがかかってもそれは伝わるということだ。

ただ己に、民に、誠実に向かい合えば、言葉にしなくても人はそれがわかる。わかるのだ。

私は貴君にはそれがあると思っている。貴君が自治区のことを思い、これからもその力を尽くしてくれれば、それは皆にも必ず伝わるはずだ。」


クラウスは暗闇の中で顔を上げた。


「・・・ライダー兄さんが死んでから、私の時間もまたどこか止まったままだ。

共に行こう。」


マキがそういうと、扉が開いた。

クラウスの仮面はついたままだが、

マキ議員は真っすぐとクラウスを見つめてくれた。


「マキ議員!これちょーうまいっす!」

廊下の端からアルゴが大声で叫んでいる。

気を遣ってくれているのだろう。

そのあまりの拍子抜けする声にマキ議員は思わず笑った。


「果物を持ってきたんだ。美味しいぞ。食べに行こう!」

マキ議員はそう言ってクラウスを広間へ連れて行った。

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