第12話 正体(2)

「ベーセンさん。お久しぶりです」

マキ議員がそう言って訪ねたのは街の一角を占めるラナフロート製品取り扱い工場だった。

「おお、マキちゃんか。元気にしとったか。」

「ありがとうございます。ベーセンさんは、、、相変わらず仕事一筋ですね」

「ああ、新しい自治区だなんだと言われているがまだまだ若いもんには負けんさ」

「勿論です。これからまた時々顔を出すと思いますが、今後ともよろしくお願いします。」

「ライダーについて回ってたあのマキちゃんが政治家か。頼りにしてるよ、、、その人も議員の関係の人かい、、、?」

ベーセンがそう言ったのでクラウスが答えようか迷った時、マキ議員が先に答えた。

「いえ。ベーセンさん。この人はレーシェの自治区防衛担当 クラウス・エリアデス殿です。」

「あ、ああ、おお、、、、そうか、、、そうか、、、」

ベーセン氏は少したどたどしく返事をした。

「今日は自治区のことを少しでも知りたいと自ら街に出向いておられたので、こちらに案内させてもらいました。クラウス殿、こちらにいるベーセンさんは何代も前からこの自治区にいる人だ。街の歴史や世情にも詳しい。大いに頼られると良い。」

そういうとクラウスはハッとしてベーセンさんの方を向いた。

「この街の為に自分が出来ることがあるのなら何でもしたいと思います。どうか、よろしくお願いします」

「・・・ああ、いつでも来ればいい。」

「ベーセンさん、本当はもっとゆっくりしたいのですが、この後また別件があります。離れていた間の街の様子など、また後日伺わせてください」

そう言ってマキ議員とクラウスはその場を去った。


――――――――――――――――――――――――――――――――


「連れまわしてしまっているが、今日あった人達はここで仕事をしていく上だけでなく、暮らしていく上でとても頼りになる人達だ。暮らしぶりなど聞くもよいし、困ったときに頼られるのも良いだろう・・・。次に行くところが最後になる。是非貴君にも紹介したい者がいるのだ。」

ひとしきり話した後、着いていった先にあったのは大学だった。

「ここは、、、」

「自治区内にある大学だ。行くぞ」

広いキャンバスの中は落ち着いた雰囲気でところどころに木が植えられるなどしていて明るい雰囲気があった。

マキ議員が案内してくれたのは中庭が吹き抜けになっている構造の2階の会議室だ。

そこのテーブルに腰かけるとマキ議員がようやくこれから会う人物について話し始めた。


「貴君も知っていると思うが、この自治区は軍、警察部隊による防衛の他に、自警団が存在する。当初は今よりもっと規模の大きいものだったが、今も出来る範囲で街の警備にあたってくれている。」

「ああ、街の中でも何度か見かけた。」

「知っているかもしれないが、実はその自警団を立ち上げたのもライダー兄さんだ。そして、今日これから来るのはその自警団の今のリーダーになる。」

自警団の設立にライダーが関わっていたという話は聞いたことがあったが・・・そのリーダーが今ここに、、、

街でみかけた自警団の人々は規模が小さくなったとはいえ、それなりにしっかりとした組織のように感じた。

束ねるのはそう簡単ではないと思われるが、一体どのような人物が来るのだろうか。


考えていると、ノックの音が聞こえた。

「どうぞ」

マキ議員が答えるとドアがゆっくりと開いた。

「失礼しま、、、はぁあ!マキさん!お久しぶりです・・・!!!」

扉を開けて現れたのは可愛らしい女学生くらいの女性だった。

「マフィ!元気にしていたか?」

マキ議員もとても嬉しそうだ。この子もこの場に同席するのだろうか?

「マフィ、紹介しよう。この方は新しく自治区の防衛部門などに就くことになった、レーシェのクラウス・エリアデス指導官だ。」

そう説明するとマフィと呼ばれた少女はハッとして身をただした。

「自警団のリーダーを務めさせていただいている、マフィ・オルゾです。クラウス指導官、よろしくお願いします!」

リーダー?この子が?

思わず止まっているとマキ議員が続けた

「マフィは私の最も尊敬する人物の中の一人だ。」

「そんな、マキさん。恐れ多いです!」

呆気に取られてしまったが、マフィの素直で接しやすい雰囲気は場の空気をとても和ませた。

「クラウス・エリアデスだ。よろしく。」

クラウスはそう言ってマフィに挨拶をした。

「マフィ。ラックおばさんのところでお菓子を買ってきたから食べながら話そう。」

マキ議員がそういうとマフィはとても喜んだ。


「自治区の運営が正式に始まってきたのだが、自警団の方はどうだろうか?」

「はい、やはりセレモニーの前後数日が一番対応案件も多かったのですが、今はある程度落ち着いてきて、、、丁度今日、この後みんなで反省会をしようってことになっています。」

「そうか、政府の方でも対応はしているんだが、思いもよらないような案件も多くて全てを把握しきれていないのが現状だ。是非まとめ終わったらまた教えてもらえないだろうか。」

「はい、勿論です。・・・ん!マキさん、お話し中にすみません、、、このお菓子めっちゃおいしくないですか?」

「ん?そうだな!自治区運営記念新味か。さすがラックおばさん・・・」

マキ議員はそう言ってつぶやきながらクラウスの方をみた

「・・・クラウス・エリアデス!貴君食べていないではないか!」

マキ議員がそう言うとクラウスは慌てた

「すまない。うん・・・。おいしい。」

「今度街に出たらラックおばさんのところへ行ってそう言うとよい。おばさんも喜ばれる。」

そう言うとクラウスは少したじろぎマフィは笑った。


「今日来たのは最近の様子を聞きに来たかったのと、お願いがあってきたのだ。」

マキ議員が切り出した。マフィは手元のメモ書きから顔を上げた。

「お願いですか?」

「ああ、どうにも新しい制度や暮らしに慣れるのに元住人側も新しい入居者も少し疲れている。しばらくは環境整備に追われるが、落ち着いたらフロートファイトをどうかと考えている。」

「フロートファイトですか!?」

マフィが目を輝かせた。

「うん。セレモニーのグランレースも結局中止になってしまったからな。スッキリしないところもあるだろう。規模はそんなに大きくは出来ないが、フロートファイト以外にも何か出来ればと考えているが、自警団の皆にも手伝ってほしいんだ。」

「みんな喜ぶと思います!」

フロートファイトとは、クラウスは見たことはなかったが、グランレースがグランを用いた速さを競うレースなのに対し、フロートファイトはラナフロートを用いて街を滑走する競技だ。ただそのルールは速さを競うのではなく、滑走テクニックを見せるもよし、パフォーマンスをするもよし、で総合的に審査員に採点されるという楽しむための競技だ。


マフィ・オルゾは話が終わると授業の課題ミーティングがこの後あるということで去っていった。いかにも普通の女子大生というかんじであったが、丁寧にメモを取る姿や物腰のやわらかさはとても好感の持てるものであった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


帰り道、マキ議員はクラウスに申し訳なさそうに切り出した。

「今日は長くなってしまってすまない。私の知り合いばかりになってしまったが、貴君がこの街の人たちにこれから関わっていく上で、少しでも助けになればよいと思ってつい連れまわすことになってしまった。」

「いや、、、ありがとう。一人ではこんな風に街の人たち声をかけることは絶対に出来ていなかった。本当に、どう感謝したらよいか。」

そういうとマキ議員は少し照れ臭そうに、困ったように笑った

「ならよい。存外私も今日は楽しかった。貴君のお陰だ。この街を良い街にしよう。」

そういって寄宿舎の近くでマキ議員とクラウスは別れた。


別れつつ、クラウスは最初に出会ったときにマキ議員が言っていたこと、帝国本部テラスで帝国の若い兵が言っていたことを思い出していた。


――ライダーは死んでしまったけれど、ライダーの弱きをたすけ強きを挫く、そんな心意気がこの街では生きてる


――ライダーは、俺の憧れの人なんです。


そして今日マキ議員と街をめぐり、やはりライダーという存在がこの街の人たちを結び付けているのだということを改めて実感した。

罪悪感は勿論今でも消えることはないが、後ろめたい罪悪感だけでなく、その中に、この街や街の人たちを守っていきたいという固い決意が芽生えてきていることをクラウス自身はまだ自覚していなかった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


「お、アクセル!アクセル!」

向こうからそうアクセルに声をかけてくるのは整備士のテオだ。

テオはアクセルの機体、マグナの整備を担当してくれている整備士だが、セレモニーの前にユリシアと一緒に会ったのもテオだった。

勿論テオにはユリシアとその後あんな形で遭遇したことは言えずにいたが、

テオ本人はもうそんなことすっかり忘れてしまっているというかんじだ。


アクセルはその日はクラウスから確認するように言われた機体条件について整備班に聞きに来ただけだったのだが、なんの用だろうか


「テオ、どうしたんだ?」

「アクセル、これのテストパイロットになってくれないか?」

「?」

そういってテオが見せたのは雑誌の一ページだった。

「ああ、今度アークスであるラナフロート技術博覧会か!新型のラナフロートに関する技術の博覧会だよな?行きたいと思ってたんだ!」

「まじかー!良かった。いや、実は俺の先輩もこれに小ブースを出すんだけど、説明展示時のデモンストレーションでラナフロート性バイクに乗れる人間を探してるんだ。」


アクセルはなるほど、と思った。

ラナフロート性の製品は今や色々と増えたが、ラナフロートバイクというのはその中でもかなり扱いが難しい。ラナ粒子を放出することで加速と機体の上昇とどちらも出来るのだがそのバランス調整は難易度が高く他のラナフロート製品よりも圧倒的に事故が多かったため免許が厳格化されているのだ。

アクセルはライダーがそれを乗りこなしていたというのもありその免許を取ったが、

免許を取れるというのは実はかなり凄いことで、なんだったらグランの操縦よりもラナフロートバイクの操縦の方が自信があるくらいであった。


そうは言っても自分にも任務だけじゃなくグラン・スピカ搭乗員試験もある。

一応所属はレース専門の枠での軍勤務であるし、テオの先輩というなら帝国軍関連であろうから行く許可は下りるかもしれないが、そう簡単には引き受けられない。

「テオごめん。行きたいんだけど、俺ここのところ予定が詰まって、、」

言いかけたとき、テオが置いた雑誌に目が留まった。

そこには博覧会の記事の隅に、小さく別の記事が載っていた。


「ああ、そういえばそこで同じ日に開かれる環境シンポジウムに今話題のオルティアのファナ姫様も来るみたいだな。」

そう言ってテオが指さした雑誌には小さいがオルティアの姫の以前の写真が載っていた。

「最近宇宙開発反対派との関係を疑われてるけど、この子は結構可愛いんだよなぁ。中々表舞台にも出てこないから写真もめずらしいな・・・」

そういうとテオはアクセルの方を見やった、


「アクセル?・・・おい、アクセル!??」

アクセルは硬直している。


髪の色も黄金で、髪の長さもロングではなくボブヘアーくらいのショートだったが、間違いなくそれはユリシアだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


「了解。」

暗い倉庫の中、一台のラナフロートとバイク、そしてその脇に二人の男がいた。

通信を受けた男は短くそう確認して通信をきった。

「次は?」

もう一人の男が聞く。

「アークスだ。」

男は短くそう答えた。

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