第11話 正体(1)

帝国軍寄宿舎のトレーニングルームで、早朝からトレーニングマシンを使う音が聞こえる。

「っは、っは」

汗を切らせてトレーニングに望んでいるのは帝国軍のパイロット、アクセル・スターである。

先日のグラン・スピカ搭乗員の志願者向けの講座が始まってから、アクセルの日常は息をつく間もないものとなっていた。

基本の軍の任務だけでなく、受講しなければならない講座、試験などが多くあり、

日中の軍の任務の終了後はテキストを読み勉強、暗記しなければならないところを書き出し空き時間に少しでも覚えるという生活を送っていた。

今もまだ誰も起きていないような時間だったが、ランニングマシーンでトレーニングをしながら、片手に暗記項目の紙を手に持って頭の中で読み上げていた。


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その頃、帝国本部に隣接する議会場で話し合う者たちがいた。

長机を囲んで席についているのはいずれも各国の自治区に就任した政治家達だ。

「メルファン議長、ご無事そうで何よりです。」

声を上げたのはナッセのパンフシュア・ボートマンだ。

「いや、大事な時にしばらく留守にしてすまなかった。」

メルファンはそうは言ったものの怪我を押して職務に励んでいたので実質的にはメルファンのいない穴はそれほど開いてはいなかった。

「自治区開会そうそう総代表がいないのでは話になりませんからな。」

そう口をついたのはレーシェ連邦のトップ、ザビリテ・ラティス―ダである。

「はは、手厳しい意見ありがとう。セレモニーの件は概ね調査委員の報告通りだ。以後の防衛の手はずに大議会で話された通り大きく変更はない、ということでよろしいかな。」

他の代表達は頷いたが

「勿論、それで問題ありませんがセレモニーの防衛の点については腑に落ちない点も多いですね。宇宙開発反対派の仕業というところは同意ですが、何故連中の仕掛けた爆弾をあんなにも迅速に処理できたのか、その点についての報告が曖昧です。」

「ザビリテ殿、それについては、ある程度の軍事上の機密には守秘権利があるということで落ち着いているではないか。」

パンフシュアが代弁した。

「ある程度の軍事上の機密、ですか。今後共同で自治・防衛を担っていく国同士です。出鼻早々肝心の帝国がこのような態度では、せっかく帝国が主体の宇宙開発にわざわざ骨を砕いている我々の足並みを大きく乱しかねないということを言っているのですよ。」

一同に沈黙が走った。メルファン議長も暫く沈黙した後にこう答えた

「うむ。ザビリテ殿の言う事ももっともだ。この先一大事業を手を携えて行って行こうというのだから互いに禍根を残すのではなく、このように議会の場で話し合っていくのが妥当だろう。ご指摘のあった防衛システムについてだが、あれは現在帝国で開発中のものでまだ全く実用段階にいたっているものではない。自治区の防衛規定のガイドラインにも満たないものだが、緊急事態と判断し、帝国本部の判断で使用させていただいた。」

「ほう・・・。では今回はたまたま上手くいったと?」

「その通りだ。試用もまだまともにしていないが、今回は不利益よりも利益の方が圧倒的に大きいとの現場の判断から使用させてもらった。」

「それはすごいですな、結局は爆弾の場所は全て把握できたのですから。」

ナッセのパンフシュアが助け舟を出す。

レーシェのザビリテは眉をひそめ少し考えているようだったがそのまま答えた。

「わかりました。うちの軍の者たちにもそう伝えておきましょう。」

パンフシュアや周りの者たちも胸をなでおろした。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


自治区の海岸に近いその荒野は防衛軍の訓練地帯としても活用されていた。

クラウスはグランタイプの機体エクリプスのパイロットである為主に各隊のグラン・レースに出場するような人員に対し訓練指導を行うことになっていた。

「それでは、まず今日は当初の予定通り各自所持機の確認と部隊所属、担当の確認を行いたいと思う。」

クラウスは点呼をとり上から来た確認項目を互いにチェックし合うのが今この時間行う事になっている。


「おい、あれがクラウス・エリアデスだぞ。連邦の。」

「伝説じゃなくて本当にいたんだな。」


そんな声があたりからちらほらと聞こえる。

クラウスは連邦のグランタイプの機体、エクリプスに乗っていたが、表立ったレースや公の場にはほとんど出てこなかった為、ライダーほどではないが、彼の存在もまた一種伝説的なものとなっていたのだ。


「ふん。よりによって帝国の敵を自治区の重役に置くとか、レーシェもほんと露骨な嫌がらせするよな。」

ロードがそうつぶやく

「実力的にはあの人がトップだろ。」

カジルが答えた。

「どうだぁ。ライダーと戦ったって言ったってもう10年も前だぞ?レースにも一向に出ないし、実力も怪しいだろ。」

たしかにロードの言うことも一理ある。ライダーを倒した男だということはみんな知っていたが、それ以外、その正体も実力も、全く謎に包まれていた。

だが、レーシェの隊員達のクラウスへの敬意はそれなりの実力や人望が自然とそうさせているところもあるのではないかと思わせるものがあった。


「デゴウスのフォースもつまらなそうにしてるぜ。」

ロードはそう言ってデゴウス王国のドラゴアナ・D・フォースを指した。

フォースは予選でアクセルと同じ組で一位で通過した人物だ。

端正な顔立ちで双子の姉のドラゴアナ・D・ライラと共に自治区の任に就いている。


デゴウス王国は帝国の兄弟国の様な国でデゴウスにのみ生息するドラゴンを従えてかつては強大な力を誇っていたが、ドラゴンも今や絶滅危惧種となり王国の力は昔ほどではなかった。

フォースやライラはその中でもドラゴンマスターというデゴウス王国内でもかなり高位のドラゴン使いでもあるらしいという話は有名な話だった。


言われてみればフォースもライラも、少しクラウスを不満そうに睨んでいるようにも見えた。

自治区防衛も一筋縄ではいかなさそうだ。


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開発自治区の街は先日のセレモニーの襲撃が嘘かのように落ち着きと従来の活気を取り戻していた。

セレモニー前後は新しい環境に慣れるのに元からいた住人も新しい住人も特に必死だったが、それも一つの落ち着きを見せてきていた


「あらぁー、マキちゃん!久しぶり!大きくなってーーー!」

そう言って大きく喜んでいるのはお菓子屋の女主人だ。

「ラックさん、お久しぶりです。またここに戻ってくることになりました。よろしくお願いします。」

「うふふ、また綺麗になったんじゃない?」

「いえ、おばさまがお元気そうで何よりです。」

「ありがとう。色んな国の人が来るようになって、どうなることかと思ったけれど、今のところなんとかやっているわ」

ラックさんはおおらかに笑って見せた。

「前までとは大分違いますか?」

「うーん、そうね。この通りのあたりはまだいいけど、一部の地区では新規に参入してきた店舗と揉めたりもしているみたいよ。」

「やはり、そうですか。」

「まあその辺はベーセンさんに聞けばもっと詳しくもわかるかもしれないわ。

それより、マキちゃん、あれ、なんなのかしら・・・?」

「あれ?」

そう言ってラックさんが指さした方を振り向くと、

マントに身を包んだ大の男が広間の噴水脇に腰かけている。

「さっきからずっとああなのよ。何をするでもなく。ちょっとこわくてねえ。」

「・・・・・・・・・・・・」


「指導官、、、、」

マキ議員がそう声をかけても振り向く様子はない。

「クラウス。クラウス・エリアデス」

そう声をかけてその人物はようやくこちらを振り向いた。

「何をしているのだ。貴君は。」

「議員・・・!」

クラウスは驚いた様子でこちらを見ている。

「その、今日の訓練が終わって、少し時間が出来たので、、、自治区の防衛の為にも、普段の街の様子をみたいと思ったんだが・・・」

そう言ってクラウスは言葉をつまらせた。

なるほど。ここはライダーゆかりの地でその敵である自分が大手を振って歩くのは憚られたということか。

それにしても、怪しい。

「そういうことなら、、、、時間はあるか?」

「?」

「丁度良い。貴君にもついて来てもらおう。」


マキ議員はクラウスを立たせると歩きながら街について案内をした。

各通りの特色、歴史、どういった人々が住んでいるのか、

途中途中いくつかの店に入りながら街の様子を聞くとともに、彼らにクラウスの紹介もし一緒に頭を下げた。

クラウスにとって、予めの資料で実際の地形やある程度のデータは頭に入っていたが、実際に案内してもらう印象はまた違うものになった。

「ありがとう、とてもわかりやすくて助かる。」

そうクラウスがお礼を言うとマキ議員はぶっきらぼうに答えた。

「まあ、ここには昔何年か住んでいたからな」

それでなのだろうか。マキ議員が歩いて声をかける人々は皆マキ議員を懐かしそうに迎え入れる。

ライダーもこんな風に慕われていたのだろうか、、、

「この先で少し寄り道をするぞ」

そうは言ったが、クラウスには何が寄り道で何が寄り道でないのかよくわかっていなかった。

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