第6話 クラウス・エリアデス(1)
セレモニー襲撃の翌日、
昨日は議長の救助に必死で被害の全体像が全く掴めなかったが、どうやら被害は最小限であったらしい。多少の緊張感は保ちつつも自治区に赴任になった各国兵士は一部を除いて予定通りの日常業務に付くよう指示された。
アクセルは無論その一部の人間に含まれており、襲撃の事情聴取の為今日も又呼び出しとなった。
呼び出された先は自治区内にある帝国本部であった。あまり縁のない場所だと思っていたが、昨日議長を送り届けたのと今日とで少し馴染み深い場所となった。
アクセルは本部で会議室のような場所に通されると先日自分が見た通りの供述を行った。
会場を出ようとしたところ煙幕に包まれたこと、その中で議長を拘束する2人組に遭遇したこと。議長が拘束されていた為、自分は大人しく指示に従ったこと。
ただ、拘束していた2人組のうちの1人が、自分がレース前に出会った少女であることは言えなかった。
ユリシアは、やはり今回の一連の騒動の首謀者か何かなのだろうか。レースの前に見た彼女の笑顔は嘘だったのだろうか。
考えたくはないことだが、もしかすると、自分に近づいたのも何か目的があったのかもしれない。
事実昨日議長が拘束されている際に、積極的に議長を解放しようと出来なかったのは、拘束していた男と自分の力量の差を感じたというのもあるが、それ以上に相手側にユリシアがいたからというところも大きい気がしていた。
しかし、そんな状況まで見越してユリシアが自分に声をかけるなど不可能だし、昨日みたユリシアはどこか追い詰められているような、切迫したような様子にも見えた。
アクセルには何が真実かは全くわからなかったが、レース前に見た彼女の笑顔や寂しそうな表情が嘘だとはどうしても思うことが出来なかったし、むしろそれが嘘偽りのない彼女の本来の姿なのではないかと思われてならなかった。
一通り質問に答えるとアクセルは聴取用の部屋から退出した。
「アクセル・スター。アクセル・スターは君かね」
「あなたは?」
部屋を出たところで男に声をかけられた。身なりからして軍の者ではないようだったが、その体躯はむしろ軍の者ではないかと思うくらいガッシリとしていて2m近くあるように思われた。
「失礼。俺はガングルス・E・ベータ。この度自治区に就任した議員だ。昨日君が命を救ってくれた議長の部下にあたる者だ。」
「そんな、命を救っただなんて。俺は何も」
アクセルが戸惑っていると空いては続けた。
「昨日の今日でと思うかもしれないが、今日の夜ちょっとしたレセプションがある。」
「レセプション・・・」
「ああ、各国の政府関係者や軍の要人が主に集まるものだ。それに君に是非出席してほしいんだが。」
「そうですか。」
レセプションの存在自体は知っていた。その為に軍からも一部護衛任務に就いている部隊がいるはずだ。
「議長は怪我をしているから参加は無理だろうと思ったが、途中から参加すると言って聞かない。どうやら貴君に直接お礼をしたいらしい。」
「そうですか。」
「襲撃のあった翌日にレセプションというのも不謹慎に思うかもしれないが、より警備を厳重にして各国の結びつきを強調したいという意向らしい。特に君に何かをしてもらう訳ではない。議長に会いに行くぐらいの気持ちで気軽に参加してくれ。」
正直レセプションという気分ではなかったが、断る理由もないのでアクセルは素直に従った。
夜にまたこの帝国本部に一旦集合ということを聞いて今度は軍の寮に一旦戻ることにした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「アクセル、遅かったじゃないか」
軍本部に戻って真っ先に声をかけてくれたのはアクセルが所属する部隊の隊長であるロードだ。
「上層部に絞られたか?」
「ちがいますよ、ロードさん」
「アクセルが命がけで活躍したっていうのにな。」
「違うっていってますよロードさん。」
横から助けてくれたのはヘッセだ。ヘッセは同じモルデア人だ。
「でも本当に取り調べは大丈夫?どんなんだった」
そういって心配してくれているのは隊のエース、カジルだ。
「ありがとうございます。本当はもっと拘束されるかと思ったんですけど、本当に簡単な聴取だけで。まあ今は混乱しているから、これからまた色々呼び出しがあるのかもしれないんですが」
「まあ今後煩雑な手続きはそれなりにあるだろうな。ただ今回の件は宇宙開発反対派の襲撃だろうという見方が濃厚だ。色々不審な点も多いが、他の爆発物は全て爆破前に処理されたし、大きな被害なく終わったんだから、あまり心配しすぎる必要もないのかもな。」
ロードは話をそう締めると気前よく切り出した。
「それより、飯行こうぜ!飯!一仕事終わったんだ。打ち上げで美味いもん食おう」
「ロードさん、すみません、それが、今夜のレセプションに招待されてしまって」
「すご!凄いじゃないかアクセル!」
カジルやヘッセは横で喜んでくれている。
「おう、そう、何時から?」
「夜7時に帝国本部集合です」
「じゃあまだ時間あるな。それまで皆んなで食べ歩くか」
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街に出ると夕方から夜に向けて通りが賑わいを見せ始めていた。
あまり長い時間ロード達に同行することは出来ないので、こうして食べ歩き出来るような露店が多くあるのはありがたかった。
露店の中のいくつかは先日ユリシアと立ち寄った店で、見覚えがあった。
歩いていくと軽食売り場の列の先頭で何か揉め事が起きているようだった。
「なんだ?」
先頭の方では小さなギャラリーも出来ていた。
「どうした。」
ロードが声をかける。
男が2人向かい合って言い争っている。1人はナッセの軍服を着ているようだ。ナッセの軍人だろうか。
「こっちが先に並んでたろ」
「いいや、こっちが先だった」
会話の内容を聞くとどうやら列の順番で揉めていたようだ。
混乱するのも無理もなく思えた。あまりの人気だからか列は長蛇になっていて途中からどこから出たのかよくわからない新規の列が出来て列は最早列の体を成していなかった。
「お前みたいなナッセの田舎なまり野郎は黙ってろ!」
「なんだと!?ナッセを馬鹿にするんじゃねえ!今ここで出されてる食品だってほとんどはナッセの空中農園のものなんだからな!」
言い争いの内容はもう列の順番など関係なくお互いの罵り合いになってきていた。
列のギャラリーも不安そうに見る者もいれば、言い争いの内容にブーイングをする者もいる。止めなければ。
「おい、そこまでにしとけよ」
ロードが声をかけた。
「なんだ、お前!」
ナッセの軍人の方が叫んだ。ロードにまでつっかっかる勢いだ。
「やめるんだ。リュー。」
見ると同じナッセの軍服に身を包んだ同年代の男女の一組が立っていた。
「シン!」
ナッセの騒動を起こした方の男が叫ぶ。シンと呼ばれた男は落ち着いて続けた。
「騒がせてしまってすまない。うちの隊員が迷惑をかけた。」
「いや、まだ迷惑も何も被っていないさ。セレモニーで一気に客が増えたから店主も対応しきれてないんだ。
ロードがそういうとリューと呼ばれた男は罰の悪そうな顔をし、シンという落ち着いた方の男(おそらくこの隊の隊長であろう)はリューを少しにらんだ。
「おい、みんな、列の整理にあたってくれ」
ロードにそう言われて帝国のメンバーは列整理にまわった。
「あなた、帝国の、昨日のレースに出場していた、アクセル・スター?」
一緒にいた少女がアクセルに声をかけた。
軍服に身を包んでいるが、陶器のような白い肌に黒い髪に身を包み、目を輝かせてこちらを見ている。
少女のあまりの可憐さのためか、騒ぎに出来た輪とは別に少女を中心にした別の小さな輪が出来ていた。
アクセルは突然声をかけられたことに驚いたが小さくうなずいた。
「昨日のレースを見てあなたのファンになったの。真っすぐ空に進んでいく姿が素敵だったわ。」
「ありがとう、、、!」
そんな風に褒められたことはなかったから嬉しいし照れ臭かった。
「私リア。今日はリューが騒ぎを起こしてごめんなさい。」
「俺は別に悪くねえよ。」
「もう!リュー!」
そういうとリューという男は今度こそ肩をすくめて頭を少し下げた。
列も大分落ち着いてきたところでシンという男が改めて謝罪の意を示した。
「うちの者が迷惑をかけてすまなかった。」
「いや、気にするな。みんなまだ新しい環境に対応できていないんだ。すまないがもうしばらくは迷惑をかけることになるかもしれん。」
「ありがとう。隊員にもしっかりと伝えさせてもらう。
だが覚えておくといい。ナッセは今でこそ帝国や連邦に次ぐ国だが、その地位にいつまでも甘んじるつもりはない。」
シンという男はそう言って去っていった。
「まったく、食えない奴ばかりだ。」
ロードが独り言ちた。
その後は当初の予定通り待ち合わせの時間までを皆と一緒に過ごした。その際に昨日のレースのことや事件について、当たり障りのない範囲でお互い話したが、
勿論、ユリシアの存在は誰にも話さなかった。
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