第3話 出会い⑶

アクセルが指を指した先、上空では観光用のラナフロートが飛んでいた。

「ええ、すごく乗ってみたいわ。でも、ごめんなさい。答えたくなかったら答えなくていいんだけれど、あなた、モルデア人よね、、、?ラナフロートに乗ってもいいの?」

ユリシアがそういうとアクセルは少し表情を曇らせた。


この世界は3つの大陸から成っており、それぞれの大陸にその大陸の大部分の勢力を占める国家が存在する。宇宙開発自治区を有し3大陸の中で最も北部に存在するアーバーン帝国、それより南西に位置するレーシェ、南東に位置するナッセ。

それぞれの大陸には多様な人種の人間がいるが、他の一般人類とは明らかに違う、特殊な能力をもった人々がいた。それがモルデア人である。

彼らはラナ鉱石という鉱石の採れる鉱山を主な拠点とする民族であるが、何千年とその石の影響を受けたことで体質が鉱石に共鳴するようなものとなり、不思議な力を得たのであった。力を持つようになったと言ってもその力の強さや内容は同じモルデア人の中でも千差万別であった。

特殊な能力を持つモルデア人であったが、彼らはその利用をあくまで彼らが暮らす環境の中での、生活や儀式への利用に限った為、モルデア人とそれ以外の世界との関係は、時として多少の諍いは時として生ずるものの、大きな決裂とまでは至らないでいた。


−–−–そう、世界がラナ鉱石の活用性を見出すまでは


世界にはそれまで水力・太陽光・風力などのエネルギーや石油・石炭エネルギー、天然ガスや原子力エネルギーなどが存在したが、それらに加えて新たに登場したのがラナ鉱石を利用したラナ粒子エネルギーである。ラナ粒子エネルギーは鉱石の成分を粒子状にし放出することで得られるエネルギーである。このエネルギーは、従来のエネルギーの何倍もの推進力を与え、また、反重力的作用もあったため、重力下で〝物体を軽く浮かせる〟ことも容易となった。


ラナ鉱石を用いたラナ粒子エネルギーの発見は人類の生活を一変させ、今では街中にこの〝少し浮く〟性質を利用した機械が溢れている。バイクなど従来の乗り物への応用もあれば空中移動の出来る小型機械もある。それらは全てラナ鉱石の力を利用していることから一貫してラナフロートと呼ばれていた。アクセルが普段乗っているバイクもラナフロート性のものであった。そういった日常の光景が大きく変化しただけでなく、ラナ粒子エネルギーは宇宙進出にも大きく貢献した。ラナ粒子の生み出す推進力はロケットのエンジン部分にも活用され人類の宇宙進出を大いに助けた。今や人類の火星探索や宇宙ステーション開発はいよいよ現実味を帯びた目標となっている。


しかし、このラナ粒子エネルギーには一つ大きな問題があった。それは、ラナ鉱石の採掘できる鉱山に先住民がいたことである。それが他でもないアクセル達モルデア人であった。ラナ鉱山は世界各地に存在し、それぞれの地域に先住民が存在し、彼らは一括してモルデア人と呼ばれていた。各国のラナ鉱山、及びモルデア人への対応は様々であったが、武力によってラナ鉱山を支配下においたアーバーン帝国は自分たちの自由や誇りを踏みにじった象徴として各地のモルデア人から今なお憎まれ続けている。


ラナ鉱石と切り離されたモルデア人の能力は今では大分衰えてきたが、微弱なものを含めても力を持つ者は世界に相当数いる為、彼らは故郷を追われたあとも世界から恐れられてもいた。


「ありがとう。でも、大丈夫。確かに俺はモルデアの民だけれど、帝国もラナフロートも憎んではいないよ。モルデア人っていっても、俺には全然力はないし、帝国軍にいるのもグランレースに出たかったからってところが大きいからね。」

「そう。」

「・・さっき話した帝国のかつてのエースパイロット、ライダー・グランフェルト、あの人に憧れたからここまで来れたんだ。小さい頃少しだけだけど、会ったことがあって。」

−-−まずいな、少ししんみりしてしまったかもしれない。


「だからユリシア、気にしなくて大丈夫!今から空を駆けよう!」


開発自治区の大通りを抜けてさらに進んだ先に丘があり、その丘を登ると観光用の空中ラナフロートに乗ることが出来る。形は何となくだが、海にいるマンタに似ているかもしれない。要は空飛ぶゴンドラである。


丘の頂上では搭乗の順番を待つ列が出来ている。

列の先頭に着くと自治区の自警隊員が列の整理をしていた。

「何名様ですか?」

「この子と、僕で、2人です。」

「そうですか。では、同乗する搭乗員がご案内しますので、身体チェックと引換券を、、、って、これは、グランレースのパイロットの方では!?」

そういえば格好がマグナに搭乗する時の格好のままだ。

「はい。そうです」

「明後日のセレモニー楽しみにしてます!自治区の面々はみんなグランレースが大好きですから!」

「ありがとうございます」

応援してもらえると素直にうれしい気持ちになる。ライダーのゆかりの地でこうして地元の人に応援してもらえることで、背中を押してもらえたような気持ちになった。ここへ来てよかった。


「それでは、安全の為、シートベルトを着用してください。搭乗中も会話は出来ますので、気分が悪くなったり、何かあれば遠慮なくお声掛けください」

自警隊の人から引換券をもらいいよいよ搭乗の段になった。同乗兼案内で一緒に乗ってくれるのは自警隊の人ではなく、資格を持ってそれを専門で仕事にしている人だ。

「ユリシア、大丈夫?」

「ありがとう。大丈夫よ。楽しみだけど、飛ぶ瞬間はいつも緊張するわね」

−−−それでは、機体浮上します

案内人がそういうと、機体が50センチ程、その場で上昇した。

−−−発進します。

屋内のハッチを飛び出ると。丘の上からの景色が一気に飛び込んできた。

「うわぁ!すごい…!」

空は優しい色をした夕焼けに変わりつつあり、さっきまで歩いてきた街並み、ドーム、遠くにあるロケット発着場、それら全てが一望できる。普段マグナからもこんな風に景色は見えないので、アクセルも思わず感動していた。


「あの寺院の壁がちょっと削れてるのは、昔ライダーが、グランレースを初めてやった時につけたのですよ。町の連中、面白がって今でもとってあるんです。」

---そんな歴史が。すごい。この街にいたらライダーの昔話ももっと聞けるんだろうか。

「よかったら窓を開けてみますか?速度も遅いし、今なら出来ますよ」

案内の人の言葉を聞いて、2人とも勿論窓を開けてもらうことにした。

開けた瞬間、少し冷たくて心地よい夕凪が一気に流れ込んできた。

「わぁっ!」

なんて素晴らしい日なんだろうか…。昼下がりの空の輝きを残しつつ、淡い夕焼けが優しくカーテンの様に街を包み込んでいる。

「アクセル。世界はなんて美しいのかしら。今日は、連れてきてくれて、一緒に楽しんでくれて、本当にありがとう。」

ユリシアがこちらを見て笑っている。その目はかすかだが涙で潤んでいた。涙は出ないが、自分も同じ気持ちだ。


丘を降りたところの広場でユリシアとは別れることになった。

「ほんとにここで大丈夫?」

「ええ。今日1日本当に楽しかった。この思い出はずっと忘れないわ。」

「よかった。…また遊びにおいでよ!俺は、ここにいるから」

「ありがとう。アクセル。」

そう言って微笑むとユリシアは去っていった。

闇に溶け込んでいったその笑顔は、どこか寂しげでもあった。




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