Ep.2 少女と少年――。

 昼の暖かな日が差し込む森の中、木漏れ日に照らされた人道を2つの小さな人影がさっと通り過ぎる。


 一つは森の道を億すことなくどんどんと進んでいき、一方もう一つはその後ろをよたよたと頼りのない速さで進んでいる。


「ま、待ってよぉ……足、速いっ…………」


 ぜぇ、ぜぇ、と荒い息を吐きながら後れを取っている彼は小さく声をあげた。すると、道を先に進んでいた彼女がぴたりと足を止めて後ろを振り向く。


「そんなに待てない。さっさと着いてきなさい。置いてくわよ」


 と、彼女は冷たく一言告げるとさっさとまた道の先を歩き出した。


「えぇ…………」


 そんな彼女の慈悲の無い対応に抜けた声を漏らし、彼は傍に落ちている木の棒を拾い上げると、両手で握りしめて手杖代わりにもう一度足を動かす。


 木の棒で道を小突きながら数分、気が付けば先に行ってしまった彼女の姿は見当たらない。全く、本当に情けが無い。力のない自分も自分だが、少しの情けもくれない彼女も彼女だ。


「少しくらい心配してくれてもいいのに…………」


 愚痴を吐きながら手杖を突いて歩いていると、彼は道の先が明るく照らされていることに気が付いた。どうやら森の道がようやく開けたようだ。目的地もこの先に近いはず。


「あぁ……ようやく来れた……!」


 半ば足を引きずるように歩きながら出口を抜ける。すると、さっきまで森の中をあんなに鬱蒼と生い茂っていた草木が途端に消え失せ、開けた平地がそこには広がっていた。一見すると何もないような、そんな落ち着いた場所だが一つだけ、そこには見る者に異様を感じさせる光景がある。


 それは“森”だ。生えわたる木々の高さは先ほど彼が抜けてきた森の木よりも遥かに高く、生い茂る葉は深い緑を超えて黒に染まっている。日が一番に照りだす真昼のこの時間でもあるのに、木々の間を通る木漏れ日は一つも通っていない。ただ見えるのは、立ち並ぶ木々の数々にその奥まで計り知れないほど広がった暗闇だけの森。そんな、異様な森が平地の先に延々と広がっている。


「こ、これが“黒茂クロシゲリノ森”…………」


「おい。遅い」


「へぁっ!?」


 目の前に広がる黒い森に気を取られていると、いきなり横からチョップをかまされる。何事かと横を見れば、黒毛のワンピース姿の少女が不機嫌そうな顔でこちらをじっと見つめていた。


「いきなり何するんだよ…………」


「あんたが遅いから制裁したの」


「セイサ……なに?」


「罰を下したってこと」


「へぇ……リリーは物知りだなぁ……」


「あんたが疎いだけよ」


「う、うと……?」


「まぁいいわ、行きましょ」


 と、言う間に黒毛の少女――リリーは彼の腕の服の袖を掴むとぐいっと引っ張り、そのまま黒い森の方へずんずんと進んでいく。


「……えっ? うぇっ!? ちょっ、ちょっと待ってっ!!」


「何よ」


「いや、だから! どうして行くの?!」


「来たんだから行くにきまってるでしょ」


「そうじゃなくてっ!!」


 “黒茂クロシゲリノ森”。話には聞いていたけれど本当にそんな森があるなんて、信じていなかった。だからリリーが始めにそこへ行きたいと言いだした時でも、機嫌取りに付いて行って期待外れで終わると思っていた。だけど、実際に森は存在していたし、ましてや彼女がその森に入りたいなどと、そんな無理を言い出すとは思いもしなかった。


 この森が村で言い伝えられていた通りなら、絶対に入ってはいけない。入ったら最期、自分たちの命は終わりだ。


「分かってるんでしょっ!? この森に入ったら……」


「呪われる? 祟られる? 喰われるんだっけ? 何かに」


「分かってるじゃんっ!!」


「あんたじゃあるまいし、分かってるわよ」


「ならなんで行くのっ!?」


「面白そうだからよ」


「僕は全然面白くないっ!!」


「いいから」


「ほぁっ!?」


 言っている間に、リリーは彼の服の後ろにある首袖を掴むと強引に引っ張りだす。案の定、彼は後ろ向きに倒れこみそのままリリーに引きずられていく。


「痛い! ちょっ、ちょっと!? 引きずらないでっ! 放してよっ!!」


 じたばたと彼は暴れるが、幼子おさなごの少女の腕にどこからそんな力が出てきているのか、リリーの掴む手は外れる気配がない。黙々と彼を引きずっていく。それでも彼は暴れて何とか逃れようとするが、暴れている節に見えた後ろに広がる黒い木々が目前にまで近づいてきていることに気が付く。もう森の一歩手前まで来てしまっているようだ。


「リリーっ! ダメだよっ!! 本当に入っちゃダメだってっ!! ていうか僕まで巻き込まないでよっ!!」


「何よ、ハボ。男のくせにだらしないわね。最期くらいしゃんとしてなさい」


「今のさいごってどういう意味っ!!?」


 彼の抵抗も虚しく、とうとうリリーは黒い森の茂る草木の中を彼を引きずりながら入っていった。途中、「いやだぁあああああああっ」と森のどこかから悲鳴のような声が響いてきたが、その後は何事もなくただただ静かに流れる時間の合間と、のどかに鳥がさえずり草木が風にあおられるだけだった。


 そののち、黒い森より少々遠出に離れた近隣の村で子供が二人行方知れずとなる知らせが入る。村の人々は彼らを探すも、どこへ行ったのか知れず。まさか彼らが村の言い伝えで禁じられた森へ入っていったなどど、思いにもよらない。


 さてさて、この後、“黒茂クロシゲリノ森”へと入っていった少年“ハボック”と少女“リリー”の行方を物語として語るとしよう。


 おたのしみに。


To be continued.


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