ウィケッド・パーティ
夜雨
Ep.1 それは彼の日常より始まり――。
遠くの虚空に風が
続いてぎし、ぎしりと軋む家の音。途端に、彼は意識を覚ました。
ふっ、と目を開け窓を見る。古木の小さな窓枠から見える空は暗く、明るくなるにはまだ時間がかかりそうだ。けれども、もうすぐ朝になることを知らせるように薄明かりが遠くの空を染めているのが分かる。
「あぁ、なんだ。もう朝なのか」
気だるげに彼は愚痴を放つ。普段はこんなこと、考えたことがないと思いながら。時間は有限だとは古くから聞くものだが、そんな事はとうの昔に忘れ去った。
だから、目覚めてすぐに朝だと実感したからと言って、彼にとってはどうでもいい。
…………のだが、どうしてだろうか。なぜか煩わしい。
両
起きるのがめんどくさい。いっそもう一度寝てしまいたいと彼は思うが。
「睡眠薬がもったいないしな…………」
他の生き物とは違い自分には自然に眠れる術はない。眠るための薬にしても、手に入れること自体めんどくさいツテを使わなければならないのだから無暗に消費はできない。
結局、目を瞑ってベッドの上で横になったまま時間が経っていき、起きることに悪態をつきながらようやくして彼は起き上がった。
きしり、きしりと鳴く床の上を重たい足を歩かせ彼は鏡の前にたどり着く。
「なぜ今日はこんなにも目覚めが悪いのか…………妖精どもの悪戯か?」
たまに家に押し入ってくる悪戯好きの厄介者たちの姿が脳裏を過った。鋭く光った細目に、してやったりとニヤつく笑みを浮かべた彼らの下衆な表情が思い浮かび、チリチリとした不快感が湧きあがる。
鏡に映る自分の姿。顔にかかった白い布をめくり上げると、目の下にはくっきりと黒いクマの痕がついており、見るからに調子が悪い。おまけに嫌いな妖精たちの事を思い出したせいで余計に不機嫌極まりない表情をしている。
それはさておき、昨日はこんなクマができるような事をしてなどはいないし、疲れる程大変な事態も起きてはいない。ましてや自分に
「…………。まぁいい、後でまた奴らを問いただしてやろう。」
――@――
「さて、今度の茶会の招待者は誰にしようか。またブレイズに来られては内装を燃やされかねない」
彼は服の袖を整えながら片手に持つリストを流し見る。
「レイニーデイ……メアリー……トーマスにも声を掛けておこうか……早いうちに準備をしなくてはならんな」
その時、コンコンコンッ、とどこからかノック音が響いた。
「どなたかな?」
「ご無沙汰をしております。ベルガモット殿」
しわがれた男の声がしたかと思えば、彼の目前に腰下より背の低いローブ姿の人物が瞬く間に現れる。
「イーポストかい。なんだ、最近は姿を見ないからとうとう消えてしまったのかと思っていたよ」
「それはベルガモット殿によく言われることではありませんか。あなたよりは私はまだまだ若い」
「私はしぶといからね。近頃は若い世代が消えるとも聞くじゃないか。まぁ、それにしても元気でよかったよ。君がいないと他の元気も知れなくなる」
「仰る通りで。こちらが今回の郵便です」
イーポストと呼ばれたローブの人物はそう言うと、懐から一枚の折りたたまれた羊皮紙を取り出し彼の前に突き出す。
「…………。これだけか?」
「これだけです」
「…………やれやれ、久しぶりに手紙が見れると思ったら。やはり私より先に他のやつらの方が逝ってしまっているのではないか?」
「いえ、きっちり生きてますよ。多分皆さんあなたの存在の方をお忘れになっているのではないかと」
「…………偉そうに」
「そんなものですよ」
フンッと鼻息のような声を漏らしながら、彼は羊皮紙を乱暴にイーポストの手から奪いとる。
「それにしても、50年近くか? 会うのが久しぶりにしては以前より大差ないな」
じっと彼はイーポストの姿を見つめる。自分の腰下より小さい背丈に腰を丸めた姿は相変わらずにどことない可愛らしさが感じられる。
「この姿は弱くなったから縮こまっている訳ではありませんよ。私が好きでこうしているだけなのですから」
「そうか。ならばお前の評判もまだまだ落ちてはいないようだな。心配して損をした」
「…………え? 心配をしてくれたのですか? 珍しい」
「単に少し気になっただけだ。……なんだ貴様その目は」
「いえ、面白いこともあるものだなと。もしかして……しばらく会わない分寂しかったのですか?」
「お前も妖精どもと同じように生気を吸い取ってやろうか」
「あぁやはり気のせいでした。やめてください」
やれやれ、と声を漏らしながらイーポストが息を吐く。だがすぐに「あっ」と声を上げて、イーポストは付け足したように言葉を続けた。
「そういえば、近頃は
イーポストが内容を話し終わると、羊皮紙を受け取った彼の手がピクリと動く。
「…………それは嫌味か?」
「少しはそうですね。けれど、本命は忠告ですよ」
「…………お前は果たして、私がここに迷い込んでくる人間の事を知ってどうなると思ったんだ」
「手に負えなくなるでしょうね。だから言ったんです。何も知らずに人間が来たと知れば、あなたも衝動に流されるでしょう」
「…………手紙は受け取った。さっさと次へ行け」
「承知しました。あなたもお元気で」
そうあいさつをすると、すぐさまイーポストの姿は霧のように掻き消えていなくなる。
「…………お節介め」
部屋の中で一人残った彼はイーポストが去った跡を少しの間眺めていると、受け取った羊皮紙に目を向けた。
久しぶりの手紙。久しぶりの知人からの文。けれども、以前彼が受け取った手紙よりも貧相で薄い。
「前に貰ったものでも封筒に入っていたというのに。なんと貧相な」
少し不満げに、彼はその羊皮紙を開くと手紙の文面を見つめる。
だがしかし、開かれた羊皮紙に書かれていたのは紙面いっぱいに認められた文ではなく紙の真ん中あたりを短く収めた短文だった。
「なんだこれは。こんなもの手紙とは呼べんぞ」
差出人を確かめようと、裏をひっくり返すが何も書かれてはいない。表を見てもその短文のみで名前らしき字は一つも見当たらない。
「一体どこのどいつだこれを書いた奴は…………」
と文句を溢しながらその短文を眺めた時、彼は羊皮紙を持つ手をまた震わせた。
――――
To be continued.
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