第26話「雪」
26話「雪」
息が出来ない。苦しい。水が冷たい。
そんな体の苦痛なんか我慢出来た。
シュリはどうなってしまったの?
それを考えるだけで胸が痛くなる。
冷たい湖の水にのみ込まれ、流されながら、彼を思って涙した。
その涙だけが温かかった。
「はぁっ………ごほっっ!」
やっとの思いで、水音は水面から顔を出して咳き込みながら空気を吸った。
そして、また湖の中へ潜り込む。
けれども、先ほどのように水の流れが変わることはなかった。
優しく漂う、湖の水だけで水音があちらの世界へ行ける気配はまったくない。
「どうして!どうしていけないの!?まだ、1日なのに………。」
凍えるような水温のはずなのに、水音は湖から出なかった。諦めたくなかったのだ。
シュリが、どうなってしまったのか。
怪我をしているなら助けたい。
苦しんでいるなら傍にいたい。
「シュリ………お願い、無事でいて。」
水音が大粒の涙を溢して、泣いていると、湖の一部分が淡く光始めた。
水音は驚き、その場に近づくと、その中心から一匹の白い鳥が現れた。
「白い鳥………まさか、雪?」
『そうだよ。久しぶりだね、水音』
「え!?雪がしゃべってる………。」
『話していると言うより、水音の意識に語りかけてる感じだけどね。』
確かに、直接体に入ってくる言葉に、少し驚き、そして、不思議そうに雪を見つめた。
「あなたは何者なの?」
『……マカライトの国を守る物だよ。』
「神様ってこと……?」
『そんなに偉くないけど、でも似たような存在かな。人々の願いを叶え導くのが僕の仕事だったんたけどね。その働きが認められて、初めて国を与えられた。その国がマカライトの国だったんだ。』
「鳥さん………なのに?」
『それは姿だけだよ。んー、じゃあ、この方がいいかな。』
すると、鳥はみるみる大きくなって、巫女のような服を着た、真っ白い髪に青い瞳の中性的な人が現れた。
『君たちが信じる神様って、こんなイメージなんだ。水音のイメージで作ってみたんだけど、面白いね。』
「………ねぇ、雪………じゃなくて、そのー。」
『雪でいいよ。君は、マカライトに帰りたいんだね。』
「うん。シュリに会いたいの。きっと大怪我をしているわ。心配なの………。」
『水音。異世界への移動は1日だけだよ。次の1日まで待ってて。さぁ、冷たい水に体をつけたままにしては良くないよ。』
人間の体になった雪は、そう言うと彼の力なのか、雪音の体が中に浮き、ゆっくりと水辺に降ろされた。そして、揺れていた服や体はしっかりと渇き、そして温かくなっていた。
「雪、ありがとう。でも、私はシュリの元に戻りたい。お願い!マカライトを守るものなら、出来るでしょ?」
『水音……すぐには無理だよ。君の体が異世界へと移動する時に使う体力が今は足りないんだ。だから、本当は5日は欲しいけど……。僕の体力を分けるので1日。僕の体力が戻るのに2日。3日だよ。』
「そんなに!?」
『1ヶ月と3日、どちらがいい?』
「……わかったわ。」
水音が渋々頷くと、雪は水音の傍に降りた。この服だと目立ってしまうからと、雪はこの世界の服に変え、水音にも温かいコートをくれた。
『君はここで行方不明ってことになってて、ちょっとした、騒ぎになってるよ。』
数ヵ月、家にも帰らず、仕事も無断欠勤していれば、そうなってしまうのも仕方がない事だった。
お世話になった職場や交流があった友達には申し訳ないと思いつつも、この世界に戻るつもりはないので、何も連絡はしないでおこうと思った。
『だから、君の家は行けないから、僕のマンシションに行こうか。』
「え!?神様も家に住んでいるの?」
『まぁ、この世界の事を知るには生活するのが1番だからね。』
そういうと、雪はゆっくりと歩いて家まで案内してくれた。
雪の白髪と綺麗な顔立ちのせいで、大分目立ってしまい、自分が見つかってしまうのではないかとヒヤヒヤしたけれど、なんとか到着することが出来た。
雪の家は、高層マンションの一室だった。とても、綺麗な部屋で窓からの景色もとても眺めがよかった。『飛んでいる見たいで、気に入ってる。』と、人間のように笑う雪は、本当に自分と違う存在なのかと、少し疑ってしまうぐらいだった。
「雪。どうして、私やお母さんや他の人たちを、ここの世界からマカライトの世界へ呼ぶ事にしたの?」
『それを話すと少し長くなるけれど。いいかな?』
「ええ。あと、3日もあるのよ。」
『確かにそうだね。』
リビングにあるソファに2人で座る。そして、どこからともなく、いい香りがするココアが雪の手に現れ、それを水音に渡してくれた。
自分の分も出すと、一口それを飲んだ後、雪はゆっくりと話始めた。
『僕がもらった国は、昔から争い事が絶えなくて、いつも最後は大きな戦争でみんな死んでいってしまった。僕はマカライトが大好き、そこに住んでいる人に苦しんでほしくない。けど、どうやっても戦争は起こった。水音がいる世界もそうだけど、今は少しずつ減っているだろう。国の中でも、争い事は前よりは減っている……だから、ここの国の人がその知恵をマカライトの人たちに与えれば、少しは変わっていくかなって思ったんだ………。』
「それでそんなことを。」
雪は、切ない顔でそう言いながら申し訳なさそうに水音に謝った。
『神隠しみたいに、突然さらってしまってごめん。君もそして、君のお母さんも。』
「ううん。私もお母さんも自分でマカライトの国に戻ろうとしてるぐらいだから、あの国の人が好きになったんだよ。」
『……そう言って貰えると僕も嬉しいよ。』
雪は、ただの人間の男の子のように、本当に嬉しそうに笑った。それを見ると、神様として生まれたのか人間として生まれたのかだけの違いなのではないかと、水音は思ってしまう。
刻印を持って生まれた、マカライトの人々と同じように。
『戦争で死ぬ人を少なくするために、僕は刻印の制度を作った。それにより、死んでいく人も少なくなっていたんだ。けれど、人々の笑顔はこちらの人よりも少なくて、本当にこの世界でよかったのか。ずっと考えていた。けれど、雪香と君はそれに異を唱えた。それは何故かな。僕はそれを知りたいんだ。』
雪は、とても温かい手で水音の手をギュッと握ったら。その強さは、とても強くて雪の気持ちが伝わってくるかなようだった。
彼は迷いながら、マカライトの国が幸せになることを願っている。だからこうして、こちらの世界を見て、人の幸せとは何かをずっと見てきたのだろう。
「きっと人は誰かのために生きたり、自分の夢のために生きたり、目的や希望がないと生きるのが難しくなる。だから、黒の刻印を持って生まれた人は、子どもの頃から夢も希望もなく、生きることで必死に過ごしていて……。そうなると楽しくもない。逆に白蓮は不自由のない生活をしていて幸せに見えるけど、でも、それは頑張らなくてもいい暮らしでもあり、それ以上はない。それに、誰かの犠牲の上にある幸せで、本当の幸せにはなれるかな?って思うんだ。シュリのように迷う人は沢山いるはずです。」
『それで、君は皆が青草になることを望むんだね。』
「ええ。青草が1番、この世界の人々と似ている気がして。雪もそう思わない?」
『あぁ……僕も青草の街の活気が、1番キラキラとして生きている人たちの輝きを感じるよ。』
気持ちを共感してくれる雪の笑顔を見て、雪もわかってくれた。そう思えて、水音はホッと安心してしまう。
けれど、それもつかの間の微笑みであり、すぐに真剣な表情の雪に戻っていた。
『けれども、君たちはそれを巡って傷つけあっている。それに、君の世界が誰でも幸せだとは限らないよね。……君が、マカライトを選んだように。』
「それは、そうだけれど……。」
『僕はあの国を守るものだ。結果がでなければまた、違った方法を考えなければ行けない。けれど、人間のいきる時間は短い。すぐに結果が出るわけでもない。』
「………そうだけど。やらなければわからないよ!今でもスラムで苦しんでいる子ども達が沢山いるわ。だから、やってもがいてからでも遅くない。」
神のような存在の人に、何を言っているのだろうか。それでも、言わずにはいられなかった。
シュリやレイトが、苦しんでいる。親しかった友達をも苦しめあって闘っているのだ。
それを止めたいと思うのは、救いたいと思うのは、神様だって同じはずだから。
いつもより早口で、そして強い言葉を言ってしまい、水音は少しだけ呼吸を荒くしていた。
そんな必死な様子を見て、雪はくすっと笑った。
『雪香と同じですね。彼女も同じようなことを言っていました。』
「じゃあ………。」
『10年経ってもマカライトの人々が元と変わらなければ、あなたを強制的にこちらの世界へ戻します。それでよければ、あなたの考えに協力しましょう。』
「………ありがとうございますっ!」
水音はあまりの嬉しさに、笑顔ですぐに深く頭を下げた。すると、雪がクスクスと笑っている。不思議そうに顔をあげると、雪は困ったように笑っていた。
『あなたは、失敗してこの世界に戻るのが怖くないのですか?10年も自分がいなかった世界はきっと、変わり果てていて、孤独になるのに。』
「そうだけど……。でも、シュリやレイトと一緒なら、私は大丈夫な気がするの。だから、失敗は怖くないかな。」
シュリやレイトが仲直りをして、マカライトの国のために3人で一生懸命働きながら暮らしていく。
きっと、それは素晴らしく楽しくて、充実して、幸せな日々だろう。
想像するだけで笑顔になってしまうのだから。
『さて、あなたは疲れているはずです。今はゆっくり寝てください。』
「待ってください、まだ聞きたいことが……。エニシさんの事とか………。」
『いいから、おやすみなさい。』
雪が、水音の額に人差し指を当てる。
すると、一瞬で水音の体の力が抜けて、倒れそうになる。それを雪が支え、抱き上げて別室のベットまで運んだ。
『人間の血が入ると、やはり弱くなる物なのですね。休まなければ疲れてしまうなど、脆弱だ………。』
そう言いながらも、雪は水音の顔についた髪を丁寧にはらい、そして頭を撫でた。
『本当にあなたは雪香に似ています。……おやすみなさい。私の愛しい娘よ。』
そういうと、雪は水音の頬にそっと口づけして、部屋から出たのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます