第25話「涙と叫び声の湖」
25話「涙と叫び声の湖」
レイトはゆっくりと、水音に近づきてくる。
その笑顔はいつもの優しくてキラキラしているものなのに、片手に持っている短剣が目に入り、恐ろしさが先にきてしまう。
この短剣は何人の血を浴びてきたのだろうか。短剣が血に染まっているところを数回見ただけなのに、水音は恐ろしい物に見えてしまっていた。
レイトがすぐ傍までくると、あまりの様子に水音は座ったまま後退りしてしまう。すると、指先に冷たいものが触れる。
もう湖の近くまできてしまっていたのだ。
逃げられる場所はどこにもない。
「なんで逃げるんだい?ずっと心配してたんだ。シュリには悪いことされてないかな?」
「シュリは私にそんな事しないわ。それより、レイトは大丈夫なの?怪我は……。」
そういうと、レイトはニッコリと笑って「水音はやっぱり優しいね。」と言った。
「傷はもう大丈夫だよ。治ったさ。」
「それはよかったわ。」
目の前まで来たレイトは、水音のすぐ傍で片膝を付いて座り、目線を水音に合わせた。
「会いたかったよ。エニシがここに水音が来るかもしれないって言っていてね。エニシの占いは当たるんだ。」
「そう………。私もレイトに会いたかったの。」
「そうか!じゃあ、早く白蓮の家に戻ろうか。」
レイトは嬉しそうに笑い、水音の手を取ろうとする。けれど、それを水音は避けて両手を自分の胸に当てて、彼を拒んだ。
一瞬、驚いた顔をしたけれど、レイトは「どうしたの?」と、また手を差し伸べてくれる。
けれども、水音は彼の手を取らずにレイトを見つめた。
「聞いて欲しいことがあるの。私、刻印の交換を止めようと思う。」
「………何を言っているんだい?水音、冗談は………。」
「冗談じゃないよ、レイト。」
水音が真剣な表情を見せてそう言うと、レイトの顔から微笑みが消えた。
「どういう事?水音、話してくれないか?」
「レイト。雪香、私のお母さんが話していた、元の世界の話、覚えてる?この世界は誰かの犠牲の上で白蓮や青草が幸せに暮らしているの。それは、とても悲しいことだわ。元の世界が完璧なルールがあって、みんな幸せだとは言えないけど。けどね、生まれた瞬間に運命が決まっていて、それが変えられないのはおかしいと思うの。レイトだって、そうは思わない?」
「…………僕は、自分が黒の刻印のままでも、今よの白蓮のやつらに同じ思いをさせたいと思ってるよ。俺の苦しみ、そして、雪香さんの痛みを味わって貰わないと、僕は幸せにはなれないんだよ。」
レイトは、怒るわけでもなく、ただ昔を思い出して、苦痛を感じている。そんな表情だった。
そんな彼を見ていられない。水音はそう思って顔を背けようとした。けれども、逃げてしまえばまた、同じことが起こる。
それに、もう水音の体には刻印が刻まれている。
後戻りなんて出来ない。
シュリとふたりで決めたのだから。
「レイト………私、もうあなたと刻印の交換をすることが出来ないの。」
「な…………。何を……。」
水音は自分のブラウスのボタンを外し、胸元を彼に見せるように自分で服を開ける。
「もう、白蓮の刻印があるから。」
「っっ……シュリか………。」
水音の肌にある刻印を見て、レイトは体を硬直させ白い白蓮の刻印を呆然と見つめていた。
恐る恐る水音の刻印に指を当てる。彼の冷たい手が刻印に触れ、水音は体をビクっとさせるが、彼の動揺する姿を見てしまうと、それを我慢し彼がわかってくれるまで、説得を続けようとした。
「私たちは、全ての人々を青草にして平等にしようと思っている。みんな白蓮になれても、働く人がいないと生きてはいけないの。だから、みんなが働いてみんなで支え合う世界にしようって思ってる。お母さんが話してた、そんな世界にしたいって。」
「……じゃ……ぉ…。」
「レイト?」
レイトは、水音の話を聞いた後、ブツブツと何か独り言を言っていた。それを聞き取りたくて、彼に近づこうとした瞬間。
「きゃっ!レイト…………?!」
「……シュリは、あいつは………。」
レイトは、水音を地面に押し倒した。
水音は、視界に空、そして草や土の匂いを感じ、押し倒されたとわかった。
そして、露になっていた胸元の刻印に、レイトは丁寧に口づけをしたり、舌をつけて舐めたりし始めた。
「レイトっ!何を………。」
「シュリはいつも俺の欲しいものを持っている。強さも、白蓮の刻印も、頭の良さも。そして、今度は水音も取られた。俺が貰うはずだったのに……あいては裏切った!刻印の交換も二人でしようと決めたんだ………。でも、まぁいいか。」
「レイト……。」
「今から、水音の中に俺を刻み込めば、また刻印が変わって君は黒の刻印になるかもしれないよ。無色の君は、男に抱かれれば、その色に染まるんだ。きっと、刻印も変わる。」
レイトは、短剣を水音の顔の近くの地面に突き刺した。水音はすぐ近くにあるあの短剣が恐ろしく、そして、今の彼が何をしようとしているのか、予想がつかなく、ただ恐怖で体を震わせるしかできなかった。
「そんなこと、あるはずないよ。レイト……止めて……。」
「だめだったら、水音とシュリが湖に入って交換をお願いすればいい。嫌だなんて、言わせないよ。この間の薬もあるんだしね。」
「お願い、やめて……。」
「好きだよ、レイト。僕を変えてくれる唯一の人……。」
ゆっとりとした視線で水音を見つめた後、レイトは水音にキスをして、そのままゆっくりと頭をゆっくりと下の方へと移動する。
冷たく白い手が、水音の太ももをな撫でる。そのまま、スカートを捲り上げ足を持って、足の付け根にキスを落とした。
「っっ………レィト………。」
「泣かないで、酷いことをするわけじゃないんだ。僕の気持ちを受け止めて。」
「いや………。」
「水音……シュリを選ばないで。」
水音は、目をギュッと閉じこれから起こることを耐えようとした。
すると、先ほどエニシと戦っていたシュリの必死の顔が浮かんだ。彼は、大変な思いをして水音を逃がしてくれた。それなのに、自分は耐えるだけでいいのだろうか?
私も戦わなくては行けない。
そう強く思うと、水音は目を開けてレイトを見つめ、自分の精一杯の力で彼の体を押した。
もちろん、彼は大人の男の人で、勝てるはずはなく、少しだけ体を浮かせただけだった。けれど、それだけで、よかった。
水音はその隙に自分の横に刺さっていた短剣を抜き取り、レイトの顔に向けた。
「レイト。やめて……。」
「水音……そんな怖いことは止めよう。君が怪我をしてしまう。」
レイトは、小さく両手を上げて、水音の体から離れた。戦ったことのない女が小さな剣を持っていてもなんにもならないだろう。
レイトは腰に大きな剣をさしていたので、本気になれば敵わないのはわかっていた。
この後は、どうしよう。
そう思ったときだった。
「水音っ!!」
「シュリっっ!」
森の奥から、真っ黒な体が見え、大好きな人の声が聞こえた。その方向を見て、名前を叫んだが、それは悲鳴のようになってしまっていた。
彼の体からは血が出ており、立っているのがやっとの状態だったのだ。
近くにはエニシの姿がない。
彼を倒して来てくれたのだろうが、もう彼は戦うどころが動くのもやっとの状態だった。
水音が彼のところへ駆け寄ろうとすると、その前にレイトが剣を構えて立ちはだかった。
「シュリ。僕を裏切るから、そんな不様な姿になるんだ。」
「うるせーな。俺は俺の考えで動くだけだ。」
「……それが僕を独りにさせてもか。」
「俺はそんなつもりはない。新しい世界でおまえと………。」
「うるさいっ!!」
レイトは、今までで一番素早い動きでシュリに斬りかかった。
けれども、早さならシュリが勝っている。
シュリは大きく弧を描くようにジャンプすると、水音の傍に着地した。
そして、水音の前に立った瞬間。
シュリは1度水音を抱き締めた後、水音の体を軽く押した。
水音は思ってもいない彼の行動に驚き、そして、そのまま湖に体を投げ出された。
抱き締められた瞬間。
シュリは、「愛してる、水音。」と耳元で優しく囁いた。
水音が湖に身が沈む前に見たのは、レイトがシュリを剣で斬り彼が倒れる瞬間だった。
涙と叫び声は、湖の中に消え、水音はまた吸い込まれるように水の中に流されていった。
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