第24話「逃走」
24話「逃走」
水音は、シュリが昨日話してくれた過去の事をいろいろ考えているうちに、青草の刻印の人は、元の世界の自分たちと同じような生活をしている事に気づいた。
働いた分のお金を雇い主から貰い、それで生活をする。まさしく、シュリが理想とする生活だと水音は思った。自分の好きな仕事をして、人のために働く。そして、それが自分が生活するために、他の人の働いたものをもらう。
そんな生活にするには、青草になればいいのではないかと考えたのだ。
水音は、自分が思い付いたことを思い切ってシュリに伝えた。
すると、シュリは少し驚いた表情をしていたけれど、すぐに考え込んだ。
今まで考えもしないことだったのだろう。いろいろなことを考えている様子だった。
「青草になれば、みんな働いてお金をもらって生活するわ。頑張った人は裕福になるかもしれないし、もしかしたら、失敗してしまう人もいるかもしれない。そんな人が助け合っていけるのが素敵だよね。……いろいろ難しい事もあって、元の世界でも人を傷つけてしまう人もいたけれど……。」
「……同じ人なのに、奴隷のような扱いをする事はなかったんだろ。雪香さんも同じようなことを言っていたよ。」
「そうなんだ。」
自分が大好きだった母親と同じ考えになれたのは、とても嬉しかった。自分の考えていたことが間違えではないと言われているようで嬉しくなる。
「刻印の交換じゃないから、上手くいかないかもしれない。けど、やってみたいの。……シュリ、だめかな?」
「きっと、雪香さんがお前を守ってあげて欲しいって言っていたのは、このためだったんだろうな。」
「え…………。」
シュリは、雪香の頭をポンポンと撫でて、キラキラと輝く黒の宝石のような瞳でこちらを見ながら、微笑んでくれていた。
「俺と出会って、刻印の未来を託したかった。」
「…そうかも、しれないね。」
水音は、シュリがそう思ってくれたのが嬉しかった。大切な人が母親を想い、信じてくれるのを。
「俺もそれでいいと思う。いや、それがいい。いい答えを出してくれたな。その………ありがとう。」
シュリは、少し照れながらそう言った。
彼に自分の考えをわかってくれて、そして同じ考えをもってくれたのが幸せだった。
彼と一緒に進んでいく道が、正しいのかはわからない。間違っていたら、少しずつ方向を変えていけばいいのだ。
成功する事を願いながら、少しずつ変わっていくこの世界の未来を夢見る事が出来るようになってきた事に、シュリと水音は感じ始めていた。
「じゃあ、すぐに湖に行ってみようか?」
水音は、早く自分の考えを確かめてみたくて、勢いのまま動き出そうとした。立ち上がりかけた水音をシュリは止めた。
「いや、それが今日だけはたぶんだめだ。」
シュリは、「タイミング悪いんだけどな。」と苦笑した。水音はその理由が、よくわからずに首を傾げる。
「今日は1日なんだ。」
「あ……私が元の世界と湖が繋がる日……。」
「あぁ。俺はいくら湖に潜ってもいけなかったが、水音は別だ。雪香さんは1度元の世界に戻っているからな。間違って戻ってしまったら意味がないだろ。」
水音の母親である雪香は、水音に刻印がつかないようにと、元の世界へ戻っている。お腹に赤ちゃんがいる状態で湖の中に入るのは決死の覚悟だったと思うが、それぐらい必至だったのだろう。
「そうだね。もう元の世界に帰るつもりはないから。今日は止めましょう。」
「……あぁ。」
少し安心したシュリの顔を見て、水音も優しく微笑み返した。
「あのね、レイトに会って話しをしたいの。湖に行く前に……。」
「水音!それは、ダメだ。今のあいつは何をするかわからないぞ。」
「そうかもしれないけど……シュリの大切な友達なんでしょ?」
水音がそう言うと、シュリはそのまま俯いてしまう。
きっと、今のレイトが刻印の交換ではない事をしてしまうと、きっと激怒して納得してくれないかもしれない。
昔の辛い経験や、白蓮への憧れは、そう簡単にはなくならないのは水音にもわかっていた。
けれど、短い間だったけれどレイトと過ごしているうちに、彼はシュリと似て、素直な少年のままの男の人だとわかったのだ。重ねて見えてしまった事があったのは、そのせいだろう。
レイトに会いに行ってしまえば、もしかしたらまた連れ去られてしまうかもしれない。
けど、決行してしまう前に彼に会いに行きたいと思ったのだ。
きっと、シュリも少しはその事を考えたと思う。けれど、水音を連れ去られたり、考えもしない事をされると考えると、彼が反対する理由もわかる。
「そうだけど………。」
「なんだー。会いに行ってあげなよ。」
「えっ……。」
突然部屋の中で、水音でもシュリでもない男の声が響いた。
ふたりは声のする方を振りかえる。
すると、そこには開いた窓に座る、背が高く、華やかすぎる程の服を見にまとっている男だった。
水音も見たことがある男だ。
「エニシさん!」
「あ、覚えててくれたんだねぇー!お嬢ちゃんっ。」
いつの間にこの部屋に入ったのかわからないが、魔法のような石があるのだ。このような事が出来る人もいるのだと、水音は思った。
以前シュリを助けてもらったお礼を伝えたくて、水音はすぐにエニシに駆けよろうとした。
けれども、シュリが片腕を伸ばして、それを止めたのだった。
シュリは、静かにエニシを鋭い目線で睨んでいた。
「シュリ?どうしたの……エニシに助けて貰ったんじゃないの?」
「……あいつは、占い師とか言ってるのに、戦うと強い、怪しい奴だよ。それに……。」
「…………。」
シュリは、水音を自分の背中に置き、守るように短剣を構える。もちろん、あのボロボロのものではなく、新調したのだろう新しいモノになっていた。
シュリが構えると、やれやれという表情を見せながら、エニシは腰にさしていた細長い剣を抜いた。
怪しく光るその剣は、とても綺麗で恐ろしさをも感じさせる物だった。
「あいつは、俺によく仕事の依頼をする男だ。」
「え、仕事って………暗殺。」
「自分の手を汚さずに、邪魔な人間を消してくれるんだ。おまえはかなり役に立っていたよ。」
エニシはそういうと、声をあげてクスクスと笑った。綺麗な顔と変わった服が、妖艶さを感じさせて、この世のものではない雰囲気を出していた。
水音は、そんな彼を見るのが怖くなってしまい、シュリの背中に隠れ、服をきゅっと掴んだ。
すると、エニシを見つめたまま、シュリは小さな声で水音に伝えるように早口で話し始めた。
「おまえは、湖の方へ逃げてろ。こいつを何とかしたら迎えに行くから。」
「でも、エニシは強いって……!」
「いいから早く行けっっ!」
シュリは、最後の言葉だけ強く怒鳴るように言った。水音は、驚き、よろよろと彼から離れた。
彼があえて強い口調にしているのは、水音を早くこの場から離れさせたいからだとわかる。
そして、彼が焦っているのはエニシが強敵だと言うことだ。
シュリが心配で仕方がない。
その場を離れたくない。
けれど、自分が足手まといになってしまうのも、水音は怖かった。
「んー、僕は彼女に用事があるから逃げられると困っちゃうなー。」
「俺の女だ。勝手に連れられては困るな。」
「自分の女を一人で逃げさせるなんて、最低な彼氏様だな。彼女が可哀想だ。」
「っ!このっ!」
シュリは、素早い動きでエニシに短剣で襲いかかった。カンッと刃同士がぶつかり合い、高い音がシュリの部屋に響いた。
その音に、体を震わせながらシュリを見つめる。
エニシが水音の方に行かないために、必至に押し合いをしている。
自分がいなければ、彼は思いきり戦えるのだ。
そう思った瞬間、水音は部屋にあった貴石が入ったランプを持って部屋を飛び出した。
その直後、部屋では何がぶつかる音や、剣が合う音が響いてくる。
シュリの元へ行きたい気持ちを堪えながら、水音は懸命に湖へと走り続けた。
シュリの足では、すぐに着いてしまう場所でも、水音は息を荒らして、やっと湖まで走った。
誰かいないかと辺りを見渡す。
今日は1日だ。白騎手がいると思ったけれど、水音がこちらに来ているので、見回りはないようだった。
ほっと安心して、シュリはゆっくりと湖へと近づいた。
先ほどの緊迫した雰囲気とは違い、ここはゆっくりと静かに時が流れていた。
喧騒なんて、嘘だったかのような雰囲気だ。
湖の水に触れて冷静になりたかったが、それがきっかけで元の世界に戻ってしまうのは避けたかったので、水音はただ湖を見つめていた。
そして、耳をすまして彼が来る音が聞こえてくるのをまっていた。
ガッシャンっと、音がした。
それは、聞いたことのある音だった。
それを聞いた瞬間。
水音は、振り向かなくても誰が来たのかわかった。
「水音………やっぱり、ここにいたんだね。」
「レイト………。」
湖にやってきたのは、金髪に青い瞳の白騎手の甲冑を身につけたレイトだった。
そして、レイトは、あのボロボロの短剣を手にして、ニッコリと微笑んでいた。
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