第27話「人間らしい笑み」
27話「人間らしい笑み」
元の世界で眠るのは久しぶりだった。マカライトの国よりも安心できる環境のはずなのに、水音は何故か不安になってしまい、途中で何度も起きてしまった。けれども、体は疲れているのか起き上がれずにそのまま寝てしまう。
寂しく感じるのは、隣にシュリがいないからだと、すぐにわかった。
切なさを感じながら、大きなベットで一人、水音は寝ていた。
けれど、途中からとても温かい感触を感じ、水音は引き寄せられるようにそちらへと身を寄せた。
シュリが帰ってきたのかな、と寝ぼけた頭で考えていた、温かい人へと抱きつく。
やっぱり安心する。
そう思っているうちに、少しずつ頭が冴えてきた………。
ここは元の世界にいるはずだった。それなのに、自分は誰に抱きついているのだろう?
そう思い、目を開けるとそこには白い髪の綺麗な男の人がこちらを見て、にっこりと微笑んでいる。
横になっているだけで寝てはいないようで、ただただ水音を見ているだけだった。
『おはよう、水音。』
「おはようございます……雪、何やってるの?」
『いや、可愛い寝顔だと思って眺めていたんですよ。いくら見ても飽きないですね。』
「………恥ずかしいから、そんなに見ないでください……!」
『大丈夫だよ。君はシュリの物になったのでしょう?手は出しませんよ。』
にっこりと、胸元の刻印のある場所を指差しながら雪はそう言った。
やはり神様に似た存在なのだろう。見なくてもお見通しなのかもしれない。
「……神様は人間を好きになるの?」
『私は神様ではないからね。そんなときもありますよ。死ぬことはないので、寂しくなります。』
「……でも、いつか人間は死んでしまうわ。」
そう寂しげに言うと、それが伝染したのか、雪もとても切ない顔になる。そして、慰めるように水音の頭を撫でてくれる。雪の方が寂しそうなのに……。
『そうなのです。人間の命は儚すぎる。だから、私も寂しかった。そして、死んでしまう命をただ見ていることが出来ない、未熟な存在でした。だから、エニシがいるのです。』
「エニシさん…?どいういう事?何故、彼の名前が…。」
『彼は私が作った最初の一人が彼なんです。』
「えっ……。」
雪は懐かしむように、とても遠い昔の話をしてくれた。世界を貰い、ゆっくりと大地と生き物を育て、やっとの思いで人間が住める場所を作った。
そして、そこに始めに作ったのはエニシだと。
『これから、沢山の人間と出会い結ばれるように、私がエニシ(縁)と名付けました。その子が寿命で死にそうになったとき、私はそれを止めてしまいました。その子は、まだ自分の他の人間に出会ってもいなかったし、何より……私が一人になるのが寂しかったのです。それで、不死の力を与えてしまったのです。』
「だから、あんなにも強かったのね……。」
『そして、あの子はレイトと同じように白蓮に強い執着があります。黒になってしまった時に酷い扱いを受けたようです。死なない体を良いことに、とても惨い事を………。』
雪が顔を歪ませる。
水音がそれを想像するだけでも悲しくなり、そして、エニシの気持ちを思った。
死ねない体でひとりだけ生き残り、そして黒になれば死ぬほどの、苦痛を永遠に与えられる。
それはどんなに辛いことなのだろうか。水音が思う以上の痛みや辛みだろう。
彼が水音に余計なことをしないで欲しいと願うのは、彼が白蓮以外の刻印になることを強く恐れている結果だろう。
『エニシは私の大切な子です。私が責任をもって何とかしましょう。』
「……はい。」
エニシはシュリと戦って倒れたと思っていたけれども、不死となれば話は別だ。
水音が戻っても、エニシはきっと邪魔をしてくるだろう。自分が白蓮でいるためにも。だが、雪が何とかしてくれると言うならば、それに頼るしかないのだ。
今、シュリがマカライトの国でどうなっているのか、水音にはわからないのだから。
見違えでなければ、水音が湖に沈む瞬間に見たのは、彼がレイトに斬られて倒れる所だった。
それが見違えであって欲しいと、水音は思っているが、彼の安否は水音がマカライトの国に戻らない限りわからないのだ。
水音の表情を見て、何を考えているのかわかったのだろう。雪は、優しく教えてくれた。
『安心してください。シュリは、生きてはいるみたいです。』
「本当ですか!?」
『彼が死んでしまえば、きっとあなたの刻印は消えているはずです。あなたの胸元には、まだ刻印はありますね。』
水音は、雪が居るのも構わずに、自分のブラウスのボタンを外して胸元を見た。
水音の胸元の肌には、綺麗な白蓮の花が咲いていた。それを見て、水音はホッと息を吐いた。
『大丈夫だったみたいですね。では、あと2日は、この世界を満喫していきますか?』
「……やはりもう戻ってこれないのですか?」
『ええ。2回目はありません。でも、約束を失敗すれば戻ってくることになりますが……。』
「じゃあ、こっそり夜に散歩してみます。」
きっと、自分はこの世界に戻ってくる事はないだろうと、水音は感じていた。寂しくないと言ったら嘘になる。生まれ育ったこの街を目に焼き付けておこうと、水音は強く思った。
シュリを思うと残り2日はとても長く感じた。
それを少しでも薄れるためにも、水音は今の世界の景色を見て回った。思い出深い場所ではうるうるしてしまうこともあったけれど、やはり水音が帰りたいと思う場所は、シュリの隣だった。それを改めて感じられたことが、水音にとっては大きな気づきなった。
『思い残す事はないですか?』
「ええ。」
この世界に来て3日が経った夜。
ふたりは湖に来ていた。
優しい雪の問い掛けに、迷うことなく水音が返事をすると、雪は嬉しそうに頷いた。
『では、私に掴まってください。』
「え………湖に入らなくていいの?」
『寒いのは身体に良くないですよ。すぐにシュリの元へと向かいましょう。目を瞑って。』
半信半疑のまま雪の腕に掴まり、目を瞑る。すると、ふわりと体が宙に浮く感覚になり、思わず雪にしがみついてしまう。すると、『大丈夫ですよ。そのまま掴まっていてください。』と、雪は安心させるように声を掛けてくれる。
すると、すぐに浮遊感がなくなりどこかの地面に足がついた。
ゆっくりと目を開けると、そこは薄暗い洞窟のようなところだった。見たこともない場所な、戸惑ってしまうと、雪は悲しそうな顔を見せながらここがどこなのかを教えてくれた。
『ここは、エニシの家の地下です。この先には、牢屋があります。』
「……まさかっ!!」
水音はその意味を理解し、そして嫌な予感を感じて地下に向かって走った。
ところどころに火の貴石が置いてあったし、地下への道は一直線だったので、迷わずに地下の牢屋へと向かうことが出来た。
一番下の牢屋では、水音が会いたかった人が哀れな姿でそこにいた。
「シュリっっ!!」
シュリは、天井から吊るされた鎖で両手を拘束されていた。腕で吊るされた状態であり、そして、体には、あの時にレイトに刺された傷口が治療もされないまま残ってた。
床には沢山の血が落ちている。すべて、シュリのものだとおもうと、水音は気がおかしくなりそうだった。
「……み、水音……。なんでここにいる?」
「雪が、連れ戻してくれたの。詳しい話は後にしましょう。鎖をはずさないと。」
シュリは大分弱っており、朦朧とした顔で水音を見ていた。そんな彼を見るのが辛くて、水音は気丈に振る舞った。そうでもしていないと、怒りと悲しみで、とんでもないことをしてしまいそうだった。
『シュリ……可愛そうに。レイトやエニシも随分と酷い事をする。傷だけでも治してあげましょう。』
水音の後ろからゆっくり歩いてきた雪は、そう言うと、シュリの傷口がゆっくりと閉じていく。
それを驚いた表情で、シュリは見つめた後に雪を見た。
「おまえ、誰だ?」
「……あの人は雪だよ。」
「あいつか、雪?」
『そうです。ですが、詳しい話をしている余裕はないようですね。傷も完璧には治せませんでしたが、仕方がないですね。……彼が来てしまいました。』
雪の言葉の後、ゆっくりと地下に向かって歩いてくる足音が聞こえた。
『エニシが来ます。二人は、先に湖へと送ります。しっかりとやらなければ行けないことをやってきてください。』
雪がそう終わる時、シュリと水音は宙に浮いていた。先程と同じ浮遊感を感じ水音は驚いたが、今は隣にシュリがいる。シュリの腕をしっかりと握りしめる。
シュリはまだ全てを理解できていないようだったが、それでもやるべき事と聞いて、表情がすぐに引き締まったものになっていた。
『あとは、任せましたよ。お二人共。』
そう言って、消えてしまう瞬間に見た雪の表情は、神様とは思えない、とても晴れ晴れとした笑みだった。
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