第21話「決意と別々の道」






   21話「決意と別々の道」





 「レイト、ただいま!」

 「っっ!シュリ!早かったんだね。」



 シュリは、夕方前には黒のスラム街に帰ってきた。レイトは、帰りはもっと遅くなるだろうと思っていたので、ドアが空いた瞬間は、別の誰かが入っていたと思ったのか、とても驚いた表情だった。けれども、それはすぐに杞憂に終わる。

 

 シュリは、慌てた様子で持っていた重たい荷物を部屋にボンッと投げ置き、勢いよくレイトの前に駆け寄った。



 「レイト、良いことを思いついたんだっ!」

 「良いこと!?……ってシュリ、落ち着いて。」

 「あ、その前に、お土産だよな。これ、おいしかったお菓子な。あと、本は図書館ってところから借りてきた。本を貸してくれるなんてすごいよな!」

 「シュリっ!まずは座ろう。何かあったのかい?それと、良いことって?」



 レイトは、シュリの手を両手でぎゅーっと掴み、目をまっすぐと見てそうゆっくりと問いかけた。

 すると、シュリも自分が慌てていたことに気づき、一度息を吐いてから「悪い。少し興奮してたみたいだ。」と、謝った。



 「白蓮の街は、とてもすごいところだった。とても綺麗で、静かで、何でも欲しいものはもらえる、天国のような場所だったよ。人々も笑顔ばかりだった。」

 「やっぱり、壁の中は素晴らしいところだったね。僕も行ってみたいな………。」

 


 そうレイトが言うと、今度はシュリがレイトの手を取って、顔を近づけた。



 「おまえ、白蓮に暮らしてみないか?」

 「……何をいってるんだい?僕は黒の刻印持ちだよ?行けるはずが……。」

 「だから、良いことを思いついたんだ!」

 


 先程以上に興奮してしまっているシュリをみて、レイトは白蓮の街はそうとうに凄かったんだなと、その街の姿を想像してしまっていた。

 けれども、そんな冷静でいられたのは始めだけだった。シュリの考えを聞いていくうちに、驚きと不安が襲ってきてしまうのだ。



 「白蓮の街に入るには、門番に白蓮の刻印を見せる必要があるんだ。」

 「そうなんだ……。やっぱり僕は無理なんじゃ…….。」

 「けど、それだけなんだ!それだけで、中にはいれば刻印を見せる必要はないし、帰るときも見せなかった。それに、毎日街を行き来する人は門番も覚えているからからチェックはしないで入れる事も多かったんだよ。」

 「そんなことが……でも、刻印がなければ話にはならないんじゃないの?」


 

 レイトはシュリの話を聞き、ますます自分は白蓮の街に入れないとわかり悲しくなってしまう。しかし、シュリの表情はまだキラキラしていた。彼には何かいい案が浮かんでいるようだった。



 「そこで、だ。俺が、これから毎日白蓮の街と黒のスラムを行き来するんだ。そして、門番に顔を覚えてもらう。そしたらその後は簡単だ。大きな荷物として、レイトを運んで、その後は俺が黒の街に戻るんだ。荷物チェックもしている様子はなかったしな。」

 「そんな!無理に決まってるよ!僕の黒の刻印を見られたら、僕はどうなると思っているんだい?」

 「殺されるだろうな。でも、見つからなきゃいいんだ。」

 「………無茶苦茶だよ、シュリ。」



 レイトは、シュリの考えを聞いて、ため息をついた。嘘をついて毎日生活するなんて、どんなに辛い事だろうか。バレる日を想像し、怯えて毎日を過ごすのだ。

 レイトは自分には無理だ、と思った。



 「じゃあ、おまえが黒のスラムに残って白騎士と戦うか?」

 「え………。」

 「雪香さんが言っていただろ。湖からくる異世界の女を見つけて世界を変えろって。だから、湖を見張って、白騎士が来たら、そいつらを倒してでもそいつを奪わなきゃいけないんだ。それに、一人で黒のスラムに残るんだぞ。」

 「………。」

 「白蓮の街では、刻印を見せなくても行き来でにるようなぐらいに、有名にならなきゃいけない。白騎士みたいにな。」

 「僕が白騎士にかるのかい!?」

 「そうだ。そうすれば、白蓮の刻印を見せろとも言われないだろうからな。そして、おまえは図書館にある本を読み、刻印について調べていくんだ。」



 シュリの話は、とても現実味がなくて、レイトにとって信じられない事ばかりだった。

 それでも、シュリの顔は真剣なものでレイトの返事を待っていた。


 「シュリ、僕には出来ないよ。白騎士になんて、なれるはずがない。」

 「じゃあ、ここにずっと暮らすのか?おまえ、白蓮になりたいんだろ?」

 「それはそうだけど……。」

 「それに、雪香さんが教えてくれたこと。無駄にするのか?」

 「そんなことない!」

 「白騎士になってもらえれば、少し隙をつくれる。スパイがいるのだから、俺も仕事がしやすくなるだろ?これは、白蓮に仲間が欲しいと思って作った作戦なんだ。信頼できるのは、おまえしかいないだろ。」

 「けど………。」



 レイトには、ずっと考えていた事があった。

 

 もしも、奇跡的に異世界から来た人を捕まえて、刻印の交換が出来ることになったとして。

 レイトとシュリの願いは、「白蓮と黒の刻印の交換だ。」自分達の交換だけではなく、この世界のすべての白蓮と黒の刻印の人々だ。

 そうなると、レイトは白蓮になることが出来る。


 しかし、シュリはどうだろう。

 彼は、白蓮の刻印を持っているのだ。そうなると、彼は黒の刻印になってしまい、ずっとこのスラムに住むことになるのだ。


 それでいいのだろうか?

 彼はどうして、それを受け入れようとしているのか、理解できなかった。



 レイトが何を言いたいのか。

 シュリはすぐにわかったようで、少し困ったように笑い、レイトの頭をポンポンと優しく触れた。



 「俺はいいんだ。白蓮の暮らし方は嫌いなんだ。自分の好きなことをしていたいし。だから、おまえが白蓮になってくれると、俺も助かる。」



 シュリは「お願いだ。」と、レイトに言った。

 レイトは、シュリが何よりも大切で、そして、守ってくれる人だった。

 けれど、今は彼からお願いされる立場になっていた。そして、仲間として違う場所で頑張ろうと決めてくれたのだ。


 弱虫の自分を信じてくれるのが、レイトは嬉しかった。



 「わかった。僕、やるよ。白蓮になりすまして、白騎士にもなる。」



 レイトはそう、強い言葉で決心をシュリに伝えた。真っ直ぐで強い視線は、いつも迷ってシュリの後を追いかけるレイトと全く違うものになっていた。

 それを見て、シュリも同じく真剣な瞳で彼を見つめて頷いた。




 それからすぐにレイトは白蓮の領地に行ったわけではなかった。


 シュリは毎日のように門番と挨拶を交わして、顔を覚えてもらい、怪しまれないように仲良くもした。家族のために毎日青草の街に行く人も多く、シュリは怪しまれず、半年後には顔を見ただけで入れて貰えるようになった。家も作ったり、情報収集もしたけれど、周りの人とはなるべく関わらないようにした。



 その間、レイトは白騎士に入るために体を鍛え、シュリが白蓮の領土からこっそり持ってきた剣で、技を磨いていた。そして、1日は湖に張り込み、白騎士の動きを探った。



 そんな日々を過ごし、決意を新たにした2人は、1年後にそれぞれの道を歩みだした。


 無色の刻印が、来る日を待ちわびながら。




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