第20話「別れと初めての場所」
20話「別れと初めての場所」
それからは一瞬だった。
シュリは、白騎士の男の胸を短剣で刺した。
人に怪我を負わす事は何回もあった。けれども、「殺してやる!」という殺意から短剣を持ち、相手を攻撃したのは初めてだった。
気持ちの悪い音と、人を刺す感触、レイトの悲鳴と、雪香の悲しむ瞳。
すべてが、いつもより何倍も時間の進みが遅くなったように見え、聞こえた。
そして、気づいた時にはシュリは血塗れになり、そして、ゆっくりと雪香に近づいた。
それを見て、レイトもフラフラになりながら彼女の側に近づいた。
「シュリ……あなたは、なんて事を………。いえ、この世界では生きるために仕方がないのかも知れない。」
呼吸するのも辛そうだが、何かを伝えようとしていた。
「いつの日か……この、湖から私のような人が表れるわ。毎月1日、この湖に来て、その娘を見つけて………そして、シュリたちの望む世界にしてもらって。………私は、出来なかったから。」
雪香は、湖から出てきた瞬間、白騎士に連れていかれてしまい、そのまま無色という事もしらずにある白蓮の刻印を持つ男の家に住むことになった。そこで、その家の主人から、告白をされて結婚し、そして、雪香は白蓮の刻印となった。
雪香が無色の刻印について知ったのは大分後からだった。だが、すでに遅く雪香の役目は終わっていた。
そして、お腹の中の赤ちゃんが、黒の刻印になることを恐れ、こっそりと元の世界へ戻ったのだった。
「………ごめんなさい、うまく、話せないわ。………白蓮の図書館の奥の部屋に、昔の………私のように異世界から来た人の本があるから、読んでみて………。ごほごほっ……。」
「雪香さんっ!もう、しゃべらないで!」
レイトは自分の服が汚れるのも構わずに、小さい体で抱き寄せようとしていた。
雪香は、彼らに無色の刻印について詳しく教えてはいなかった。その事を悔しく思いながら、雪香は苦い顔をしてシュリとレイトを見つめた。
「2人共、この世界で幸せに生きてね。……もし、私の娘に会えたら、その子をまもってあげて。」
雪香は、いつものようにニッコリと笑うと、そのまま目を閉じた。口は今でもシュリとレイトの名前を呼んでくれるかのように、微笑んでいた。
それでも、彼女は動かなかった。
レイトは、何度も雪香の名前を呼び、大声をだして泣き、シュリは涙を堪えながら静かに、彼女の死を受け入れようと必死に耐えていた。
雪香が苦しみながら伝えたことの意味は、わからないものを多かった。
けれど、シュリはそれを一つ一つ頭の中に刻み込んだ。
この世界で、レイト以外で信頼できた唯一の存在。シュリは、雪香を母親のように見ていたのだと、今さらわかった。
そんな彼女が今は静に眠れるように、そして、自分を守ってくれた雪香を感謝を伝えるように、シュリは涙を一筋流しながら、目を瞑って祈りをささげた。
雪香の遺体は、湖の近くに埋めようと思っていた。お墓をつくり、毎日お祈りしようと、2人は考えていたのだ。けれど、2人がやっと泣き止む頃に、また白騎士特有の音が聞こえてきたのだ。それも複数人分だった。
なかなか帰ってこない仲間と雪香を探しに来たのは明確だったので、雪香に助けてもらった命だ。
見つからないように必死に逃げた。
隠れ部屋に着いてからも2人は無言だった。
レイトは雪香の血が付いた服を見つめて泣いていた。シュリは泣きはしなかったものの後悔が大きかった。
そして、彼女のことを思い出しては何を思って自分達に会いに来たいのか。本人は、「自分の子どものように思っていた。」と、言っていた。それもあるだろうが、違う理由を考えていた。
しかし、小さな子どもにはむずかしく彼女の考えを知ることは出来なかったのだった。
けれど、次にやることは決まっていた。
「レイト、俺は白蓮の図書館に行く。」
雪香が死んだ次の日。シュリは、部屋の隅で落ち込んでいるレイトに、そう言った。
「え……!」
「雪香さんが言ってただろう?昔の無色……?の本を読んでみろって言ってただろう。俺なら白蓮の図書館に行けばあるだろう。だから、行ってくる!」
「僕はひとりになるの?僕も白蓮に行きたいよ………。」
レイトは、震えるように自分の体を抱き締めてそう言った。
あの日から、黒のスラム街を白騎士が走り回る音がよく聞こえていた。きっと、雪香とシュリに刺されて死んだ白騎士を襲った犯人を探しているのだろう。けれど、誰も目撃をした者がいるわけでもなかった。
そのため、白騎士も誰を探せばいいのかわかっていないようだった。きっと、服に血が付いているものを適当に撰んで犯人にして、殺してしまうのだろうとシュリはわかっていた。
そんな事があり、レイトは雪香を殺した白騎士を酷く怖がってた。そんのため、ここに一人で残るのは恐ろしく怖いのがわかった。
「けど、おまえは白蓮に行けないだろ。紋章確認する時点で見つかったら殺されるぞ。」
「…………。」
「俺だって白蓮なんか行きたくないんだ。すぐに戻ってくる。」
「僕たち、刻印が逆ならよかったのに………。」
「そう、だな。」
レイトが言ったことは、シュリもよく思っていた事だった。
もし、レイトが白蓮であれば喜んで白蓮の家に行っていただろう。レイトは強く白蓮に憧れていた。
そして、シュリは白蓮が更に嫌いになっていた。雪香の話を聞いたり、そしてその彼女が白蓮が所有する白騎士に殺されてしまったのだ。
シュリは、自分の刻印を切り取ってしまいたいぐらいに憎かった。
刻印の交換。それが出来たらどんなにいいのか。
何度も思ったことだった。
そして、次の日。
怖がるレイトに予備の短剣を渡した。そして、この家から出ないこと。でも、危ないと思ったら躊躇せずに逃げることを何度も伝えた。
「夜になる前に帰る。何かおいしいものを持ってくる。」
「………気を付けてね。シュリ……。」
まだ不安そうにしていたレイトだけれど、短剣をしっかりと握りしめて、シュリを送り出した。あいつは大丈夫だろう。剣の練習でも、シュリと対等に渡り合えるようになっていたので、白騎士が来ても戦えると、シュリは思っていた。
持っている服の中でも、良い服を見にまとい、そして、昨日の夜には、湖で体や髪を綺麗にした。
不審に思われないかと不安であったけれど、白蓮の領地にはあっさりと入ることが出来た。
白蓮の領地の前には、大きな塀があるのは知っていた。そして、その中に入るには門番に白蓮の刻印を見せなければいけない。体のどこにあるかわからない刻印のため、女の人は、女性の門番が裏で確認すると聞いたことがあった。
シュリとが恐る恐る門番の男に声を掛けると、男は始めはギロリと睨むようにこちらを見ていた。
しかし、シュリが自分の服を捲り白蓮の刻印を見せると態度は一転した。
どうしてボロボロの服にやつれた顔をしているのか不思議そうではあった。
「白蓮の坊っちゃんでしたか。どうぞ、お入りください。」
そう言うと、丁寧にお辞儀をして中にいれてくれた。ニコニコと愛想笑いをする男を見つめつつ、シュリは大きな立派な門から、白蓮の領地へと足を踏み入れた。
入った瞬間、ここはどこなのだろうか。天国とはこの場所ではないかと思った。
色とりどりの城のような建物に、緑や花場がいろいろな所で伸び伸びと咲いている。
人々は、きらびやかで自由な服を見にまとい、笑顔で歩いている。黒のスラムや青草の街とは全く違っていた。
白蓮はお金はいらないと聞いていたので、試しに店に入り服がほしいと言うと、少しだけ驚いた顔をしたけれども、すぐにその服を丁寧に畳んで袋に入れてくれた。
シュリは店を出て、すぐにその服を着た。
真っ黒な服だったけれど、フードがついておりかぶると顔が隠れるものだったので、シュリはフードを被ってまた歩き始めた。
図書館を見つける間、シュリはこの街の様子を観察し、覚えようとした。生活するためのルールはどんなことなのか、白蓮の刻印らしさとは。
それを見続けながら、シュリはある事を考え付いた。
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