第19話「穏やかな時間と不穏な足音」






   19話「穏やかな時間と不穏な足音」




 

 その黒髪の女性は、次の日も湖にやってきた。



 「あらあら。今日もここに居たのね。はい、今日はサンドイッチって言うのを持ってきたわ。お腹すいてる?」

 「………あんた、何で俺たちに食い物くれんだよ?あんた、白蓮の刻印だろ?」



 シュリは、差し出されたパンを受け取らずに、その女に向かってそう言った。

 すると、その女は初めて悲しい顔を見せた。けれど、それを隠そうとしているのか、泣きそうな顔で笑っており、逆に切なさが増した表情になっていた。



 「坊やたちと同じ子どもがいるって言ったでしょう?私はもうその子と会えないから。だから、あなた達を見てると自分の娘に思えてきて。……ごめんなさい、違う人を重ねて見るなんて失礼よね。」



 そう言うと、黒髪の女は目を潤ませたまま謝った。

 何で会えないのか、そんな理由はわからない。

 けれども、シュリは母親と同じぐらいのその女が泣いているのをただ見てられなかった。

 それは彼女と同じで、自分も母親と重ねてみているからだと気づき、お互い様だと思ってしまった。



 「食べ物くれるなら、俺たちの事、子どもだと思っていい。」

 「………え?」

 「ただし、娘じゃなくて、息子、だかな!な、レイト。」

 「う、うん!昨日のお菓子のパンおいしかったです。ありがとうございました。」



 偉そうに立つシュリと、ペコリと頭を下げてお礼をするレイトを見て、女は驚き、そして涙を流しながら笑った。



 「ありがとう、坊や達。」



 そうやって、雪香とシュリとレイトの3人は出会ったのだった。





 毎日、お昼過ぎになると湖に集まり、雪香の持ってくる昼食を食べながら過ごした。

 話すのは、雪香がいた元の世界のばかりだった。彼女が他の世界から来たと言うのは、初めは信じられなかった。けれど、雪香が話す世界の話はどれもリアルで、聞いたことを彼女がスラスラと返事をするので、シュリとレイトはすぐにそれが真実だとわかった。




 「雪香さんがいたところでは、どうやって人を分けていくの?」

 「レイト、人はみんな平等でみんな同じなの。でも、裕福だったり、容姿が整っていたり、足が早かったり、個性は違うわ。」

 「だから、平等じゃないんだろ?」

 「そうかもしれない。でも、元の世界では自分の好きな事が出来たわ。仕事も遊びも、勉強も。それで頑張って成功すれば、裕福になったり、幸せになったりもする。けれど、失敗すればその逆もある。自由は、素晴らしいけど怖いところもあるわね。」

 「自由…………。」



 シュリは、その話や言葉を聞いて強い憧れを抱いた。生まれた瞬間に身分が決まるわけではない。自由に生きて、頑張り次第で変わっていく。

 


 「自由は少し怖いね。」

 「そうか?すごい楽しそうだろ!」

 「だって失敗したら、黒と同じみたいになるってことでしょ?」



 レイトは、それを想像して自分の体を抱き締めていた。確かに頑張って失敗してしまったら、黒の刻印よりも悲しみは大きいかもしれない。シュリも少し不安になってしまった。



 「大丈夫よ。みんなで助け合ってるから。失敗した人を助けて、またその人が頑張れるように応援するの。そして、その人が成功したら、今度は失敗してしまって困っている人を助ける。そうやって、繋がって生きていけば大丈夫。どうかしら、私がきた世界は。」



 ふたりは少し難しい内容に戸惑いながらも、他人が助け合う世界に、シュリは憧れた。

 ここは、人の物を奪い、勝ったものだけが生きていける世界。失敗など許されないし、自分か好きなことが出来るはずもない。


 それがわかると、シュリは雪香がいた世界が、とてもキラキラして素晴らしいものに感じられていた。



 「いいな!俺はそんな世界で行きたい!ここもそんな風になればいいのに……。」

 「………そう、ね。」

 「…………。」



 シュリが目を輝かせてそう言うと、雪香は悲しみ、そしてレイトは何かを考えるように俯いた。

 シュリだけが、見たこともない世界を見つめるかのように、雪香が来たと言う湖を希望をもった瞳で見つめ続けた。



 それからと言うもの、シュリは雪香が来るのを心待ちにして、そして異世界についていろいろ聞いた。聞けば聞くほど夢の国のようで、強くあこがれた。レイトには内緒で、湖の中に何回か入ってみたけれど、雪香がいた世界には行けなかった。




 そんな穏やかな日は、長くは続かなかった。

 

 その日も湖で遊んでいると、どこからかガシャガシャと金属がぶつかる音聞こえてきた。

 黒のスラムで住んでいればすぐにわかる。黒の刻印がその音をとても怖がり、聞こえてくれば隠れてしまう。そんな不吉な音だ。



 「シュリ………この音。」

 「あぁ、白騎士だ。」



 この湖の近くまで白騎士が来ているのだ。

 今、逃げたとしてと見つかり捕まってしまう。シュリ達がいる場所には、木が全くないのだ。湖の中に逃げたとしてもバレてしまう。


 白騎士は、躊躇いなく黒の刻印を殺してしまうと有名だった。悪いことをしていなくても、理由をつけて無実の人を殺してきていた。

 それは噂でも、嘘でもなく、シュリやレイトも何度もその様子を目撃していた。

 そのため、レイトは顔を真っ青にして震えていた。



 「どうしよう……僕たち殺されちゃうの?」

 「……拾った短剣を持ってる、俺が何とかするからおまえは逃げろ。」

 「そんなっ!!」



 シュリとレイトがコソコソと話しをしていると、雪香は不思議そうにこちらを見ていた。



 「どうしたの?そんなに恐い顔をして。」

 「白騎士がこっちに向かってるんです。」

 「あら、何かあったのかしら?」



 雪香は白騎士と聞いても全く怖がる様子もなく、キョロキョロと辺りを見ていた。シュリは、雪香は白が普段している事を知らないのだとわかった。残虐で非道な姿を見たことがないのだろう。当たり前だ、雪香は白蓮の刻印の持ち主なのだから。



 「雪香様!」



 茶色の馬に乗り白い甲冑を来た男が、雪香を見つけてこちらに向かってきた。そして、雪香だけではなく他に誰かがいるとわかると、その男の目が険しくなった。



 「雪香様、旦那様がお待ちです。お戻りください。」

 「ええ。わざわざ来てくれて、ありがとう。」



 そういうと、雪香は笑顔で立ち上がり、白騎士の方へと向かった。そして、こちらを振り向いて「またね、ふたりとも。」と、手を振った。

 けれど、それで終わるはずもなかった。



 「貴様たち、黒だな。雪香様を連れ去るつもりだったか。」

 「っっ………。」

 「そんなことは!」



 レイトが震える声で、反論しようとする。すると、白騎士は馬から飛び降りて、ゆっくりと剣を抜いてこちらに向けた。



 「何をしているの!この子たちとは、お話をしていただけよ。それに、6才の子どもに剣を向けるなんて。剣を下ろして!」 



 雪香は、驚きと恐怖で震えていたけれど、必死に白騎士に向かって大きな声で止めるよう説得する。

 雪香は、白蓮の刻印だ。白騎士も雪香の命令なら聞くと思ったのだろう。

 しかし、白騎士は剣を下ろさず、シュリとレイトを鋭い目で睨み付けた。



 「私は雪香様の旦那様の命令を先に受けました。そして、それは雪香様に危害を加えるものは殺せというものだったので、それを実行します。」

 「違うわ!私は何もされていない、よく見て。お願い、やめてちょうだい。」



 白騎士が剣を持つ手に力を入れたのを感じ、シュリは隠し持ってた短剣を抜いて構えた。



 「ほう……やはり武器を持っていたか。これで、おまえは雪香様をさらおうとしていたのが証明されたな。」

 「………俺が迎え撃ったら、同時におまえは逃げるんだ。」

 「そ、そんなことできないよ。恐いよ。」

 「そうじゃないと、死ぬんだぞ!」

 「っっ!」



 シュリは目は白騎士を向いたまま、レイトに小声でそう言った。レイトは恐怖のあまり震えて、動けそうにないのはわかっていた。けれども、生きるためには逃げなければいけないのだ。



 「相談は終わったか。では、少年たちよ、死んでもらう。」

 「っっ!!」


 

 シュリは身を屈めて、相手の1発を短剣で受けよう。そう思ってその場に踏みとどまった。

 すると、目の前に黒くて艶々とした物が突如表れた。そして、白い布がふわりと舞った。


 シュリは何が起こったのかわからず、呆然とした。

 綺麗な白い布が、真っ赤に染まってく。


 それが、雪香だと気づいた時には、彼女は草むらに倒れていた。



 「雪香様っ!!どうしてっ!」



 自分が白蓮の刻印である雪香を剣で刺してしまい、白騎士は動揺し、彼女に駆け寄った。



 「雪香さん!嘘だ………。雪香さんーーー!」



 後ろからは、大きな泣き声で叫ぶレイトの声が聞こえる。

 シュリは、雪香の血が地面に広がっていき、彼女の顔がどんどん青くなっていくのを、見つめていた。


 鼓動が早くなり、頭はガンガンして、喉がカラカラになっている。

 それが怒りのせいだとわかった時、雪香と目が合った。



 「ごめんなさい。…………逃げて、シュリ、レイト。私は、あなた達が大好きよ。」



 声はほとんど聞こえなかった。

 雪香は、そう言うと満足そうに笑顔のまま目を閉じた。

 まだ、息は微かにある。

 でも、もう助からないと言うのは、シュリにもわかった。




 持っていた短剣を、力の限り強く握りしめ、シュリは白騎士を睨み、そのまま全力で走った。

 



 その黒の目からは、大粒の涙が一粒こぼれ落ちていた。






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