第18話「甘い焼き菓子の思い出」
18話「甘い焼き菓子の思い出」
「な、何でシュリに白蓮の刻印が……2つの刻印……?」
混乱する水音を、シュリは苦笑しながら見つめ、そして優しく説明してくれた。
「黒の刻印の方は、刺青だよ。黒のスラム街でこっそりやってもらったんだ。白蓮の刺青する奴らがいたらしく、昔から刺青は禁止になってるから、こっそりやってもらったんだ。まぁ、店の人には黒の刻印いれるなんて、変わってる奴だって呆れられたけどな。」
シュリは、胸に馴染んでいる黒の刻印を自分の手で撫でながらそう言った。水音は、シュリが黒の刻印を見る目が悲しみではなく、嬉しさを含んでいた事に疑問を感じてしまった。
シュリは白蓮を嫌っているのはわかっていた。けれど、この世界に生きて、何故そんな気持ちになるのか、わからなかった。
「シュリは、どうして白蓮の刻印を嫌うの?」
「………俺の母親は、黒の刻印だった。で、父親は白蓮の刻印で、まぁ、愛人関係だったみたいで、それで出来たのが俺だ。もちろん、愛人の子どもを白蓮の家に連れてくるわけにもいかないし、母親も父親似の俺を手放すつもりはなかったのか、俺は黒のスラムで生きることになった。昔は、白の世界に憧れた。でも、俺はある人に出会って考え方が変わったんだ。」
「ある人………?」
シュリは、水音を見て懐かしむように微笑んだ。
「鳳雪香。」
その名前を聞いた瞬間。水音は、驚きそして、目の中に涙が溜まる。
それは、自分を愛してくれて、大切にしてくれた人で、水音に湖で願うことを教えてくれた人。そして、いつの日か自分の前から消えていってしまった人の名前だった。
「そんな、まさか………。」
「その顔、やっぱりおまえの母親だったか。」
「私のお母さんもこの世界にいるの!?ねぇ、シュリ教えてっっ!!」
水音は、驚き、そしてパニックを起こしてしまった。
大好きだった母親。それなのに、ある日突然、自分の前から消えてしまった。それ以来、悲しみの中、一人で暮らしていくうちに、水音の中に、母親が憎らしく思ってしまう事があった。
どうして自分を置いていってしまったの?
どうして、何も言ってくれなかったの?
どうして、私を独りきりにしたの?
嫌いになってしまった?
そんなことをずっと考えていた。
けれども、水音と同じようにこの世界に来ていたとしたら、自分を捨てたのではないかもしれない。
そんな、期待が水音を焦らせた。
「水音、落ち着け。ゆっくりと話す。」
「あ、ごめんなさい。」
テーブルの上で、水音の手を両手で包みながら、シュリは優しく慰めるように言ってくれる。水音は手から彼の体温を感じると、彼の鼓動が伝わったかのように、すぐに落ち着きを取り戻した。
「雪香さんは、俺とレイトに出会った時、ここに来るのは2回目になる、そう言っていたんだ。」
シュリは、雪香を懐かしむように水音を見つめた。そして、水音の母親の話をゆっくりと語り始めた。
★☆★
シュリと、レイトの稽古場所は、青草の街の外れにある湖だった。
シュリがどこかから拾ってきた自分達より大きい木刀で打ち合いをしていた。
シュリは、レイトの癖をよんで攻め込むが、うごきが豪快なため、すぐにレイトに避けられてしまう。レイトは、勝機を待って「ここだ!」という時まで我慢するタイプだった。
正反対な性格でもあり、そして刻印も違った。
レイトに自分が白蓮の刻印だと打ち明けた時は、シュリはとても驚き、ショックを受けていた。
一時は、口も聞いてくれなくなり、それは長い期間続いた。けれども、シュリがレイトから離れなかった。
すると、ある日の夜。その時、根城にしていた廃墟でレイトが「シュリは何で黒のスラムにいるんだよ。」と話しをかけてきた。
「レイトがいるから。」
「なんだよ!俺のせいかよっ!だったら、さっさと綺麗なお城でも住んでろよ!」
レイトは温厚な性格で、シュリに対して怒ることはほとんどなかった。どちらかというと、シュリの後を追いかけてついてくるタイプだった。
そんな彼が、声を荒げて怒っている。それぐらいに、シュリの刻印が羨ましく、そして妬ましかったのかもしれない。
「俺は、白蓮が好きじゃない。」
シュリがそう呟くと、レイトは信じられないと驚いた顔でシュリを見た。
何でかはわからない。苦しくない生活。飢えた生活も、汚い服も着なくてもいい。それはわかっていたけれど、自分があの白蓮の城に住むのが想像できなかった。
誰かが苦しんで出来た安泰の日々。それをわかっていて、笑ってられるのだろうか。
だけれど、今の生活だって、誰か傷つけたり、騙したり、悲しませないと、食べていけない世界。
どこにいても、同じなのかもしれない。
そうはわかっていても、シュリは何かこの世界の決まりに納得出来なかった。
少しずつレイトとも、今まで通りに話せるようになって、湖で戦いの練習をしていた時だった。
「ね、誰か僕たちの事見てるよ。」
つばぜり合いをしている時に、レイトが小声でそう言ってきた。
レイトが視線で合図をした先には、ニコニコと微笑みながらこちらを見ている女性がいた。30代ぐらいの女性で、身なりからして黒の刻印の持ち主ではなかった。真っ白のワンピースを着て、大きな袋を持っていた。
「あんまり関わらない方がいい。」
「うん。そうだね……。」
シュリは少し気になったものの、ただ見ているだけの女性を無視することにした。
その後、二人は立てなくなるぐらいまで稽古をして、草むらの上に倒れこんで息を整えていた。
「坊や達、大丈夫?」
「っっ!!」
シュリは、すぐに飛び起きて持っていた木刀で、その声がした方に剣先を向けた。
すると、そこには先ほどからシュリとレイトを見てきた女性がビックリした顔で立っていた。
けれど、その女性はまたニコニコと笑っていた。黒い瞳に黒い艶のある髪、そして目が垂れ下がりとても穏やかに笑う女だった。
「あら、ごめんなさい。驚かせてしまったしら?」
「………。」
「沢山、練習して疲れたでしょう?この甘いお菓子でもいかが?私がつくったの。」
綺麗に包まれた袋の中からは、ふんわりと甘い香りが漂ってきていた。昨日からろくな物を食べていなかったシュリとレイトは、それに釘付けになってしまう。けれども、すぐには手を出せない。毒や妙な薬が入っているかもしれない。そんな物を食べさせて金目の物を取られるなんてことは、黒の町ではよくあることだった。
「甘いものは嫌いだったかしら?」
「……何の用だよ。」
「シュリ……もう帰ろう。」
シュリは黒髪の女を睨み付け威嚇し、それをレイトが服を引っ張って止めようとした。
女はその様子を見て、目を大きくして何度か瞬きをした後に、嬉しそうに笑った。
「私の子どももね、あなた達と同じぐらいなの。女の子なんだけどね、とっても可愛いのよー!でも、男の子も元気があっていいわね。あら、もう夕方なのね、帰らないと!」
一人で一通り喋った後、シュリに大きな袋を押し付け「これ、あげるわね。また、明日会いましょう!」と、ブンブンと大きく手を振って帰ってしまった。
「なんだったんだ。」
「さぁ………。シュリ、それどうするの?捨てちゃうの?」
「………。」
持っている大きな袋から、甘くて美味しそうな香りがして、二人を誘惑してきた。シュリは、ごくりと唾を飲み込んだ。
「食べるか。」
「ええ!?食べるの?」
「なんだよ、レイトはあの女が毒とか入れるように見えたか?」
「見えなかったけど……あ、待ってよ!僕も食べるよ!」
いそいそと、焼き菓子を食べようとするシュリを見て、レイトも袋から1つ取り出した。
「「せーのっっ!」」
2人は同時に、焼き菓子にかぶりついた。
シュリは豪快に、レイトは怖かったのか、小さく一口食べた。
「…………うまいな!」
「うん、とってもおいしい!こんなの食べたことないよ!」
2人は邪魔されない湖で、甘いお菓子をお腹一杯になるまで食べ続けた。満腹になる事が初めてで、シュリとレイトは満たされる幸福感を知った。
「あの人明日も来るって言ってたね。」
「あぁ。」
草むらに寝ながらそう会話を交わし、星が出てきた夜空を見つめる。
シュリは、母親を思い出しながら、甘い香りがする袋をギュッと抱きしめた。
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