第17話「褐色の肌」






   17話「褐色の肌」





 シュリは水音の薬が完全に抜けきるまで、甘やかしすぎなぐらいに介抱してくれた。


 食事や着替えの手伝い、そして、気分転換に外へ散歩にも連れていってくれた。


 その時に、黒のスラム街を初めて明るい時にみたが、どこも廃墟のような建物で、人が住んでいるのが不思議なぐらいだった。シュリに抱き抱えられながら街を見ると、デコボコの道の脇には、家もなくその場で寝てしまっている人々もいた。女子ども関係なく、皆ボロボロにやつれていた。


 自分のせいでもなく、ただ生まれてきたときの刻印だけでこうなってしまう世界はおかしい、そんな風に水音は強く思ったのだ。



 レイトは2日と言っていたが、水音が普段通りに話せるようになったのは、3日ぐらいかかってしまった。その間、長くなってしまった症状を心配したシュリは、お金を使って青草の街にある病院に行こうと言ってくれたが、水音はそれをやんわりと断った。自分の体は、自分がよくわかっており、水音はすっかり元通りになったと感じ取っていた。




 「シュリ、看病してくれてありがとう。今日はもとても気分もいいの。」

 「そうか。よかった。」


 4日目の朝、水音が目を覚ますとシュリはもう朝食を作ってくれていた。水音が頷いたりしながら味付けを教えたので、シュリはスープは味がついている美味しいものが作れるようになっていた。それが嬉しいのか、中身の野菜を変えながらシュリは毎日のように作ってくれていた。



 「シュリのスープとてもおいしかった。ずっと、言いたかったの。」

 「………おまえ薬の症状の時は無意識になってるんじゃないのか?」

 「え?ううん、頭はしっかり考えられて動いてたかな。すぐに眠くなっちゃうけど……だから、シュリの話に返事出来なかったり、言葉出せなかったのは辛かった、かな。」

 「………なんだよ。」

 


 シュリは、薬の症状が出ていた時は、ただボーッとしているだけだと思っていたようで、何かを思い出したのか、少しだけ頬を赤らめて水音から視線を反らした。

 


 「どうしたの?」

 「……別になんでもない。」

 「………シュリも寂しかったんでしょ?」

 「おっ、おまえっっ!そんな事まで覚えたのかよ!」

 「うん、嬉しかったから。」



 水音の久しぶりの言葉と、素直な気持ちを聞いて、シュリは片手で顔を覆って隠しながら照れてしまった。けれども、ハタと止まって、指の隙間から水音を見た。不思議に思いながら彼と視線を合わせる。



 「キスさせろ。」

 「え……っっ!」



 照れていたはずの彼だったけれど、やはり強きなシュリのままで、返事を待たずに水音に食らいつくように唇を合わせた。

 久しぶりの感触を味わうようにシュリはキスを繰り返していった。


 ゆっくりと唇を離すと、額をくっつけながら、水音を見つめる。サラサラとした銀色の髪が水音の肌に当たり、少しくすぐったいけれど、水音はシュリの真っ黒の瞳から目が離せなかった。

 吸い込まれそうで、それでいて黒の宝石のように輝く瞳は、近くで見るほど綺麗だった。



 「なぁ、水音?」

 「………シュリ?」

 「俺の事、好きになった?」


 

 褐色の肌がほんのり赤く染まっている。

 シュリが恥ずかしそうにしながらも、真剣な口調とまっすぐな視線で、彼が本気でそう言っているのがわかった。


 シュリに告白されてから、水音はレイトの元へと連れられてしまっていた。返事をすることも出来ず、この部屋に帰ってきても、声を出せなかった。

 シュリを大分待たせてしまった、と水音は申し訳ない気持ちになってしまう。


 けれども、この離れた時間こそが彼の事を十分に考え、水音の気持ちを明確にしたように思えていた。


 「………好きになった、よ?」

 「………本当か?」

 「うん。離れてるとき、シュリの怪我は大丈夫かな?とか、シュリは今何をしてるかな、とか……いろいろ考えたの。この世界に来てから、わからないことだらけで、迷うことがたくさんあった。けど、シュリの事を考えると、なんか心が温かくなるの。」

 「………レイトから、俺が殺し屋だって事、聞いたんだろ?それでも、か?」

 「うん………。殺し屋だった、になって欲しいとは思ってるよ。」

 「そう、か。」




 シュリは、水音の言葉を聞いてほっとしたのか、はぁーーと大きくため息をついた。そして、水音をぎゅっと強く抱き締めた。


 「全部話してから、告白の返事を聞こうと思ってたんだ。それなのに、話した後だと断られると思った。……なんか、おまえに対して俺は臆病になるな。」

 「……私の事、信じて欲しいな。シュリの事、ちゃんと好きになったよ。」


 彼の弱音を包むように、水音はシュリの背中を抱き締め返した。すると、強ばっていたシュリの体から力が抜け、そして、水音の肩に頭をポンっと置いた。



 「俺も好きだから。それに、信頼もしてる。」



 そんな小さな彼の声を聞いて、水音は頬が緩んでしまうぐらいに幸せを感じてしまった。





 話しは、朝食の後にしよう、とシュリが言ったので、水音は、久しぶりにお湯に浸かることにした。

 レイトのおうちのお風呂よりもかなり狭くて足を伸ばしたら足先が出てしまうぐらいなのに、水音はこのお風呂の方が何倍も安心できた。



 朝食は、お肉や野菜を挟んだパンに、シュリ特製のスープだった。

 パンは、元の世界のサンドイッチのようなもので、お肉にはしっかりと味がついていた。

 薬で体が動かなかったときは、スープしか飲めなかったせいか、一口食べると自分が空腹だったことに気が付いた。


 シュリのつくったパンを、勢いよく食べるのを見て、シュリは微笑みながら自分の分のパンも分けてくれた。「俺の女は食いしん坊だな。」と笑っていたけれど、水音はその言葉を聞いて、ドキッとしてまだ慣れない「俺の女」という言葉の意味に、照れてしまった。



 楽しい朝食の時間が終わり、水音は飲み物を準備して、シュリに渡した。



 シュリは、一口それを飲んでから、しばらく考え込むようにして、ゆっくりと口を開いた。



 「そうだな……何から話そうかと悩んだんだけど。昔の事からゆっくり話す。俺と、レイトはこの黒のスラム街で育ったんだ。」



 シュリは、遠くを見つめながら懐かしそうに目を細めてた。そこには、キラキラとした輝いた目はなく、どこか寂しそうだった。先程は宝石のように光ってた彼の瞳は、今では闇そのものになっていた。



 「レイトは、家族は皆、白蓮や青草だったみたいで、生まれてすぐに、ここに捨てられた。もの好きな女が、拾って育てたみたいだけど、3歳ぐらいから働かされるようになったり、暴力もあり、レイトはそこから逃げ出して、こっそりとひとりで暮らしていたんだ。そのときに俺と出会った。」

 「3歳でひとりになってしまうなんて……。」



 黒のスラムの現実をしり、水音は愕然としてしまう。そして、レイトが黒の刻印を嫌がり憎むのを少しだけだがわかったような気がした。



 「俺も母親がスラムにいたけど、レイトと出会った頃に死んだから、俺とレイトは二人で暮らすようになったんだ。」

 「二人は親友だったのね。」

 「まぁ……な。俺は今でもアイツが大切なんだけどな。考え方は違うけど、あいつを幸せにしたいと思ってる。」

 「そうなんだ。」



 シュリがレイトの話をするときは、先程までの顔とは少しだけ違い、友達を自慢するような、そんな得意気な顔だった。シュリはレイトを大切にしているのが、伝わってきた。



 「俺たちは、生きるためにかなり悪いことをやってたよ。それは仕方がないって思っていたし、もちろん、俺らがやられることも多かった。だから、強くなるためにふたりで「訓練しよう!」って、戦いごっこみたいのもやったりしてた。」

 「だから、ふたりともあんなに強いのね。」

 「まぁな。そんなとき、俺はレイトにずっと隠していた事を打ち明けたんだ。」

 「………隠してたこと?」



 すると、シュリはおもむろに服を脱ぎ始めた。

 水音はビックリして彼を見つめてしまう。

 上半身裸になった彼の胸には黒の刻印がある。

 

 しかし、視線を下にずらしていくと、信じられない物が目に飛び込んできた。

 綺麗な蓮の花が描かれた白色の刻印。それは、褐色のシュリの肌にとても合い、肌に咲いた本当の花のようだった。





 「俺は、白蓮の刻印の持ち主だって事を。」






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