第16話「小さなベットでふたり」
16話「小さなベッドでふたり」
目の前で、レイトが苦しんでいる。
私を少しだけ信じようとしてくれたかもしれない。それなのに、今、彼の元から逃げてしまったら………。そう思っているのに水音の体はうごかなかった。動いたとしても、指や瞼、首を動かせるぐらいだった。
自分で座ったり、立ったり出来ないことも水音は自分でわかっていた。けれども、思考はそこまでぼんやりとしてはいなかった。眠たくて考えが億劫になるような感覚に似ており、気が緩むと考えが飛んでしまいそうだった。
「おい、水音!!どうした……?」
「……ぁ……。」
「……くそっ!!」
声も出せない水音を心配そう見つめながら、シュリは来た時と同じように窓から屋敷を飛び出した。
痛みからなのか、気を失っているレイトを水音はただ見つめるしか出来なかった。
助けたい。彼から離れちゃいけない。
そんなことを思いながらも、水音は無表情のままレイトの屋敷を見えなくなるまで見つめていた。
シュリは水音を抱いたまま、すごいスピードで駆けて行った。途中、白騎士達が追いかけてくる事もあったけれど、それを振り切って白蓮の領地から出た。
その後は、人混みに紛れて移動した。
血塗れの水音は目立つので、シュリ大きな布をかけてくれた。そんな時でも、小声で「もう少しで着くから。」「大丈夫だ。」と声を掛けてくれていた。
到着したシュリの家は、久しぶりだったけれど、何も変わっていなかった。
シュリは、水音に被せていた布を取り、ベットにひいてその上に水音をおろした。
水音は、シュリがベットを使われるのを思い出して、「ぁ………。」と声を出そうとするが、上手くしゃべれなかった。本当に人形のように動けなくなった自分が怖くて仕方がなく、水音は、小刻みに震えてしまう。
「水音、大丈夫か?どこか、痛むのか?」
震え始めた水音を見て、シュリは心配そうに顔を除いたり、全身を確認する。水音は、力を出して首を横に1度だけ振ると、「違うってことか?」と聞いてきた。水音は、今度は縦に首を振ると、「首はかろうじて動かせる感じか。」と、少しだけホッした様子だった。
「疲れているだろう?今は寝よう。今日はこのベット使っていいからな。」
「ぁ、ぁー。」
「どうした?」
「んーわかんないな。トイレか?」
水音は自分が思っていることを伝えられず、とても辛くなる。首を横に振ると、シュリは困った顔をしてしまう。
ダメだ、自分の気持ちを我慢しようと思った時だった。
「………寂しいのか?」
そんなシュリの、言葉を聞くと水音はすぐに頷いてしまう。それの気持ちが1度の首の動きで伝わったのか、シュリは嬉しそうに笑った。
「ごめん、おまえは辛くて怖いはずなのに、今の気持ち聞いて、嬉しくなった。」
シュリは、頬を染めながらそんな風に言った。
「怪我してから、変な男が家に来て助けられたんだ。なかなか助けに行けなくて悪かった。俺はシュリに会えなくて、ずっと寂しかった。……だから、なんだ。おまえが同じ気持ちでいてくれてるってわかって嬉しかった。」
シュリの言葉は、不安でいっぱいだった水音の心を温かくしてくれた。彼の素直な言葉が嬉しくて、言葉や表情、動きでは伝えられないので、水音は視線だけはシュリを見つめて、少しでも自分の気持ちが彼に届くことを願った。
「おまえに話したいこと、話さなきゃいけない事が沢山ある。いなくなってしまって、わかった。水音には教えなきゃいけない。聞いてほしいんだ。でも、まずはその体が戻ってからにしよう。これは、薬のせいなんだろ?噂で聞いたことがあるんだ。」
水音が頷くと、シュリ「やっぱりな。」と、怒りを露にした。もちろん、その相手はレイトだろう。
レイトは、自分が黒の刻印から、白蓮の刻印になる事を望んでいた。それを強く望んでいながら、何故水音に早く薬を飲ませなかったのだろうか。
長い時間をかけて、水音を説得させるような方法をとったのか、水音は不思議だった。
彼の優しさだったのか、それとも他に何かあったのか。水音が「特別な存在」と言った彼は、無色だからではない「それだけじゃないよ。」と言ったレイトの言葉が、頭から離れなかった。
「俺もおまえが心配だし……おまえも寂しいなら、俺と一緒に寝るか?」
照れた様子で、シュリがそう言うと自分の言いたかった事が伝わったので、水音は以心伝心ようで嬉しくなってしまう。笑えないのはつらいけれど、彼ならばきっと、自分が喜んでいるとわかっているだろうと水音は思った。
シュリは、水音が頷くと、水音の頭をゆっくりと撫でながら「わかった。」と言ってくれた。
寝る前に、温かいお湯で絞った布で、水音の体を拭いてくれた。血に染まった水音の体は、すぐ布を真っ赤に染めた。その度にシュリは布をしっかりと洗いまた、拭いてくれるのだ。
恥ずかしさもあったけれど、彼の優しい行動が温かくて、そしてくすぐったい気持ちになった。
洋服も新しいものに変えてもらった。ドレスよりも、シュリの服の方が水音は何倍も好きだと思った。彼の匂いが水音を包んで、安心させてくれるのだ。
そして、今日はそれだけではない。
隣からは彼の熱を感じられる夜なのだ。
狭いベットにふたりで入り、体を寄せあって横になる。じんわりとシュリの体温が伝わってくる。
怖いことがあり、体は動かなくなり、自分がこれからどうすれば良いのかわからず迷う。そんな、不安な夜のはずなのに、水音は幸せだと思ってしまう。レイトの怪我も心配なはずなのに、シュリの側に近づきたいと思ってしまうのだ。
不謹慎だな、と自分でもわかっているけれど、水音はシュリの優しさを今はずっと感じていたかった。
「水音………。」薄暗い部屋の中で、シュリが独り言のように水音を呼んだ。
「このベットをおまえに使わせたくなかったのは、きっと、ここは俺が傷つけた奴らの血がたくさついている場所に思えるんだ。もちろん、血がついたまま寝てるんじゃない。しっかりと洗っても、体に染み付いた血の匂いがきっとここに溜まってる。その血の匂いを感じては、悪夢を見る。だから、ここに、寝せたくなかった。」
「………。」
「お前を汚したくなかったし、それに、俺は………。」
シュリは、ぎゅっと水音の手を握ったまま次の言葉を言えずに止まってしまった。
シュリの手を握り返せない水音は、自分の頼りない体が憎かった。それでも、必死に指をかろうじて動かす。すると、シュリはその指をしっかりと手で包み込んだ。
「俺は、お前に嫌われたくなかったんだ。でも、今はこうやって傍に居て欲しい気持ちが強いんだ。……だから、こんなところで寝せて、ごめん。今のうちに謝っておく。」
「ぅ………ぅー。」
「……水音の香りと、あったかい体が近くにあると安心して、今日は悪い夢を見ない気がする。」
そう言うと、シュリは水音の髪をゆっくりと丁寧に手ですいてから、額にキスを落とした。「ありがとう。」そんな消えてしまいそうな小さな声が、聞こえてきたのは、きっと気のせいではないはずだ。
「何かあったらすぐ呼べよ。助けてやるからな。」
そんな優しいシュリの言葉を聞くと、水音はゆっくりと目を閉じた。
シュリの手は、水音の手をずっと握り続けていた。
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