第11話「掴まれた手の痛みと嘘」






   11話「掴まれた手の痛みと嘘」




 水音が案内されたのは、客室と呼ばれていた部屋だった。けれど、とても立派で可愛らしい家具が置かれている一室だった。水音が喜ぶと、マナは得意気に「レイト様の未来のお嫁さまのために、私が準備したのです。」と、教えてくれた。隣はレイトの部屋だというから、準備がいい。



 水音はベットにゴロンと横になった。

 ここはレイトの家のはずなのに、なぜがシュリの香りがしたように感じた。


 そして、自分が着ている洋服から香るものだと気がついた。

 マナは、青草の町に出て水音の洋服を買いに行っていた。このままでもいいと水音は言ったのだが、マナは「それではレイト様に私たちが怒られてしまいます。」と言われてしまった。

 そのため、この部屋でマナの帰りを待っていたのだ。



 目を瞑ると、思い出すのはシュリの事ばかりだった。エニシに助けられているだろうか?無事にお医者様に診てもらえているだろうか。

 彼の事を考えていると、水音はまた急に眠くなってしまった。今は、真夜中でもう少しで夜が明ける時間だ。

 夜に異世界を走り回ってつかれてしまったのかもしれない。そんな事を冷静に思いながら、水音はゆっくりと体が夢の中へと沈んで行った。





 水音が次に起きた時は、お昼過ぎの時間であった。トントンッと控えめに部屋のドアが叩かれる音だった。



 「はい。」

 「水音様、失礼致します。」



 そう言って入ってきたのは、ショートカットが似合うマナだった。



 「お目覚めでしたか。お湯の準備が出来ておりますが、入浴されますか?」

 「寝てしまってごめんなさい。ぜひ、お願いしたいです。」

 「いえ、水音様はお疲れのようでしたので。では、ご案内致します。」


 マナに連れていかれたのは部屋の1階だった。

 大きな脱衣場には、様々な花が置かれており、とても華やかだった。「体を洗うのをお手伝い致します。」と彼女に言われてしまったが、それは丁重にお断りをした。


 温泉のように広い浴室。お湯は何かが入っているのか濁っていた。

 久しぶりのお風呂は、やはり女としては気分が上がってしまう。

 今までの汚れをしっかりと落としてからお風呂に入った。石鹸はとてもいい香りがして、お湯と同じローズの香りがしていた。



 「はぁー。気持ちいいなぁー!」



 大きな浴槽を独り占めできて、水音は少しだけ特別な気持ちになってしまった。浴室の中には、いくつもの貴石が入っており、水を足したり、お湯を適温にしたりしているようだった。


 窓からは、レイトの家の庭園が見えた。

 白い花が多く咲いていた。レイトの家や家の中の家具は白いものが多かった。



 「レイトさんは白いものが好きなのかなぁ?」



 そんな独り言を溢したときだった。

 誰かがドアを開けて入ってくるのがわかった。体を洗うのを手伝ってくれるつもりだった、マナだろうと水音は思った。

 女であっても、裸を見られるのには抵抗がある。

 入り口に背を向けるようにして、肩までしっかりとお湯に浸かった。



 「マナさん、体は自分で洗い終わったから大丈夫ですよ?」

 「……それは残念です。」

 「へ……?!キャアーッッ。」 



 予想外の声が聞こえて、振り向くとそこにエニシの姿があった。



 「やあやあ、お嬢さん。また会ったね。」

 「え、エニシさん。何でこちらに?というか、何でお風呂に入っちゃうんですか??」



 エニシは、挨拶をしながらそのまま水音が入っていた浴槽に入ってしまう。

 一応、腰にタオルを巻いているが、水音は何も巻いていなかったので、浴槽から出る事も出来なくなってしまう。

 まだお湯が濁り湯だったのが不幸中の幸いだ。



 「あの、エニシさん……その、お風呂は別々に入った方が……というか、何故レイトさんのお屋敷にいるのですか?」



 状況がよく把握出来ず、頭を混乱させながら、エニシから逃げようとする。けれども、浴槽の中をズンズンと進んでこちらに向かってくる。


 湯気でよく見えないが、エニシは意外にも引き締まった体をしていた。きっと、彼に捕まったら水音が逃げることは出来ないとすぐに理解した。



 「実は、レイトとはお友達でねー。よく来るんだ。それにレイトのところに無色の君が来てると噂が流れていたからね。一目拝見したくてね。」

 「だからって、ここまで来なくても……。」

 「無色の君が湯に使ってると聞いてね。一緒に入れば、拝見もできるし、話もできるし、僕もお風呂に入れる。いい考えだと思ったんだけど。」

 「……そろそろ、体が熱くなってきたので上がろうかなーと思ってて……。」



 湯気がたくさんあるので、少しぐらい裸が見られるぐらいならば……と思い、浴槽から出ようとした瞬間。

 エニシは一気に水音との距離をつめて、水音の腕を掴んで行く手を止めた。



 「やっぱり、無色は君だったんだね。見た瞬間、そんな気がしたんだ。」

 「………離してくださいっ……。」



 片方の腕を高くまで上げられ、水音は吊られるように立ち上がる。

 湯から出た体は、もちろん何も身につけていない、裸のままだった。

 空いている片手で胸等を隠そうとするが、それも上手く出来るはずがなかった。

 エニシは、会ったときと同じニコニコした顔で、水音の全身をジロジロと見た。



 「透き通るぐらい白い肌だね。とっても綺麗だよ。それに、やはり本当にあの汚い刻印が無いんだね。」

 「……見ないでください。」

 


 恥ずかしさから彼の視線から逃げるように、水音は反対側を向いて視線をエニシから逸らした。


 


 「僕は、君の願いを叶えてあげたよ。」

 「え………。シュリは無事なの!?ケガは大丈夫です?」

 「……あぁ。僕の屋敷で手当てをしてもらったよ。もちろん、内密にね。白蓮の家に黒が入るのは、あまりよく思われないからね。」

 「よかった………シュリは無事なんですね。」

 「でも、彼、朝になったらいなくなっててね。逃げてしまったみたいだ。」

 「そう、ですか………。」


 エニシの言葉は聞いて、水音は少しだけホッとした。

 ずっと気がかりで心配だった事だ。シュリのケガは深かったはずだ。それを黒の刻印である黒が手当てをしてもらえたのは、かなりの幸運だったかもしれない。



 「エニシさん。本当にありがとうございます。本日……。」

 「お礼はいらないよ。だから………。」



 そのまで言うと、水音の腕を更に上に持ち上げて、エニシの顔が近づくぐらいに体を寄せられた。目の前には、彼の顔があった。その顔には、先程までの笑顔はなく、凍りついた冷たい表情に変わっていた。



 「変わり僕の願いを叶えてくれないかな。」

 「え………エニシさん……。」



 水音は、恐怖を感じながらエニシの顔を見つめた。見たくはなかったけれど、彼がギリギリと強く腕を握りしめてきており、反抗したらどうなってしまうのか。想像すると怖くなってしまったのだ……。



 「僕の願いは、今の世界を変えないで欲しいって事だ。きっと、君はこの世界を変えようとするだろ?それは止めてくれないかな?」

 「………それは、どういう……。」

 「もし変えてしまったら、そうだな。君を殺すよりも酷いことをしてしまうかもしれないから覚悟をしておいて………。」



 最後の台詞は、ニヤリと冷酷な微笑みだった。それを間近で見た水音は、背筋が凍りついた。

 そこまで言った時だった。



 「エニシっ!!何をしている?!」



 ドアが乱暴に開いた。

 入ってきたのは、白いスーツを着た、レイトだった。顔には怒りと焦りが見られた。


 

 「あーあ。邪魔が入っちゃったね。あ、あと1つだけ忠告。あの、黒の男を信用しないようにね。大きな嘘をついているよ。」

 「え……。キャッ!!」

 


 急に腕を離されてしまい、水音はそのまま浴槽に落ちてしまう。

 今の言葉の意味を問おうと思ったけれども、浴槽から顔を出した時は、すでにエニシは、浴室から出ようとしていた。


 

 「おまえ、彼女に何をしたっ!?」

 「別に。話をしただけで、レイトが思っているようなことはしてないよ?あ、でも………彼女の体、本当に刻印はなかったよ。」

 「っっ!!エニシっ!」



 レイトは、彼に掴みかかろうとしたが、それを上手くかわしてエニシはすぐに出ていってしまった。

 ため息をつきながら、それを見送ったレイトは、ゆっくりと水音に近寄った。



 「大丈夫か?水音。」

 「あ、はい………あの、ありがとう、ございます。」

 「ここにタオルを置いておくから。あと着替え終わったら話を聞かせてくれ。」



 そう言うと、レイトは水音を申し訳ない顔で見つめ、ゆっくりとドアから出ていってしまった。



 水音は、エニシが強くつかんだ腕を見つめた。そこには彼の手の跡が、くっくりと赤く残っていた。


 震える体を、自分の腕で抱き締めしめながら、水音はしばらくお風呂から出れずにいた。


 この世界を怖いと、強く思ってしまった。




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