第8話「一歩の勇気」






   8話「一歩の勇気」




 黒の刻印の人々がすんでいる街は、街灯の光が弱く薄暗かった。

 古びたビルや家が並んでおり、スラム街のような危険な雰囲気の道が続いていた。

 水音はしばらく走ってみたが、人はほとんどいなかった。

 けれども、妙な視線は先程から感じられていた。

 物色されているような嫌な視線だった。けれども、水音は高価なものなど持っていなかったし、刻印を探されない限り、自分が無色だと気づかれないと思っていた。


 少し遠くを見ると、近くに大きな明かりが見えるのに気が付いた。

 そこに近づくにつれて、人の声や音楽などの音が聞こえてきた。



 「あそこなら、お医者様がいるかもしれない。」



 普段運動をほとんどしない水音は、息も荒くなり、足もフラフラだった。けれど、それを気にする余裕もなく、走り続けた。

 小さな路地を走ると、眩しいぐらいの光が見えた。そこへ足を踏み入れようとした瞬間だった。



 「待ったっ!!」



 と、がっちりとした手が水音の腕を掴んだ。


 明るい表通りに出る直前の、ギリギリのところだった。急に腕を掴んで止められたため、水音は驚いてその相手の方を向いた。

 すると、そこには派手な柄の大判の織物を纏い、ジャラジャラと宝石など身に付けている、カールのかかった茶髪に長身の男がいた。

 


 「お嬢ちゃん、どこ行くの?」

 「……お医者様を探してるんです。大通りで探そうと思って……。急いでるので、手を離してください!」



 水音は、自分の腕を力いっぱい引っ張るけれど、男が掴んでいる腕は離れなかった。



 「お嬢ちゃん、その格好からして黒だよね?黒のルール知らない?」

 「黒のルール……?」



 水音がきょとんとした顔を見せると、その派手な男は驚いた顔を見せたが、何かに気づいたのか、すぐに先程の爽やかな笑顔に戻っていた。



 「黒の刻印の者は、日没後の外出を禁止する。ってのがあるでしょ?忘れたの?」

 


 人指しを立てて、教示するようにするように男は教えてくれた。

 水音は内心では驚いていたが、表には出さないように「そうでしたね。」と曖昧に返事をした。

 シュリは夜中に出て行っていたので、そんなルールがある事は知らなかったのだ。

 派手な男は、水音の事を黒と勘違いをしていたが、無色とバレるよりは良いと話を合わせる事にした。


 「それより、その服の汚れは血かい?怪我をしているのかな?」

 

 灰色のシュリの部屋着は、所々に血がついていた。もちろん、それは水音の物ではなく、シュリの者だった。


 「私は大丈夫です。でも、知り合いが大怪我をしているんです!だから、助けを………。」

 「黒の刻印の者を誰が助けるの?」

 「………え?」

 「黒を診てくれる医者なんて、闇医者ぐらいだ。黒の領地で探すしかないね。」



 そう言って男は、ちらりと後ろを振り向いた。

 大通りの明るい景色とは一変して、黒が住む場所は真っ暗闇だった。

 この中からお医者さんを探すのは至難の技だろう。水音は、途方にくれてしまう。



 「こっちの明かりの方は……….。」

 「青草の住む場所で、もっと奥には白蓮がある。こことは天国と地獄の差だろうね。」



 本当にその通りなのかもしれない。

 苦しんでいる人がいるのに、助けない。それはおかしな事だと思う人はいないのだろうか。

 それが当たり前だと、本当に思っているのだろうか。



 「でも、もしかしたら、助けてくれる人がいるかもしれません!」

 「…………。」



 水音の必死の希望を託した言葉を聞いても、その男は首を横に振るだけだった。

 先程からずっと笑ったままの顔は、この時はとても寂しそうであり、苦しそうでもあった。


 何とか説得して、掴んだ手を離してもらおうとした時だった。



 「銀髪の男を探せっ!手負いだ、すぐに見つかるぞ!」

 「無色を連れている可能性がある、無色には傷1つつけるな!」



 そんな声は、黒の街から聞こえ大勢の男の大きな声があちこちから聞こえた。それと共に、ガシャガシャと金属がぶつかる音も一緒に聞こえてきた。それは水音にとって聞き覚えのある音だった。

 湖からこの世界に来て、水音を探していた白騎士達の甲冑を着た人々の音だ。



 「…………シュリっっ!」

 「おっと!今度はどこにいくの?」

 「もう離してください!あなたは、どうして私に構うんですか?」


 

 白騎士は「銀髪の男」を探しているようだった。それは、たぶんシュリだと水音にもわかっていた。早くしないとシュリが白騎士に見つかってしまう……。普段の彼なら、湖から逃げた時のような、あの駿足で逃げられるかもしれない。


 けれども、今は大怪我をしているのだ。

 見つかって逃げられるとは思えない。

 白騎士は白蓮たちの手駒だ。シュリが捕まったら何をされるかわからないのだ。


 一刻も早くシュリの元へ行って助けたいのに、目の前の男が何故か邪魔をしてくるのだ。

 さすがの水音も、大きな声を上げて、彼の顔を思い切り睨み付けた。



 「僕は、齋藤エニシ(さいとう緣)だよ。」

 「…………エニシさん、だから……!」

 「男たるもの、かわいい女の子が目の前にいたら声を掛けたくなるものだろう?」

 「………。」



 水音は唖然としてエニシをマジマジと見てしまう。エニシは至って真面目のようだ。

 所謂女たらしという男性を初めて目の当たりしたので、水音は驚くのと同時に、どのように対処すればいいのかわからずにいた。

 しかし、こうやっている間にも、シュリが危険な目にあっているのかもしれない。

 そう思うと、水音は体が勝手に動いていた。



 「では、エニシさんにお願いがあります。」

 「おお!何でも言ってくれ。女の子の願い叶えないとね。」

 「あ、ありがとうございます………。この路地を真っ直ぐいった辺りに、古いですが立派なお屋敷みたいな廃墟がありますよね。」

 「あぁ、元白蓮の別荘だね。」

 


 エニシの発言は、水音には初耳の事だった。

 何故黒が住むところに、わざわざ別荘など建てるのだろうか?物好きだったのか………そんなことを思ってしまう。



 「そこに、私の友人がいますので、助けてください。」

 「おお、わかった!……で、君はどうするのだい?」



 エニシの気が緩んだ瞬間、水音は腕を引いてすぐに裏路地の奥へと走った。


 

 「後で追いかけます!だから、必ず助けてくださいね、エニシさん。」

 「おい、一人では危ないよ……って、行ってしまったか。どうやら、今回の無色はおてんば娘のようだね。」



 水音の後ろ姿を見つめながら、エニシがつぶやいた言葉を水音は聞くことはなかった。









 水音は、甲冑の音がする方へと急いだ。

 白騎士たちが向かっている先は、シュリの家とは逆の方向だったので、水音は少しだけ安心した。彼らはまだ、シュリの家を見つけてはいないようだった。


 しばらく走った後、どこかの家の前で白騎士たちが集まっている。そこがシュリの家だと勘違いしているようだった。


 

 「銀色の髪の男がいるだろ!?早く出せ。」

 「そんな男はいません……。ここには僕と妹だけです。」

 「ここに入っていくのを見たという証言があるのだ。お前ら、嘘をついているな!」



 白騎士の一人が罵声を浴びせているのは、小学生ぐらいの男の子と女の子だった。

 ガリガリに痩せており、着ているものも薄汚れ、所々が破れている。こんなにも寒いのに薄いTシャツのみだった。

 こんなにも弱っている子どもに対しても、白騎士は容赦がなかった。

 嘘をついていると言い張っているのだ。

 


 「本当にいないんですっ!」



 そう言うと、二人はシクシクと泣き出してしまった。するの、白騎士はチッと舌打ちをして、「餓鬼はすぐ泣くから嫌いなんだよ!」と、言って二人の事を蹴飛ばし、腰にあった剣を抜いて、子どもたちに向けた。



 「白騎士に逆らった罰だ。」



 そう言って、抜いた剣を大きく掲げたのだ。


 水音は、その瞬間震えていた体が止まった。

 先ほどまで、白騎士の姿を見て、自分がシュリを助けてると決めた心が揺らぎかけていた。

 大きな白い甲冑に、強い言葉、剣や弓の武器を持った男達が目の前にいるのだ。  

 水音は恐ろしくて仕方なく、子どもが困っているのに、足がすくんで動けなかった。


 けれども、白騎士が剣を抜いて子ども達が斬られてしまう、そう思った瞬間。先ほど血まみれで倒れていたシュリの姿を思い出したのだ。


 ここで子ども達を助けられなければ、シュリだって助けられない。子ども達が犠牲になったとしても、シュリはいずれ見つけられてしまうだろう。


 そして何より、子ども達が殺されてしまいそうなのだ。「そんなこと、許さない……。」と、水音は小声で自分にいい気かけるようにつぶやくと、颯爽と隠れていた場所から、大きな道に走って出ていった。



 「無色の君は、ここにいるわっっ!」



 水音は、震える体を必死に堪え、大きな声で白騎士に向かって叫んだのだった。





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