第7話「嫌われたくない」
7話「嫌われたくない」
目の前の銀髪の男、シュリに何を言われたのか。
そして、何をされたのか。
それを理解するのに、水音はだいぶ時間がかかってしまったように感じた。
けれど、それは一瞬だったようで、呆然とする水音の顔をシュリは、嬉しそうに微笑んで見つめていた。
何かを彼に伝えなければ。そう思いながらも、言葉が出てこない。
答えるならば、彼の告白の返事をしなければいけないのだ。
恥ずかしさと、戸惑いのせいで、水音は頭が真っ白になった。
「あ、あの……。」
でも、何かを伝えなければ彼が困ってしまう。そう思って、口を開い時だった。
昨日と同じように、窓からトントンッという音が聞こえてきた。きっと、雪だろうと、水音は思った。
「はぁー……こんな時にまた依頼かよ。」
シュリは、文句を言いながら椅子から立ち上がった。目の前にあった彼の視線は、すでに窓から入ってくる白い鳥の方を向いていた。
昨日と同じように雪の片方の足に、小さな紙が畳んだ状態で結ばれていた。それを丁寧に雪から取り、色は一人でその手紙を読んでいた。
さきほど、シュリは依頼と言っていた。
雪は仕事主からの手紙を運んで、それをこなして報酬を貰うのがシュリの仕事のようだ。
職場に行って仕事をするのが水音の普通なので、シュリの働き方は、とても新鮮だった。
「まぁ……あれだ。考えておけよ。とりあえず、予約してくから。」
「予約?」
「俺の恋人を空けといてやるってことだよ。だから、おまえも空けとけ。」
「うん……。」
「おまえにまだ話せないこともあるしな。それを知ってから決めていい。それに………。」
「それに?」
シュリは、少し寂しそうな目でこちらを見つめた。シュリはどんな気持ちで自分を見つめているのだろうか。水音は、それが知りたかった。
「おまえは、元の世界に帰るかもしれないだろ。大切な人もいるだろうし。」
苦しげな顔で、無理をして笑うシュリ。
水音は、元の世界の事をすっかりと忘れていた。
それぐらいに、未練はなかったのだろうなと、自分でも呆れてしまう。
「元の世界に、大切な人はいないよ。」
水音がそう言うと、2人はそれきりほとんど会話を交わさなかった。
その後、シュリはすぐに仕事に行ってしまった。
水音は、いつも寝ている床の上に座り、くすんだ青色をしてクッションをぎゅーっと抱きしめていた。
「シュリは、何を隠しているのかな?やっぱり仕事の事かな?」
水音は、独り言を言いながらさきほどのシュリとの会話の意味を考えていた。
シュリは、まだ自分の事をほとんど教えてくれていない。水音だって、話していないけれど、それはこの国の事を知るのが先だと思っているからだ。
それは、ただ異世界に飛ばされただけならば、もしかしたら状況が違ったかもしれない。
水音は、来た瞬間からこの世界に住む誰もが欲しいと思う存在になってしまったのだ。
自分がどうなってしまうかなんて、一瞬で決まるのだろう。
でも、シュリはそうはしなかった。
恋人になったとしても、シュリの願いを必ず叶えろとは言ってこないだろう。
その願いは、水音を迷わせるには十分なものだからだ。
シュリの願いは、今の階級を変える事だ。
黒の刻印を持つものが、白蓮になり、逆に白蓮が黒の刻印となる。
そうなったら、大騒ぎになるだろう。黒だったものは、きっと白蓮に今までの仕返しとして強い力を使って痛めつけるだろう。
そして、白蓮は今までの生活から一転してしまうのだ、絶望で生きる気力をなくなるかもしれない。
だからと言って、今のままでいいと思わない。
結局、どうしたらいいのか、まだわからないのだ。
だから、彼の願いを叶えられるかわからない。
そして、元の世界。
これについては、水音は全く未練はなかった。
仕事は好きだったわけでもない。生きるために、やっていた事。大切な親や兄弟もいなければ、友達もいない。恋人ももちろんいない。
未練があるとしたら、大好きな小説の続きが読めないぐらいだ。
この異世界がとても住みやすく魅力的か、と言われれば、それ違う。
いつ殺されるか、利用されるかわからない。だから、とても怖い。
でも、どうにかしたいとは思うのだ。
この家に住み、優しくしてくれたシュリのために。
そんな事を考えていると、あっという間に夜になった。昨日と同じように夕御飯をつくってシュリを待っていた。きっと、昨日のように帰りは遅いと思い、ゆっくりと作ることにした。
そして、あと少しで完成する。
そんな時だった。
突然、玄関の扉が勢いよく開いた。
入ってきたのは、シュリだった。部屋に入ると、すぐにドアを閉め、そしてその場にずるずるとしゃがみこんでしまった。
「シュリッ!?」
水音は驚いてすぐに彼に駆け寄った。
彼のの洋服はボロボロで、泥や何か切られた後が沢山あった。そして、それは体も同じだった。
至るところから、血が流れ出ていた。
「この傷、どうしたの!?酷い…………。」
水音は、脱衣場から大きな布を持ってきて、彼の傷口に当てようとした。
彼の左肩の傷がとても深く、そこから大量の血が溢れ出ていたのだ。
水音はその傷跡を見ると肌かぱっくりと割れているようだった。
「これ、誰かに斬られた……?シュリ……あなた、何をしてるの?」
「それは言えないな。」
「どうしてっっ!!」
「………おまえに嫌われるから。」
シュリは、俯くように下を向いていたので、彼の表情を水音は見ることが出来なかった。
けれども、その声は、とても小さく、泣きそうな声だった。シュリが泣いているのではないか、と水音は思ってしまった。
シュリは体全体で呼吸をするように、とても辛そうだった。
こんな体になってしまうような仕事、服には大量の血液が着いている。もう乾きかけのもある。
これは、全部がシュリの血ではない。水音は、そう思った。
「………シュリを嫌いになんてならないよ。だから、安心して。話はまた後よ。とりあえず、ベットで横になりましょう。立てる?」
水音は、フラフラと立ち上がったシュリの肩を担いで、彼をベットまで運んだ。
彼の血がベッタリと肌や洋服につくが、そんな事は気にしなかった。むしろ、血液の量を見て、彼の容態がとても心配になってしまう。
このままだと、彼の血液が足りなくなって、シュリは危ないと思った。医療の知識はないものの、彼の真っ青で苦しげな顔を見てそう考えたのだ。
彼を助けたい、と。
「シュリ……。少しだけ待ってて……。」
「……ど、した?」
息も絶え絶えになりながら、シュリは水音を見つめた。
「お医者様を呼んでくるから待っててっ!」
「……え、おまえ……行くなっ。」
シュリの言葉も聞かずに、水音は部屋にあった厚手の布を羽織って、シュリの部屋を飛び出した。
「……行くなっ!水音っ!!」
水音は、自分を呼ぶシュリの声を聞いて、「初めて名前を呼んでくれた。」と、心の中で感動していた。
彼の元に戻って、彼の傍にいたい。
自分がいない間に何かがあったらどうしよう、と不安になる。
けれども、自分では助けられないと水音にはわかっていた。
だから、シュリの手を離して飛び出したのだ。
彼を助けるために、水音は初めて夜のマカライト国の街を一人走った。
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