第5話「穏やかな時間と血の匂い」






   5話「穏やかな時間と血の匂い」



 


 シュリは、重要な事を伝えた重圧からか、一度「はぁー……。」と大きく息を入った。

 


 「………私が階級を変える力がある?……突然違う世界に来て、ただ刻印がないだけの私が、そんな事できるの?」

 「歴代の無色はしていた。と、記録には残ってる。実際、白蓮と黒を入れ換えたり、青草の奴らが白蓮なった事もあったみたいだな。けど、最近はそんな事は起こってない。」



 シュリは自分が話した内容に苛立った様子を見せながら、そう続けて教えてくれた。

 水音は、与えられた使命と責任の重さに、思考がついていかなかった。けれども、これは自分の事なんだと言い聞かせて、必死に彼の言葉を頭の中に叩き込んだ。



 「それは、どういう事?」

 「3つ前の無色から、白蓮がすべて独占してるんだ。湖を占領して、無色を拐っている。そして、どうしてか、みんな階級を変えずに終わらせているんだ。無色の女もどうなったか、俺達にはわからないんだ。」

 「そんな………。」



 水音はよくない事を想像してしまい、ぶるりと体を震わせた。

 しかし、白騎士の事もよくわからないのだ。

 本当はどんな事があったのか、ここで想像しても仕方がない事だと水音は自分を言い聞かせて、今の話を深く考えるのは止めた。


 そもそも、無色の水音はどんな事をすれば、階級を変えることが出来るのか。それはわからなかった。方法を知らなければ、怖がる事もそして、シュリの願いを叶えることも出来ないはずだ。



 「ねぇ、シュリ。………。」



 大切な事を聞こうとした時だった。

 部屋の窓が、コンコン、コンコンと誰かに小さく叩かれる音が聞こえた。昼間でも薄いカーテンをしていたため、窓の外に誰がいるのかはわからない。

 それにここは2階だったはずだ。

 それを思い出すと、水音はずっと握ったままでいてくれたシュリの手を今度は自分から強く握り返した。

 すると、シュリはクスクスと笑って「何びびってんだ?」と言って、水音の手を離し、窓辺に近づいた。


 彼の体温が急になくなり、水音は少しだけ寂しさを感じ、そしてそんな気持ちになった事に驚きを感じてしまう。昨夜も同じように彼に抱えられながら、彼の体温を感じ安心してしまったのだ。水音は自分が弱っているのだと改めて感じ、そして、弱っているせいだと思うようにした。


 

 シュリが、ゆっくりとカーテンと窓を少しだけ開けると、小さな客人が部屋に入ってきた。



 「あっ、あの白い小鳥ちゃん!」

 「………なんだ、おまえ知ってんのか?」

 「元の世界で、この小鳥が湖に落ちちゃって。助けようとしたら、この世界に来たの。」



 水音はフラフラだった小鳥が、湖に落ちてしまったのを助けようとして、溺れてしまったのだ。そして、気がついたらここにいた。小鳥のせいで、こちらに来てしまったとも思えてしまうけれども、きっとこの小鳥に非はないのだろう。

 それにしても、元の世界の事がすごく昔に感じてしまうけれど、昨夜の出来事だから不思議だった。




 「でも、よかった。小鳥ちゃん無事だったんだね。」



 自分がどうやってこちらに来たかを、シュリに伝えると、シュリは少し笑って、白い小鳥の顎を指で撫でた。すると、気持ちがいいのか、小鳥は水色の目を閉じて、心なしか嬉しそうな顔をしていた。


 

 「なんだ。雪がこいつを呼んだのか。」

 「雪?」

 「こいつの名前だよ。」



 名前を呼ばれたと思ったのか、小鳥は「ピピッ」と鳴いた。水音が雪を眺めていると、足に何かが付いているのに気づいた。



 「シュリ、雪の足に何か着いてるわ。」

 「あぁ…………。」



 そういうと、シュリは小鳥の足についていた紙のような物を取り、広げて何かを読んでいた。

 手紙のような物かと思い、元の世界の伝書鳩を思い出した。



 「仕事にが入った。」

 「え、お仕事………?」


 

 シュリは、紙をくしゃくしゃにしながらそう言い、読み終えた紙を、部屋を温めてくれている火の石が入ってる器の中に投げ入れた。

 紙はあっという間に燃えてなくなってしまう。

 手紙の内容や、仕事の事を知りたかったけれど、もう消えてしまったのだ。


 シュリは、いろいろな事を教えてくれるが、自分の仕事の事は隠そうとしていた。それは、昨夜聞いた時にわかってしまった。


 人に知られたくない事は誰にだって、1つぐらいはあるはずだ。だから、気にしてはいけない。

 そう思っていながらも、水音は気になって仕方がなかった。




 「帰るのは夜中になりそうだから、勝手に寝てろ。あと、夕飯はそこら辺にあるもの食べてろ。」

 「うん………。」

 


 シュリは黒のジャケットを羽織り、寒さのためか、焦げ茶色のマフラーを首にぐるぐると巻いていた。玄関のドアの前で乱雑に黒の皮のブーツを履いながら、くるりとこちらを向いた。



 「………どうしたの?忘れ物?」

 「絶対にこの家から出るな!わかったな。」

 「窓から外を眺めるぐらいは………。」

 「ダメに決まってるだろっ!」



 そう言うと、シュリはさっさと外へ出ていってしまった。

 彼の足音と、シルバーのアクセサリーがシャラシャラと聞こえてきたが、それもすぐに消えてしまった。



 「自分は出ていっちゃうくせにずるいわ。一緒に連れて行ってくれてもいいのに。」



 そう思いながら、イスに座ると白い小鳥は、まだテーブルの上にちょこんと居た。



 「雪は、シュリのお友だちなの?」

 「チチっ!」



 言葉がわかるのか、頷くき返事をした雪が愛らしく、水音は恐る恐る指で雪を撫でようとする。

 雪は、首を傾げながらも逃げようとしなかったので、シュリの真似をして顎を軽く撫でると、嬉しそうに目を細めた。



 「か、可愛い…………。」



 しばらくの間、水音は雪と穏やかな時間を過ごした。

 パンをあげると雪は喜んで食べてくれたが、満腹になった頃には、開いていた窓の隙間から飛び去ってしまったのだった。

 


 「1人か………。」



 考えてみれば、このマラカイト国に来てから1人きりになったのは始めだけで、その後はシュリがいてくれた。まだ1日も経っていないけれど、見知らぬ国で1人きりにならなかったのは不幸中の幸いなのかもしれない。


 けれども、この国では自分は重要人になってしまったのだ。

 これからは、一人で過ごす時間も限られてくるかもしれない。


 

 元の世界では、独りで過ごすことが多かった。

 仕事中は誰かと接しなければいけないけれど、自分からはなかなか声を掛けられなかったし、一人でいたいと思うことも多かった。そんな、大人しい性格のせいで友達も少なく、家族もいない水音は、家に帰っても一人だった。


 一人の方が楽だ。

 友達や彼氏がいたら、何を言われるのか、そして嫌な思いをさせて嫌われないか。そんなことばかり考えてしまうのはわかっていたので、一人が好きだった。



 けれども、街中で友達や家族、そして恋人同士と仲良く楽しい時間を過ごしている人々を見ると、羨ましくなり、そして、自分が恥ずかしく、惨めになってしまうのだ。

 一人で生きたい。そんなのは強がりだったとわかっている。

 けれども、行動出来なかった………。



 それなのに、マラカイト国に来てから約半日。

 シュリと過ごしていたのは短い時間なのに、寂しいと思ってしまうのだ。それが、見知らぬ国だからなのか、それはわからない。


 けれども、シュリには早く帰ってきて欲しい。そう、強く思うのは本心だった。



 味のしないスープと、パンを夕食に食べ、体を拭きたかったので、水とタオルを借りて、火の石の前で体を拭いた。

 部屋には、ロウソクが沢山置いてあり、火の石を使って、部屋を明るくした。

 けれども、部屋でやることもなく、掃除を軽くしてから、床のクッションの上に横になった。


 すると、疲れていたのだろうか。

 すぐにウトウトして、水音は眠りに落ちてしまった。





 一人は怖かったのか、浅い眠りだった。

 そのため、物音がして玄関のドアが開いたのに、水音はすぐに気づいた。

 シャラシャラとあの音がしたので、「シュリが帰ってきた。」と目を開けなくてもすぐにわかった。



 「………シュリ、おかえりなさい。」

 「おまえ、起きていたのか……。」



 ロウソクの火はいつの間に消え、部屋は火の石の淡い光だけで照らされていた。

 小声でシュリに声を掛けると、シュリは驚いた顔を見せた。


 ゆっくり立ち上がり、シュリに近付く。

 すると、シュリの手や胸元、そして顔も汚れていた。



 「何をしてきたの?汚れているよ?」



 水音が彼の顔に手を伸ばして触れようとした瞬間。



 「触るなっ……….。」



 シュリは、咄嗟に後ろに下がり水音を避けた。

 その態度に、水音は驚いた顔を見せてしまう。ばつの悪そうな顔を浮かべながら、シュリは水音から顔をそむけた。


 水音は、腕を戻し「ごめんなさい。」と謝り、どうしていいかわからずに俯いた。すると、フッと妙な匂いを感じた。これは、鉄の匂い………?



 「シュリ、もしかして、それ血なの?」



 血の匂いだとすぐにわかり、シュリを見つめると、シュリは機嫌悪そうにジロリとこちらを見た。

 


 「………だったらなんだよ。」

 「怪我してるの?!」

 「俺がそんなヘマするかよ、これだろ。」



 そういうと、テーブルの上に置いてある物を指差した。そちらに目を向けてる、何か大きな物が乗っている。水音は、おそるおそる顔を近づけてみる。



 「これって、お肉?」

 「そうだよ。これ狩る仕事だったんだよ。それで少し分けてもらったから、明日は肉だぞ、喜べ。」

 「うん………。」



 そういうと、シュリはさっさと風呂場に入ってしまう。



 「狩り、か………。」



 シュリが言ったのは、筋が通っており、本当の事だと信じたかった。



 けれど、水音は妙な胸騒ぎを感じてしまっていたのだった。


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