第4話「孔雀石の国」






   4話「孔雀石の国」





 遅めの朝食とひと悶着の後。

 水音はこの世界の事を、シュリから聞くことにした。シュリは「面倒だ。」と言っていたものの、しっかりと答えてくれるつもりらしい。

 食事をした席に座り直し、また向かい合ったまま、彼が話を始めた。



 「この国は、生まれた瞬間から自分の運命が決まる。刻印が体に刻まれて生まれてくるんだ。」

 「それは、両親と同じものなの?」

 「いや、それは全く関係がないと考えられているし、規則性もない。」



 水音は、始めから驚きの連続だった。

 親と違う刻印。ということは、生まれた瞬間から、一緒に暮らせない事もあるという事だ。



 「階級は全部で3つ。まず1つが白蓮。全体の1割しかいない、まぁ貴族みたいなお偉いさん。全く働かずに生きている。」

 「………すごい。白蓮の刻印が生まれながらにあったら幸せが約束されたって事なんだね。」

 「…………次は青草。普通階級で、自分達で働いて暮らす。ほとんどの人がこの刻印を持って生まれる。全体の6割だ。」



 青草の刻印が、水音の元いた世界の一般人という事だろう。

 それが6割しかいないのだ。そして、1割は働かない人がいる。そして、残りの3割は。

 それを話す前に、ちらりとシュリの胸元に目がいってしまう。褐色の胸元が見える、広く空いたTシャツ。その胸元からは肌とは異なる真っ黒な刻印が少しだけ見えていた。 



 「最後が黒の刻印。まぁ、奴隷みたいなもんだな。働いても、その日の食べ物しか貰えない。貰えても水とか果物だけとか普通だ。」

 「そんな………そんな刻印だけでそんな風に決まるなんて。」



 水音はシュリの話を聞くだけで顔を歪めた。今は、黒の家しか知らないが、外に出たらどんな現実が待っているのか。自分が想像しているよりも過酷な現状ではないかと思うと、黒の刻印を持つ人々が哀れに思えて仕方がなかった。



 「刻印だけで生き方が変わるなんて、って思ってる奴なんか、もうこの国にはほとんどいない。」

 「………それはどうして?」

 「大昔は、黒が白蓮に立ち向かった事もあったみたいなんだ。けれど、白蓮には青草がいた。命令すればなんでも動く駒が。それに、武器を作る材料も白蓮が独占していたんだ。それを青草たちに作らせて、それを持って戦わせた。」



 強い武器を持つ大勢の集団。そして、日々の暮らしもままならず弱った体と、ボロボロの使い古したた武器。そして少ない人数の黒の刻印の集団。


 シュリの言葉を聞かなくても、結果はわかってしまった。



 「負けた黒の刻印の人々は殺されるか、最後まで働かされて過労で死んだ。無惨だったと記録には残ってるらしい。」



 それを知っている人々は、もう逆らわなくなるのも、仕方がない事かもしれない。

 けれど、この国のやり方は酷く残酷だった。

 自分が、もし黒の刻印を持っていたら………と考えないのだろうか。

 

 そこまで考えて、水音の世界の「当たり前」が、この世界の「当たり前」ではないのだ、と思ってしまった。




 でも…………。水音は、どうしても納得出来なかった。





 「ねぇ、シュリ。この国の名前は何て言うの?」

 「マラカイト国。孔雀石の国だ。」

 「マラカイト国………。」



 水音がいた世界でも存在したマラカイト。鉱石で、綺麗な緑色と、白、そして黒色の縞模様が特徴的だったと記憶していた。元の世界では、アクセサリーや小物として加工されて使われていた。


 確かに、この世界の階級はすべて名前に色がついており、緑色の部分が多く、白と黒は少ない。その色すべてが入っている鉱石の名前をつけるのは、ピッタリだと思った。

 



 「そして、最も重要なのは、おまえの存在だ。」



 シュリは真っ黒な瞳をまっすぐと水音に向けた。

 彼が1番伝えたい事なのだろう、真剣な表情と、緊張感で、水音は体に力が入った。



 「刻印を持たない者を、無色と呼んでいる。ここの世界ではない異国の者だと言われ、おまえがいた湖から現れると言い伝えられているんだ。そのペースは約50年。けれど、おまえは前の無色が来てからかなりの短期間で来ている。」



 シュリは、ゆっくりした口調で、丁寧に話をしてくれた。こちらの暦は水音の世界と一緒だった。

 月の始めの1日。いつかはわからないが、無色が湖から現れているそうだ。そして、それはすべてが女性だったという。

 

そのため1日になると、白蓮の使いである青草の騎士「白騎士」と呼ばれる集団が、1日中湖を監視しているという。

 昨晩、水音が一瞬だけ見た白の甲冑を身に付けた集団。それは、白蓮の手下である白騎士だったのだ。


 水音が湖に落ちたのは1日の日付が変わる少し前だったのだろう。約50年のペースで無色が現れると思っていた白騎士達は、日付と同時に湖を去っていったのだろう。

 シュリは「俺は勘が働いて、少し待ってみたら………おまえが湖から現れたんだ。」と、ニヤリ笑い嬉しそうに話してくれた。



 「どうして私を捕まえるために、白騎士という武器を持った人たちが来るの?女の人なら、すぐに捕まえられるのに………。」

 「おまえな、少し考えろよ………。俺はどうしてあそこにいたんだ?」

 「あっ!……狙っていたのは、白騎士だけじゃないんだ!」



 シュリにヒントを貰い、水音が答えを出すとシュリは深く頷いた。水音の憶測は当たっていたようで、ほっとした気持ちになる。けれども、それも一瞬の事。

 知らない所で、自分が狙われていると改めてわかると、恐怖からか寒気を感じてしまう。

 快く歓迎して欲しいが、そんな風には出来ない事情があるらしい。

 では、どうしてそこまで白騎士やシュリが必死なって、無色である水音を追うのか。その理由は、きっととても重要であり、約50年間、水音を今か今かと待ちわびていたのだろう。

 シュリだけではない、他の黒や青草の刻印の人々も。

 

 

 「シュリ、教えて。無色の私には何が出来るの?どんな力があるの?」

 


 本当は答えを聞くのが怖かった。

 ただ、湖に落ちただけなのに、それで異世界に飛ばされて、何か重大な使命を背負わされるんじゃないか。異世界へと飛ばされるという、元の世界ではありふれた物語。いざ、自分がその立場になると、恐怖心しか感じられなかった。

 

 それがわかっていたのか、シュリは1度躊躇う素振りを見せた。口を開いては、また閉じてしまう。

 けれども、水音は震えてしまいそうな手をギュッと握りしめるのを、シュリはじっとり見つめていた。

 すると、彼は片手を伸ばして、震える水音の手にシュリの手を重ねた。

 突然の行動に驚きながらも、彼の手からは温かい体温と「大丈夫だ。」という安心感が、じんわりと伝わってきたのを、水音は感じた。

 すると、震えていたのが嘘のように、落ち着きを取り戻していた。

 シュリもそれがわかったの、ゆっくりと口を開いた。



 「無色は、階級を変える事が出来るんだ。……俺がおまえを拐ったのは、白蓮と黒の階級を変えて欲しいからだ。」



 彼の顔はとても真剣で鋭いものだったのに、瞳だけは揺れていて。とても寂しそうに見えた。


 自分が追われる理由が、とても大きすぎるはずなのに、水音はシュリの悲しむ理由が気になり、そして、知りたかった。



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