第3話「古びた部屋でふたり」






   3話「古びた部屋でふたり」





 水音は、彼に抱えられたまま、気を失っていたようだった。

 次に気づいた時には、知らない部屋にいた。


 床に古びたクッションが並べられ、その上に寝かされていた。そして、体には、薄い毛布が掛けられていた。きっと彼が掛けてくれたのだろうと、水音はすぐにわかった。


 水音が部屋を見渡すと、古びて所々が痛んではいるが、しっかりとした家に見えた。

 水音が寝ている部屋と、小さなキッチンが見える。他にも、小さなドアが2つあるので風呂場とトイレだろうと予想される。


 体はまだ冷えていたけれど、ほんのりと温かい空気が感じられた。水音が寝ていた横に、大きな器が置いてあり、そこには手の平ぐらいの丸い石が置いてあり、その石から火が出ていた。

 その火が、水音を温めてくれていた。

 石が火を発するものは、元の世界にあるはずもなかったので、水音はそれを物珍しそうに眺めていた。するの、小さなドアの1つが開いて、家の主が顔を出した。



 「起きたのか。」

 「あ、はい。助けてくれ……………てっ!!何て格好なの!?」

 「あ?……下履いてるだろ。」

 


 水浴びでもしていたのだろうか。銀髪と褐色の肌は濡れていて、上半身は裸だった。

 タオルを頭に掛けながら、近寄ってきた。



 「まぁ、顔色はよくなってんな。こい。」

 「………ちゃんと上を着てくれたら行くわ。」

 「おまえな、誰が助けてやったと思ってんだよ。生意気言ってんじゃねーよ。」

 「……………。」



 お互いに睨み合い、折れたのは銀髪の男だった。



 「っち、生意気な女だ。」



 椅子に掛けてあった服を乱雑に着かんで、渋々と袖を通した。



 「ほら、めしだ。座れ。」

 「…………ありがとう。」

 「ふんっ。」



 大きい木製のテーブルに椅子がふたつだけあり、水音は銀髪の男の向かい側に座った。

 テーブルには、丸いパンのような物に、赤色のスープのようなものが置いてあった。その中には赤と白の野菜に似た物が入っていた。



 「いただきます。」

 


 水音は、手を合わせて挨拶をしてからパンに手を伸ばすと、男は不思議そうに水音の事を見ていた。



 「どうしたの?」

 「今の、いただきますって何だ。」

 「あ……知らないのか。えっと、私たちが食べる物は全て生きている物でしょ?草だって、木の実だって、魚、動物のお肉も。だから、その命を粗末にしないで大切に貰います、って祈るの。「あなたの命を大切に、いただきます。」って。」

 「………ふーん。」



 男は聞いておきながら、興味をなくしたのか、パン(のようなもの)にがぶりと噛りついた。

 水音も真似をするように、小さく口を開けて、恐る恐るパン(のようなもの)を食べてみると、味が薄いフランスパンのようだった。

 


 「おまえ、名前は?」


 

 銀髪の男は、片手でスープの入った器を持ち、ゴクゴクと飲みながら、世間話でもするように、話しを掛けてきた。



 「鳳水音。あなたは?」

 「鳳ねー………。」

 「どうしたの?」



 男は、水音の全身を上から下まで眺めながら。ジロジロ見られていると、何かおかしな事があるのかと思ってしまう。



 「…………暁シュリ。」

 「暁シュリ。なんか、真っ赤な夕陽みたいな名前だね。」

 「……そんな綺麗な名前じゃないよ。おまえとは真逆の色だ。」



 確かにそうかもしれない。

 水色と朱色(朱璃という漢字らしい)は、真逆かもしれない。けれど、水音はシュリの名前を何故かとても気に入った。


 「私、赤が好きだから、とっても素敵な名前だと思うわ、暁。」

 「………シュリでいい。」

 「じゃあ、シュリ。私の事も水音って呼んでくれていいわ。今さらだけど、昨日は助けてくれてありがとう。とても助かったわ。」

 「………別に。」



 照れてしまったのか、シュリはプイッと横を向いてしまう。その頬が少し染まっていたのをみて、水音は少しだけ微笑んでしまう。


 水音は貰ったスープの器を持ち、一口飲んでみる。が、一口だけで飲むのを止めて、テーブルに戻した。



 「ねぇ……シュリ。このスープ、いつもこんな味なの?」

 「そうだけど。なんだ、不味いのか?」

 「……不味いというか、ただのお湯なんだけど。何の味付け使ってるの?」

 「水と野菜だけ。」



 この世界でも野菜と呼ぶのか、と思いながらも、シュリの料理方法を聞いて驚いてしまう。いや、もしかしたら、この世界ではこんな味付けなのだろうか。しかし、パンは味がついていたし。

 水音は、そんな風に思いながら、シュリにある事を提案してみることにした。



 「あの。この世界の事を知りたいから、今度、食材を買うところに行きたいなーなんて、思ってるんだけど。ダメかな?」

 「………ダメに決まってるだろ。おまえは、終われている身なんだぞ。」

 「そうなんだけど………。」



 さすがに、この味付けでは食べた気がしない。

 それに、シュリももっとおいしいものが食べたいとは思わないのだろうか。

 けれど、今までの食事がこれならば、食べなれているのかもしれない。


 そんな事を思いながら、それ以上は何も言わずにいた。



 「必要なものがあれば言え。俺が買ってくる。」

 「えっ!いいの?」

 「………おまえに、逃げられる方が厄介だ。」

 「ありがとう、シュリ!!」



 元いた世界での調味料の話しをすると、「聞いたことはある。」と言っていたので、こちらでも同じ言葉や食べ物、動物、モノがあるようだった。言葉が通じているし、今のところ彼がわからなかったのは「いただきます。」の挨拶ぐらいなので、ほとんどが同じなのかもしれない。


 だが、互いにないものやあるものもある。

 それが、水音がこの世界に来てわかった事だった。



 「おまえ、自分を拐った奴とよく普通に話せるな。」

 「確かにそうなんだけど、この世界で助けてくれたのはシュリだけだから。それに、優しくしてくれてるから。体を暖めてくれたり、食事も出してくれる。そして、昨日は助けてくれたわ。」

 「………向こうがいい奴で、おまえを保護しようとしたかもしれないだろ。」

 「そうかもしれない。けど、まだこの世界の事がわからないから、理解してから決めるわ。」



 この世界が元の世界と違うことはわかった。

 何が正解で、どこが間違っているとか、何もかもわからないのだ。

 そして、目の前の彼の事もわからない。


 口は悪いし、目つきも鋭いし、キスしてきたり、ナイフを突きつけたりもしたけれど、それが彼の全てではないような気がしているのだ。

 今はシュリしか知らない。

 でも、悪い人とは思えない。だから、信じてみたいのだ。



 「お気楽な奴だな。」

 「女の勘です。」

 「………あぁ、そーいえば、おまえ、やっぱり無色なんだな。刻印が見当たらなかった。」

 「………え?」



 刻印というのは、肌に印されているとシュリは言っていた。それがどこに印されているかは決まっていないという。

 水音は体を眺め、自分が昨日まで着ていた服とは違う事に気がついた。

 白の長めのTシャツだった。水音は、背は高い方だったけれど、シュリは180センチはある長身だった。きっと彼の物であろう服は、水音が着るとブカブカだった。



 「胸に着いてた不思議な服と、下の中は見なかったが、刻印があるとしてもはみ出てるだろうからな。」

 「………もしかしなくても、シュリが着替えさせてくれたのよね?」

 「そうに決まってるだろ。濡れた服のままだと、寒いからな。」



 シュリは得意気にニヤリと笑っていたが、水音はフルフルと体を震わせていた。もちろん、寒いわけでも、何か怖いわけでもない。



 「シュリーー!!」



 水音は、裸を見られて恥ずかしさと、あっけらかんとしたシュリの態度に、顔を真っ赤にしながら怒り、シュリを問い詰めようとしたが、彼は逃げ足が早く、水音はシュリを捕まえられず、部屋中を追いかけ回した。



 水音は暁シュリが悪い人ではない、という自分の考えを今すぐにでも訂正したくなっていた。




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