第2話「残酷な現実」
2話「残酷な現実」
「………あなたは、私を知っているの?無色の君って、なんの事?」
水音は、彼の言葉の意味をゆっくりと考えた後、彼に問い掛けた。
すると、目の前の男は無表情のまま近づき、水音と目線を合わせるように、しゃがみこんだ。
「それを知らないって事が、俺がおまえを必要としているって証拠だ。刻印なしの無色を知らない奴なんて、この国にはいない。」
「………この国って何を。」
「それとも、おまえはこの国で記憶喪失にでもなった奴か?だったら、刻印見せてみろ。白蓮ではないだろうから、緑草か、黒だろ?」
「白蓮……、草?………黒?なんの事なの?ふざけないで。」
水音は、彼が話している言葉がほとんど理解できなかった。彼の言う通りここは、水音がいた世界ではないのだろうか。
銀髪の男の質問に答えられず戸惑っていると、男は苛立った表情を見せて、チッと舌打ちをした。
「ったく、面倒くさいな。これだよ、体にどこかにこの刻印があるんだろ?」
男はもともと胸元が空いていた服を、更に下に引いた。ちらりと見えていた褐色の肌が、月明かりの下で晒される。
そこには、黒色で何かの印のような物がくっくりと刻まれていた。刺のある蔦が丸い物に巻き付いてるような刻印だった。
「これが底辺の人間がつける黒の刻印だ。働いても見返りはなく、質素なんて良いもんじゃない、死と隣り合わせの生活をしてる奴らの印だ。」
男は、自分を卑下する口調でそんな事を言った。
水音は全てがわかったわけではないが、この黒の刻印がある人々は、酷い生活をしているのだけは理解出来た。
「ねぇ、でも、あなたは着ている物も身に付けている物も貧相に見えないわ。あなたは黒の刻印なのに、どうしてなの?」
「それ、知りたいか?」
ニヤリと影を含んだ笑みを見せながら質問を質問で返されてしまう。彼の言葉を聞いてしまうと、悪い事が起こりそうで、水音は体をビクッとさせて震えた。
「………やめておきます。」
「それがいい。で、おまえ本当に刻印ないのか?」
「え………。」
銀髪の男は、濡れて張り付いた水音の服を引っ張り、開いた胸元を覗き込んだ。
突然の行動に、水音は固まってしまう。
自分は今会ったばかりの男にキスをされ、そして、下着や普段他人には見せない肌を見られている。
それを理解した瞬間。水音は一気に顔が赤くなり、そして気づくと叫び声のような大きな声を出していた。
「なっ何やってるのーーー!!」
「おま、バカかっ!!」
「っっ………んー。」
水音が大きな声を出してしまうと、男は焦って水音の口を手で覆った。
男らしい大きな手は、とても温かく冷えた体がそこから熱を与えてくれていた。危険な男だとわかっているのに、何故か安心してしまうのは、自分が弱っているからなのだろう、と水音は考えるようにした。
銀髪の男は、身を低くして辺りをキョロキョロと見て、何か警戒しているようだった。
しばらくすると、ガチャガチャと重たい金属がぶつかる音が複数聞こえてきた。こちらに向かっているのか、数も音量も大きくなってきた。
「今の女の叫び声は、こっちからだぞ!」
「無色の刻印が来たのかもしれない。探せ!」
そんな声が夜の森から聞こえてきた。
「ちっ………やっぱりまだここら辺に居やがったか。めんどくさいな………。」
「なに……何が来てるの?」
「お偉いさん方だよ。おまえを見つけて監禁するつもりなんだろ。」
「監禁っ!?」
コソコソと小声で話す彼に合わせてしゃべっていたが、物騒な言葉を聞き思わず、声を荒げてしまう。すると、また男が乱暴に水音の口を塞いだ。
「おまえな、本当にバカだろ。次、大きな声だしたらキスして口塞ぐか………。」
「………あ。」
男は短剣の先を水音の首元に当てた。
初めての武器という物を自分に向けられ、そして鋭い視線と短剣で迫らる。その感覚に、水音は恐怖しか感じられなかった。涙も言葉も出ない。
他人に殺されそうになると、人は固まってしまうのだと初めて知った。
「殺すのは不本意だが、俺も死にたくないんだ。……ちゃんと黙ってついてこい。いいか?」
低音で冷たい言葉を耳元で囁くように男は言った。水音は、ただ無言で頷くしか出来なかった。
「……よし。じゃあ、立って俺についてこい。なるべく足音をたてるなよ。」
そう言われて、水音は体を起こそうとしたが、脚に力が入らず、よろけて転んでしまい、そのまま地面に倒れた。
先を歩いていた男が、その音を聞いて振り返る。
「おまえ、何やってんだよ。」
「……すみません。体が冷えきってるからか、……上手く立てなくて。先に逃げてください。」
水音は、自分の体が小刻みに震えているのにやっと気づいた。全身が冷水でずぶ濡れで、しかも気温もかなり低いところに長い間いたのだ。
それに気がつくと、頭が朦朧としてくるのも感じ始めた。今までは、目の前の危険な男のお陰で気が張っていたのだろう。
しかし、1度自分の体に不調ががあると知ると、弱くなってしまうもので、水音はそのまま地面に倒れたまま、動けなくなってしまった。
「おい、あそこに誰かいるぞ!」
すると、すぐ側で男の声が聞こえた。
銀髪の彼が言っていた「お偉いさん」の一人だろう。それを察知すると、水音は体をすくませた。
彼も不思議な存在であるが、自分を追っている大勢の集団の方が、危険を感じてしまった。
「あーもう来たのかよ。………おまえ、本当にめんどくさいな奴だな。ったく、仕方がねーな。」
「え………きゃっ。」
銀髪の男に、腕を引っ張られたと思ったが、すぐに体がふわりと浮き、気づくと体が肩に引っかけられ、荷物を抱えるよう乱暴に扱われてしまう。
男は服についてるフードを深く被った。顔が半分以上隠れている。他の人が見ても、もう誰かはわからないようになっているだろう。
「いや、怖い……。」
「うるせーな。目でも瞑っておけ。」
男がそう言い捨てると、すぐに夜道を走り始めた。体動く度に、体が激しく揺れるので水音は舌を噛まないように、ギュッと口を縛った。
銀髪の男は身軽で、走るのが早かった。水音を追っている集団は灯りを持っていたが、水音と銀髪の男が見つかる前に、森の奥へと逃げ込んでいた。
水音は男に抱えられながら、一瞬だけ湖の方を見つめた。ポツポツと灯りが見え、今までふたりがいた場所をうろうろと探していた。
そして、その光りで遠くからだがその人たちが一瞬、暗闇でも見ることが出来た。真っ白な鎧を身に付け、手や腰には大きな剣が見えた。
見るからに戦いを目的としている人たちに追われているのだとわかると、水音は全身に鳥肌がたち、ガタガタと震えていた。
「なんだ、おまえ怖いのか?」
「………。」
「まぁ、あいつらについて行って、上手くやればいい暮らしは出来たかもしれないな。………それが、幸せだと思うなら、そうすればいい。だが、今はその時じゃない。」
「………私は、まだどうすればいいか、わからないわ。」
「だろうな。」
そう言うと、男はまた足を早めた。
湖の木々を抜けると、本当ならば人が住んでいる建物が見えるはずだ。それに道路の街灯があるはずだったし、走る車も見かけるのが普通だ。
けれども、男に抱えられて走る道はずっと変わらない森の中だった。
薄々と感じていた違和感。
本当は気づいていたけれど、認めたくなかったのだ。
ここは、水音が本来暮らしていた場所ではない、違う世界なのだと。
怪しげな男に抱えられながら、彼の体温を感じる。それは、夢ではないという証拠だと水音は思った。
異世界に来て、水音は自分がこれからどうなってしまうのか。それを考えるが、何を思っても絶望しか残らなかった。
水音は銀髪に抱えられたまま、こっそりと涙を流した。それは、誰にも気づかれないまま、夜の闇に消えていった。
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