師と弟子 世界について

あわい しき

弟子は疑問を持つ

「こんなにも世界はシンプルなのに、どうしてみんな複雑に考えてしまうんでしょう」

 弟子が言った。

「人っていうのは常に思考をするものなんだ」

「思考ですか」

弟子は腕を組みうーんと唸る。

「思考は、思いめぐらせること。人はみな同じ思いや考えをしているわけではない。個人それぞれの思考がある」

「価値観も思考の結果ですか?」

「そうだな。これは、私は脳の中で生まれていると思っている」

「みんなそう思ってると思いますけど」

弟子は困ったようなひどく哀れむような顔で、師を見つめている。

「俺とお前の認識を一緒にするためだ。いちいち突っかかるなよ」

「はーい」

 ふざけるように、弟子は返事をする。

「感覚と言われるものは、目や鼻、舌、耳、皮膚、あらゆるところから情報として取り込まれ、最終的に脳によって処理される。脳はそこに、明るさや匂い、味、音、暑さといったものを作り出す。外から入ってきた情報は、脳によって感覚に変換されているってことだな」

「そうなんですね。ちなみにそれ、ほんとですか」

「俺は専門家じゃないしな、こまかいことはいいんだ。気になるんだったら自分で調べろ。私は気にならん」

 疑いの眼差しで、弟子が師を見つめると、師はそう開き直ったように返した。

「なんですかそれ。無責任じゃないですか」

「馬鹿か、お前は。人の言ったことなんて鵜呑うのみにするな。人の言ったことは事実を知るためのきっかけだ。そこに科学的根拠を自分で正しく認識するためのな。おっと話が逸れたな」

 師はそこで「こほん」と、仕切り直しのように小さく咳払いをした。

「何が言いたいっていうと、俺の考えでは、脳による思考によって、外部にあるものは捻じ曲げられてるんじゃないかったことだ」

 弟子は、言葉を耳で聞き、情報として取り込み、よく考えた。

「世界を複雑にしてるのは、自分だってことが言いたいんですか」

 師がにやりと笑う。

「ま、そうだ。そして、それが人間のいいとこでもある。」

「いいところですかね。それ」

 呆れたような声で、弟子は返す。

「複雑に考えるから、美しいとか、楽しいとか色んな感性が生まれるんだろ。生きるうえでこう言った感性は邪魔になると思うか?」

「いや、うん。大事だと思う」

「ま、そういうこった」

「何なんですか、それ」

 呆れながら、弟子は言った。

 弟子は複雑な世界もいいのかもしれないと、本当に少しだけ思った。

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