第4話 全て
吸血鬼はボクに言った。
「命が大切なら、元に戻りなよ」って。
命。ボクの命。
そんなものに、価値があるとは思えなかった。元に、何もない世界に戻ってする事はなんだろう。彼女を渇望し、飢えを満たすためならボクはなんだってできるのに。
「あの子と出会ったら、もう最後さー」
横たわる人のような塊をよいしょ、よいしょと別の部屋へ運ぼうとする吸血鬼。
ほのかに鉄と、何かが腐ったような、乾いたような匂い。
「俺はねぇぇ、あの子に感謝してるんだ。こんなにも、自分の欲望が飢えていたなんて、あの子に出会わなければ分からなかった。損してた。─……あぁああ、あの子が欲しくて欲しくてたまらない。欲望に従うって、なんんんっ…て!!!素晴らしんだろう!!!」
吸血鬼はハァハァ言いながらナイフを握ってその細い腕を人の塊に突き刺した。
どろりどろりと、色んな塊が外にでる。ボクはそれを遠目に見ながら、静かに落胆していくのを感じた。
あぁ、ここには彼女の手がかりなんてなかった。ボクの体の中も、あんな風にドロドロなのかな。綺麗なものなんて、何もない。
「キミぃ、キミは、どうしてここにいるのぉ?」
赤い手をぺろぺろと舐める吸血鬼は、いそいそとボクの脇を横切った。
「あの子にそんなに会いたい?もう戻れないよ?」
「………ボクの傍に彼女がいない訳がないんだ」
きっとボクの空っぽな人生は、彼女が入るために空いてたんだ。
彼女のガラスのように澄んだ瞳を飾りたい。白くて柔らかな肌を抱きしめていたい。鈴のような声を聞きたい。全て。全てボクのもの。髪も、目も、口も、鼻水も、まつ毛ですら、全て。
あの天使のような笑みを、誰かに見られるなんて考えられない。
─────────ボクのものだ。
……吸血鬼は、ボクと彼女が会う前から彼女の事を知ってた。
ボクの知らない時代の彼女。それはどれだけ焦がれても会えない彼女。
会えるのは、吸血鬼の記憶の中だけ……。
そんなの嫌だ。彼女の全てはボクのものであるはずなのに。ボクにない彼女を持っているなんて!
会わないで欲しいな。記憶の彼女に。
……このナイフを使えば、吸血鬼は彼女と会えなくなるのかな。
ナイフって、持ったら結構軽いんだ。全然手に馴染まないな。
でも、きっと嫌だよね。知らない間に変人と会ってしまってるなんて。きっと困ってる。
助けてあげなきゃ。ボクは、彼女のためにならなんだってできるんだ。
「彼女は、ボクのだ」
「……あーぁ、また1人、狂っちゃった」
頭の中の彼女は、天使の笑みを浮かべていた。
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