第86話 仕組まれた運命
誰かに愛される
誰かに必要とされる
それはとても幸せな事だ
もしも魔王に殺されていなければ
魔物に姿を変えられていなけば
ツヨシ、ユウジ、シノブ、アオイ、マコ
仲間たちが自分に全てを託して命を絶たなければ
ワタルは彼女たちのいずれかの気持ちを受け入れたかもしれない
だが、皮肉なことに
今までの道のりがあったからこそ
巡り会えた
彼女たちにワタルに対する思いが生まれた
彼女たちは答えを求めていないと言う
ワタルはその言葉に甘え
「ありがとう」
「俺なんかを好きになってくれて」
そう答えるだけで精いっぱいだった
「ワタル 俺なんかなどと言わないで欲しい」
「そうよ あなたはとても素晴らしい人よ」
『だからこそ 私たちはあなたを好きになったのだから』
自分を卑下する事
それは自分を好きになってくれた
彼女たちの思いを侮辱することになる
それは分かっている
だが
「ごめんよ」
「俺、誰かに好きなんて言ってもらった事なくて」
「無能な勇者と呼ばれてすっかり自信無くして」
「大切な仲間を二度も死なせちまって」
「アトラスまで灰にしちまった」
何度、自分の無力さを思い知らされた事だろう
「全てが完璧な者などこの世には存在しないでしょう?」
「ワタル あなたに完璧さなんて求めてないわ」
『あなたの力になりたいから私はここにいるのよ』
「ワタル 私は、あなたが今までどれだけ頑張っていたか見ていました」
「わたしはあなたの懸命な思いを感じた」
『もっと自分を誇っていいと思うわ』
ワタルは今まで自分なりに懸命にやってきた
彼女たちの言葉で、それが報われた気がした
「ありがとう」
アトラスが居なければダンジョンで朽ち果てていた
仲間を失った絶望から立ち直るまでずっと見守ってくれた
そして、ダンジョンで共に戦った
頼りになる相棒
安心して背中を預けられた
一度は失ったと思った
彼女が蘇った時どれ程嬉しかった事か
今回も彼女に助けられた
いつもそばで彼を支え続けてくれたのは彼女だった
ミツミ 光り輝く緑を意味する名をドライアドに贈った
それがとても特別な事だとワタルは知らなかったが
彼女はとても気に入ってくれたことが嬉しかった
『魔導兵団』の悲願をかなえてくれた
邪気に支配されたイーフリートの命を自信を顧みず救った
最初は付きまとわれて戸惑った
だが今はそんな彼女を尊敬している
そしてエヴァ
彼女には肉体がない
ワタルは彼女の姿を見た事は無いけれど
その言葉は、いつもワタルを気遣う気持ちに溢れていた
彼女の言葉に何度も何度も、励まされ、勇気づけられた
彼女なしでは、決して立ち上がれなかった
本当に感謝している
彼女たちは誠意をもって思いを伝えてくれた
自分も同じように答える義務がある
ワタルの外見はゴブリンのそれだ
(俺の姿を見たらきっと気持ちも冷めちまうだろうな)
「俺は魔王に殺されてゴブリンの姿にされた」
「見てくれこれが俺の今の姿だ」
兜を外す手が震えた
人間の頃もそんなに自慢できるルックスでは無かった
だがゴブリンの姿をした自分を改めてみると
惨めな気分になる
「私など最初は、リビングアーマーですよ?」
「心でこんなにも感じが変わるのね 思ったよりもハンサムじゃない」
『ふふーん 私なんて最初から知ってるのよ!』
彼女たちはワタルの杞憂を笑い飛ばしてくれた
彼の心に溜まった薄暗い感情も一緒に
ワタルは今の自分の気持ちを何とか言葉に変えていく
「俺にはまだ、好きとか愛してるとか」
「はっきり言って、まだ良くわからない」
「でも、これだけは自信をもって言える」
「アトラス エヴァ ミツミ」
「みんな、俺にとってかけがえのない大切な存在だ」
『「「ワタル その言葉が訊けただけで嬉しい」」』
人を好きになるってどういうことか
人を愛するとはどういうことか
ワタルが真剣に考え始めたのは
この時からだった
それが運命ならば、どれだけ良かっただろう
彼らは知らなかった
その道のりは何者かに導かれたものである事を
その出会いが仕組まれたものである事を
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