第84話 エルフの森の危機 4/4

脅威は去った


だがその爪後はあまりにも深かった


ドライアドがイーフリートの助命を嘆願するも




「これを見ろ! あなたは、これを見てもそいつを許せと言えるのか!?」


彼女の目の前に、あの美しかったエルフの森の姿はなかった


驚きはしなかった


何故なら目をそむけたくなるようなその惨状を容易に想像できたから


無残に焼かれていく木々の悲鳴を聞きつづけたのは誰でもない彼女だったからだ




「私がこの命に代えてこの森を元の姿に戻して見せます」


「どうか、かの精霊を消滅させることだけは、許していただけないでしょうか」


煤をかぶり輝きに満ちた衣装は焼け焦げ見る影もない


地面に額をこすりつけて命乞いをした


そこに高貴な上位精霊の姿は無かった




「なぜ私の為にそこまで?」


「私はあなた達を襲い」


「仲間を焼き尽くしたのですよ!?」


イーフリートは分からなかった


なぜエルフの森を焼き


沢山のエルフの命を奪った


ワタルたちを襲い、アトラスは灰となった


そんな自分を助けようとするのかを




「確かにあなたは私たちを襲ったわ」


「でもあなたの炎から、かすかに感じていたの」


「苦しみ、悲しみの感情を」


「あの時、私は確信したの」


「あれはあなたの意思でした事ではないと」


「この通り、今の私の姿は薄汚れてみすぼらしい」


「威厳のかけらもないわ」


「でも、わたしはあなたの無実を信じている」


「その事実だけは誰にも変えさせない」


「たとえ自分の命を犠牲にしてもね」




「俺は、今のお前が一番素敵に見えるよ」


「俺からも頼む、彼女の願いを聞いてやってくれ」


土下座


エルフがその意味を知るはずはないが


その思いの強さはエルフたちにも十分に伝わった


「あなた達はこの森を救おうとしてくれた」


「そんな事をする必要なない」


エルフの長老がワタルを止めようとするが


「いや 大切な仲間がなりふり構わず頭下げてるんだ」


「仲間が信じた事を俺も信じる」




「わたしは彼女の事を誤解していたようです」


「ならば私からもお願いするほかありません」


アトラスも地面に身を擦り付けるように深々と頭を下げる


仲間と認めた彼女の為に




トライアドは嬉しかった


ワタルは人族だ


精霊をかばったりはしないと思っていた


とんだ思い違いをしていた


彼には種族の違いなど関係なかった


共に旅をした


助け合った


命を懸けて戦った


自分を仲間と言ってくれた


そして自分が信じた事を


彼もそして自分の事を嫌っていたはずの


アトラスまで信じてくれると


それだけで報われた




「分かりました」


「もしもこの森を元に戻すことが出来たならば」


「彼女の言葉を信じてみることにしましょう」


そうはいったが、長老はドライアドの力だけで


これ程の被害が回復できるわけがないと思っていた




「傷ついたエルフの森の木々たちよ 私の力は僅かだけれど」


「命の限りあなた達を癒すわ」


『命の息吹』


心地よい風が吹く、命の恵みを運ぶ風が


それは傷ついた木々を癒し、新しい命を芽吹かせる


(ああ 全てを絞り尽くしても足りない)


分体とは言え、ドライアドのの魔力は膨大だった


だがエルフの森が受けた傷は


上位精霊の癒しの力よりも遥かに大きかった




「俺達の事を忘れてないか?」


ワタルが彼女の背中に手を乗せる


その手から膨大な魔力が注ぎ込まれる




「こういう時は、『困ったときはお互い様』と言うのでしたね」


アトラスもワタルの手に重ねるように彼女に手を乗せた


注ぎ込まれ量がさらに増えていく




そして彼女は感じた


魔力と共に流れてくるものを


それは思い


癒しの魔法が成就する事を


エルフの森が以前の姿に戻る事を


キズから回復したばかりのドライアドへの労わりを


それはとても暖かかった


(ああ またあの温かさを感じることが出来た)


そして前回とは違う


その温かい思いは彼女自身に向けられているのだ


(ああ 嬉しいありがとう ワタルそしてアトラス)


彼女は嬉しかった、その眼には涙が流れていた


それは宝石となって彼女の掌に収まった





「おいみろ! 信じられない 森がエルフの森が癒されていく」


「なんという美しい光だ! まるで奇跡を見ているようだ!」


大地から美しい光の粒が立ち上り森を包み込む 


『大いなる癒しの力』


エルフの森は以前の美しさを取り戻した


しかしこれは、新しい命が芽生えそして育った結果だ


失った木々たちがエルフの命が蘇ったわけでは無い




「私はエルフの森を傷つけた」


「たくさんのエルフの命を奪ってしまった」


「それは私の意思では無かった」


「だが、私にも原因があり罪がある」


「私はこの森に残り償いをしたい」


「だが、これだけの罪を犯した私を信用出来ないだろう」


「だからこれを受け取ってほしい」


エルフの長老に小さな炎を手渡す


不思議と熱くはない、むしろ温かい炎


「これは私の『命の灯いのちのともしび』」


「私の消滅を願い息を吹きかければ」


「私は消滅する」


それがイーフリートの覚悟の表れだった




自分は、炎の上位差精霊 イーフリート


これほどの醜態をさらしては


もはや自分の存在価値など無い


消滅すれば、全て解決する


そう思っていた




だが、ドライアドたちは、自分の命を救うために


地に頭を擦り付け


エルフたちに助命を嘆願してくれた


ここで消滅する事を選べば彼らがしてくれたこと全てが無駄になる


自分は生きなければならない


罵倒を受けようと


冷たい目を向けられようと


犯した罪を償わなければならない


「どうか私に償いの機会を頂きたい」


地面に額をこすりつけ懇願する


エルフたちは不承不承ながらイーフリートの願いを聞き入れた




大切な家族を失った


その命が散っていく


惨たらしい様を見せつけれた


そう簡単に割り切れるものではない


無くなったエルフの遺族たちは


その怒りを悲しみを日々、イーフリートへとぶつけた




ひたすらに、それを受け入れた


日々自分が役に立てることを考えた


上位精霊などと呼ばれながら


何と役に立てる事の少ない事か


自分の無力さを知った


だから彼は闘った


エルフの森を脅かす存在と


火の精霊たる自分が得意とする事は


それくらいしかなかったから


命を懸けて戦った


人攫いに盗賊


狂暴な魔物たち


エルフの森に悪意を持って踏み入った者全てが


イーフリートの猛々しさに震えあがった




イーフリートの戦いを見守り続けたエルフたちは


自分たちが恥ずかしくなった


彼がどれ程、悔やんでいるかを


どれ程懸命に償おうとしているかを


その戦いぶりの中で思い知ったのだ




「もうあなたのお気持ちは十分に伝わりました」


「どうかあなたにつらく当たってしまった我々を許してください」


長老はエルフの里の総意と謝意を告げた


「私はこの身を滅ぼされても仕方のないことをしてしまった」


「こんな事では」


「こんなものでは」


「まだまだ足りません」


「どうか、この罪が晴れるまで、わたしをこの森に居させて下さい」


イーフリートは頭を下げる


「いや私どもからお願いいたします」


「どうか末永くこの森をお守りください」


長老は深々と頭を下げた


それからもイーフリートはエルフの森を守り続けた




いつしかその雄姿を称え


こう呼ばれるようになった


『エルフの森の守護精霊』


その後もずっとずっと



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