第73話 呪縛からの解放(前編)

気が付けば、前後左右を『勇者抹殺部隊』に囲まれていた


強化された元勇者の包囲陣


今まで生きてこの包囲網から逃れた者は居なかった


「大人しく投降しろ」


「命は保証しよう」


少なくとも命は助かる


命だけは




「それで俺に自分たちと同じ境遇になれと言う訳か?」


「そうだな、いっそ死んだ方が幸運なのかもしれない」


「俺は死ぬ気もないし、あんた達と戦う気もない」


ワタルは『勇者抹殺部隊』と戦う気は毛頭無かった


何の断りもなく無理やりに異世界に召喚され


戦う事を余儀なくされた


彼らも自分と同じ被害者なのだから




「それではどうするつもりだ」


『百手召喚』


ヘカトンケイル』が剣を持った百の手を召還する


彼と相対するという事


それは百人の勇者を相手にするに等しい


「こうするつもりさ」


『モードチェンジ:ヒーラー』


(ユウジそしてギムリさん力を貸してくれ)


『サウザンド・ソード』


無数の魔法陣が現れ、千の剣が現れる


「何だこの数の剣は」


「それに全てが業物だぞ!?」


「これだけの剣全てが、聖剣、魔剣の力を秘めている」


「この数を一体どうやって?」


これには『勇者抹殺部隊』も驚きを隠せなかった


「数多の英霊よ聞いてくれ あなた達の剣でもって、しばらく時間を稼いでくれないか?」


それは呪文の詠唱では無かった、ワタルの願いだ


『千剣闘舞』


千の剣、千の英霊は彼の願いを聞き入れた


百対千の絶対差 


そして剣の質の差


さしもの『ヘカトンケイル』も防戦一方だ


そこに突然現れるワタル


「すばらく眠っていてくれ」


(彼なら本当に、何とかしてれるのかもしれないな)


その言葉を聞いたとき確たる根拠もないのにそう思えた


そして、彼は意識を断ち切られた




千の剣が向かうのか彼だけではない『勇者抹殺部隊』全員に英霊たちが愛剣を操り踊りかかる


百目の勇者アルゴス


いかに死角がなくとも無数の剣撃を防ぐことは出来ない


「ははは これはいい! 俺もやっと死ねる」


「まさか自分たちが手も足も出ない相手に出会うとはな」


だが彼に恐怖の感情は無かった


むしろ喜んでさえいた


この時をどれ程、待ちわびていたか


「もうこれで殺さなくて済む」


「やっとこの悪夢から解放される!」


だがそんな彼に声がかけられる


阻害魔法を看破し、全てを見通す


その彼がその接近に気づかない存在


「ワタルが望んでいるのは、あなたが死ぬ事ではありませんよ」


「何!? 俺の目をもってしても感知できないとは! お前は一体何者だ!?」


「私は勇者 ワタルと共に『漆黒の守護者』と呼ばれる者」


「そしてあなた達を救う彼に付き従う者です」


「俺達を救うだって!? 無理に決まっているだろう!」


「今は、大人しく眠ってください」 


「目を覚ました時、私の言葉が真実だと分かるでしょう」


確かに自分に話しかけてくる者に殺意はない


むしろ温かい


最後にこんな感覚を感じたのはいつだった?


その疑問を最後に『百目の勇者アルゴス』は意識を失った




「さぁ! 俺を刺し貫け! この数ならば俺は死ねる!」


「俺の体中に埋め込まれた魔石を砕いてくれ!」


「閉じ込められた魂を自由にしてやってくれ!」


隷属魔法で縛られた『 蓄命の勇者ストック』の身体は、それを拒むように無数の剣に抗っていた


彼は、冷凍保存コールドスリープ魔道具の中で夢を見る


夢の中で叫び声が聞こえる


体中に埋め込まれた魔石の中に封じられた者たちが叫びが


「ここから出してくれ」と


「自分たちを自由にしてくれ」と


「すまない 俺には無理なんだ」


だが声の主たちは


自分の言葉を聞き入れてくれない


悲痛な叫びが止むことはなかった


そんな夢が永遠に繰り返される


その度に彼は祈った


(もう終わりにしてくれ)


(俺を殺してくれ)


今日こそ、その祈りが叶えられる


「死んで終わりでいいのか?」


「それであんたの魂は救われるのか?」


背後から問いかける声が聞こえた


「じゃあ 俺にどうしろって言うんだ!?」


「それを考えるのは俺の役目じゃない」


「生きて、あんたが自分自身で考える事だ」


彼は意識を失った、


だが何故だろう?


彼はもうあの夢は見なかった




継接ぎの勇者フランケン』は叫ぶ


「頼む 俺を殺してくれ」


戦いの度に相手に願う


だがその願いはいつも叶えられない


繋ぎ目の数だけ彼に与えられた力


死んでいった勇者たちの『固有スキル』がその願いを握りつぶしてしまう


隷属魔法に支配されていたとは言え意識ははっきりしていた


だから覚えている


自分が殺した者たち


彼らの恐怖に歪む表情を


助けを求める叫びを


無残な死に顔を


彼らの血に染まった自分の手を


耐え切れなかった


いっそ死んだ方がどれ程楽だろう


「それで楽になるなら、俺が殺してもいい」


「でもそれを決めるのはもう少し後だ」


「まさか、これだけの『固有スキル』を潜り抜けて?」


「造作もない」


「俺はあんたの持つスキルの数、無理やり継ぎ合わされた数」


「それ以上の英雄たちに願いを託されているからな」


「情けないさまを見せたらこの剣たちに斬り刻まれる羽目になっちまう」


「それは敵わない訳だ」


彼は笑った


久方の笑顔を浮かべたまま、継接ぎの元勇者は意識を手放した



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