第49話 半端者

全身を黒の鎧で身を固めた二人の戦士がギルドの扉を開ける


ワタルとアトラス


勇者として召喚されたワタルは、この世界に来てからギルドに入るのは初めてだった




見渡せば左手に受付のカウンターがあり見目麗しい受付嬢たちが冒険者の対応をしている


中央には様々なクエストの依頼書が張り出された掲示板


右手には軽食なども提供する、酒場が併設されていた


冒険者たちは振り返り、ワタルたちを値踏みするような目つきで見つめてくる




その視線を気にも留めず真っ直ぐにカウンターへと向かう


「冒険者ギルドへようこそ」


「本日はどのようなご用件でしょうか?」


受付嬢のマニュアル通りの挨拶にワタルは簡潔に答える


「俺たち二人の冒険者登録をしたい」




「おい なんだよ 見た目はこけおどしの 素人様かよ?」


「とんだお上りさんが来ちまったもんだ」


冒険者がからかうように声を上げる


「どうやら、貴族のご子息が身分不相応な装備で冒険者になろうとしている」


「そのように受け取られているようです」


「私が身の程を分からせてきましょうか?」


アトラスが冒険者たちの言動から状況を推測しワタルに伝えてくる


最後の質問には「絶対にNO!」と答えておいた


登録初日に面倒事は御免だ


『まったく これだから冒険者は馬鹿で不作法だと言われてしまうのよ』


エヴァが悪態をつく


ワタルたちが馬鹿にされているのが気に食わないらしい


アナウンサーさんでは呼びにくいので、ワタルが命名したのだが、彼女は気に入ってくれたようだ


某アニメに出てくる人型兵器の名前が由来だとは言えなかった・・・


「まぁ このなりで初めて登録に来たんだ そう思われても仕方がないさ」


気にする必要はないと、二人をなだめるワタル




「ではこの用紙に記入をお願いします」


「最低限 名前と職業だけで結構です」


(すごい雑だな)


冒険者は、素性のよろしくない連中も少なくない


なので自然に明かせる情報も少なくなる


「私の方はこれで登録をお願いします」



名前:アトラス


種族 人


職業 戦士


武器 剣



THE 無難


種族は人でいいの?は愚問である


古代の魔導兵とは間違っても書けない


アトラスはさっさと記入を終わらせた




名前:ワタル


種族:人


職業:盗賊 剣士 騎士 回復術師 魔術師


武器 短刀 剣 刀 槌 杖


魔法 水・雷・土・風・氷・光・闇・無



ワタルも早々に書き終える


だが、それを見た受付嬢は驚きの声を上げる


「『マルチ』でいらっしゃいましたか! 魔法も全属性に適応性あり」


「しかしこれだけの職業をすべてこなされる方が登録されるのは初めてです」




だが冒険者たちの言動は冷ややかだった


「おいおい 出たよ『マルチ』」


「なんだよ お上りさんの上に『半端者』かよ」


「器用貧乏ここに極まれりだわ ははは」


「ああぁ こりゃ どこのパーティーにも入れねぇな 気の毒なこった」



万能者マルチ


複数の職業を一人でこなす冒険者の呼び名



かつては『万能の者』と、もてはやされた存在だが、今では侮蔑の象徴となってしまった


複数の能力を持つ者は初級レベルでは重宝されるが、その後だんだんと敬遠されるようになる


冒険者ランクが上がる程、受けるクエストの難易度は上がる


当然、要求される技術も高くなる


複数の技術を極めようとすると、どうしても専門職に後れを取っていく


気が付けば誰にも相手にされない『半端者』と呼ばれるようになってしまうのだ




「今、私の仲間を『半端者』などと呼んだ者 表に出ろ!」


「やめとけよアトラス 自分が言われた訳じゃないんだから」


『いいえ! ここはコテンパンのペチャンコにして、ワタルの凄さを見せつけるのよ!』


何故だか戦闘民族よろしく、好戦的なアトラスとエヴァ


「おう? 上等じぇねぇか やんのか? おらっ!?」


おっと! 早速、ガラの悪そうな奴らが立ち上がり始めた


逆に熟練めいた連中は、静かに事を見守っている


「先輩方 連れが申し訳ない どうも緊張しちゃってるようで」


頭を下げるワタル


「けっ やっぱりただの腰抜けかよ!」




「ワタル やはりこの者たちの存在を消滅させましょう!」


『そうよ! ギッタンコのペッタンコにしちゃいなさいよ!』


「何で君たちそんな煽るの あの人たち先輩だぞ?」


「偉いんだよ だから逆らっちゃだめだろう?」


(『無能の勇者』の次は『半端者の冒険者』かぁ)


(俺ってつくづく罵られるタイプなのね)


だが、ワタルはもう誰に何を言われようが気にしない


最後まで自分を信じてくれた仲間たちが居た


そして今はアトラスとエヴァが居てくれる


それがどれだけ幸せな事か身に沁みて分かっているから




アトラスを引き留めている間に受付嬢が戻ってきた


「こちらが冒険者カードとプレートにになります」


冒険者としての情報が記録できるカードと最下位の冒険者である証『黒鉄』製ののプレートを手渡される


「お二人はEランクとなり、1つ上のDランクまでのクエストを受けることが可能です」


「なお、ダンジョンの攻略はCランクからとなります」


「その他の規則事項や禁止事項については、こちらの冊子をお読みください」


「ありがとう 今後ともよろしく」


受付嬢に礼を言ってカウンターを後にし


「取りあえず受けられそうなクエスト探そう」


掲示板の前でクエストを吟味するワタル


普段ならば冷静なのに緊張のためなのか


周囲にファイティングポーズを取り挑発するアトラス


「せいぜい死なないように気をつけるこった 半端者さんよ ははは!」




そうワタルに言い放った冒険者が前言を撤回するのに、それ程の時間はかからなかった



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