冒険者編
第48話 再出発
魔王の実験用ダンジョン『蟲毒の壺』を抜け出して一か月が経つ
仲間たちの亡骸を回収したワタルとアトラスは辺境の街の宿屋にいた
正確には宿屋の一階にある酒場で飲んだくれているが正確な状況説明と言える
ここまでのアトラスの働きには目を見張るものがあった
放心状態のワタルを抱きかかえ、付近に生命反応が密集した地域を発見
集落だと判断して丸一日歩いて、この街へとたどり着いた
街の入り口の門番に不審がられ呼び止められるが
「仲間が旅の途中、森で転落し頭を打って意識がありません」
「このままでは、死亡または後遺症が残ってしまう危険性があります」
「早急に手当てが必要なのです」
「何とか通していただけないでしょうか?」
迫真の演技だった!
「それは不味いな 早く診てもらえ!」
門番は親切にも医療院の場所まで説明してくれた
「私の名はアトラスと申します」
「通行税は後程、工面して必ず払いに伺います」
となんなく門をすり抜ける事に成功する
目線も定まらないワタルから魔石を手に入れると、商人ギルドに赴いて金に換えた
「おかげで仲間のは一命をとりとめました」
と門番に感謝を述べながら、通行税もきちんと支払った
門番たちはいたく感心し
「お前は本当に仲間思いだな」
「そして礼儀も正しい」
「俺たちも見習わないとな」
とお褒めの言葉まで頂く優秀さだった
一方のワタルは、この街に来てから日がな一日酒を飲み
日が落ちれば宿屋で眠り
日が昇れば、また酒を飲む
この一か月の間、この工程を繰り返し続けた
アトラスは甲斐甲斐しくワタルの身の回りの世話を続ける
何時からだろう?
酒場でワタルの中傷が始まったのは
一日一日と周囲のワタルを見る視線が厳しいものになっていき
ワタルの傍を通る者が、酔っぱらい、ろくでなし、役立たずと罵るようになった
だが、肝心のワタルは、まるで聞こえていないかのように延々と飲み続ける
それがまた周囲には気に入らなかったらしい
ある日、冒険者らしい男がワタルの席までやって来て
「てめぇ いつまで飲んだくれてる気だ!?」
「てめぇのだらしねぇ態度を見てると酒がまずくなる」
「とっととこの街から出ていきやがれ!」
そう言ってワタルに唾を吐きかけた
限界だった
アトラスはワタルの向かいに座り今まで静観を続けていた
今のワタルには時間が必要なのだと理解していたからだ
だが、何も知らない外野が、暴言を吐くばかりか
自分の前でワタルに唾を吐きかけた
(この男 許すわけにはいかない!)
すっくと立ちあがると、自分の大切な存在を辱めた男を吊るし上げる
「畜生! この野郎放しやがれ!」
男は抵抗するが、アトラスはビクともしなかった
「ワタル この男の存在を消滅させても構わないでしょうか?」
と物騒なことを言い出す始末
思えばアトラスが人に危害を加えるような言動を発したのはこれが初めてだった
それ程、アトラスは本気だった
ワタルが了承すればすぐにでも魔導砲の餌食にしていただろう
だが
「アトラス おろしてやってくれ」
「その人が言っている事は正しい」
「俺は酔っぱらいで、ろくでなしで、役立たずだ」
「だが、周りの雰囲気も悪くしてしまっていたのは気づかなかった」
「すまない出ていくよ」
ワタルは男に頭を下げて出ていこうとするが
アトラスがそれを留まらせる
「待って下さい」
「ワタルが良くても 私には納得がいきません」
そして吊り上げていた男を静かにおろし
「わたしも少し冷静さを失っていたようです」
「申し訳ありません」
男に頭を下げた
「ですが私の話を聞いてください」
「出来ればここにいる皆さん全員聞いていただきたい」
「確かに今、私の仲間は毎日のようにお酒を飲んでいます」
「それがあなた達を不快にしたのかもしれません」
「ですが、これには訳があるのです」
「皆さんにも大切な家族 共に冒険をする仲間がいらっしゃるでしょう?」
「そして、中にはその大切な人を亡くされた方もいらっしゃると思います」
その言葉で、
うつむく者
険しい顔をする者
今にも泣きだしそうな者も居た
「彼は、今からちょうど一か月前に仲間を亡くしました」
「それも一度に五人です」
「それがどれだけ辛い事か、あなた達であれば理解できるでしょう?」
アトラスは、その悲しみが理解できない
ワタルの気持ちを理解できない自分が不甲斐なかった
「それでも、私の大切な仲間をこれ以上侮辱するきならば表へ出て下さい」
「私がお相手いたします」
(すみませんワタル 事と次第によってはこの街を出なければならないかもしれません)
それでもアトラスは後には引けなかった
非難されているのが自分であれば、いくらでも聞き流せた
だが、仲間を失い失意の底にある、ワタルを侮辱されることには耐えられなかった
その理由は何度となく思考術式で計算しても答えは出なかった
(わたしは壊れているのでしょうか?)
「すまねぇ 俺が悪かった」
ワタルに唾を吐きかけた男がワタルに頭を下げていた
彼も長年冒険者をやっている
大切な仲間を失った事は一度や二度では無い
思い出す度に涙を流した日々を思い出しながら自分のしたことを恥じた
「理由も分からねぇのに 俺はとんでもねぇことをやらかしちまった」
「気が済むまで殴ってくれ!」
すると、今まで机で力尽きた様に体を預けていたワタルが、すっくと立ちあがった
男はワタルが自分を殴るつもりなのだと悟った
男に二言は無い
何より冒険者としてけじめをつけたかった
目を閉じて歯を食いしばった
だがいつまでたっても殴られる気配はない
その代わりに、まるで想定外な返事が返ってきた
「ありがとう お陰で目が覚めた」
ワタルは男の肩をポンと叩いた
「もうすぐあんたは俺の先輩になる その時はよろしく頼むよ」
そしてアトラスに呼びかける
「アトラスにも面倒をかけてしまったな」
「今まで済まなかった そしてありがとう」
ワタルは、アトラスに頭を下げた
「そのような事は不要です 今私がここに立てているのはワタルのお陰です」
五体を分けられ、魔物に取り付けられた自分のパーツを集めてもらい
あまつさえ完璧な修理まで施してもらった
目覚めた後に創造主からその話を聞かされ、ワタルが恩人であると知った
「私は恩人であるあなたの為に、当然の事をしているだけです」
今まで自分がしたことを感謝されるのは、確かに喜ばしい事だ
だが、ワタルが再び立ち上がり、足を踏み出そうとしている
その事の方が、アトラスにとって遥かに意味のある事だった
「行こうアトラス」
「どちらに向かいますか?」
「冒険者ギルドへ!」
『私も心配していたんですからね!』
『ああすまない エヴァ』
『そしてありがとう これからも頼むよ』
『まったく 仕方がないわね』
『頼りないワタルには私が居ないとだめなんだから』
お姉さん要素が増した気がするアナウンサーさん改めエヴァもワタルが再び動き出す日を、何も言わず待っていたのだ
こうして3人は冒険者ギルドへ向かって歩き出した
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