第32話 魔導兵奪還作戦(前編)

「さすがにこの数はきついな」


ツヨシが弱音を吐くのはめずらしい


だが、それも仕方がないと言うもの


如何に軽量化と強度の絶妙なバランスを持つワタル謹製の大楯でも、超弩級モンスターの猛攻を同時に受けまくっては捌き切れない


今ワタルたちは絶賛追い詰めら中だった


「魔王の奴め、今の改造の質ではお主たちに敵わんとみて、絶賛量産中の様じゃのう」


元悪霊レイス、現在古代の錬金術師の霊が言った事はおそらく正しい


確かに今までの階層では、魔物が増える事は無かった


明らかに意図的に魔物が増やされている


現在進行中でだ


「よおし、今こそ俺の新技を使う時だぜ!」


(おお! 遂にあれを使うのか!?)




「すらいむこーてぃ~んぐっ!」


説明しよう『スライムコーティング』とは、スライムの『分体』スキルを使って、楯の前面にスライムの粘液をコーティングすると言う、名前のまんまのツヨシの新しい技である


その目的は、摩擦係数を大幅に減らす事


ツヨシは確かにマッチョ系上位種である『ブリリアント・ゴブリン』であるが、その膂力はこの階層の魔物には未だ劣っている


では何故、改造まで施されたサイクロプスと言う巨人の攻撃さえも防いでいるのか?


それはツヨシが魔物の攻撃を大楯で正面から受けず、絶妙な角度で受け流しているからなのだ


そのおかげで衝撃をまともに受けることなく、膂力で勝る相手の攻撃を防げている


大型のモンスターと渡り合うには必須の技術であるが、ツヨシのそれは既に達人の域に達していた


スライムコーティングは、摩擦係数を大幅に減らす事によって敵の攻撃が滑り衝撃が激減する


一見地味であるが、その効果は絶大だ!




がしかし、それにも限度があった


「ワタル 新技を使っても厳しくなってきた」


通路の幅のお陰で一度の攻撃の数は制限られているとはいえ、大型の魔物の数が急激に増えていく圧力で押され始めていたのだ


「ヨシ コノサキニアッタ サカヲ ゼンリョクデ ノボロウ」


坂の先は部屋になっており行き止まりだが


「ふむ 部屋の入り口は狭い 接敵する敵の数を減らして徐々に討伐していくわけだな」


アオイがオーガ(改)の一体を細切れにしながら、ワタルの作戦の目的を推測する


「逆に 追い詰められるかも」


ミノタウロス(改)の首を切り落とし、その胴体を蹴って華麗に空中で後転し着地するシノブが言う事ももっともだ


如何に一度に相手をする数が減っても次々に量産されてはいずれ体力が付き捌き切れなくなる


「戦術級が打てるように魔力は温存しておくわね」


グラビティー・オーブで巨漢のトロールを吹き飛ばしながら、そう提案してくるアオイ


「よおし! そうと決まれば僕が何匹か吹っ飛ばすから その隙に全力ダッシュだね!」


ユウジの中では、いや仲間全員ワタルの作戦に意義は無い


ツヨシ達が敵の攻撃をいなしている間に、彼は戦槌を頭上に掲げる


一気に魔力が増大し、巨大な戦槌が実体化する


そう回復術師とは後衛職、近接戦闘は期待されない職種のはず


だが、その常識が(いろんな分野で)通用しないユウジの超強力技が炸裂するときだ


合図することもなく絶妙のタイミングをもって、仲間たちは必殺の攻撃の有効範囲から素早く退避する


「ギガントジェットハンマー!」


最前列の魔物が吹き飛ばされ、その勢いで巻き添えとなった後続の魔物が将棋倒しとなり地面と対面する


しかし、絶賛増量中の魔物たちがそれを押しつぶす勢いで後ろから迫ろうとしている


「緊急時だから我慢してくれ」


そう言って、ツヨシはマコをお姫様抱っこして猛ダッシュ


下心は・・・ありだ!


「ちょっとこの体勢は恥ずかしいわ」


と言いつつ頬を赤らめながら満更でもない様子のマコ


シノブは自分で走った方が速そうなのにワタルにしがみついてきたので、マコと同じようにお姫様抱っこする


「ユウジ チョット ミミガカユイカラ パス」


隣に追いついてきたユウジにシノブを渡す


「ああ! 僕一度お姫様抱っこしてみたかったんだよね! 願いが人る叶ったよ!」


(それだけイケメンで、今まで経験なかったのかよ!?)


ワタルにとって世界の七不思議級にびっくりな事実だった


「ワタル!?  あほ! ハゲ! おたんこなすび!」


シノブは真っ赤な顔をしてワタルに向かって叫ぶ


(フフフ 作戦成功!)


急増した魔物の殲滅作戦のついでに思いついた作戦は見事成功!


ワタルは本日一番悪い顔をしていた


「ワタル キモイ ハゲ」


(シノブ それは酷いよ~)


良いことをしたはずなのに恨まれたのでは、立つ瀬がないワタルだった




膂力では魔物たちに劣るワタルたちであったが、俊敏性は圧倒的にこちらが上


かなりの差をつけて坂道を登り切った


階段での登り下りが多いダンジョンで坂道は珍しい


そこでワタルは、昔見た映画のワンシーンを思い出したのだ


考古学者兼冒険家の主人公が遺跡を探検するときにある罠が発動したのだ


「アレヲ ツカウ トキガキタ!」


「ギリギリマデ ヒキツケヨウ」


「「「「「「おおぉ! あれかっ!?」」」」」」


大ピンチのはずだが何故か仲間たちと幽霊さんのテンションが上がった


大型の魔物の大群はようやく坂を上り始めた


歩みは決して早くはないが、大質量かつ絶望的な圧力を感じる


坂道を埋め尽くさんばかりの魑魅魍魎の群れが目前まで迫ったその時


「イクゾ!」


「イデヨ! オオダマクン1号! 」


映画では巨大な石球だった


しかしワタルが亜空間収納から取り出したのは、光り輝く鋼の球


その大きさたるや、直径10mサイクロプスの体長に等しい




「おいワタル! 平坦なところで出したら転がらないじゃないか!」


ここにきて痛恨のミスかとツヨシが突っ込むのも無理はない


魔物の群れが逆にこの巨大な鋼の球を押したてきたら、逆に自分たちが潰されるのだ


この巨球の質量に増殖した巨人たちの突進力が加わる


さすがの自分でも押し返す自信がない


「フフフ ノ フ」


ワタルはこの日2番目に悪い顔をした


「『スイシン』1バンカラ8バン ドウジハツドウ!」


休憩時に少しずつ巨大化させた鋼の球に、込められるだけの魔力を注ぎ込んだのだ


その推進力たるや如何に巨大な金属製の球だろうが転がすなど容易い・・・・


はずであったが、あまりの質量にダンジョンの床が耐え切れずめり込んでしまってなかなか転がり始めない


ワタルは冷や汗が止まらない


(やってもうた~! みんなをお焦らそうとか思わずに、坂道に出しときゃよかった~!)


「どうせ みんなを焦らそうとか思ったんでしょ?」


全てを見透かしたようなその瞳にその余裕の笑顔


「仕方ないなぁ 次からは気をつけてよね」


「グラビティー・オーブ!」


斥力を秘めた10個の宝珠が鋼の球めがけてぶつかるや否や、弾き出されるように転がり始めた


ワタルにウインクして見せるマコ


(ぐっはぁ! 惚れてまうやろ~!)


「まったくワタル 冷や冷やさせるなよ!」


「しかし、さすがマコ いざという時頼りになるな」


「それは褒めすぎよ」


などと言い合いながら、見つめ合うツヨシとマコ


いい感じである


(よし! 結果オーライ!)


そう自分に言い聞かせるワタルだった




その頃、坂道では阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されていた


一度転がり始めた大鋼球は、転がりを加速するために最適な角度で噴出するように付加された8つの『推進』とそれ自体の自重でドンドン加速していき、巨人たちを押しつぶしていった


その威力は、超再生をもった魔物たちが一向に再生する気配が事が如実に物語っている


この惨状では、『核』の破壊を免れた魔物でも再生までにはしばらくかかるだろう


『大玉君1号』は突き当りでドッカーンと言う大音響とともに壁にめり込んだ


後続の魔物たちは『大玉君1号』が邪魔で立ち往生している模様


ここまでは狙い通りのはずだった




しかし、一体だけ難を逃れた魔物が居た


それは全身を銀色に輝かせ、見事な背面飛び出でワタルの『大玉君1号』を飛び越え、その巨体ではありえない速度で坂道を駆け上がり、ワタルたちが退避している部屋へと飛び込んできた


「あれじゃ! ワシが創った魔導兵の脚!」


「メタルミノタウロス? いや魔導ミノタウロスか!?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る