第15話 砲撃の洗礼

悪魔の罠か、はたまた神のいたずらか


ワタルたちは異世界に召喚され、魔王を討伐を半ば強要され旅立った


与えられた『固有スキル』が使えず『能無し』と罵られても戦った


しかし『能無しの勇者』には『優秀な仲間たち』がいた


勇敢な騎士に、腕利きの盗賊、居合の達人である女剣士、容姿端麗な回復術師、偉大なる魔導士


「今度こそは魔王は討伐される」


そう期待していた人々の期待は裏切られ、あっさりと勇者たちは敗れ去った


しかし、彼らの死を惜しむ者は、誰一人としていなかった


「また次の勇者を召還すればいい」


ただそれだけの事だった




そこで彼らの人生は、儚くそして無残に終わるはずだった


しかし、魔王の気まぐれで、魔物の姿に変えられ、ゲームの駒にされた


蟲毒と言う名のバトルロイヤル


地下10階層のダンジョンで生き残る条件は一つだけ


殺し合い生き残る事


全ては、魔王の遊戯


彼の掌の上だった


今も彼らは、その掌の上で、ささやかな抵抗を続けている




「しかしこれほど強烈だとは思わなかったな」


本番は、今現在彼らがいる地下8階層から


そうワタルから聞かされてはいたが、まさかこれ程とは


ツヨシが愚痴をこぼすのも無理はない


先ほどから、彼の大楯からは耳が痛くなるほど、無数の打撃音が鳴り響いていた



地下8階層


そこは森だった


ダンジョンに森羅万象の法則は意味をなさない


極寒の世界から一転、極暑の砂漠を歩く羽目になるなど珍しいことではない


森など環境で言えば楽な方


しかし危険度で言えば、かなり高いと言わざるを得ない


木々が鬱蒼と生えており、身を潜めるには最適な環境


四方八方どこからでも、魔物が襲い掛かってくる可能性がある


一時たりとも気が抜けない




最初は、たった一発の狙撃から始まった


運よくそれは、ワタルの兜に弾かれて事なきを得た


兜が無ければ、頭を貫かれる羽目になっていたはずだ


魔改造された身体は脳さえ再生するが、回復するまでの時間が命取りとなる


その為、ワタルたちの、その後の対応は早かった


狙撃に備えて前方はツヨシ、側面はワタルとアオイ、後方をユウジが壁のように『変形』させた大楯で四方を隙間なく囲むように構える


頭上は、ユウジの『守りの壁 プロテクションウォール』で覆った


即席のトーチカと言えば言い過ぎだが、敵の攻撃を防ぐには十分な備えであった


それから、あれよあれよという間に、彼らを狙う凶弾は数を増し現在に至る


状況は、自分たちが作り出した棺桶の中で防戦一方と言った有様だ




敵は、


スナイパーインセクト カブトムシを巨大化したような昆虫型の魔物で、頭に生えた角は空洞になっており、そこから圧縮した魔力弾を射出する


金属製の鎧または同程度の防御手段を持っていれば攻撃は防げる程度の威力


防御の手段を持たない不幸者の末路は死あるのみ


加えて、バレット・ビートル


雌の体内から射出されたオスは、『硬度強化』された自身を『推進』と言う名の風と炎の融合魔法で加速させながら、弾丸の如く飛来し、不幸にも標的になった者を、ことごとくハチの巣にする


攻撃力はと言えば、ツヨシの盾が少しずつ凹みを作るほどの威力だ


「このダンジョンでは、一対一がルールではなかったのか?」


途切れない衝撃で手が痺れてきた、美麗なる女剣士が不平を言う


「昆虫の中には超個体と言って、多数がまるで単体のように振舞う種がいるんだって」


「だから全体で一匹扱い、なんじゃないかなぁ?」


他人事のように悠長な口調でそう説明する回復術師


防御結界と盾持ちの一人二役で、彼の方が負担は大きいはずなのだが


「私の魔法で一網打尽にしたいけど、散らばっているうえに位置が特定できないからお手上げだわ」


大火力をもつ魔導士も、打つ手がないと言った風に唇をかむ


「私が仕留めてくる」


寡黙な盗賊は何事も無いように提案するが、外は銃弾の嵐


命がけのミッションだ


「シノブ タノンダヨ」


「シノブなら楽勝だな」


「シノブ頼んだぞ!」


「帰ってきたらナデナデしてあげるからね!」


「頼んだわ」


まるでお使いでも頼むように気楽な口調で、シノブに告げる仲間たち


「任せて」


あどけない少女を死地へと向かわせる


「正気の沙汰ではない」


そう思うのは、彼女の実力を知らない者たち


仲間たちが、自分へ向けるのは、屈託のない笑顔


それこそが、彼女への信頼であると分かっている


彼女は満面の笑みを咲かせると、瞬時に姿を消した




程なく、一体目を仕留めたシノブは、素早く死体を『アイテムボックス』に収納する


そして一直線で次の目標へと接敵する


スナイパーインセクトは、魔力の圧縮時に漏れ出す魔力を隠すために『魔力感知阻害』のスキルを発動している


バレットビートルも何らかの潜伏スキルを発動しているはずだ


しかし、一度でも弾道を彼女に見られれば、それらは無意味なものとなる


弾丸の雨をすり抜けるように一つ一つと標的を無力化する


彼女がしくじれば、パーティーが崩壊するのは時間の問題


そんな危機の中、笑顔で彼女に全てを委ねてくれた仲間の為にシノブは疾風と化す




彼らへの洗礼は、それだけでは終わらなかった


ツヨシの影から、黒い前足が現れたかと思うと、彼の足を鋭い爪で切り裂かんとしてきた


「くそっ! シャドーパンサーまで出てきやがった!」


まるで地下8階全ての魔物がワタルたちを総出で潰しにかかってきているかのよう


外側からで効かぬかなら、内側から食い破ろうと言う算段か


影からの攻撃は、ワタルとユウジにも襲い掛かってきた


(最低でも3体はいるって訳か)


一人でも倒れれば、壁は崩れ、全員がハチの巣になる



「私が囮になって狙撃を食い止める」


「その間に対処してくれ」


そう言うや否や、女剣士は外へ飛び出し四方へ威圧の気配を飛ばす


まるで自分を狙ってこいとばかりに


居合の構えをとった彼女に、次々と弾丸が撃ち込まれる


(あの時のプレッシャーと比べれば、小雨のようなもの)


その全てを両断する無数の斬撃


彼女が不覚を取ったのは、魔王を相手取ったその一度だけ


その一度が命取りとなったのだが




壁は3枚で閉じられ、ワタルは即席で面当てを3つ作り、自分とツヨシ、ユウジに取り付ける


「コレナラ ヘッドショットデ コウドウフノウニ ナルノハ フセゲルハズ」


マコには3枚の盾を立てかけた中に隠れていてもらう


シャドーパンサー対策も施してあるのでひとまずは安全だろう


しばし、相手の出方を待つ


一対一なら倒せるとばかりに、影からスルリと身を乗り出す獣が3匹


そのしなやかな筋肉の描く直線は、美しいとさえ思わせる


ホブゴブリンには過ぎる、格上の魔物たち


だが負ける訳にはいかない


そして時間を掛ける訳にも


いくらアオイが居合の達人だからとて、一度でもしくじれば、軽装備の彼女にとって、その一撃が致命傷となり得るのだから




3人は、油断せずそれぞれが、ある物を装着し始める


いつぞや目にした、ゴブリン工学に基づいた逸品


なので、ツヨシとユウジには少し装着しずらいが、何とか着け終える


そして鼻栓の次に取り出したるは、コボルトの皮でできた袋


そう対コボルト戦で大活躍した臭い袋だ!


くさい袋と呼んでも全く誤りではない


むしろ正解である


直ぐに切り込みを入れて、それぞれの相手に投擲


「グオォォ!」


余りの悪臭に、影へと逃げ込もうとするも


「イマダッ!」


ワタルの合図で一斉に、シャドーパンサーが逃げ込もうとするその先へ、影の上にいち早く投げ込まれたもの


忍者が用いる道具『まきびし』


基本的にどのように置かれても、刺が上を向くように作られたそれは、影に飛び込もうとしたシャドーパンサーの鼻先に次々と突き刺さる


(シノブにせがまれてせっせと作り置きしていたのが役に立った)


ワタルは、今も決死のミッションに精を出す少女に感謝した


影の上に複数の金属片が存在すると潜り込めない


『影移動』する魔物対策として、冒険者としての基本知識である


目に染みる悪臭と、突き刺さった『まきびし』の痛みに、転げまわる彼らを待ち構えていたのは、戦斧、『オーク・スレイヤー』と名付けられた長剣、そしてメイスの慈悲なき連撃であった


格上の相手とまともに戦っては勝てない


ならば自分が持つあらゆる手札を切り、いかなる方法を使ってでも勝つ


いや勝たねばならない


ここでは敗北は『死』を意味するのだから


動かなくなった3体の魔物から素早く女剣士へと目線を変えると、そこには傷ひとつなく涼しげな表情の彼女と、過酷なミッションを達成した小さな影




「アリガトウ シノブ ゴクロウサマ」


テテテとワタルに駆け寄る少女に感謝しながら、彼女の満足がいくまで優しく撫で続けたたのは言うまでもない


それが終わると、ユウジとシノブが何時もの追いかけごっこを始めた


「ワタル 私も頑張ったからゴニョゴニョ・・・」


と微かな声が聞こえてきた気がしたが、恐らく気のせいだろう


ここは『魔王の遊戯』の為に造られたダンジョンの地下8階層


その初戦を生き延びたワタルたちだった




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