8月 全中準々決勝 ー城開墾対徳沢ー 前編

「決めろ!黄宮!」

 シュートモーションに入った黄宮。枯れんばかりに声を張り上げる天海。

 高く跳び上がったDFの手の間を抜け、天井に弧を描いたボールは、試合終了の声と共にネットに吸い込まれて…。


 116対36、海皇中学校準決勝進出。



 8月某日、全国中学校バスケットボール大会。準々決勝で全国ベスト8、汀沢なぎさわ学園をトリプルスコアで撃破すると、海皇レギュラーの十数人は揃ってギャラリーへと足を運んだ。

「…もう片方の準々決勝、そろそろ決着がつくよな。次の相手ってもう決まったのか?」

「まだ。もうすぐ第4Qが終わるはず…じゃなかったかな?さっき見た時は霧華80の赤磯52だったから…多分、次の試合は霧華が上がって来るよ」

 隣のコートで行われていた試合の現状を報告すれば、選手達…特にスタメンの5人は「「「「「よっしゃ!!!!!」」」」」と拳を握り締めて歓喜の声を上げた。

 4月の練習試合以降、霧華との再選を目標に掲げて日々練習に打ち込んで来む彼らをすぐ横で見て来た。どれほど過酷でも音を上げず、ただ一心不乱に…それぞれが己の武器に研鑽を重ねて来た。

 そんな彼らを支えて来た私も、同じように霧華の勝ち上がりを望んでいた。…欲を言えば、準決勝は霧華、決勝は徳沢と戦いたいのだけれど。

「そういえば蘭堂、次の徳沢の相手…城開墾じょうかいこん?について、何か知らねえか?」

「…少しだけど、監督から聞いてるよ。宮城代表、私立城開墾中学校。昨年度の全中では、開校1年目にして準決勝まで勝ち上がった期待の新鋭…って巷では言われてるみたいだね。…去年、準決勝で対戦したの覚えてない?」

「…!ああ、そういえば…」

「去年もかなり良いチームだったけど、去年の冬に新しいメンバーが加わって桁違いに強くなった。…噂では、アメリカから転校して来た、本場仕込みの帰国子女らしいけど」

「「「「「…アメリカ!?」」」」」

 5人の声がシンクロしたのと、コートを囲むギャラリーがワッと沸いたのは殆ど同時だった。照明にギラつく目下のコートで、黒と緑の2種のジャージがそれぞれのベンチへと歩を進めて行く。

 …沖縄代表・徳沢中学校と、宮城代表・城開墾中学校。

「で、そのアメリカの奴ってどいつ?」

「…5番、だったかな。エース兼副主将のひじり悠也ゆうや。ポジションはPFで、身長は165cm」

「え、ちっちゃくね?水島でさえ167だろ」

「おい神嶋…」

「…っと…ごめん水島、取り敢えずその手下ろそうぜ」

「…うん、確かに背は低いけど…それでも彼は城開墾のエースを務めてる。冬にこのチームに入ったはずなのに、他の選手との連携も綺麗らしいし…。…個人的に、だけど。私は全選手の中で一番…彼に注目してるかな」

 静かな口調で淡々と告げると、私は両サイドの選手たちにもう一度目を落とした。

 まず、徳沢。主将兼エースの覚は、練習試合の時より背も伸びていて、心なしか筋肉量も増えているような…。怪童以外のスタメン4人も、春に戦った時よりも更にスペックを高めて来たようだ。

 対して、城開墾。PFの聖とSFの廓輪くるわいつき、160cm代が2人いるせいか全体的に小柄な印象が残る。Cも180cm、残りの2人も170cm中盤と平均身長は低いが…。

「…?」

 ふと、ポケットの中のiPhoneが短く着信音を奏でた。視線を滑らせたロック画面には「緑原みどりはら葉月はづき」…女バス主将の名前。

 ロックを解除してメッセージアプリを開けば、『準決勝98対52で勝ったよ!決勝進出!』というメッセージに女バス全員でのピース写真が添付されている。

 …葉月たちは、全中6連覇に王手をかけた。

 なら、男バスも彼女たちに続けるよう、準決勝を勝ち上がらないと…。


 バスケットボールが宙を舞い、両行のCが跳び上がった。


 最初に藤堂がボールを持ってから、徳沢は覚を中心として積極的にゴールを狙って行った。その甲斐あってか、現時点での得点は20対8で徳沢が優勢。

 第1Qも残り僅か。この流れに対して、城開墾はどのような手を打って来るのか…。

「…あれ?なあ、何か変じゃね?」

「…水島、気付いたんだね」

「ああ。…城開墾の4番が、いねえ」

「…うん」

 隣に座る司令塔の呟きに、私はゆっくりと頷いた。

 バスケットボールを追ってコートを駆ける、10人の少年達。

 交錯する黒と緑のユニフォームに、『4』の文字は各校1人ずつ描かれているはずなのに…主将を表すその数字は、覚が1つ背負っているだけで、あとはコートに存在していない。

 …何せ、城開墾の主将・SGの桜里さくらざとれんは、ベンチで目を閉じて静かに座っていたのだから。

「前の試合…桜里はメンバーチェンジ無しで試合に出てた。なのに…。…彼だって、中学バスケ界で1,2を争うSGのはずなのに。第1Qから欠場、なんて…」

「その代わり、聖とかいう5番のPFが我妻並みに暴れまくってる。…ってかアイツ、今日1本もシュート外してなくね?蘭堂、今日のアイツって調子良いのか?」

「…ううん。そんな感じには思えない。それに、私は彼に注目してるって言ったでしょ?…流石、アメリカ仕込みのPF。日本のバスケじゃ規格外だよ」

「…は?」

 どういう事かと眉を寄せる水島から目を逸らすと、私は眼前のコートに目を移す。

 リバウンドを獲得した城開墾のCが、ハーフコートラインに立つ5番にパスを回した。ボールを持った小柄なPFは、シュートブロックに跳ぶ覚を嘲笑うように無造作にボールを放り投げる。

 彼の手を離れたボールは、不規則な弧を描いて天井をなぞり…。


「彼は…聖悠也は、すべてのシュートを100%決める」




 ボールがネットに吸い込まれた刹那、電光掲示板の残り時間が『0』を示した。

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