5月7日 2

『徳沢中学校タイムアウトです』

 第1Q残り3分。3ベンチに戻ってきた5人にボトルを配りながら、私は横目で得点板の数字を盗み見た。

 25対6。点差もペースも、出だしは順調。のはず、なのに…何だろう、嫌な予感がする。

 水島の推測通り、徳沢は主力…エースの神嶋にダブルチームを組んで来た。その間、フリーとなった不動が得点を重ねて一気に点差をつけ、現時点では4倍以上の得点で海皇が優勢。

 そのはずなのに、選手達も私も素直にこの状況を喜べない。神嶋にダブルチームが組まれているから?徳沢のDFが予想以上に執拗だったから?

 …違う。それに、この予感が何なのか、きっと皆分かってる。

 試合に飢えた怪童が、メンバーチェンジを望んでベンチからコートを睨んでいるからだって。

『タイムアウト終了です』

 アナウンスが試合再開を告げると、10人の選手達はコートへと戻って行く。…いや、違う。徳沢はメンバーチェンジを行って、Fの1人を4番に変えている。

 瞬間、見慣れた10の目に警戒の色が表れ、空気がピシッと音を立てて張りつめたのが分かった。 

 コートという限られた空間に放たれた怪童。誰もが本能で危険を感じ、そして畏怖する異形の存在。

「…我妻が、やっと出て来たな」

「…はい」

 隣で腕を組む監督の言葉に、私はゆっくりと頷いた。

 覚の強みは、不動以上のパワーに天海と同じ身長、そして神嶋を上回る決定率の高さ。まさに『恵まれた』能力を持つ彼は、毎ゲームで徳沢の得点の2/3以上を叩き出す、全国でも指折りのスコアラー。

 一度流れに乗ると、止める事は殆ど不可能。練り上げられた戦略も、綺麗に並べた理屈も、怪童の前では何の価値も持たない。

「…いくら我妻でも、この戦況をひっくり返す事は…」

「いえ。昨年の全中、覚は準決勝の霧華戦で、霧華の主将・三鏡の動きを完全に封じました。その後は形勢が逆転して霧華が勝ったものの、覚の…いえ、徳沢の粘り強さは決して侮れません。…怪童にかかれば、傾いた流れを変える事なんて造作もない事ですから」

 私は横目で得点版を見る。28対6。先程黄宮が3Pシュートを決め、点差を22点に引き離した。

 でも、まだ足りない。このくらいの差を詰める事なんて、流れに乗った怪童には簡単に出来る事だから。今のペースを維持して、最後まで逃げ切らないと海皇は…。



 怪童が、ボールを叩き込んで豪快なワンハンドダンクを決める。 

 直後、頭上のギャラリーが沸き、第1Q 第の終了を告げた。

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