5月4日 沖縄

 太陽が真上に昇る頃、時計の針も天井を指し、熱気の籠る体育館に「休憩」の声が響く。


 5月4日、沖縄遠征2日目。最終日の練習試合に備え、メンバー達は真夏並みの猛暑の中で練習を積んでいた。

 一点の曇りもない快晴の今日は、体育館の気温も30℃近いものとなり、それが故か部員達のドリンクもいつもより減るペースが早い。それは、単に気温によるものか、それとも対徳沢戦で練習に熱が入ったからか...。

「...あ」

 何気なく覗き込んだクーラーボックスの中身に、小さく声を上げた私は作業中の手を止めた。いつもより多めに持って来たはずのドリンクが、2日間の練習により残り僅かになってしまっている。確か、今日の午後の気温は30℃を越えるはず。それに加え、部員達の消費量を考えると...。


 ...絶対、間に合わない。


「ちょっと出掛けて来るね」

 バッシュを履き替える黄宮に断ると、靴をつっかけた私は炎天下の中へと飛び出した。私達が借りている体育館は、湾曲するアスファルトと枝を広げる大木が並んでいるだけの、何とも殺風景な街外れにポツンと建っている。陽炎の揺らぐアスファルトを歩いていても、ただ木の並ぶ風景しか見えて来ないのだから、暑いし疲れるしで気力なんて失せてしまう。

 道端の木陰に座り込んでいると、不意に

「おい、そこの奴」

 と誰かが声を掛けた。

「...?」

 顔を上げると、そこに立っていたのは、沖縄人らしく日に焼けた肌を持った大柄な少年だった。白いTシャツの袖を肩まで捲り上げている為、肌の浅黒さと筋肉質な腕が一層引き立っている。

 眉を寄せた私が「...何か」とぶっきらぼうに言うと、少年は一言「案内してやる」とだけ居丈高に返した。

「店か何か探してんだろ。この辺の地形面倒臭ぇからついて来い」

 少年はくるりと背を向けると、こちらを見る事もなくスタスタと歩き出した。呆然と佇む私を置いて、白いTシャツの背中は段々と小さくなって行く。

 やがて少年の姿が視界から消えそうになると、我に返った私は慌てて彼を追い掛けて行った。

「遅ぇ」

「あ...案内ったって...1人で歩いてくだけ、じゃん...」

「息切れすぎだろーが。...お前、沖縄の奴じゃねーな。どっから来た?」

「は?...別に、本州だけど」

「名前は?」

「...蘭堂」

「...」

 私の答えを聞くと、少年は急に黙り込んで、歩いていたその足を止めた。かと思うと、二言三言何かを呟いた後、何事も無かったかのように再び歩き始める。

 ...何だったんだろう、今の。不思議に思って「...何かあった?」と尋ねてみれば、少年は「...似てんだよ。お前と、俺の幼馴染が」とだけ零した。

「...え?」

「っても、もう2年くらい会ってねえけどな。小学校までずっと一緒に関西にいたけど、中学で別れた。俺は部活の推薦で今の学校、アイツは親の都合で東京に行った」

 ...そう、なんだ。

「アイツは俺の相棒みたいな存在だった。日が暮れるまで2人でボールに触って、日が昇ったらまたストバスに出掛けて。...物心つい頃からずっと一緒だったけど、今はどうしてるかすらも分かんねえ」

「...そっか」

 前を歩く少年から視線を地に落とし、黙って彼の後をついて行く。

 ...何だろう、この違和感。さっきの話、どこかで聞いた事があるような...。

「...あのさ、さっきの幼馴染って...どんな人だったの?」

「...お前が聞いても分かんねえと思うけどな。アイツは東京に行った後、日本屈指の名門、海皇中学校に進んだ。俺より凄腕だったから、今は主将とかエースでも務めてんだろ」

「...!!」



 少年のその言葉を聞いて、急に鼓動が早まり、背中を冷たい汗が伝う。まさか...まさか...。いや、そんなはずは無い。

 でも、だとしたら、目の前のこの少年は...。





「アイツの名前は『アイ』。藍色の『藍』って書く『アイ』だ。俺といた頃は紫藤しどうあいって名乗ってたけど、母親に引き取られたから苗字は変わってんだろ」

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