海皇中学バスケ部日誌
槻坂凪桜
4月23日 海皇中学校第3体育館
「
まだ1年生の哀羅は、2週間前に入部したばかりの新人で、男女バスケ部チーフマネージャーの私が面倒を見ている可愛い後輩。真面目で仕事熱心な良い子だけど、今日は女バスのオフ日のはず。少なくとも、私が呼んだ訳でも無いのだが...。
「あれ?哀羅、今日って女バスはオフじゃないっけ?男バスが練習試合だからって...」
「そうですけど、黄宮先輩に呼ばれたので。『手伝え』って...」
「...黄宮?」
私が訝しげに眉を寄せたのと、用具室の外から「
強豪・海皇をまとめる主将、
エースを務めるのは、SFの
副主将を務めるPG、
PF、
C、
とまあ、こんな感じに猛者5人がスタメンを務める我らが男子バスケ部は、現在全中3連覇中という輝かしい記録を更新中で、特に今年のレギュラーは他の強豪と比べても何ら遜色のないメンバーが揃っている。現に、彼らがスタメンを獲得してからは練習試合も含めて敗試合ゼロ、おまけに半分以上が100点ゲーム。公式戦でも鮮やかに勝利を飾り続け、昨年度には圧倒的な強さで3連覇を達成した。
因みにだが、本日の練習試合で対戦する
「あれ...何かあったの?全員揃って」
「霧華、もう来てるぞ」
「ええっ!?」
「早くボール出してくれって監督が言ってる。...確認、もう終わってんだよな?」
「ああ...うん、まあ」
水島の言葉に生返事を返すと、用具室に飛び込んでボールの籠をガラガラと引っ張り出す。男子だけで部員が70人近くいるせいか、ボールは男女合わせて200近いものがあり、それに伴って擦り切れる数も半端ではない。こちらも対策として個人練習ではなるべく自前のボールを使うように呼び掛けているのだが...。
何故か、使えなくなるボールは一向に減る様子はない。
「っていうか、来てるんだったら何で霧華誰もいないの?ギャラリーも全然埋まってないし、そもそも誰も体育館に入って来ないし...静かすぎ」
「今、第2体育館でアップとってる。さっき桜崎がボール出してたから、もう始まってんじゃね?」
「そっか。じゃ、こっちもアップとんないと駄目か」
5人に籠を差し出すや否や、彼らはすぐボールを手に取ってアップを開始した。数秒前まで空疎だった空気は一瞬にして張り詰め、次の瞬間には5つのドリブル音が紡いだ地響きで震え出す。
交錯する選手達と、体育館に響く力強いノイズ。
彼らの身体が温まった頃には、ギャラリーに人の顔が並び、霧華中のスタメンも第3体育館に到着していた。
「...来ましたね、霧華...」
「...うん」
私と哀羅の会話は、ギャラリーから送られる霧華中の応援にかき消された。昨年の決勝から思っていたけど、やっぱり霧華中の応援は凄い。『全身全霊』の文字を掲げて部員達と父兄が声を張り上げる姿は...何て言うか、壮観。
会場の空気を我が物にするなんて、彼らにとっては簡単なようだ。
霧華一色の空気の中、両校の監督はスタメン5人を鼓舞し、コートに送り出した。昨年と同じ顔ぶれが、コートの中央で再び対峙する。
ベンチで顔を強張らせる監督達に対し、向かい合う10人はどこか好戦的な笑みすら浮かべていた。
「これより、海皇中学校対霧華中学校の練習試合を始めます」
『宜しくお願いします!』
重なった声が、高い天井に反響して消える。
それは、王座防衛開始の合図か、それとも反撃の狼煙の合図か。
両校のCが、ハーフコートラインを挟んで向かい合う。
瞬間、審判の手からボールが宙に放たれた。
試合展開は、海皇の一方的なものだった。
正確な黄宮の3Pシュートと神嶋のストップ&ジャンプシュート。相手の好きを見逃さない水島のスティール。圧倒的なパワーを活かした不動のドライブ。そして、跳躍力を身長でカバーした天海のリバウンド。
霧華側は、シュートこそ決めるものの、一度も流れに乗る事が出来ず、開き続けた点差は並ぶ事も縮む事も無かった。
数十分後、黄宮のシュートがネットをくぐり抜けると共に、鳴り響いたブザーが試合の終了を告げる。
102対78。
「勝った...」
ベンチに座っていた私が立ち上がるのと、頭上のギャラリーが沸き上がるのは殆ど同時だった。
確か、昨年のスコアは90対79だったはず...。それが、練習試合といえど、こんなに差を広げて勝つ5人が出来るなんて。
成長の喜びは選手達も同じようで、コートの中で互いの健闘を讃え合っている。
「...良かったな」
「え?」
突然の声にふと視線を落とすと、座ったまま腕を組んだ監督が難しい顔で5人に目を向けていた。「...何がですか?」と恐る恐る尋ねてみると、返って来たのは「勝った事がだ」という答え。
「今までの試合だと、アイツらは『ギリギリ勝った』っていう表情でベンチに帰って来ていた。...単に、
「...そう、ですね」
「でも、今回は『やり切った』って面構えだな。確かに霧華相手にここまで差をつけた事はなかったが...まあ、良かったんじゃないか?」
「...はい」
微笑する監督につられて口元を緩めると、私は再びコート内の5人に目を向ける。監督の言う通り、今までの霧華戦で、彼らがこんなに嬉しそうに笑う姿は無かったかもしれない。
整列と礼が終わっても、彼らの熱はまだまだ冷めそうになかった。
翌、4月24日、月曜日。
運悪く体育館の調整が入ってしまった今日は、男バスも女バスも部室でのミーティングに変更となった。
議題は、『GW中の合宿について』。何でも、来月の頭に4泊5日の合宿が企画され、最終日には練習試合も組まれているとか...。
監督から配られたプリントに目を通しながら、部員達は監督の簡単な説明に耳を傾ける。今回の合宿は遠征も兼ねているようで、合宿ち参加するのはスタメンと控えの計10名らしい。残った大勢の部員達は海皇中にて通常練習のようで、私の代わりに哀羅がサポートを務めるとか。
「...以上だ。何か質問は?」
「あ...はい」
室内を見渡した監督の視線を留めるように、最前列に座る神嶋が手を挙げる。監督が軽く眉を上げると、神嶋は立ち上がり
「練習試合って、どことなんですか?」
と問うた。
「「ッ!!」」
瞬間、私と監督の空気に緊張が走ったのが分かった。表情が一瞬にして強張り、背中を嫌な汗が伝う。
神嶋が「どうしたんですか?」と尋ねると、監督は深く息を吐き、部員全員を見回して「...
「徳沢!?」
途端に、静かだった部室の空気はざわめきに変わり、部員達の驚きと衝撃は一瞬にして混沌を引き起こした。黄宮も、神嶋も、水島さえも顔色を変えて驚き、彼らの様子を見ていた私も唇を噛んで視線を落とす。
公立最強と謳われる徳沢中学校は、今までの勝試合を全て100点ゲームで飾り、昨年の全中でも全国3位という結果を残した沖縄の強豪。昨年度は準決勝で霧華に敗戦を喫したが、徳沢が擁する怪童・
「...分かっていると思うが、徳沢は必ず我妻を主軸としたゲームスタイルを作って来る。徳沢に勝つ為には、我妻攻略が必須条件だ。徳沢を...我妻を倒して、真の王者が誰であるかを知らしめて来い」
「ハイ!!!!!」
監督の言葉に、70人近い数の部員が一斉に声を返す。その中でも、最前列...スタメン5人の目には、既に並ならぬ闘志が滾っている。
...そうだ、この目だ。昔の『彼』も、こんな風に好戦的な目をしていた。
黄宮達を見ていると、いつも思い出す。朝から晩までバスケに明け暮れた、少年の日の思い出を...。
広々とした部室に、部員達の声がこだました。
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