海皇中学バスケ部日誌

槻坂凪桜

4月23日 海皇中学校第3体育館

あい先輩、何か手伝いますか?」


 海皇かいおう中学校第3体育館、用具室。ボールの空気を確認する私に掛けられた、女バスマネージャー・桜崎さくらざき哀羅あいらの声。

 まだ1年生の哀羅は、2週間前に入部したばかりの新人で、男女バスケ部チーフマネージャーの私が面倒を見ている可愛い後輩。真面目で仕事熱心な良い子だけど、今日は女バスのオフ日のはず。少なくとも、私が呼んだ訳でも無いのだが...。

「あれ?哀羅、今日って女バスはオフじゃないっけ?男バスが練習試合だからって...」

「そうですけど、黄宮先輩に呼ばれたので。『手伝え』って...」

「...黄宮?」

 私が訝しげに眉を寄せたのと、用具室の外から「蘭堂らんどうー」と名を呼ばれたのは殆ど同時だった。慌てて外に出てみると、そこにいたのは海皇男バスのスタメン5人。...そうだ、この際だから全員紹介しておこう。

 強豪・海皇をまとめる主将、黄宮きのみや光雅こうが。正確な3Pシュートが持ち味で、試合では初得点を飾る事が多い。ポジションはSG。

 エースを務めるのは、SFの神嶋かみしま晴真はるま。ストップ&ジャンプシュートでチーム1得点を稼ぐ、少しうるさいムードメーカー。

 副主将を務めるPG、水島みずしま秋人あきと。海皇中男子トップの頭脳を活かし、正確なパスを供給するクレバーな司令塔。

 PF、不動ふどう修跳しゅうと。チームでも1、2を争うパワーでOFを展開する、我らが切り込み役。チーム内でトップのボールハンドリングとトリプルチームすらも簡単に抜き去る技量、そして水島宛らのパスセンスを併せ持ち、チームメイトからの信頼も厚い。

 C、天海あまみ龍輝りゅうき。シュート率は劣るものの、187cmの長身を活かしてリバウンドを獲得するDFの要。インサイドでは圧倒的な力を発揮し、他メンバーとの速攻を鮮やかにこなす技量も持つ。

 とまあ、こんな感じに猛者5人がスタメンを務める我らが男子バスケ部は、現在全中3連覇中という輝かしい記録を更新中で、特に今年のレギュラーは他の強豪と比べても何ら遜色のないメンバーが揃っている。現に、彼らがスタメンを獲得してからは練習試合も含めて敗試合ゼロ、おまけに半分以上が100点ゲーム。公式戦でも鮮やかに勝利を飾り続け、昨年度には圧倒的な強さで3連覇を達成した。

 因みにだが、本日の練習試合で対戦する霧華きりはな中学校は、昨年度の全中決勝で戦った相手...つまりは準優勝校。全国屈指の名SF・三鏡みかがみ悠汰ゆうたが率いる猛者達は、日本一のバスケ部を最も苦しめた相手であり、過去の試合では何度も苦戦を強いられた、海皇中の因縁のライバルである。

「あれ...何かあったの?全員揃って」

「霧華、もう来てるぞ」

「ええっ!?」

「早くボール出してくれって監督が言ってる。...確認、もう終わってんだよな?」

「ああ...うん、まあ」

 水島の言葉に生返事を返すと、用具室に飛び込んでボールの籠をガラガラと引っ張り出す。男子だけで部員が70人近くいるせいか、ボールは男女合わせて200近いものがあり、それに伴って擦り切れる数も半端ではない。こちらも対策として個人練習ではなるべく自前のボールを使うように呼び掛けているのだが...。

 何故か、使えなくなるボールは一向に減る様子はない。

「っていうか、来てるんだったら何で霧華誰もいないの?ギャラリーも全然埋まってないし、そもそも誰も体育館に入って来ないし...静かすぎ」

「今、第2体育館でアップとってる。さっき桜崎がボール出してたから、もう始まってんじゃね?」

「そっか。じゃ、こっちもアップとんないと駄目か」

 5人に籠を差し出すや否や、彼らはすぐボールを手に取ってアップを開始した。数秒前まで空疎だった空気は一瞬にして張り詰め、次の瞬間には5つのドリブル音が紡いだ地響きで震え出す。

 交錯する選手達と、体育館に響く力強いノイズ。

 彼らの身体が温まった頃には、ギャラリーに人の顔が並び、霧華中のスタメンも第3体育館に到着していた。

「...来ましたね、霧華...」

「...うん」

 私と哀羅の会話は、ギャラリーから送られる霧華中の応援にかき消された。昨年の決勝から思っていたけど、やっぱり霧華中の応援は凄い。『全身全霊』の文字を掲げて部員達と父兄が声を張り上げる姿は...何て言うか、壮観。

 会場の空気を我が物にするなんて、彼らにとっては簡単なようだ。

 霧華一色の空気の中、両校の監督はスタメン5人を鼓舞し、コートに送り出した。昨年と同じ顔ぶれが、コートの中央で再び対峙する。

 ベンチで顔を強張らせる監督達に対し、向かい合う10人はどこか好戦的な笑みすら浮かべていた。

「これより、海皇中学校対霧華中学校の練習試合を始めます」

『宜しくお願いします!』

 重なった声が、高い天井に反響して消える。

 それは、王座防衛開始の合図か、それとも反撃の狼煙の合図か。



 両校のCが、ハーフコートラインを挟んで向かい合う。


 瞬間、審判の手からボールが宙に放たれた。




 試合展開は、海皇の一方的なものだった。

 正確な黄宮の3Pシュートと神嶋のストップ&ジャンプシュート。相手の好きを見逃さない水島のスティール。圧倒的なパワーを活かした不動のドライブ。そして、跳躍力を身長でカバーした天海のリバウンド。

 霧華側は、シュートこそ決めるものの、一度も流れに乗る事が出来ず、開き続けた点差は並ぶ事も縮む事も無かった。



 数十分後、黄宮のシュートがネットをくぐり抜けると共に、鳴り響いたブザーが試合の終了を告げる。

 102対78。

「勝った...」

 ベンチに座っていた私が立ち上がるのと、頭上のギャラリーが沸き上がるのは殆ど同時だった。

 確か、昨年のスコアは90対79だったはず...。それが、練習試合といえど、こんなに差を広げて勝つ5人が出来るなんて。

 成長の喜びは選手達も同じようで、コートの中で互いの健闘を讃え合っている。

「...良かったな」

「え?」

 突然の声にふと視線を落とすと、座ったまま腕を組んだ監督が難しい顔で5人に目を向けていた。「...何がですか?」と恐る恐る尋ねてみると、返って来たのは「勝った事がだ」という答え。

「今までの試合だと、アイツらは『ギリギリ勝った』っていう表情でベンチに帰って来ていた。...単に、海皇ウチと霧華の相性が悪いだけなんだろうが、黄宮達はいつも『自分達の技量が足りなかった』って嘆いていた」

「...そう、ですね」

「でも、今回は『やり切った』って面構えだな。確かに霧華相手にここまで差をつけた事はなかったが...まあ、良かったんじゃないか?」

「...はい」

 微笑する監督につられて口元を緩めると、私は再びコート内の5人に目を向ける。監督の言う通り、今までの霧華戦で、彼らがこんなに嬉しそうに笑う姿は無かったかもしれない。


 整列と礼が終わっても、彼らの熱はまだまだ冷めそうになかった。





 翌、4月24日、月曜日。

 運悪く体育館の調整が入ってしまった今日は、男バスも女バスも部室でのミーティングに変更となった。

 議題は、『GW中の合宿について』。何でも、来月の頭に4泊5日の合宿が企画され、最終日には練習試合も組まれているとか...。

 監督から配られたプリントに目を通しながら、部員達は監督の簡単な説明に耳を傾ける。今回の合宿は遠征も兼ねているようで、合宿ち参加するのはスタメンと控えの計10名らしい。残った大勢の部員達は海皇中にて通常練習のようで、私の代わりに哀羅がサポートを務めるとか。

「...以上だ。何か質問は?」

「あ...はい」

 室内を見渡した監督の視線を留めるように、最前列に座る神嶋が手を挙げる。監督が軽く眉を上げると、神嶋は立ち上がり

「練習試合って、どことなんですか?」

 と問うた。

「「ッ!!」」

 瞬間、私と監督の空気に緊張が走ったのが分かった。表情が一瞬にして強張り、背中を嫌な汗が伝う。

 神嶋が「どうしたんですか?」と尋ねると、監督は深く息を吐き、部員全員を見回して「...徳沢とくざわ中学校だ」と静かに告げた。

「徳沢!?」

 途端に、静かだった部室の空気はざわめきに変わり、部員達の驚きと衝撃は一瞬にして混沌を引き起こした。黄宮も、神嶋も、水島さえも顔色を変えて驚き、彼らの様子を見ていた私も唇を噛んで視線を落とす。

 公立最強と謳われる徳沢中学校は、今までの勝試合を全て100点ゲームで飾り、昨年の全中でも全国3位という結果を残した沖縄の強豪。昨年度は準決勝で霧華に敗戦を喫したが、徳沢が擁する怪童・我妻がさいさとりが主力となる今年は、全国制覇も夢ではないと中学バスケ界で注目を集めている。

「...分かっていると思うが、徳沢は必ず我妻を主軸としたゲームスタイルを作って来る。徳沢に勝つ為には、我妻攻略が必須条件だ。徳沢を...我妻を倒して、真の王者が誰であるかを知らしめて来い」

「ハイ!!!!!」

 監督の言葉に、70人近い数の部員が一斉に声を返す。その中でも、最前列...スタメン5人の目には、既に並ならぬ闘志が滾っている。

 ...そうだ、この目だ。昔の『彼』も、こんな風に好戦的な目をしていた。

 黄宮達を見ていると、いつも思い出す。朝から晩までバスケに明け暮れた、少年の日の思い出を...。




 広々とした部室に、部員達の声がこだました。

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