第45話

 お母さんが夕食の支度を終えるまで、ケリーはずっと部屋に閉じこもっていた。


 胸が苦しくて、思うように息ができなかった。怖くてたまらないのに、一体なにが怖いのか自分でもよく分からなかった。


「ケリー、晩ごはんよ。大丈夫? 顔色が悪いわよ」

「うん、大丈夫だよ。今日は、お魚なんだね! やった、僕このお魚だいすきだよ!」


 お母さんに心配をかけないように、ケリーはなんとか明るく振舞った。

 食事の前のお祈りをし、お母さんの料理を食べると、ちょっとだけ落ち着くことができた。


「ねぇ、おかあさん」

「なに?」

「おかあさんは、大佐のことをどう思ってるの?」


 食事が終わり、ハルさんからもらったお茶を飲んでいるとき、ケリーはお母さんに聞いた。

 どうしてそんなことを言ったのか、ケリーも分からなかったけど、気づいたときには、口が勝手に動いていた。


「どうって言われてもね」


 お母さんは、困ったように笑った。


 そして、ケリーの目を見つめると、優しく語りかけた。


「ケリーも、もう子どもじゃないものね。じゃあ、本当のことを言うね。お母さんは、大佐のことが大嫌いだったの。お父さんは、大佐の船と戦って死んでしまったから」


 最後だけ言葉に詰まったけれど、お母さんは何事もなかったかのように続けた。


「だから、あなたが大佐のところで働くって言い出したとき、本当は嫌だったの。ごめんね、ケリー。お母さん、あなたが選考会に受からなければいいのにって思っていたわ」


 ケリーは、当時のお母さんの気持ちに気づいていた。

 でも、お母さんがこうして話してくれることは、素直に嬉しかった。


「でもね」


 お母さんは微笑んだ。


「最近は、前より大佐を嫌いに思わなくなってきたの。あなたが朗読員になって、いろんなことがあって、その度に大佐にお世話になったでしょう。だからかな」


 ケリーは、背中がぞっと寒くなった。


 不安が、胸の中に広がった。


「お、おかあさんは、大佐のことを許すの?」


 お母さんは、微笑んだままケリーの頭を撫でた。


「そうね。たしかに、お父さんは死んでしまったけど、大佐を恨んでいても、どうすることもできないでしょう? 今までたくさん悲しんで、たくさん大佐を憎んだけど、それでなにかが変わることはなかったの」


 お母さんは、今までの日々を思い返すように、遠くを見つめていた。


「だったら、悲しんだ分だけ、これから楽しく生きなきゃって思ったの。お父さんも、私たちが笑っているほうが安心できるでしょうし。人を憎んだまま生きてほしくないと、思うんじゃないかな。まだちゃんと整理はできてないけど、お母さんは大佐を許そうと思っているわ」


 ケリーは、お母さんがレーベンさんとまったく違うことを言っているのに驚いて、混乱した。


「それに、あなたが朗読員として大佐のところで働いてから町も変わったし、お母さんにもお友達ができたしね。ハルさん、本当にいい人よね。大佐とケリーがいなかったら、出会うこともなかったわ」


 お母さんはケリーの様子には気づかず、明るく笑っていた。


 この日はベッドに入っても、なかなか寝ることができなかった。


 ケリーは、自分の気持ちが分からなかった。

 自分がどうしたいのか、なにをすればいいのか、いくら考えても答えが出てくることはなかった。


 慣れない靴で擦れて、かかとの上がヒリヒリと痛んだ。

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