第38話
「ふざけるなー!」
裏返りそうな声が、ケリーの耳に飛び込んできた。
お金持ちのおじいさんが、見たこともないほど怖い顔で、バルドやハルさんたちを睨んでいた。
「こ、こんな奴らと、仲良くなんかできるか! カシラ! バカな真似はするんじゃない! こんな汚らしい連中、わしらとは格が違うんじゃ! クレアさん! あんたも黙ってないで、なにか言ったらどうだ?」
おじいさんは、息を上げてクレアおばさんを見た。
クレアおばさんは、困ったように首をかしげた。
「そう言われてもねぇ。わたしは、べつにいいと思いますよ、裏通りの人から町人会議の代表が出ても。さきほどのお話を聞いていたら、立派じゃありませんか。それにねぇ、先週そこの坊ちゃんたちが、半年前にいなくなったうちの犬を、連れてきてくれたんですのよ。ちょっと痩せてたけど、この子たちがお世話してくれてたみたいで、とても元気だったわ。本当にありがとうね」
クレアおばさんはショウの手を取ると、ニッコリと微笑んだ。
ケリーは、びっくりして掲示板を見た。
たしかに、いつの間にか犬の捜索願いがなくなっていた。ショウたちがそんなことをしているなんて、まったく知らなかった。たぶん、ハルさんはこのことを知っていたから、ショウをこの場で代表にしたんだと思った。
ショウは照れた様子で、小さく「べつに」と呟いた。
おじいさんは、ぽかんと口を開けてクレアおばさんを見ていた。
でも、すぐに恐ろしい顔に戻って、また大声で怒鳴った。
「なにを、バカな。本当にバカだ。なにを考えているんだ! 裏通りの奴らなんか、ろくな奴がいないんだぞ? みんな分かっているのか?」
カシラと神父さまが止めようとしたが、おじいさんは振り払って続けた。
「こんなことを許せるわけがない! こいつらは、わしらとは違うんだ! みんな目を覚ませ! 騙されるな! 町が終わるぞ! 人が死ぬぞ!」
ケリーは、思わず身震いした。
唾とひどい言葉を撒き散らし、額から不自然に血管が浮き出ているおじいさんからは、真っ黒な感情しか感じることができなかった。
なんだかおじいさんが、違う生き物のように思えた。裏通りの人はもちろん、強面の兵隊たちや表町の人でさえも、おじいさんをただ見ていることしかできなかった。
「黙って聞いてたら、ずいぶんとひどいこと言ってくれるじゃないか」
みんなが言葉を発せない中、ハルさんだけが口を開いた。
「本当のことだ! 貴様らは、わしら表町の人間とは違うんだ!」
「一体、なにが違うっていうんだい? あんたは、裏通りのなにを知ってるんだい?」
だんだん、おじいさんが獣みたいに見えてきた。
いつ飛びかかってもおかしくない空気が、おじいさんから漂っていた。
隊長は、いつでも止めに入れるようにこっそり指示を出して、自分もじわじわと距離を詰めていた。
そのことを知ってか知らずか、ハルさんはケリーたちに話したこの町の歴史について話し始めた。ここにいる人が、誰も生まれていないほど昔、ずっとずっと昔に起きた出来事を。
ハルさんが口を閉じると、表町の人からは、戸惑ったり疑ったりする声が漏た。
裏通りの人も、このことを知らなかった人が多かったらしく、ショウも驚いて、仲間と顔を合わせていた。
「嘘をつくな! そんなもの、どこにも証拠はない!」
おじいさんは、見ているこちらが心配になるくらい、顔を真っ赤にしていた。
「あのじいさん、血管切れて倒れたりしないよな?」
ジャックも、小さい声でケリーにささやいた。
「そうだね。たしかに、あたしが知る限りどこにも証拠はないよ。でも、この話はあたしが小さいとき表町に住んでたころに、おばあさんから聞いた話だよ。だから、あたしは表町を追い出されたとき、ためらいなく裏通りに行けたんだ。同じ町の人間だからってね」
ハルさんの告白で、さらに表町の人の間に動揺が走った。
群衆の中に、ハルさんのことを覚えていた人がいたらしく、ハルさんを指差して「もしかして、あのときの親子!」と叫んだ。でも、ハルさんが冷たい視線を送ってからは、なにも言わなくなった。
「この話は嘘かもしれないけど、他に誰か理由を説明できるかい? それに、おばあさんはこうも言っていたよ。『もう、知ってる人は少ないけど、この話を必ず語り継いでおくれ。そして、この町のくだらない歴史を終わらせておくれ』ってね。あたしは、今がそのときなんじゃないかって思う。他でもない、あんたら表町の人間からの願いだ。すぐには難しいと思うけど、みんなで叶えていかないかい?」
ハルさんは、広場にいるみんなの反応を待った。
でも、誰かが答える前に、またおじいさんの叫び声が響いた。
「そんなこと関係ない! その話をした人間は、もう死んでしまっているんだろう? そんな人間の言ったことなんて信じられん! ここで許したら、この町に未来はない! 町は乱れるぞ! 子どもたちが危なくなるぞ! 死んだ人間の願いなんかより、子どものことを考えろ! 今を生きる者のことを考えろ!」
裏通りの人たちは、みんな我慢の限界がきていた。
ハルさんは特にそうで、目が据わっていて、ショウを蹴りまわしたときと同じ怖さがにじみ出ていた。
「いい加減に」
「いいかげんにしてください!」
我慢の限界がきていたのは、裏通りの人たちだけじゃなかった。
ケリーも、とっくに頭にきていた。
ハルさんの言葉を遮ったケリーは、乱暴に地面を踏みつけて、おじいさんの前に進み出た。
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