第36話
しばらく待っていると、人ごみの中から四人が進み出てきた。
困った顔の教会の神父さま。
あきらかに不機嫌で怒っている、町一番のお金持ちのおじいさん。
険しい顔つきをしている、ケリーもよく知っている漁師頭の通称カシラ。
町民の投票で選ばれた、いつもニコニコしているクレアおばさん。
みんな、町人会議に出ている人たちだった。
「おや、みなさんお揃いかい。ご苦労なことだね。じゃあ、こっちも四人出すか」
裏通りの代表を見て、ケリーは驚いた。
まず、さきほどからみんなをまとめているハルさん。
汗に濡れた頭が眩しい、ひげを剃ったゲル。
相変わらずジャックとエミリーを担いだままのバルド。
そして、足を引きずるショウだった。
ショウが進み出たとき、エミリーまで「えー! なんで?」と言った。表町の人たちからは、馬鹿にするような笑い声が聞こえた。
「はっ! そんな小僧が代表とはな。まぁ、裏通りの者なんて、所詮大人も子どもも変わらんのだろうな」
お金持ちのおじいさんが、ショウを見下していった。
ショウは歯を食いしばって、おじいさんを睨みつけた。両方の代表が横一列に並んで向かい合うと、ハルさんが口を開いた。
「それじゃあ、始めようか。隊長さん、あんたが中立な立場でこの話し合いをまとめておくれ」
「うむ、いいだろう。では! これより、表町と裏通りの者による話し合いを始める!」
隊長の開会の言葉で、町で初めて表町と裏通りの話し合いが始まった。
隊長は、互いの代表の間に立って、鋭い目を光らせていた。ケリーも緊張しながら、目の前の光景を見つめていた。
「まず、あんたたちは、何をそんなに怒っているんだい?」
一番最初に口を開いたのは、ハルさんだった。
「ふんっ、まずは、今更になって行われる裏通りへの大規模な支援。これはどう考えてもやりすぎだ。なにより、今頃行う意味が分からん。次に、寄付だかなんだか知らんが、その程度で町人会議への参加権は断じて認められん。参加する者は、町の代表として徳があり、みなからの支持がある者が得られなければならない。お前らの中に、これらを有する者がいるか? 大きく言ってこの二点だ。間違いないか、みんな!」
おじいさんが振り返ると、集まった人たちが「おお!」と叫んだ。
「なるほどね。じゃあ、一つづついこうか」
ハルさんは腕を組んで言った。
「支援については、あたしたちよりも大佐に聞いたほうがいいと思うね。正直、あたしたちも、詳しいことはなにも知らないし。隊長さん、なにか知ってるかい? 知ってたら、中立な立場で説明しておくれ」
隊長はうなずくと、小さく咳払いをした。
「我々が受けた説明を、そのまま伝えるとしよう。支援の時期が今なのは、裏通りは現在までほとんど復興が進んでいない状態で、建物の破損などがひどく、腐食も進み、このままでは住民の生活が困難になると判断した。さらに、町の中でも際立って貧困がひどい。飢えた子どもたちも多く、住民の健康状態は決して良好とはいえない。このままなにもしなければ、病に苦しむ者が増えていくだろう。そうなれば、やがて町中が伝染病に苦しむことになるかもしれない。そんな危険を回避するため、なるべく早い時期。つまり今、手を打つことを決められたのだ」
隊長の言葉を聞きながら、ケリーはただ関心していた。
たった一晩でここまで考える大佐はもちろん、表町の人にも利点があることをちゃんと伝えて、納得させる隊長の話し方にもだ。
「だってさ?」
「な、なるほど。なら、そういう説明を最初からしてほしいものだ」
「掲示には、後日説明の機会を設ける旨が書かれている」
隊長は掲示板を指差して言い放った。
おじいさんは「うっ」と言って、悔しそうな表情をした。他の人たちも、同じようにバツが悪そうな顔をしてうつむいていた。その中で、神父さまは変わらず困り顔を浮かべ、クレアおばさんはニコニコと笑ったままだった。
「まぁ、その件に関しては大佐のお考えがあるということは、わしのような者には分かっていたことだ。しかし、町人会議の参加権は納得がいかん! 町人会議への参加は、町中の人間が憧れるものだ! こんな簡単になれていいもんじゃない! なにより、わしらと同列の立場に、お前たちのような輩がなるだと? 許せるわけがない!」
おじいさんは真っ赤になって、額の血管が浮き出ていた。
表町の人も、さっきより大きな声で叫びだした。
「うるせぇぞ!」
「やんのか、こらぁ!」
そのうち、ずっと睨んでいた裏通りの人たちも叫びだして、広場の空気はますます悪くなった。
隊長がまた銃声を鳴らしてくれたので、みんな物足りなさそうに黙った。
「それも、大佐が決めたことだろう。それに、寄付をしたっていうちゃんとした理由があるじゃないか」
「ふんっ! そんなはした金、寄付したところでたかが知れている。気休めにもならんだろう。寄付をしただけでそんなに評価されるなら、わしもしようじゃないか。お前たちの寄付金の倍、いや、三倍出そう。これを評価してくれるとしたら、わしはどこまで偉くなれるのだろうな」
ケリーは、鼻で笑ったおじいさんの顔を、今すぐ殴ってやりたい気持ちになった。
「神父さま、こいつらの寄付金の額を教えていただけませんか?」
見ていて気分が悪くなるようなニタニタ顔で、おじいさんは神父さまに近づいた。
「では、申し上げましょう。全部で金貨一枚銀貨五枚、銅貨が十九枚です」
表町の人たちがざわついた。
みんなが思っていたより、はるかに高い金額だったからだ。カシラは口を開けて何にも言えなくなったし、おじいさんも言葉に詰まった。
「ま、まぁ、寄せ集めればそのくらいにはなるか」
咳払いをしたおじさんは、再び見下した目でハルさんたちを見た。
たぶん、お金持ちのおじさんにとっては、今の金額もそれほど高くないのだろう。
「では、あなたも寄付をしてくださるのですか? この三倍?」
神父さまは、先ほどの困った顔から、急に真剣な表情になった。
小柄な神父さまは、覗きこむように、おじいさんの顔を見つめていた。
「もちろん! それにふさわしい評価をもらえるならね」
「そうですか。おぉ、なんと素晴らしいお人でしょう。ご自分の財産をすべて寄付なさるとは」
神父さまの言葉に、みんな固まってしまった。
お金持ちのおじいさんは、誰よりも言っている意味が分からないという顔をしていた。
「し、神父さま? なにをおっしゃっているのですか?」
「だってそうでしょう。この寄付の金額は、裏通りに住む人たちの収入から考えると、全体の約三分の一の財産に値するそうです。大佐に調べてもらったので、間違いはないでしょう。昨日のうちに連絡がありました」
これには、ハルさんたちも驚いた。
そんなこと、誰も知らなかったのだ。
「大佐は、寄付の金額の多さではなく、ただでさえ貧しいのに身を削った彼らの行為を評価したのです。使おうと思えば、自分のために使えたはずです。ですが、彼らはそうはしなかった。私も、その気持ちに感動しました。さきほどから黙っていましたが、私は実際に彼らの行いをこの目で見ています」
神父様のまっすぐなま眼差しが、裏通りの人たちに向けられた。
「例えば、そこにいるゲルさんは、過去の行いを悔い改め、熱心に神の教えを勉強し始めました。それだけでも、素晴らしいことです。みなさんご自分も貧しいのに、なんのためらいもなく寄付をしてくれました。私には、そんな彼らを責めたり、非難することはできません」
神父さまは、声高らかに言い放った。
表町の人たちは、まさか神父さまが味方してくれないとは思っていなかったみたいで、しんと静まりかえっていた。おじいさんは、歯を食いしばって言葉が出なかったし、クレアおばさんは「あらあら」と他人事のように呟いていた。
裏通りの人たちは、ものすごく喜んでいた。ゲルも嬉しくて、涙を流していた。でも、ケリーやハルさんは、神父さまに申し訳ない気持ちがした。飛び跳ねるバルドの肩で揺れる、ジャックとエミリーも複雑そうな表情をしていた。
「なので私は、隊長さんと共に中立の立場で、この話し合いに立ち合わせていただきます。私は、大佐から、ほぼすべてのことを聞いています。その中には、隊長さんが知らないこともあるかもしれませんので、役に立つでしょう。もちろん、中立を名乗った以上、どちらかに肩入れすることがないことを、神に誓いましょう。この町のことは、みなさんが決めるべきです。私は、それに従います」
神父さまは、おじさんたちにぺこりと頭を下げ、隊長のとなりに立った。
「結局、あんたは全財産寄付するのかい? それなら、こちらはなにも言えないねぇ。さすがに、そこまで懐が大きいわけでも、器が広いわけでもないからね。そんな人がいたら、心から尊敬するよ。で、どうするんだい?」
「……それは、できんっ」
おじさんは、苦々しく顔を歪ませて答えた。
「嬢ちゃんたち、ちょっと降りてくれな」
おじさんが答えると、バルドがそっとエミリーたちを降ろした。
「どうしたの?」
ジャックが小声で聞いた。
「なぁに、大したことじゃねぇ。ちょいと、揉めそうだからよ」
ケリーたちが首をかしげていると、壁のようなバルドの向こうから、雷みたいな怒鳴り声が響いた。
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