第34話
翌朝。
ケリーが外に出ると、町から怖い顔をした兵隊はいなくなっていた。その代わり、眠たそうなトニーが、あくびをしながら訪ねてきた。
「よぉ。おはよう」
「トニー、どうしたの?」
「大佐の命令だよ。お前を迎えに行けってな。隊長が俺を指名してくれたんだが、昨日は夜中まで話し合いがあって、ほとんど寝てないんだよ。あ~、眠い」
トニーは、また大きなあくびをした。
「ねぇ、トニー。話し合いって一体なんの?」
「まぁ、それについては歩きながら話そうぜ」
トニーに連れられて、ケリーは歩き出した。
今日はお母さんは仕事に行ったらしく、ケリーが目覚めると手紙と朝食が用意されていた。少し寂しかったが、トニーのおかげでその気持ちは吹き飛んだ。
「ねぇ、なんの話し合いだったの?」
歩き出してすぐに、ケリーは我慢できなくなって聞いた。
「ま、お前が思っている通りだよ。裏通りの件について、これからどうするかって話だ」
トニーを見上げていたケリーは、朝日が眩しくて目を細めた。
「それで、どんなことを話したの」
顔の前に影ができたかと思うと、トニーが背を丸めて顔を近づけていた。
見ると、さっきまでの眠たそうな表情は消えて、いたずらをするときのような、ニヤニヤした笑顔を浮かべていた。
「一言で言うとだな、お前の作戦が成功したんだよ。これから裏通りの人たちには、支援が始まっていくだろうよ。やったな、ケリー!」
トニーが、くしゃくしゃと頭を撫でた。
「ほ、本当? トニー」
「あぁ、本当だぜ。会議が夜中までかかったのは初めてのことだし、俺みたいな下っ端の兵にも説明してたしな。しかし、ハルさんたちが楽になるのは嬉しいが、やっぱり眠たいぜ」
また大きなあくびをすると、腕を伸ばしてのびをした。
「ねぇ、具体的にはなにをするの?」
ケリーは、軍服をひっぱりながら聞いた。
「ま、当面は金銭面の支援と、壊れたままの建物の修復だな。これには、裏通りの人を雇って、仕事にするんだと」
「一石二鳥だね」
「小難しい言葉を。さすがは朗読員さまですな」
ふざけ合いながら歩いて行くと、目の前に広場が見えてきた。
でも、いつもの光景とは違っていた。朝はやい時間だというのに、多くの町の人が集まっていた。まるで、朗読員の広告が貼りだされたときみたいだった。
でも、人々の表情と発せられる言葉は、あのときとはまったく違っていた。みんな、信じられないという顔をして、眉間にしわを寄せて見るからに嫌そうな顔をしていた。
「馬鹿な! 大佐は何を考えているんだ!」
「信じられないわ。どうしてこんなことを」
「こんなの無意味だ!」
なんだか、広場に集まった人たちが、黒くて巨大な生き物のように見えた。不満と怒りと恐ろしさが集まった異様な空気が、ケリーの足を震えさせた。
「うーん、これは思ったよりすごいな。俺一人じゃ、とてもじゃないが守りきれん」
トニーが頭を掻きながら呟いた。
「え、どういうこと?」
「俺はな、この混乱からお前を守るために使いに出されたんだ。無事に大佐のお屋敷まで送る任務さ。でも、さすがにこれはなぁ」
トニーは苦笑いを浮かべた。
「ねぇ、広場になにがあるの?」
「昨日の会議で出たことが、貼り出されているはずだ。こんなに大勢集まっているってことは、もう町中の噂になりつつあるな。みんな仕事サボってやがる」
「トニー、見てきてもいい?」
ケリーが頼むと、トニーはそう言われるのが分かっていたのか、すでに観念したようにうなずいた。
「ただし、俺も行くからな。こんなに人が居ちゃ、通行の邪魔だからな。どのみち、もうすぐ応援が来るだろ」
ケリーは強く口をつむって歩き出した。
近づくと、広場の異様な空気が全身を包んだ。トニーに手を引かれながら、ケリーは意を決して人ごみの中を進んだ。
「こらっ、どけ! 通るぞ!」
押しつぶされそうになりながらも、トニーが邪魔になる人たちを押しのけてくれたので、なんとか前に進むことができた。
「おい、ケリー。見えるか? そら」
トニーの声が聞こえたかと思うと、ケリーの体が急に浮いて、トニーに肩車をされた。
人に押されてぐらぐらと揺れたけど、なんとか書かれた内容を読むことができた。
「先日の盗難事件について
先日、大佐直属の朗読員が襲われ、給料を盗まれた事件は住人たちの協力により、解決した。
心優しい住民の、惜しみない協力に感謝する」
書かれた文を読んで、ケリーは安心した。
これなら、もし詳しいことを聞かれても、口止めされていると言えば、ほとんどの人は諦めるはずだ。
少しほっとして、ケリーは続きに目をやった。
「今後行われる予定の復興計画について
復興が進んでいなかった南の裏通りに対して、大規模かつ長期的な復興事業と支援を行う。
内容と通知は以下の通りである。
・裏通りに住む者で働くことを希望する者は、三日後の朝、広場に集まること。
・集まった者は軍に雇用されたものとし、必要なものには衣食住を提供する。
・また、怪我人や病人のために臨時の病室を増やす。
・そのための場所提供や、看護支援を望む者は、随時大佐の屋敷まで来ること。
・裏通りの復興と住民の生活改善のため、今後五年で、金貨四十枚と銀貨五十八枚、銅貨八十八枚の支援を行う予定である。具体的な予算は、状況によって増額することもある。
・先日、裏通りの住人たちによって行われた寄付に対し、大佐は感謝の意を表する。
寄付に参加した者たちを表彰し、彼らの代表に町人会議への参加権を与える。
なお、これらの詳細については、後日詳しく説明の機会を設ける」
ケリーには、集まった人たちが怒っている理由が分かった。
たぶん、裏通りの人たちに対する大掛かりな支援が気に入らないのと、町人会議の権利が許せないのだ。
町人会議は、年に二度行われる会議で、町から選ばれた四人と大佐が、町のこれからについて話し合う会議だ。
この会議に出ている人は偉い人だったり、町の人から支持された人たちで、教会の神父さまもその一人だった。町人会議に参加できることは、町の大人にとって一番の名誉で、誰からも尊敬される存在だった。
だから、みんな許せないのだ。
悪人ばかりで、汚くて得体のしれないところに住む人間が、急にそんな名誉を得ることが。考えてみれば、今まで会議に参加する四人の中に、裏通りの人は含まれていなかった。
「おい! そこの兵士! これはどういうことだ!」
ひげ面のおじさんが、ケリーを下ろしたトニーにつっかかった。
「そうよ! こんな不平等ないわ!」
「こんなの、納得いくわけないだろうが!」
あっという間に、周りにいた人たちもトニーに向かって叫びだした。
「俺が知るか! 離れろ! 子どもがいるんだぞ!」
トニーも負けじと叫んだが、大勢の声にかき消されてしまった。
そのうち、どんどんトニーに人が押し寄せてきて、ケリーの体は掲示板とトニーに挟まれてしまった。
「ケリー。に、逃げろ」
トニーは必死でケリーを庇ってくれたが、一人の力でなんとかなるわけもなく、ケリーは今まで感じたことのない力で、体中を圧迫された。
「ト……トニー」
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