第30話
「こ、これは一体」
固まった神父さまの前に、一団がずらりと並んだ。すると、中央から黒髪のきれいな女性が進み出て、頭を下げた。
「こんにちは、神父さま。あたしは、南の裏通りで酒場をやっております、ハルと申します。大勢での突然の訪問、どうかお許しください」
「い、いや、それはいいでしょう。私たちは、来る者を拒むようなことはしません。しかし、裏通りの方々がみなさんでやってくるとは、なんとも珍しい。なにか事情がお有りですか?」
驚いていた神父さまの目に、優しい光が宿った。ハルさんは顔を上げると、その目を見つめて微笑んだ。
「はい。実は、ここにいる全員、教会に寄付をしようと思ってやって参りました」
後ろの人たちがそれぞれ照れくさそうに笑ったり、胸を張ったりした。
「ここにいるみなさんですか? 失礼ですが、見たところあなた以外、身なりに気を使う余裕がある方はほとんどお見受けできませんが。むしろ、私は日ごろから、あなた方に対して支援を行いたいと思っているくらいなのですよ。大佐の命令で、ほとんどできていないのは、本当に申し訳なく思っています」
神父さまが頭を下げたので、ハルさんはもちろん、後ろに控えていた人たちもざわざわと慌てた。
「ちょ、ちょっと、神父さま。神父さまは悪くないですよ。あたしたちは、確かに貧しい者がほとんどです。でも、生まれ育ったこの町のためになにかしたいとも、思っているのです。一人一人は少ないですが、どうかお金を受け取ってください。微力ながら、自分たちの行いが、誰かのためになることを望んでいるのです」
ハルさんが、包むように神父さまの手を取ると、後ろの人たちも手を組んでお祈りの姿勢になった。
中には、わざとらしくひざまずく人もいた。
その様子を見ると、神父さまは溢れてきた涙を止めようともせず、噛みしめるように泣いた。
「し、神父さま?」
「す、すみません。私は今、とても感動しているのです。そして、同時に自分を責めている。神の前で告白します。私は、あなた方を悪く見ていたのです。裏通りには、罪人が多いと思っていました。そんな人にこそ神の教えを説くべきなのに。支援すると言っても、大佐に逆らおうとまでは、思わなかったのです。どうか、私を許してください。この愚かな、神に仕える者として失格の私を~」
大声で泣き出した神父さまは、地面に伏せて何度も何度も謝った。
全員が慌てて、申し訳ない気持ちになりながら、なんとか神父さまに立ち上がってもらい、落ち着いてもらった。
「神父さま、どうかご自分を責めないでください。今までなにもしなかったのは、我々のほうなんですから。神父さまは、なにも悪くないですよ。神様だって、分かってくれてるはずです」
ハルさんが言うと「そうだ!」「神父さまは悪くない!」という声が後ろから上がって、神父さまは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう、みなさん。みなさんの寄付、すべてお受けしましょう。そのかわり、一人一人お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
神父さまが、シスターに紙とペンを用意させているのを見て、ハルさんは首をかしげた。
「どうして名前を?」
「名簿を作って、大佐に見せるんです。教会への貢献は町への貢献。みなさんの善行を伝えて、それにふさわしい評価を与えてもらうのです。大佐はいい顔をしないでしょうが、そこは私に任せてください。神に誓って、あなた方のために働きましょう!」
集まった全員から、歓声と拍手が巻き起こった。みんな神父さまにお礼を言って、真面目にお祈りをしなおす人までいた。
「さぁ、みなさん。どうぞ並んでください」
神父さまは、祭壇に竹で編まれた大きな籠を置き、その中にお金を入れてもらった。一人一人の名前を聞いて、終わった人には椅子に腰かけてもらい、シスターたちが一本づつきれいな花を渡していた。
「おや? きみは足を怪我しているのですか?」
神父さまは足を引きずり、仲間に肩を貸してもらっているショウに声をかけた。
「えっ? あ、はい」
目を逸らした先に、ハルさんの姿があった。
表情は微笑んでいたけど、目が合った瞬間、怪我の理由を言えなくなる迫力が、悪寒とともにショウの体を走った。
「大丈夫ですか? 一体どうしたのです?」
「えっ! いや、か、階段で転んでしまって。あははは」
引きつった笑顔で、ショウは答えた。
「それは大変でしたね。よくここまで来てくれました。どれ、シスターに頼んで手当てをしてもらいましょう」
籠に銅貨を一枚入れると、ショウは若いシスターに連れられて、空いている椅子に座った。
手当てをしてくれるシスターに照れながら、ショウは仲間と一緒に傷の手当てを受けた。その様子がおかしくて、ケリーは笑いをこらえて神父さまの前に進み出た。
「こんにちは! 神父さま」
「おや、ケリー! ジャックとエミリーも一緒ですか! どうしたのです? 三人とも」
「どうしたって、決まってるじゃないか。オレたちも寄付をしに来たんだよ」
ジャックとエミリーは、のけ反るほど胸を張ってみせた。
「寄付? それはいいことですが、この人たちと一緒に来たのですか?」
神父さまは、集まった裏通りの人たちを見回して言った。
「はい。みんなじゃないけど、友達がいるんです。たしかに怖い人もいるけど、いい人もいるんですよ」
ケリーは、礼拝用の椅子に腰かけたハルさんを見つめながら言った。ケリーの視線に気づいたハルさんは、小さく手を振ってウインクした。
「そうですか。いや、嬉しいことです。私でさえ縛られていた差別の鎖を、きみたちのような子どもが断っているとは。ながく続いたこの町の忌むべき歴史が、やっと終わろうとしているのかもしれませんね」
神父さまは、三人に慈しむような眼差しを向けた。三人とも、神父さまの茶色い瞳から目が離せなくなった。
「これからの時代は、きみたちが支えていくことになります。きみたちが大人になったとき、この町から重い差別の鎖が、完全に無くなっているといいですね。そのために、私もこれから努力していきます。子どもたちが大人になったとき、少しでも苦労しないようにするのが大人の務めですからね」
優しい微笑みが、心にまで沁みていくようだった。
ケリーたちは神父さまにお礼を言って、籠にお金を入れた。
「ジャックが銅貨二枚、エミリーも銅貨二枚ですね、ありがとう。ケリーは……銀貨一枚ですか? いや、朗読員になったとは聞きましたが、こんなにたくさんいいのですか?」
「はい、いいんです。僕の気持ちですから」
ケリーはにっこりと笑った。
「ありがとう、きみの気持ち、たしかに受け取りました。きみたちに神の祝福がありますように」
三人は神父さまにお辞儀をして、ハルさんのところへ向かった。
嬉しくて顔がにやけてしまうのを必死に堪えていた。そんな三人を、ハルさんは笑って撫でた。
「やったね。今のところ、あんたの作戦はうまくいってるよ」
「うん! ちょっと神父さまには悪い気がするけど」
「そんなことはないさ。あんたは、人を救おうとしてるんだ。神父さまも神様も、きっと許してくれるよ。それに、いつも教会に来ない連中の中には、これをきっかけに改心するやつもいるかもしれないし、寄付自体はいいことなんだから」
周りを見回すと、若いシスターに見惚れているショウや、文字が読める人を集めて、必死に聖書を読んでいるゲルの姿があった。
「ほんとだ! あのおっさん、神さまを信じてるとは思えなかったけど」
「ねぇ、ショウの目をみてよ。あれはぜったいにシスターのことが好きよ。うわぁ、ゆるされない愛よ! みてみて、お姉さま!」
ジャックとエミリーは、そんな人々の様子を見て楽しんでいた。
でも、ケリーは不安だった。たしかに、今の状況は考えていたよりもずっといい結果になっている。しかし、問題はこれからなのだ。
ケリーが立てた作戦は、裏通りの人たちの未来を握っていると言ってもよかった。
あのとき、ケリーはせっかく取り返したお金を、ショウやその仲間たちに配った。
それだけではなくハルさんに頼んで、ゲルや信頼できる裏通りの人たちを集めてもらって、全員にお金を配った。金貨や銀貨は、ハルさんの酒場やお店を回って、なるべく銅貨に替えてもらった。ケリーが給料を使いやすくすると言えば、お店の人はだれも怪しんだりしなかった。
でも、全部は換えられなかったので、余った金貨や銀貨は、怪しまれないように裏通りの中でもお金を持っている人たちに、寄付をしてもらうことにした。
ケリーの作戦は、こうして裏通りの人たちで盗まれたお金を全部寄付してしまい、証拠を無くしてしまうというものだった。
さらに、教会に寄付するということは、王国ではとてもいい行いで、裏通りの人たちは悪い人ばかりだという差別も揺らぐだろうし、これだけ人数がいれば犯人探しもうやむやになるんじゃないかと考えたのだ。
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