第29話

「ハルさん、落ち着いた?」

「あ、あぁ。みっともないとこ見せちゃったね。もう大丈夫だよ」


 戻ってきたハルさんは、先ほどの自分を情けなく感じているのか、居心地が悪そうに笑った。


 ハルさんがいない間に、みんなでさっきのことは見なかったことにすると決めたので、今までと変わらずに接した。


 ショウは膝を抱えるように倒れこみ、すすり泣きながらすねを押さえていた。


「大丈夫かい? やりすぎちまって、悪かったね」


 ハルさんが近づくと、ショウはビクッと体を跳ねらせて、怯えているのか体を小さく丸めた。ハルさんは申し訳なさそうに謝ると、それ以上近づこうとはしなかった。


「まぁ、今までしたことないくらい反省できただろ。どうだ? ちょっとは落ち着いたか?」


 トニーは、ケリーたちに向けるような笑顔で笑いかけた。ショウは、顔を上げるとなにも言わずにうなずいた。


「よし。なら、お前が盗んだ金はどこにあるんだ? その足じゃ動けないだろうから、俺が取ってきてやるよ」


 聞いていたハルさんが、気まずそうにトニーたちから目を逸らした。


「奥の部屋の、壊れたタンスの中。一番上の引き出し」


 ショウは自分が出てきた部屋を指差すと、小さな声で言った。


「よし、取ってくる」


 トニーは、ショウの体をまたいで奥へと進んで行った。扉のない部屋に入ると、間もなく「あったぞー!」という声が、廃墟に響いた。


「どうだ、ケリー。これで間違いはないか?」


 嬉しそうに戻ってきたトニーの手に握られていたのは、間違いなく大佐にもらった濃い紅色の巾着袋だった。


「うん、そうだよ」

「そうか! よかった。じゃあ、中身を確認してくれ」

「念のために聞くけど、あんた使ってないだろうね?」

「つ、使ってません! 銅貨一枚も使ってません!」

「うん、ちゃんと全部あるよ。大丈夫」


 ケリーが中身を出して数えた。

 見たことがない大金に、ジャックとエミリーはしばらく声が出なかった。


「こんなにもらってたのかい?」

「くそっ、俺より多いぞ。なんでだよ」


 大人の二人も、目の前の金貨や銀貨を見て驚いていた。

 トニーはぶつぶつと不満を言っていたが、ケリーがお金をしまうと、倒れた柱に腰かけた。


「さて、聞かせてくれよケリー。金は取り返したけど、これからどうするんだ?」


 ケリーはうなずくと、ショウを見下ろして言った。 


「そのためには、この人にも協力してもらわないといけない」


 鼻をすすりながら、ショウはきょとんとしてケリーを見上げた。


「トニー、外にいる人たちもみんな連れて来てくれないかな?」


 トニーは首をかしげながら、外へかけて行った。

 まるで捕虜のように、トニーに先導されたショウの仲間たちは、うつむいてぞろぞろと歩いて来た。


 ショウは、仲間に見られるのはみっともないと思ったのか、体を起して壁に寄りかかった。でも、そのせいで泣きじゃくった顔がはっきりとしてしまい、涙の跡や垂れた鼻水が目立っていた。


「こいつらをどうするんだ? 大佐に引き渡すのか?」


 ショウを含めた若者たちは、みんな絶望的な表情になった。


「いや、僕はそんなことしたくない。そんなことしたら、もっと裏通りの人たちが嫌われちゃうよ」

「おいおい、犯人を捕まえなきゃ、この事件は終わらないぜ?」


 トニーが呆れて言うと、ケリーはうなずいた。


「だから、悪い犯人なんていないことにするのさ」



 ケリーの計画では、まず見回りをしている兵隊に見つからずに移動することが必要だった。


 幸運なことに、ショウたちは軍隊が把握していない抜け道をいくつも知っていて、兵隊たちの目を欺くことができた。トニーもそれには一役買っていて、ケリーたちの進路から、なるべく兵隊を遠ざけてくれた。

 おかげで人目に付くことなく、一行は目的地にたどり着くことができた。


 町の教会は、人のいい小柄な神父さまが慕われる、小さな教会だった。


 小さいといっても、礼拝堂は五十人も入れるし、きれいなステンドグラスだってある。教会の周りには、シスターが手入れをしている色とりどりの花が、どの方角から人が来ても、まるで歓迎するように華やかに彩られていた。


 普段、お祈りに来るのは一日にせいぜい六人程度だった。結婚式などがあれば別だが、日常的に大勢の人がやってくるのは、週に一度の勉強会のときに子どもが十五人ほど集まるくらいだった。


 だから、シスターたちと花に水をあげていた神父さまは、目を丸くして驚いた。こんな昼間から、三十人以上の人たちが教会へ向かって来ている。それも、懺悔やお祈りなんてしたことがない者がほとんどの、南の裏通りに住む人たちが。

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